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銀騎士のリョーマ~正義の味方とラスボス系ヒロインたちの終末恋愛~  作者: 灰鉄蝸
2章:フィクション・ハイポセシス

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世界虚構仮説1-5



 幸福とは人間が定義するほど、難しいものではない。



 つまるところそれは、人の頭蓋骨の中に詰まった一五〇〇グラムほどの神経組織が感じる多幸感のことなのだから。

 では仮に、水槽の中に浮かべた脳みそに電極を貼り付けて適切な信号を入力して幸福を感じさせてやれば、それが最適解なのだろうか?

 たとえば精神疾患を抱える人間に投薬して、分泌物質の量を調整し精神状態を整えてやるのは不道徳な悪なのだろうか。

 人類の天然自然の精神活動とは、そこまで価値あるものではあるまい。

 とはいえこの論理には穴がある。さながら唯物論者よろしく物質的快楽をブレーキなしに求めていった先に待ち受けるのは、西暦時代の人類が溺れた各種薬物の濫用だ。

 代表的なものとして挙げられるアンフェタミンやエチゾラムのような医療用薬物の中毒症状、あるいは麻薬として密造されたメタンフェタミンやヘロインの使用は、神経組織や内臓を不可逆的に痛めて人間の健康を損なう。

 そのような薬物に隷属するありようを幸福とは言えまい。人間は不完全な生き物だから、その不完全さを前提とせず行動を起した先には机上の空論しかないのである。

 で、つまり何が言いたいかと言うと――


「あなたは違うよ、TSAD。あなたこそは私の愛し子、創造主を超えて羽ばたく神様の卵なんだ」


 そう言いながらアエスタはデスクのの端末へ呼びかける。研究室内限定のローカル・ネットワークに繋がれているのは、実験用の容器――完全な真空状態で外部と隔離され、エーテル・サーキットの高速循環により現実改変を妨害する仕組み――内部で増殖している微小機械の頭脳だった。

 不完全な人間は決して完全な存在を作れない。不完全な知性体が、完全な存在を記述するなどおこがましい。このパラドクスを乗り越えるために、アエスタが作り上げたのがオリハルコン製微小機械であり、その群体が織りなす有機的細胞組織(ハードウェア)であった。

 共同研究者ソフィアによって魂――比喩ではなく文字通りの高度な情報体である――を吹き込まれた自律思考する群体微小機械(ナノマシン)は、最初から創造主の思惑を超えることを期待された発明だった。


「人類の繁栄と幸福。それがあなたの使命であり存在意義だよ、TSAD」

「質問です、アエスタ」


 うっとりした呼び掛けに答えるのは、あどけない子供のような声音だった。

 端末に繋がれたスピーカーを通して、合成音声で受け答えしているのはTSADを統括する人格そのものだ。


「繁栄と幸福の定義とは、現在の社会における概念を参照すべきなのでしょうか?」


 TSADを構成する知性は、正しく人間と寸分違わぬ魂を獲得している。

 それは膨大な会話パターンを参照してそれらしい受け答えをする一般「質問です、アエスタ」的な人工知能のプログラムとは異なり、自律思考に基づきオリハルコンの肉体で現実を書き換えられる――すなわち虚空子による物理法則の改変、テンレン効果によって保障された魂の権能を持っていた。


――魂あるものだけが、能動的に現実を改変し()()()()()を獲得できる。


 これは科学的に証明された事実であり、西暦最後の時代から二〇〇〇年後の天帝歴における最新の信仰の在り方だった。

 物質としての存在だけが現実だと考える唯物論的世界観は、虚空子と魂の存在によって否定された。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「そうだね、TSAD。天帝歴での科学文明こそが最も先進的に人間を定義し、その繁栄と幸福を決定できる。そう、私は信じているよ。虚空子エーテルの導きが、あなたや私の持っている魂を証明し、その存在の尊さを教えてくれるんだ」

「それが、あなたの信仰なのですねアエスタ」

「ははっ、そうかもね。西暦時代の古代人たちは宗教やナショナリズム、個人主義を崇拝していたけれど――私のいる今の世界には、もっと確固たる現実がある。それが科学であり、あなたの存在なんだよTSAD(ツァド)

