冥府の奥深く
重く軋みながら開いた扉の先は、それぞれに四つの光景が広がる。そのまま攻撃をくらってやる道理は無い。即座に退避しようとした時────足元に何かが纏わり付く。
「…………ッ!? お前らは────」
カグラ、ハク……そして今までに殺し、食べてきたモンスターたち、様々な生き物が纏わり付き、俺を離すまいと怨嗟を嘆く。
「何で俺を殺したんだよ……お前さえ村に来なければ────こんな事にならなかったのに」
「ゆうせい……痛いよ……苦しいよ────どうして俺を見殺しにしたんだ?」
落ち着け……コレは幻覚だ。あいつらが、カグラがそんな事を言う訳が無い。
そう自分に言い聞かせて、歯を食いしばる。苦虫を潰す。分かってはいても、鮮明な光景は、俺に絡み付き、解放どころか引き摺るように門に近付いて行く……。
「お前もこっちに来いよ……ユウセイ、俺たち親友だろ?」
カグラに似合わない薄い笑みを貼り付け、色白の肌で俺の手を握る。冷たく生気の無い瞳に俺は抵抗出来ず、ずるりと引き摺り込まれた。
「ここはどこだ……」
気が付くとそこには鼻を摘む光景が広がっており、溶け切った銅に刺激臭が混ざるそれは、排泄物では無いかと推測できる。俺は中央の島に立ち、周囲から無数の虫が溢れ出した。
「演舞日ノ舞────何!?」
「ギギギギギギギッーー!!」
闘気が消えて行き、同時に力が削がれる。俺は抵抗出来ずその虫の渦に飲まれる。
「何がどうなってるんだ!? プルート!! 隠れてないで出て来い!!」
叫び声を上げるもそれは虚しく響き渡る。やがて肉体に痛みが走り、肉を引きちぎられるような痛みに襲われる。
痛みが完全に引いた頃、俺は手で覆った視界を晴らすと、そこには全く別の光景が広がる。
鉄の壁に囲まれており、地上からは猛火、天井から熱で煙を上げた鉄の雨が襲い来る。周囲には樹木から刀の生えた刀林があり、両刃の剣が雨のように降り注ぐ。
「演舞は使えなくても、剣で弾く位なら────」
────握り締めた手は空を過ぎた。あったはずの剣は失われており、俺は無抵抗にその雨をその身に浴びる。
「────はっ!? なんで俺は生きているんだ?」
光景が移り変わると額や手には、びっしりと大量の冷ややかな汗が流れる。指先は震えて、その痛みを理解しているのに、現実味の薄い出来事に頭が混乱して行く。
幻覚………にしてはリアルで、現に俺は痛みを感じていた────。いや、今はそれよりも……。
思考の中足は掬われ、今度は煮えたぎる釜へと身を落とす。油に焼かれる焦燥と、肉体の沸騰する苛烈さに思考が追い付かず、意識が途絶える。
「お前が死ねばよかったのに────」
背後からのカグラの声に意識が覚醒すると、突き飛ばされ崖から落ちて行く。
「────っく!? なんなんだコレは!」
肉体に鈍器のような衝撃が走ると、杖に殴打され、縄が食い込むほどに俺を縛り上げる。迫り来る地表に、精神はブラックアウトした。
次々に襲い来る悪夢に俺の精神は蝕まれて行く。
否定すればするほど脳に強くこびり付き、開放してはくれない。俺を責めるようにいつまでも囁く。
「ヒハハハハ結構耐えましたね? 楽しかったですか? でもまだまだこれからです。貴方の罪を清算するまで、いつまでも続きますよ♪」
プルートの声にで俺は現実へと引き戻されたことに気付く。抵抗しようと力を込めると、剣に闘気が宿る。
「カグラを使うな……そんな事をしても、俺の心は崩せない」
「私ではありませんよ? 貴方自身が感じ、思った事が、贖罪として降りかかるのです。言わば自業自得────それは貴方の思っている罪……です♪」
プルートの戯言に動きを止めてしまった。その隙に、後ろから手を引かれ、耳元で囁かれる。
「ほら何やってるんだよ……あの程度で償い切れると思ったのか────偽善者?」
カグラの姿をした何かが、大きく空いた地獄の口に俺を引き込む。次の門に入った時点で、俺の意識は薄れて行く。
「救いなど求めぬ事です。死が四つ重なり、更に四つ連なり合う……貴方の旅路はまだ始まったばかりですよ♪」
────どれだけの時間が経っただろうか?
