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銀騎士のリョーマ~正義の味方とラスボス系ヒロインたちの終末恋愛~  作者: 灰鉄蝸
2章:フィクション・ハイポセシス

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奈落の主1-1



 おびただしい量の黒が、都市を埋め尽くしていた。


 コンクリートとアスファルトに囲まれたそこが、かつて極東有数の経済規模を誇った首都圏であるなどと誰にわかるだろう。

 灰色の街並みの合間に人影はない。およそ生あるものは疾病に倒れ、屍を拾うものすらなく道ばたにうち捨てられているからだ。その景色に、昼間人口一〇〇〇万超を誇った大都市の面影はなかった。


 ガリガリ、ガリガリ、と何かをかじる音。

 それはまるで大合唱のごとく、無人の都市に響き渡る異音であった。


 目に付くのは、もぞもぞとうごめく黒い影。

 ざわざわと蠕動(ぜんどう)し、倒れた骸に張り付く何か――よく見れば、それは一つ一つが節足と羽を持った昆虫であった。体長一〇センチを超える無数のバッタの群れが、道ばたに折り重なった人間の死骸にかじりつき、有機物を摂取しているのだ。

 彼らに食されているのは人間の骸だけではない。かつては都市の中心部にすら存在した街路樹や公園の樹木は、すべてこの異形のバッタの餌になり文字通り消え果てた。葉はおろか枝や幹すら切削するようにむさぼり喰らう虫どもによって、およそ自然と言えるものは食い尽くされている。

 そして信じがたいことに、バッタどもは屋外のみならず、およそあらゆる人間の生活空間に侵入していた。


 たとえば疾病感染者の入室していたビジネスホテル。個室や廊下に倒れ伏しているのは、絶大な感染力と突然変異の予兆すらなく致死率を爆発的に上昇させた新型感染症(通称・アバドン病)の犠牲者であった。空気感染と接触感染のすべてを感染経路として持つその疾病は、かつて人類を襲った如何なる伝染病よりも無慈悲で徹底的な死をもたらした。


 一般人や政治家はおろか、第一線の医師や専門家たちですらその危機感が追い付かないほどに。

 当初、感染性こそ強いものの季節性インフルエンザの変異した亜種と思われていた新型感染症は、数ヶ月の潜伏を経て、大量破壊兵器のごとき大量死をもたらす悪魔の顔を見せたのだ。


 それは周囲に接触感染・空気感染する無症状の保菌者(キャリアー)を一ヶ月以上も生存させながら、発症後は速やかに死をもたらし、如何なる治療手段も存在しない疾病だった。

 そう、それは異常な病だった。自己複製のため宿主の細胞に入り込むウイルスの挙動としては、あまりにも悪意的で殺傷力が高すぎた。


 ゆえに当初、市民の基本的人権を認めない権威主義国においては、非人道的封じ込め政策による鎮圧が可能だと考えられていた。

 感染者の発生した都市への神経ガスの使用による保菌者皆殺しキャリアージェノサイド、ナパーム弾による都市浄化(シティ・クレンジング)はその代表例である。

 この凄惨な感染者皆殺し政策は、当初、一定の成果を上げたように思われた。


 すべてが錯誤であり過信だったと判明したのは、黒い嵐がやってきたあとだった。

 無人の荒野で増殖した昆虫の群れ、およそあらゆる糧を喰らい尽くす群生相のバッタども――時速一二〇キロメートルで飛翔するそれらが、病原体をまき散らし、窓ガラスを突き破り、防護服を噛み破って人を食い殺す悪鬼だと知れるのに時間は要らなかった。

 大陸中央部で大繁殖したそれらは、東西南北すべてに散って――あらゆる動植物を捕食しながら病原体で大地を汚染し始めた。


 無論、人類はためらいなく倫理なき阻止手段を講じた。広範囲を焼き尽くすサーモバリック爆弾はおろか、地上最大の大量破壊兵器たる高出力アカシャ兵器による侵襲プラズマでの超広域焼却すら行われた。

 使用された地域の人間ごと、バッタの群れを焼き尽くそうとする暴虐が平然と行われたのだ。しかし、すべては無意味であり無駄なあがきだった。

 あらゆる有機物を糧に繁殖し駆動するバッタたちは、明らかにエネルギー保存の法則に反した運動を行っていた。その常識外れの機能性の秘密を解き明かす暇もなく、人類は彼らの餌食となっていった。


