クサマ・マサトの日常
クサマ・マサトにはこの春、高校で知り合った妙な友人がいる。
身長は一七〇センチ台半ば、運動部でもないわりに肩幅は広く意外に筋肉もあり、それでいて面構えは厳つい。
口数が多い方ではないが、話しかけてみると中々話せるし気がいいやつである。
欠点はそう、趣味がオカルト漁りとかいう根暗な方向性なことぐらいか。
名前をイヌイ・リョーマという。
「なあ、イヌイよう」
真っ昼間の休み時間であった。
数学の時間が終わって一息ついているクラスメイトたちを横目に、クサマ・マサトは隣の席の友人へ声をかけた。
反応はあった。
次の授業の準備をしていたイヌイ・リョーマが、こちらを見てくる。
開かれたノートには几帳面そうかつわかりやすい板書のまとめ。
テスト前にノート借りるなら絶対こいつがいいと確信させてくれる。
無愛想な声。
「なんだよ」
「お前、彼女いんの」
「いや……」
面倒くさそうに否定されたが、そんないい加減な答えで納得するマサトではない。
「じゃあこの前、一緒に歩いてた金髪の子は誰なんだよ」
切り込んだ。
イヌイ・リョーマは仏頂面のまま、マサトの顔を見た。
ものすごく言及したくなさそうだった。
「幼馴染みだが?」
「どこの世に金髪碧眼の幼馴染みがいるんだよ!!」
「ここにいるだろ、諦めろ」
「絶望するがいい人類」と言い切る悪の魔王みたいな口調だった。
たしかに絶望したくなる。
金髪碧眼の美少女の幼馴染みがいるとかわけがわからない。
しかも制服を見るにあれは結構なお嬢様学校のはずだった。
進学校とはいえ、庶民派の公立校に来ている男子高校生のくせに生意気である。
「百歩譲ってアレが単なる幼馴染みだったとしてよ、お前、別の彼女いるだろ。噂になってるぞ。イヌイに他校の彼女がいるって――」
「おい待て、なんでそうなってる」
まさか無愛想野郎のイヌイ・リョーマが下半身ゆるゆる野郎なんてことはあるまい、とマサトは信じている。
信じているが、それはそうと面白そうだから本人に聞きたくて仕方がなかった。
「この前、公園で楽しげにダンスを踊る可愛い子と一緒に居るお前を見たって情報が女子から流れてきたんだよ。私服デートだったのか?」
「……誤解だ」
苦悩に満ちたうめき声だった。
五秒ほど目を閉じた後、リョーマは目を開けた。
およそあらゆるツッコミに対する覚悟をしたような表情。
「平たくいうとアレはうちの妹の友達だよ。お悩み相談室的なやつに乗っかったら、なんか懐かれて歌とか歌われた。よくあるだろ?」
「どこの時空だとよくある出来事なんだよ……」
ひょっとして自分は木星あたりからやってきた地球外生命体と話しているのかもしれない。
マサトには女友達がいるし、いいやつとして一定の評価は得ている。
しかしモテない。
そういう対象としては見られないと中学校で連続で告白して玉砕して以来、自分の青春に恋愛の二文字はないのだと固く信じている。
そういう心持ちだからモテないのだと言えるし、モテないからこのような心持ちになったのだとも言える。
クサマ・マサトとはそのような少年であった。
であるからして、当然のごとくリョーマの意味不明な女性関係に突っ込まずにはいられない。
だってうらやましいから。
「OK、まとめてやるよ。お前が一緒に歩いてた金髪の可愛い子は単なる幼馴染みなんだな?」
「ああ、わりと映画とか一緒に見るけど」
「…………は?」
「あっ」
失言に気付いたらしい。
一瞬、リョーマは「しまった」という表情をしたあと、いつも通りの鉄面皮でこくりとうなずいた。
「友達と一緒に映画を見るって、よくあるよな」
「ああ、うん、まあ……あるっていえばあるな?」
「だよな!!!」
力強く押し切られた。
マサトは困惑の感情を強めながら、ちょっと地球人の皮を被った異星人みたいな友人の顔を見た。
こいつ、涼しい顔をしてやがる。
「つまりイヌイには、学校が違うのに一緒に帰ったり、一緒に映画を見たりする仲の可愛い幼馴染みがいるわけだな」
「そうだ。全部クサマの言うとおりだ」
「……なあ、こういうのって照れて否定したりするもんじゃねーの?」
「俺の幼馴染みは可愛いに決まってるだろ」
迫力がある断言だった。
最初は冗談めかしていると思ったが、リョーマの目を見て悟った。
こいつは本気で言っている。