分からない、気が付くと、再び知らない空間が俺を迎える。暗闇に包まれ、一切の視界が遮断された。
熱風が通り過ぎ、身を焼いたかと思うと、暗闇の中から炎が降りかかり肉体を焦がして行く。
「くそ……何も見えないのにどうして炎が立ち込めてくるんだ!?」
抗うも炎は際限なく俺に襲いかかる。熱に意識が奪われる頃……消える熱さと共に、景色が明るくなる。
放り出された景色は再び炎に包まれる。永遠と燃え盛るそれは、燃えるものが無いというのに、風が唸り声をあげ、栄えて行く。
「グルルルルルルル────」
背後から唸り声をあげ、振り返る瞬間、獣が喉元に食らいつく。払おうとも力が入らず、焔犬、狐火、炎鷹と雑多な生き物が群がる。
抵抗すら出来ず、血溜まりへと意識が沈んで行った。それでも景色は次へと進む。
「さっさと立て────誰が休んでいいと言った? なんだその態度は!!」
頭を掴まれ、立たされると同時に焼けた鉄の棒が打ち付けられた。
「ぐ────────っ!?」
食いしばり堪えるも、それは想像を絶する。血塗れの兵士、ヴィーナスが操り首を刎ねた者たち……この戦場で散った多くの者が、俺に牙を向く。
頭がおかしくなる……いや、もうおかしいのかもしれない。なんせ、自分の名前すら満足に思い出せ無いのだから────。
景色が変わると燃える黒縄に縛られる。
血が染み込み、赤黒く変色したそれは、食い込むたびに強烈な痛みを呼び起こす。計り知れないほど高い崖の上から鉄刀が突き出す熱した地面に落とされ、その上で燃える牙を持つ犬に食い殺された。
四つが終わりを迎え、扉から引き摺り出される。次の扉へと向かい、次々に手が伸びてきた。
次の扉を越えたら、多分心が擦り切れる……そんな予感がした。それでも力は入らない。
「ヒハハハハ! なんですかその顔は、傑作を通り越して────笑えませんよ?」
笑えない……確かにそうかも知れない。こんな無様な姿を見られて────でももう守りたいものなんて………………!?
『大丈です……ユウセイは死なせませんよ……私が、何とかしますから────』
「誰だ……俺に語りかけるのは────」
『届きますよ……届くまで何度でも叫びます────』
「気のせいだろ? ユウセイは俺と一緒に、あっちに『行くな!』」
どっちだよ……カグラ?
名前がストンと頭に浮かび上がる。その間にも引き摺られ、門を潜り、扉が閉じていった。俺はゆっくりとその光景を眺め、意識は闇へと落ちて行く。
『私……ずーっと前から、貴方のことが好きです────』
暖かい……あのとき流れ込んだものは、本当に聖水だけだったのだろうか? 何かもっと別の何かも一緒に入っていた気がする。
俺の手に見えない手が重なり合う。温かい……勇気が湧き上がる。奇跡を呼び覚ます。俺は導きの双星……女神の剣────夜明けに導く者だ!!
強く意識すると同時に、二振りの剣が俺の手に握られる。闘気を一気に練り上げ、炎が纏わり付く全てを焼き払う。
「演舞日ノ神楽──廻り導く日ノ神楽、神をも喰らう雌伏の刃!!薄刃陽炎“天照”!!」
扉を視覚できないが、関係は無い。元々有った場所に、込める。ありったけを────ぎりぎりなど無粋な事は言わない。圧倒的を顕現し、地獄を引き裂く。
「忘れない……だから────今は静かに眠れ」
振り払うと同時に、カグラの姿が二つに割れる。その顔は悪戯気味に笑い、満足そうだった。そこから炎は溢れ出し、外への門を突き破る。
「な、何事ですか!? まだ全ての断罪は終わっていませんよ────」
突き破る斬撃は全ての門を貫き、爆炎と共に粉々に砕けて行く。俺は強く地を踏み締め、プルートに刃を突きつけた。
「戦う事が罪だと言うなら、全て背負い、後悔を尽くし続けるまでだ。俺は信じるのの為、どこまでも後悔する」
ぎりっと歯を擦り合わせ、プルートは骨の中から頭蓋を引き抜く。再び構えると、戦いは更なる死闘へと向かって行った────。