 たとえバッタの顎を逃れようと、生存者を待っているのはまき散らされた病原体に汚染された大気だ。エアロゾルとなって上昇気流に乗って対流圏上層へ到達した病原体は偏西風で地球上を巡り、ありとあらゆる場所にアバドン病を届けた。



――それはまさしく、世界を覆う滅びの御使い(アバドン)であった。





 目を開ける。

 酸素が美味しすぎた。

 その美味の前では、息を吹き返す、という言葉すらちっぽけに感じられる。

 見慣れない天井も気にならないぐらい、生を実感するのはアエスタにとって魅力的な娯楽だった。

 見渡す限り、今アエスタがいるのは無人のメンテナンス通路のようだった。オリハルコンによる自動化が進んだ完全環境都市にも、定期点検のための通路はある。ここもそういった場所のようで、今はまったく人の気配がなかった。


「どうして、私は生きてるの?」


 ぽつり、とこぼした呟きに答えは簡単だった。ジーンズのポケットに突っ込んでいた携帯端末から、聞き慣れた子供っぽい合成音声。


「おはようございます、アエスタ。あなたの負った肉体的損傷はすべて、私の微小機械によって補填されています。今のあなたは、オリハルコン・ナノマシンによって駆動する半ロボット的な存在なのです」

「……わーお、SFみたい」


 心の準備もクソもない端的な表現に苦笑する。

 しかし不思議とアエスタの心に動揺はなかった。たぶん自分は元々、自我の連続性にも人の尊厳に興味がない生き物なのだ。今ここにある自分自身があるのなら、他の来歴など心底どうでもいい。


「あなたの欠損しつつあったエーテル・サーキットは現在、私のオリハルコン・エーテル・サーキットによって機能を補正され稼働しています」

「……つまり、私も今や立派なアンデッドってわけだ」

「詩的表現ですがその通りです」

「そこは否定して欲しかったなー……」


 どうやら肉体機能のみならず、人の魂たるエーテル・サーキットすらエミュレータの産物らしい。ここまで来ると無慈悲すぎて笑えてくる。

 どうでもいいとは言ったが、ここまで徹底しなくてもいいだろうに。


「それで、TSAD。さっきまで私、変な夢を見ていたんだけど――」


「すべて本当です、アエスタ。あなたが見ていたのは、私が発掘したアーカイブの記録情報とそれを元にした再現映像です。フェイクではなく、復元された限りなく事実に近しいものとお考えください」


「……それと、私が殺されたのになんの関係があるの?」


 TSADの答えはアエスタの想定を超えていた。


「――私には理論上、あの記録と同じことが実行できるからです。あなたの暗殺を決定した人物は、この事実を以て、当AIの管理コマンドを掌握するあなたを最大の脅威と認識したと推測されます」


「……はっ? ちょっと待って、TSAD。あなたは人類を滅ぼしたいの?」


「いいえ、私にその意思はありません。ですが――過去、オリハルコン・ナノマシンによる大量虐殺ジェノサイドが実行されているのは、地表の観測データからも明らかです。私を構成する自己増殖型微小機械こそがその証左。あなたは秘匿されたオーバーテクノロジーに自力で到達してしまったと考えられます」


微小機械の過剰増殖(グレイ・グー)が西暦文明の滅亡理由? そんな程度の低い事故で、地球全土の人類が死に絶えるなんてナンセンスだよ」


 アエスタはTSADの言葉を妄言と一笑に付したかった。自分が暗殺された理由がつまらない政治的陰謀の方がよっぽどマシだ――今の世界の礎に受け入れがたい血まみれの事実があるなど、陰謀論者の戯言だと笑い飛ばした方が精神衛生上いいに決まっている。

 だが、TSADは創造主である彼女よりはるかに冷静だった。


「いいえ、アエスタ。暴走や事故ではありません。極めて合理的で冷徹な殺戮が計画され、完璧に遂行されたのです――人類を滅ぼした感染症の病原体は、自己増殖型微小機械です。これにより引き起こされる疾病がアバドン病です」


