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銀騎士のリョーマ~正義の味方とラスボス系ヒロインたちの終末恋愛~  作者: 灰鉄蝸
2章:フィクション・ハイポセシス

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世界虚構仮説1-3



 〈ゼロハンター・メモリーズ〉シーズン一の傑作エピソードといえば、やはり外せないのが全部で五話にわたる長編エピソード「ブルー・ブラッド・ターミネーター」だ。

 全二四話の映像作品である〈ゼロハンター・メモリーズ〉は通常、一話完結ないし前後編二話で各エピソードが(つづ)られている。

 その中にあって例外ともいえるこの長編エピソードは、作中で主人公の所属する組織〈ゼロハンター〉の非情な任務と、それに巻き込まれて破滅する少年少女の姿を描いている。

 異形の存在と人知れず戦い、その存在を隠蔽するものたち――それが〈ゼロハンター・メモリーズ〉の物語だ。

 西暦末期の歴史考証の素晴らしさも話題になっているが、この作品の見所は世界設定から漂う悲壮感である。


 天帝歴一九九九年を生きる人類ならば誰もが知っているように、西暦末期――西暦二〇〇〇年代から二一〇〇年までの間の時代――は破滅を約束された時代だ。

 その時代を生きる人々には気の毒だけれど、彼らの営為はいずれ、避けようのない全地球規模のカタストロフィによって終わりを迎える。

 そういう時代を舞台に「汚れ仕事を請け負って人々の日常を守る」という使命のためその身を犠牲にする〈ゼロハンター〉は、ある種、道化のような存在と言えよう。


 そのせいか、〈ゼロハンター・メモリーズ〉での過去の世界の描き方はどこか憐憫を感じさせるものが多い。

 この作風は脚本家が交代したシーズン二以降も踏襲されているが――「ブルー・ブラッド・ターミネーター」が異色のエピソードと呼ばれる所以もまさにここにある。

 長編エピソード「ブルー・ブラッド・ターミネーター」は、ゲストキャラの少年「イヌイ・リョーマ」の視点で怪奇事件を追う物語だ。

 市井を生きる民間人である彼の日常と、忍び寄る異形の影。〈ゼロハンター〉のレギュラーキャラは、むしろ一般市民である少年にとって不気味で不吉な影として描写されている。

 身の丈に合わない正義感と好奇心に突き動かれた少年の悲惨な末路と、それを救うでもなく、ただ事後の隠蔽のため機能する秘密組織〈ゼロハンター〉――えらく後味の悪い物語でありながら、どこか美しくすらあるエンディング。



 アエスタはこのエピソードが好きだった。



 予定調和的な悲劇だが、描き方がいいのだ。

 まるでその目で見てきたかのような何気ない日常を生きる少年の姿と、忍び寄る非日常によって破壊されていく人生。

 犠牲になる登場人物に対して冷酷に突き放しているようで、たしかな愛情を感じる描写。

 そう、この物語は――完璧なのだ。


 一人の人間の人物像とそれまでの人生をきちんと描いたうえで、その結末までを描ききっている。


 シーズン二以降のポリティカルアクション色を強めた路線もいいが、SFホラーとしての完成度はシーズン一こそ至高というのがアエスタの感想だった。

 そういうわけで何度目かになる再視聴を終えた彼女は、大変上機嫌だった。

 今回は仕事からの逃避で見ていたわけではない。

 むしろ逆だった。


「…………完璧ぃ」


 むひひひ、とにやけ面を浮かべてコーヒーの入ったマグカップに口をつける。

 「ブルー・ブラッド・ターミネーター」のシナリオと同じく、アエスタの作り出したデバイスもまた完璧だった。オリハルコン製微小機械への組み込みと試験運用も終わり、今は三日後のTSADのお披露目に向けて準備中だ。

 これでもうソフィアに「仕事が進んでないのに現実逃避かしら」と怖い笑顔で言われることもないのである。いや、スケジュールが後ろにずれ込んで迷惑するのは彼女なので当然だが。


