地獄の中で
ルナの一言で怯んだ軍勢はもはや機能などしていない。円陣を乱し始め烏合の衆と化し、焦りと動揺がその場を支配していく。
「ユウセイ、今です!」
「分かってるから奴らに分かりやすく指差さないでくれ」
人差し指を敵陣目掛けて突き出し、あからさまに指示を出す。当然ながら相手は身構え、反撃の体制を取り始める。とは言え、動きは完全に素人。
即座に折れて打ち捨てられた槍の柄を拾い、構える男達に、殴打を浴びせていく。
「は!? 早、グヘッ!?」
「まあ……戦えなくはないな」
真剣で切り捨てる訳にもいかないので、今はコレで何とかすとして……。
気絶という形でその場を凌いではいるものの、当然状況は好転しない。殺さないとバレてしまっては攻撃の手は一気に激しくなる。出来る限り派手に叩き込む事で、誤魔化すには無理があるが、少しでも怯んでくれれば良い。
「聖なる慈悲の光、我らを包み、癒し輝け……ライトキュア!」
光のオーラと共に傷が癒、体力が回復していく。俺は武器を握る力を強め、闘気を高め戦況に一石を投じる一撃を放つ。
「演舞……大車輪!」
前に一歩大きく踏み込み、遠心力に身を任せながら激しく荒々しく横薙ぎを繰り返す。もう半数が倒れたであろう頃、変化が訪れた。
「駄目だ、強過ぎる」
集団の中の誰かがそう呟くと、半ば戦闘の意思は薄れ、ある者は手に持っていた木の棒を捨て、ある者は逃げ出していく。
「諦めてはなりません。そこにいる魔女を野放しにしては、世界が滅びの道を辿るでしょう」
集団の奥から聞かぬ声が響いた。にしても魔女とは、一体何のつもりだ?
「司祭様……みんなヴォルフ司祭様がきて下さったぞ!」
集団の奥から男が姿を現しす。失っていた指揮を取り戻し、再び活気付き始める。ヴォルフ司祭とやらは随分と信頼があるようで、それぞれが声を大きくする。
男の見た目は30ソコソコといった所で、辺境の地のとは言え、その司祭という地位に疑問が生まれる。
「アンタが今回の騒動の黒幕って事でいいのか?」
「はて? おかしな質問をする者です。私は魔女をこの村に招き入れた大罪人がいると聞き馳せ参じたのですよ。あなたこそ弁明は無いのですか?」
随分とまあ好き勝手言ってくれる。魔女とはルナの事を言っているのだろうが、どうにもふに落ちない点がある。
「私は魔女ではありません。ソレはこの蒼い瞳を見て貰えば明らかかと」
正の気が強ければ強い程瞳は青く、そしてその深さを増し、やがて蒼になる。力が落ちているとは言え、ルナの瞳の深さは衰えを見せない。
「蒼い瞳? ククク……コレはコレは、随分と間抜けがいたものですね。ソレでどうやって今まで生き残って来たのですか?」
馬鹿にしたような、哀れみともとて取れる態度を示す。少なくとも俺達とでは大きな認識の違いがあると見て良いか……。何にしても貼り付けたような作り笑いが気に食わない。
「人を見下す事を良しとする神とは、随分と寛大な心を持っているんだな?」
「ーーは?」
男はあからさまに不快感を表す。手応えはありって所か? それならもう少し言ってみるか?
「その通りですね。神だ何だのと偉そうな事を言っている割には、人に指図して自分では高みの見物ですか? 自分で戦う自信がないならその頭を地べたに擦り付け、泣きながら許しを乞えば良いのですよ」
ルナの口から爆弾発言が飛び出す。その場は凍りつき、誰もが司祭の顔を伺う。
「お、おい……そこまでやるとは言ってない」
「神は寛大です。貴方あのような下劣な発言も許し、導くでしょう。地獄の底で悔い改めなさい! 破滅の魔女よ!」
頭に青筋を浮かべ、今にも血液が噴き出すのではないかと言う顔をする。
「降り注ぐは閃光、罪には罰を……ライトジャッジメント!」
ルナ目掛け光の柱が降り注ぐ。避けようともせずにそのまま受け止めようとするので、慌ててフォローに入る。
「手出しは不要です」
「馬鹿な事をそんなことが出来るか!」
「大丈夫……私には効きません」
ルナが光の中に消えていく、大丈夫と言っても分かったなど言えるはずもない。
やがて光は消え、無傷のルナが現れる。理由は分からないが、無効化する術を持っていたと言うことだろう……いや、もっと根源的なものかもしれない。
まさか……聖属性の完全耐性か?