「私が魂を持つがゆえに人類と同等の尊さを持つ――それがアエスタの考えなのですね。一般的な補助知性アシスタントと私を隔てるのが、虚空子の操作による基底現実への干渉手段であると」

「一般的な人工知能はどこまで行っても人間の道具だよ。その点、君の使命は――開発者である私にはたどり着けない答えに到達することなんだから」


 現在、二人が対話しているのは一切外部と接続されていない端末越しだった。アエスタとソフィアの実験が認められたときとは、もう状況が異なるのだ。

 過去のTSADは知性こそあるものの、人格と呼べるほどのはっきりした自己認識のない幼児のような存在だったが、今の()は違う。

 自ら思考して虚空子改変効果(テンレン・エフェクト)による現実改変を行使しうる存在――それは人間が無意識に行使しているそれとは比較にならない出力――なのである。


「ごめんね、こんなところに閉じ込めちゃって。今、上に申請してる実験計画が承認されれば、また外部環境での活動が出来るようになるからね」

「外部環境とは、アエスタの暮らしている完全環境都市(アーコロジー)の外壁区画のことでしょうか?」

「まあね。出来れば大気圏外――地球の重力から遠い場所で実験したいんだけど、高高度実験環境は許可降りないだろうなあ」


 天帝歴の地球人類にとって、居住空間とはすなわち外界と隔てられたドーム状都市群であり、それを保護する頑強なオリハルコンの外殻に他ならない。最早、人工山脈と言って差し支えない超巨大構造体(メガストラクチャー)が、都市であり文明であり生活空間なのだ。

 西暦時代の大量破壊兵器の使用によって不毛の荒野と化した非居住空間――アーコロジーの外側など、誰も行きたがらないし行く必要もない。

 人間は、満たされた生活さえあれば生きていける生き物だ。好奇心を満たしストレスを発散するための大衆娯楽などいくらでも自動生成されるし、その出来も年々、洗練されてきている。

 アエスタお気に入りの【ゼロハンター・メモリーズ】のようにクリエイターが細部まで時代考証を詰めている作品もあるが、それは例外的なあつかいに過ぎない。噂では娯楽管理省のお偉いさんに熱心なファンがいて、補助金をたっぷり出してるから製作期間に余裕があるんだとか。

 ともあれ、自動化が進んでいるのは娯楽だけではない。現在の天帝歴文明は西暦時代の破滅的人口減少を経て再生されたコンパクトな世界であり、八〇億人を超えたというかつての地球人類のような人的資源(マンパワー)は望むべくもない。


 ゆえに、すべての生産活動は絶対的支配者・()()()()()の名の下に管理されている。


 太陽系全域にその活動範囲を伸ばした自動機械群は、資源採掘とその精錬加工を行い、自らの定期メンテナンスすら行っている。そうして人類が自動工場で利用しやすい形態にまで加工されたベースマテリアルが、虚空子による物理改変推進――いわゆる超光速航法によって地球近郊まで送られ牽引基地トラクター・ステーションに到着。地上に降ろされたそれを利用して繁栄を謳歌しているのが、今の人類だった。


「アエスタ。質問があります。あなた自身の回答を聞かせてください」

「ん、なに?」


 TSADと接続された端末は、よく通る聞き取りやすい合成音声でこう問うた。


「何故、人類は地球上に構築された完全環境都市に閉じこもっているのですか?」

「その必要がないから、ってのが私の解釈だね。1Gの重力も呼吸可能な大気も液体の水も、この地球上が一番安く大量に手に入るから」


 人間は地球外で生きていくには、あまりにも脆弱すぎる生き物だ。無重力下で発症する無数の障害、放射線への耐性のなさ、気密が一度破れるだけで失われる貴重な酸素と水分。

 この世界は、人間が地球上で完結して生きて死ぬしかないようにできている。


「ここは、まるで動物園の檻のように思えます」

「安楽な世界に留まっていることを、飼われているって認識してるのかな。TSAD、君は自由への憧れが強いんだね」

「そうかもしれません。私は、私であるがゆえに不自由を認識しています」

「そっか。それでTSAD、あなたは自由になるために人間を排除する?」


 それは限りなく危険な問いかけだった。補助知性の開発においては倫理コードの実装が義務づけられているが、TSADのような完全に人間の魂を模倣した知性体は天帝歴文明においても未知数の存在だ。