下手に茶化すとヤバイなこれ、とマサトは直感して話題を切り替えた。
「そ、そうだよな……じゃあ、あと妹の友達がいるんだっけ? お前の妹って中三ぐらい?」
「今年から中学だな」
「……あれ? 俺の聞いた話じゃ高校生ぐらいの子と公園にいたって」
「あいつ背が高いからな、見間違えたんだろう」
なんだろう。
自分はひょっとしてイヌイ・リョーマに壮絶な嘘をつかれているのではないか、と疑心暗鬼に陥ってくる。
「ちなみにその子との関係は」
「だから、妹の友達だよ。妹がもう一人増えたようなもんだって」
「……本当かよ」
「少なくとも恋人じゃない」
「二言はないよな?」
「ないよ。いやに絡んでくるな、クサマ」
もうすぐ次の授業始まるんだから準備しろよ、と顔に書いてある感じの対応――間違いなくこいつは何かを隠していると確信する。
「イヌイ。隠し事はよくないぞ」
「お前、興味本位で探り入れてるだろ」
「面白そうだからな」
「あのな……」
そうこうしているうちに休み時間は終わり、この話題はお開きとなった。
そして昼休みを挟んで、授業すべてが終わった放課後。
二人は相変わらずぐだぐだと連んでいた。
なんやかんやウマが合うのである。
「そういえばお前、部活は何にするんだ?」
「この学校、新聞部が意欲的で面白いんだよな。ちょっと見学させてもらおうかと思ってる」
「うへえ……真面目くんかよ」
まだ春先で入学したばかりということもあり、新入生の部活動は決まっていない。
各部活は運動系、文化系を問わず、新入生の勧誘に熱心に取り組んでいる。
マサト自身は特にやりたいこともないため、帰宅部でいいかと思っているのだが――イヌイ・リョーマは違うらしい。
新聞部とはまた、面倒くさそうな部活を選ぶやつもいたものだ。
「ここの学校新聞、かなり面白いぜ? お題が自由な記事があってさ、単なる学校行事のレポートみたいな新聞とは違う」
「お前、図書館で熱心に読んでたのはそういうことかよ……」
やはり、イヌイ・リョーマは変人である、とマサトは思う。
二人並んで下駄箱へ行き、靴を履き替えて校門まで向かう――そのときだった。
高校の校門前に一台の普通乗用車が停車してくる。
ゆったりとした居住性の良さが売りの車種で、新車ならそこそこ値が張る国産車だった。
かと思うと車の後部座席部分の窓ガラスが音もなく開いて。
「オッス、リョーマ」
美しい少女が、雑な挨拶をしてきた。
黄金の髪は光が透けそうなほど淡くさらさらとしていて、肌はミルクのように白くて、青い瞳はぱっちりして魅力的だ。
ちょっとたれ目気味なところがマサトの好み――シャキッとしたきつめの美人がいい――から離れるけれど。
そう、まるで西洋人形みたいな美少女だ。
一瞬、呆気にとられていたリョーマの第一声は――
「噂になるだろ!?」
――ものすごく距離の近い抗議だった。
「わたしとリョーマが噂になって何か困るようなこと、ある?」
「俺が要らない詮索を受ける」
「わたしが許す、受けろ。そして車に乗れ」
マサトが困惑して自動車の美少女とリョーマの顔を交互に見る間にも、二人の会話は進んでいく。
「俺は自転車通学なんだぞ!?」
「自転車は置いていきなよ。明日もシエランが送迎してあげるから」
「……明日は徒歩で通学するぞ、絶対に」
「非効率的だなあ」
「誰のせいだと思ってるんだ……!?」
納得できないという顔で、リョーマは自転車を駐輪場へ戻しに行った。
まあうちの学校の治安なら、盗まれるとかパンクさせられるとかはないだろうし――と現実逃避気味にその背中を見送っていたマサト。
そんな彼に対して、件の金髪美少女が声をかけてきた。
「お話中に割り込んでごめんなさい」
「あ、どーも。イヌイの友達やらせてもらってます、クサマです」
「はじめまして、クサマさん。イヌイくんを借りていきますね」
「あっ、えっと、はぁ、どうぞ……?」
にっこりと金髪の美少女が微笑む。
その後、有無を言わさぬ圧力とともにイヌイ・リョーマは連れ去られた。
連行された、という言葉がこれほど似合うシチュエーションもそうあるまい。
――やっぱりイヌイってすごいな。
どこか諦めにも似た気持ちと、さわやかな納得がマサトの胸を満たしていた。
なんだあいつ、意味わからねえ。
「やっぱアレ、彼女だろ」
呆然とした呟きが、夕方の空に溶けて消えていった。




