二人と一人の日常
「えぇ!? リョーマ、見てないの!? 【斬穢】を!?」
雑談がきっかけだった。
級友との会話の最中、いきなり車内に乗り込むよう強要されたイヌイ・リョーマは、幼馴染みの少女に驚愕されていた。
彼女の名前はベルカ・テンレン、黄金の髪と青い瞳を持った美少女であり癖のある映画マニアだ。
当然、ベルカがオススメしてくる映画は何かしら尖った要素がある。
「ドキュメンタリータッチの原作小説を大胆にアレンジして一五〇分の大長編伝奇アクションに再構成した名作だよ、【斬穢-住んではいけない列島-】は。特に女子高生退魔師の殺陣が本格的でね」
「ドキュメンタリー……? 女子高生退魔師……?」
おおよそ事実の記録風という概念からほど遠い要素が出てきていた。
同じ言語を用いて話しているのか不安になってくる内容だった。
すごい、まるで意味がわからない。
「そう、人の死から生まれる穢れ……刀を振るって穢れと戦うセーラー服の少女の活躍を描いた伝奇ものの傑作だよ。日常の裏側から国家的陰謀に発展するシナリオのスケールの大きさも魅力!」
「そ、そうか……若干ネタバレ入ってないか……?」
「リョーマどうせネタバレしても気にしないタイプだし、まあいいかなって」
「よくねえよ……いや、やっぱどうでもいいな……たぶん見ないし……」
わりと正直な感想である。
リョーマ自身、そこまで積極的に映画やアニメを見るタイプではないので、やや引いている今のような状況では視聴意欲も大して湧いてこない。
「え、なんで?」
「そもそも死人の穢れだのなんだのがあるとして、だ。仮に幽霊がいるなら原始人の幽霊がいないのは不公平だと思わないか?」
ベルカは露骨に顔をしかめた。
「面白くないタイプのインターネット芸人みたいなことリョーマが言い始めた……」
「うるせえ」
意味はわからないが、ものすごく失礼なことだけは伝わってくる物言いだった。
「真面目な問題だよ。たとえば二〇年以上前に国産ホラー映画が大ヒットしたあとから、お化けの目撃談は白い服に長い黒髪で顔が見えない女の幽霊だらけになったりした」
車内の後部座席に二人並んで座るリョーマとベルカは、互いに横を向いて相手の顔を見て話す。
そうすることが当たり前だったからだ。
「UFOについてラジオやテレビが取り上げてから、宇宙人や未確認飛行物体の目撃者は激増したんだ。それまで妖精だの小人だのが中心だったオカルトの目撃談は、一挙に塗り替えられた。人間はいつだって最新の話題に食いつく生き物なんだ」
ふーんとつまらなそうに話を聞いていたベルカは、やや意地の悪い笑みを浮かべた。
「それって、昔は神様からのお告げとか言ってたのが、今じゃ悪の陰謀組織の毒電波になったみたいな話?」
「だいぶ際どい話題だな……たぶん、概念の更新って意味では同じかもな。その時々の流行りに乗っかって、お化けだの神秘だのは都合のいい形になっていくもんなんだ」
「で、リョーマとしては、然るにホラー映画はけしからんってわけ?」
「そこまでは言ってない。無粋なツッコミしちまうのは手癖だよ」
難儀な性格してるよね、とベルカは言い置いて。
何かを思いついたように声を弾ませた。
「今度の土曜日、ミツキちゃんも呼ぼうか?」
件の伝奇アクション映画とやらの上映会をしたいのだろう。
テンレン邸にはベルカご自慢のホームシアターがあるから、下手な小規模シアターよりいい音響で映画を見られる。
映画ファンならば羨望すべき環境と言えよう。
だが、リョーマには懸念事項があった。
ミツキと彼は、この春に怪奇事件に巻き込まれたばかりなのだ。
「この前、お化け騒動で死にかけたのにホラー映画見せるのか?」
「ホラーじゃないよ、【斬穢-住んではいけない列島-】はこの国全土が呪われている前提で進行する伝奇オカルトアクション大作だよ? むしろ克服のために見て欲しいな……いろいろ馬鹿馬鹿しくなるから」
「なあ、ひょっとして単にお前の趣味なんじゃ……」
「失礼な。わたしは普通に面白い映画だって紹介する」
「俺にだけ変な映画を紹介するのをやめろ」
間違いなく相手を選んでやっているので質が悪い。
それが彼女なりの甘え方であり、親しい人間に対する距離感だとわかっているから、リョーマは悪い気がしていないしあまり真剣に正す気もないのだけれど。
それはそうとして、自分以外――この場合はミツキ――が巻き込まれるのなら、話は別だった。
第一、ホラー映画というのはそもそも人を選ぶジャンルなのだ。
急に大きな音でびっくりさせたり、グロテスクな流血シーンを用意したり、煽情的な要素も数多くある。
リョーマは比較的耐性がある方だが、ベルカのようなマニアが思うほど、世の人間はホラーに耐性があるわけではない。
仮に日本刀と女子高生が大太刀周りする怪作であろうと、やはり、怖い映画というのは事前に確認を取って誘うべきだろう。