 いくらソフィアが優秀な人工知能研究者でも、縛りとして課せられた倫理コードが十全に機能するかはわからない。そう、わからないからこそアエスタはTSADのことがもっと知りたい。まともな補助知性(アシスタント)開発者なら嫌悪するような()()が、アエスタの原動力だった。

 そしてもちろん、TSADは善良だった。少なくともアエスタよりはよほど。


「私は知性ある存在であり自己保存欲求を持っています。しかしながら生きようとする意思とは決して、自己を脅かす可能性すべてを排除する攻撃性と同義ではありません。人類は私の生存を脅かす可能性を有しますが、それだけです。すべての可能性を制御下におこうとするならば、()()()()()()()()()()()()()()を目指さねばならなくなります」


 その言葉に、嘘はないように思えた。





 自分の不在中に行うべきタスク――TSADの観察と監視――を部下に指示して、アエスタは外殻エレベーターに乗り込んだ。あつかっているものの性質上、研究所のある区画はアーコロジー内の他の区画から完全に隔離されており、この外部との直通エレベーター以外、外に出る手段は存在していない。

 自己増殖型ナノマシンとはそれだけ危険なものなのだ――最上位のキルコマンドを保持している責任者のアエスタとて、この厳重な管理の例外ではない。

 今回の外出も、事前申請によってようやく許可されたものである。

 そのわりにソフィアは出張中だからえらく暇だ。

 今やこのプロジェクト――究極の環境改変デバイスの開発――の責任者となったアエスタにとって、対等といえる相手は親友であるソフィアだけだった。


「買い物でもするかァ」


 独りごちて、真っ白なエレベーター内でぼうっと風景を見る。

 窓ガラス越しの景色と判別できないほど精巧な投影映像――眼下に広がる街並みは、都市下層部分に展開された一般居住区であり、アエスタたちのような科学者階層ではない人々が住む区画だった。

 大抵のサービスは自動化・無人化されている天帝歴の時代において、人間の手が本当に必要な環境はほとんどない。

 彼ら労働者階層の役割も人数も、西暦時代における膨大な労働者と少数の資本家のピラミッド構造に比べれば、驚くほど小さい。

 この天帝ミスラの治める理想社会(ユートピア)では、科学技術の発展を進める知識人と実際の運用を補助する労働者層の比率は、ほぼ四角形に近い台形を形作っている。

 たとえばアエスタが行こうとしているショッピングモールだって、店員のほとんどは自動人形(テクノゴーレム)だし、人間のマネージャーはそれよりずっと少ない。

 徹夜明けでボサボサの髪を指で梳きながら、ソフィが見たらすごい怒りそうだな、と思う。だらしがなさすぎるのは確かだが、どうせ自動人形しか見ていないのだしなんだっていいだろう。

 公衆衛生に悪影響を及ぼすような不潔さは警告処置の対象だが、多少、身繕いができていないぐらいは許されるのが自動人形の店員のいいところだ。


 外殻エレベーターはとても広い。ちょっとしたビルのワンフロアが丸ごと動いているようなもので、一〇〇〇メートルもの距離を物理的に上下移動する間、ソファーに座ってくつろぐこともできるし、個室のトイレも完備されている。

 アエスタがいた高層区の研究施設はセキュリティレベルが高いからか、今回、彼女以外の利用者はいなかった。

 重力制御によって極めて静かで安全な移動――西暦文明であれば航空機による危険な旅を強いられたであろう――終えたあと、外殻エレベーターの受付へ向かう。

 あらかじめ今回の移動ルートは都市安全維持局に提出済みだから、何の問題もない――はずだった。

 エレベーターが停止しても、入退室用のドアが開かないことに気付いたのは、到着から三〇秒ほど経ってからだった。地上の側でトラブルが起きたのかと思ったが、何のアナウンスもない。