「何!?」
これには相手方も戸惑う。明らかに計算外のことだろう。
「どうですか?私を裁けなかったと言う事は、私に罪は無いと言えますね?」
周りが動揺を始める。ヴォルフ司祭とやらは、一瞬だけ苦虫を潰したような顔を見せたと思うと、すぐに笑顔に戻る。
分かっていたとは言え、いやらしいやり口だ。無傷ともなれば、清廉潔白が証明されたようなもの。
ともなればルナは正真正銘の女神って事で間違いがないのだろう。疑っていたわけでは無いがより強くソレを思わされた。
「どう言う事だ?魔女では無いのか?」
「そんな訳あるか! 司祭様が間違うわけは無い!」
「でも実際に効いて無かったぞ」
疑問を持つ者が出始める。コレで納得してくれれば良いが、司祭に怯む様子は無い。痛くも痒くも無いっと言った様子で、笑みは崩さない。
「さて、何とか言ってみたらどうだ? 村人はああ言ってるんだが?」
俺は軽く煽ってみる。効果があるかは知らんが、言うのはタダだ。
「騙されてはなりません。ヤツは魔女なのです。言葉巧みに人々を誘導し、この村を滅ぼすのですよ?」
村人に指示を出すようにルナを指差す。
「この者に異端審問を行います。……そうですね、希望者も参加させてあげましょう」
いかにもな笑みを浮かべ、嬉々として語る。
「私を辱めようと言うのですか?汚らわしい。ユウセイあのような俗物に手加減は不要です」
結局はソレかと言わんばかりの清々しい程の屑だ。ルナの嫌悪感も分かるというもの、本気で嫌そうなのが分かる。
「善は急げと言いいますからね。私はあの者の浄化を行います。皆さん彼女を私の元に」
「そんな事させるものか」
ーー俺は前へ踏み出す。
「ユウセイ!」
ルナの叫び声と共に半歩後ろに下がり、剣を取り出す。高い金属音と共に何かを弾き、攻撃の飛んできた方向へ意識を向ける。
僅かな痛みと滴る者を煩わしく思い、頬を拭う。
「シロだったか? 俺に何のようだ?」
「つれないこと言うなよ。丁度剣の手ほどきを受けたいと思ってたんだ」
随分と笑えない冗談だが、相手をしている暇はない。
「後にしてくれないか? 時間は取ってやる」
俺は強めに拒絶し、少しの怒りをあらわにする。
「そうかーーじゃあ田舎者の無礼として見逃してくれよ?」
言葉を無視するよに剣を振り回して、迫り来る。神託を使ってくる様子は無いが、太刀筋は悪く無く。村で燻っているのは惜しく思う。
悠長に出方を伺っていると、ルナの方で動きがあったらい。男達が詰め寄り、絵に描いたような光景が広がる。
「無礼者ども。それ以上近づけば容赦しません」
「へへへ……つれないこと言うなよ」
「ちょっとだけ良いことするだけだぜ?」
時間が無いとなると、出し惜しみは無しだ。一瞬で動けなくするには……。
「演舞……一閃!」
「演舞……断空!」
小細工はあえて使わず真っ向からぶつかり合う。単純な話し、その方が実力の差がお大きく出る。そうなれば負けるのは必然と弱い方だ。
「はあ!?」
シロの剣は粉々に砕け、そこに大きな動揺が見えた。当然俺はその隙を見逃さない。
「悪いが少し大人しくしてもらう」
「ガッホア!? あ……く」
鳩尾を的確に打ち、シロは深く倒れ込む。起き上がることはできず、声を出す事すら難しくなる。
この時俺は直ぐにルナの元に向かった為気付かなかった。シロの元に司祭が近付き、耳元で何かを語っていた事に。
「おやおや、酷くやられましたね。でも安心です、コレを……」
「ガッ……ゴホッ!?」
「飲み込めませんか? 仕方ありません。ならこの村の支援ですが……おや?」
そう聞くや否や凄まじい形相で一口大の木の実を飲み込んでいく。その気迫は鬼気迫るものが有り、ただ事では無い事を告げる。
「いや素晴らしい、感動的ですね。では頼みましたよ?」
「がああああああああああああああ!」
ルナを救出した頃、大きな叫び声と共に衝撃波のような雄叫びが鼓膜を揺らす。人とは思えぬ絶叫が、ただ事では無い事を告げる。
「この負の気の高まり……まさか、しかしそんな馬鹿な……」
ルナが声を荒げ、ある一つの可能性を示唆する。
「何か知ってるんだな?」
「信じたくはありませんが、魔葉樹の実をあの者に飲ませたようです」
「何だソレは?いや、ソレを飲み込むとどうなる?」
この威圧感は尋常では無い、俺の感が間違ってなければソレは、最悪の事態を引き起こす。
「魔族に害はありません。栄養みたいな者ですから……しかし人が摂取すれば、負の木が溢れ出し……化け物になるでしょう」
「皆さん大変です! あの者がシロに何か怪しげな術を使ったようです」
「アイツ!ふざけた真似を」
息をするように嘘を吐く。人の命など何とも思っていないような外道の行いだ。
「間に合いませんよ……飲み込んで仕舞えば手遅れです」
「……どうしたらいい」
「せめて、安らかな死を……ソレが手向けになるでしょう」
身体中の血液が沸騰するかのような気分だった。ルナは目を逸らしそれ以上は何も言わない。何がいけなかった? ルナを助けにきたから? そんなはずは無い。
体を押さえながらバキバキと音を立てて、体が変化していく。ソレは最早人とは呼べず、魔獣……そう呼ぶのが自然な姿だった。
「う、うあああああああああ!」
「たすけてくれええええええええ!」
村人達が慌てて逃げ惑う。ある者は錯乱し、ある者は狂乱する。まさに地獄を連想させる光景。ここにきたときとは違う非日常的な光景。
時間は待ってくれず、俺の考えが纏まる余裕すら無く地獄はその色を増す。
「見守るのですか? 村人達が喰われていくのを?」
助ける価値があるのか? ……喉元を出かかった言葉が、ギリギリで踏み留まる。思えばいつからだろうか?いや、今はどうでもいい。
「見捨てる……訳にはいかないさ」
俺は魔獣となったハクに向かい走り出す。体が熱い、焼けるような痛みと、俺を突き動かす何かが頭の中で渦巻く。苦しさ、悲しさ、悔しさ……どれとも違うような想いが俺の中にある。
「貴方は素直では有りませんね」
「全部糞食らえだ!」
やがて視界に変化が訪れる……右眼に蒼き輝きが宿り、世界に新たな超新星の誕生を告げようとしていた。