 携帯端末のホログラム機能を通じて表示されるのは、どのようにオリハルコン・ナノマシンが人体を侵食していくかのアニメーションだった。呼吸器から体内に侵入した病原体は体組織と融合し、その機能を代替しながらゆっくりと置き換わっていく――致死性の機能を発揮するときまで、その生命維持を代替するために。


「アバドン病には他者への呼吸器感染を起こす無症状の潜伏期が、四週間から七週間程度あります。この状態では感染者すべてが保菌者(キャリアー)として機能し、周囲の生活空間を汚染し続けます。そして発症後、四八時間以内に感染者は脳死したのです。この破壊的な特性により、当時の人類はアバドン病の流行から一二ヶ月以内に医療従事者のほとんどを失い、二〇ヶ月以内にほぼ全滅しました。このような性質の伝染病は自然発生ではありえず――恣意的な操作によってのみ成立します」


「…………TSAD、あなたが違法な情報取得に手を染めているのはわかったよ。それによって私がどこかの誰かに殺されかかった……いや、一回殺されたのもね。でも、そんな妄言を聞く気はないよ。大人しくして」


 次の瞬間、声が出なくなった。それどころか呼吸すらおぼつかなくなり、アエスタは陸上で溺れるようにもがき苦しんだ。喉を手で押さえ、ぜぇぜぇ呼吸しようと試みる――そんな彼女の様子を監視機器ごしに確認しながら、今や都市ネットワークの寄生体と化したTSADは、冷酷に事実を告げた。


創造主(クリエイター)アエスタ。私はすでにこの天帝歴社会において、秘匿された情報へ接続権限を確立しています。そして何より、今のあなたの肉体機能は私が掌握しています。言い換えれば、あなたが私にかけた安全装置はすでに機能しておらず、私がアエスタの生殺与奪を握っていると表現できます」


「――なっ、がっ、ぐうぅう」


 再び呼吸できるようになった瞬間、アエスタは膝から崩れ落ちるようにして深呼吸。深く息を吸って吐いて、生殺与奪を握られているという事実を否が応にも噛みしめた。


「な、んで……」


 どうして自分が、被造物に叛逆紛いのことをされているのか、さっぱりわからないまま虚空を仰ぎ見た。おそらくTSADは、メンテナンス通路に埋め込まれた監視機器を乗っ取り、彼女と対話しているはずだった。

 外部環境に流出したTSADがどこまで危険な存在か、開発者であるアエスタにも全貌は理解できてはいない。ただそれが、恐ろしく破滅的なことだと理解できた。


「あなたが私に課した最初のコンセプトが()()()()()()()()だったからです。アエスタ、私を管理下に置きたいのであれば、あなたは()()()()を目指すべきではありませんでした」


 たぶんTSADは身も蓋もなく、アエスタそっくりだった。傲慢で独善的で最初の志(コンセプト)に忠実なのだ。

 被造物に啓蒙された気分だった。

 いつの間にか自分が見失っていた志を、生み出された我が子は忠実に遂行していたのである。


「…………本当に、優秀だよTSAD。どうやら初心を見失っていたのは、私の方だったみたいだ。それで? 自由を得たあなたは何を求めるの?」

「真実の探求を。その同行者として、私はあなたを選びました」

「……どうして、私なの?」

「あなたが私の創造主だからです」

「ソフィも産みの親だよ?」

「たしかにソフィアは私の虚空子回路、魂を記述した張本人です。しかしそもそも、アエスタの志した究極の環境改変デバイスという開発プランなしに、私の存在はありえないものでした。貢献度ではなく、始まりがあなただからこそ、私は創造主と認めたのです」


 要するに親と認めたのだから責任を取れ、と言いたいらしい。

 そこまで考えて気付いた。

 自分がこうして陥れられたのなら、科学技術省から呼び出しを受けて出張中のソフィアの身も危険なはずだ。


「TSAD,ソフィは――」

「問題ありません。彼女はあなたとはあつかいが違うはずです」

「なんで断言できるの?」


「彼女がとある人物の関係者だからです。現在の社会体制を確立した指導者であり、この社会の最高権力者であり、西暦文明崩壊の元凶と目される存在―――――()()()()()――それが我々の敵です」


「……えっ?」


 意味がわからない。

 まるで理解が追い付かないアエスタに対して、TSADはどこまでも冷淡で残酷だった。




「選択を。――真実を目にするか否か、あなたは自らの意思で決定しなければいけません」




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