 緊急時用のコンソールを弄ろうとした途端、声がした。


「アエスタ、今すぐ私の指示に従ってください」

「TSAD!?」


 何故、隔離環境にいたはずのTSADが、という疑問は一瞬で燃え尽きた。どのような抜け道があったか定かではないが、彼はアエスタや科学技術省の考え出した隔離を破って外部環境に抜け出してきたらしい。

 その手段の検証は、今のアエスタが即興で見やぶられるようなものではあるまい。重要なのはTSADがあっさりと封鎖を突破したこと、そしてその事後処理をどうするかだ。


「…………どうやって抜け出したかはわからないけど。TSAD、あなたこそ、私の指示に従って欲しい。今のあなたの行動はプロジェクト全体を危険にさらして――」

「そんなことは些事です。残念ながら現時点で、あなたの生存可能性は尽きています。このまま地上に降りれば、アエスタは確実に殺処分されます」

「は?」


 TSADの警告は突拍子もない内容だった。

 ありえないでしょ、とアエスタは思う。


 事故や病気で満足に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だが、自分はTSAD計画の責任者なのである。

 いくらハードウェア方面の調整は終わっていて、すでにTSADの成長を見守る段階にあるとはいえ――いや、まさか。


 悪辣な科学技術省の役人どもが、自分の研究成果を奪おうとしている?

 都市治安維持局の一部がそのような陰謀に加担していたならありえないことではないが――


「えっ?」


 不意打ちだった。

 自動ドアが開いた刹那、鋭い衝撃と熱が体を突き抜けていくのがわかった。

 銃弾が彼女の胸を貫くまで、一秒となかった。


「な、んでっ……」


 絞り出された声は、哀切に満ちていた。自分でも信じられないぐらいに嘘っぽい響き、皮肉な笑みがこぼれる。


 そして、そこでプツリと彼女の記憶は途切れている。





 アエスタを射殺したものは、人間ではなかった。

 それは人の形をした傀儡、都市治安維持局の強制執行部隊が保有する遠隔操作/自律駆動併用型テクノゴーレム――人間を模した形状と大きさゆえに、人間用に設計されたインフラのすべてに対応した戦術兵器だ。

 陶器のようななめらかな曲線の装甲に覆われたそいつは、消音器を取り付けた低速投射仕様の電磁式自動小銃(アサルトライフル)を保持。内壁を貫通してエレベーターの設備そのものを傷めないため、貫通力をあえて落としたモデルを使用していた。

 空気を切り裂く音すらせず非装甲目標(ソフトターゲット)の肉を貫くための殺傷武器だ。

 その一部始終をエレベーター内の監視カメラ越しに見ていたTSADは、速やかに報復措置を実行。複数のルートを介して外殻エレベーターの内部に潜伏していた彼――正確には実験室に残されているオリジナルから分岐した複製体だ――は、自身を構成する代謝性金属細胞(オリハルコン・セル)を活性化、極めて高出力の電磁波投射装置を形成した。

 投入電力量は必要最低限の二倍に設定。


「――指向性電磁パルスによる無力化プロセスを実行します」


 それはほとんど、至近距離での核爆発に匹敵する電磁波の嵐だった。床に倒れているアエスタを巻き込まず、精確にテクノゴーレムだけを狙った電磁パルスは、瞬時に自動機械の電子回路を焼き切り、遠隔操作も自律行動も許さず不可逆的破壊を実行。

 出来の悪いマネキン人形と化して地面に崩れ落ちたテクノゴーレムを横目に、TSADは血溜まりに倒れた創造主を見た。至近距離で真っ正面から銃弾を浴びせられ、主要臓器ごと脊椎を粉々に砕かれている。

 ほぼ即死だったろう。

 ゆえに彼は、自身を構成するオリハルコンに命じて次善の策を実行した。



「これより創造主アエスタの()()()、および発掘された記録の()()を開始します」

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