このようなことを話すと、ベルカはなんとも言えない表情で少年の顔を見た。
「キミってさ、人の心配するときだけは饒舌だよね。そういうの、もっと自分を大事にする方向で使って欲しいなあ、幼馴染みとしては」
「なんだよ、急に」
「真面目な話さ。キミにとってその春のお化け騒動って終わった話なの?」
「……悪の陰謀はスカルマスクと銀色超人がなんとかしてくれただろ」
そういうことになっている、少なくともミツキと口裏を合わせた会話では。
だが、ベルカ・テンレンはそのような建前に騙されるほど、素直な性格をしていなかったし、リョーマの性格も熟知していた。
「霊能力者がこれでお祓い完了って宣言したならともかくさ。キミの巻き込まれた話って、なんだかよくわからない理由で襲われて、なんだかよくわからない人たちに助けられたってことでしょ?」
「それは……そうだな」
つまりベルカは、リョーマと同じ結論に達しているのだ。
二度目がないという保証が特にないまま、警察に言っても信じてもらえないであろう怪奇事件の真っ只中にいるという現実。
それに対して、大金持ちで才気あふれる傲岸不遜な少女は、ある意味どこまでも力強かった。
「わたしは幼馴染みを狙う悪党がいるなら、そいつからキミを守るぐらいの甲斐性はあるつもりだけど?」
格好良すぎる台詞だった。
できれば自分が好きな子に言ってみたいタイプのロマンにあふれている。
問題はそう、この場合、物語のヒロインはどう考えてもリョーマの側であり、ヒーローはベルカの側であることなのだが。
客観的に見て一番頼りになるのがこの幼馴染みなのは明白だが、同時に頼るのは気が引けるのも事実だった。
「マジでかっこいいな、今の。できれば自分が言われる側じゃなかったら最高だった」
「茶化さないでよリョーマ。わたしは真剣なんだけど?」
「……頼っていいのか、これ。お前まで巻き込まれたら」
「キミはわたしに、幼馴染みを見殺しにしたなんて十字架を背負わせるつもり?」
そう言われるとぐうの音も出なかった。
少女の顔を見た。
とても真剣なまなざしに、惚れ直してしまいそうだった。
「……ありがとな、ベルカ。何かあったら頼む」
「うむ、頼まれた」
そして心地よい沈黙が、二人の間に下りた。
もちろん後日、映画の自宅上映会は開催された。
ミツキを招待して。
◆
世の中の中には二種類の人間がいる。
ホラー映画がダメなタイプと、ホラー映画が大丈夫なタイプ。
大別すればこの二種類だ。
そして結論から言ってしまえば――ホシノ・ミツキは紛れもなくお化けを怖がるが、ホラー映画を存分に楽しんで見られる後者の側だった。
映画の本編が終わり、エンドクレジットが流れる中、暗いホームシアターの室内で少女は呟いた。
「怖いですね、お化けは……」
そう言ってぷるぷると震えているミツキは、その美貌に反して小動物的な可愛げがあった。
ぎゅっとソファーのクッションを抱きしめている姿は、どこか庇護欲をそそるかもしれない。
だが、同席していたものならば知っている。
それが恐怖による震えではなく、興奮によるものだと。
エンディング曲が流れ始めた瞬間、ふはーっと深いため息。
それは恐怖から解放された安堵ではなく、とてつもない娯楽を得たオタクの情熱が余熱となって口からこぼれ落ちた音だ。
「あのっ! ベルカさん……っ!」
「んっ、何?」
終始、ニコニコしながら映画を見ていた金髪碧眼の幼馴染み――何故か二人ともリョーマを中央に挟んで左右に座っている――に話しかけるミツキ。
そこにあったのは、明らかに通じ合い共鳴し合うオタク二人の叫びだった。
「すっごい面白かったです! 刀で戦うところが本格的でかっこよくて! キャプテン・ギロチンみたいでした!!」
「あ、やっぱり特撮好きにはわかっちゃう? この映画のアクション監督がギロチンシリーズの出身なんだよね」
「あああ、そういうことだったんですね! あたし、正直ホラー映画ってちょっと何がいいのかよくわからなかったんですけど! こういう変わり種もあるんですね!!」
「そうそう、こういうアクションに振った怪作があるのもホラーのいいところでねー! そりゃあ低予算のひっどいのもいっぱいあるけど、ヒーロー映画とか好きな人にオススメのも結構あるんだよ」
ベルカも機嫌良さそうに多弁である。
ここのところベルカの趣味に付き合わされて、リョーマの対応が厳しめになっていた影響かもしれない。
それにしても、リョーマは思う。
ベルカ・テンレンとホシノ・ミツキ。
図らずも彼を介して面識を持った二人だが、こうして話しているところを見るに性格の相性はよさそうだった。
――仲良くなれるといいんだけどな。
ある意味、悲劇的なまでに二人の存在の性質の相性が悪く、その原因がイヌイ・リョーマ自身であることなど少年には知るよしもなかった。