「数値は……虚空子回路の増幅率、質量増殖炉も正常値……は~余裕じゃん! 余裕! さっすがだな~!」


 TSADから送られてくる計測データのウィンドウを見やり自画自賛。

 これを設計した自分自身と、要求通りの高度な人工知能を仕上げたソフィアと、そうして生まれたTSADへの惜しみない賞賛だ。

 ナノテクノロジーとエーテル制御を利用した自律思考型虚空子改変機エーテル・チェンジャー、というのがTSADの開発に予算を申請したときのお題目である。

 それもこれも、オリハルコンなしには実現しえないものだった。


 古代人が不朽の金属とした架空の鉱物オリハルコン。


 その名をつけられたこのマテリアルは、自己複製し増殖し代謝する金属細胞であり、最も効率のいい半導体であり、完全な絶縁体でもある――あらゆる有機物と無機物の振る舞いを可能とする万能資源だ。

 理想的な室温超伝導を実現する物質であり、あらゆる極地環境に耐える建築素材であり、高度な演算処理装置を構成する材料であり、莫大なエネルギーを生む熱源でもあるオリハルコンなしに天帝歴の人類文明は立ちゆかない。

 そしてオリハルコンを使ったテクノロジーの中でも特に重要なのが、微小機械群(ナノマシン)である。

 社会の持続可能性を最大限に保障するための計画的人口生産――極めて合理的な人口統制政策を約二〇〇〇年にわたって続けている天帝歴の地球文明において、労働の省力化と自動化は欠かせない。

 言うなれば社会を支える基幹技術である微小機械を用いて、オリハルコンを利用したあらゆる天帝歴のテクノロジーを統合運用する、というのがアエスタの研究だった。

 要するに手元の端末一つでネジ一本から反応炉まで自在に生産・建造し、自動的に運用可能になるということであり、何より画期的なのはTSADが如何なる資源も消費せず汚染も排出しない点である。

 西暦時代の文明は、資源採掘や燃料消費に伴う環境汚染に苦しみ、ついには制御不能な大規模な気候変動を招き寄せた。

 産業革命以前から森林資源や鉱物資源のような消費しやすい資源を食い荒らしてきた旧文明の末路――それに比べて、宇宙の根源的構成要素である虚空子(エーテル)を増幅し、質量に変換して自己増殖するオリハルコンは無限の可能性に満ちている。

 輝かしい天帝歴文明の到達点としてTSADは生まれ落ちるのだ。

 ニヤニヤと笑いながら画面を眺めていると、訪問者を知らせるチャイム音。


「アエスタ、起きてる?」


 ソフィアだった。

 黄金の髪はいつもながら素晴らしく艶やかで、青い瞳は吸い込まれるように深く知性にきらめいていて、白い肌はクリスマスシーズンに演出される雪のように白い。

 ともすれば少女のような華奢さが儚げな、ものすごい美女である。アエスタの性的嗜好において恋愛対象にはなり得ないが、それはそうと見惚れるものは見惚れる。

 ここのところ連日、長時間作業が続いていたから少し疲れ気味のようだったが、今日は調子が良さそうだ。

 作業が一段落したのが大きいのだろう。

 何事もトラブルがなければ、TSADの物質自動構築を見守るだけでいい。


「起きてるよー。ソフィ、眠れないの?」

「ええ、ちょっとね」


 ラフな部屋着姿のソフィアは、するっとごく自然な動作でアエスタの部屋に入ってきた。ほとんど自身の部屋のようにこなれた足取り――というか、いつの間にか私物のマグカップまで持ち込まれているのがアエスタの現状である。

 それもこれも彼女の私生活のだらしなさが理由のため、親友からの管理を甘んじて受け入れているのだが。

 二人の住まいは同じ施設内にあり、ほぼ真向かいに互いの居住スペースがあった。

 セキュリティ上の観点からアーコロジー上層部に設置された宿泊施設は、科学技術省管轄の職員宿舎だった。

 科学技術省によってその生活を保障された身分。つまりそれは、この天帝歴の社会構造においてエリート中のエリートであることを示している。


「考えてもみて。あと七〇時間もしないうちに、わたしたちの人生の岐路がやってくるんだもの。私だって緊張ぐらいするわ」

「必ず成功するイベントに岐路も何もないと思うけどなあ」

「そういう楽天家なところ、何も変わらないわね」

「んー?」


 ソフィアの言い方が引っかかって、アエスタは彼女の顔を見た。

 いつも通りの綺麗な顔。

 けれど、そこに浮かんでいる表情は過去を懐かしむような郷愁の色があった。


「あ、覚えてないのね。ええ、まあ、だろうと思ったけど」

「何が?」

「私とアエスタが出会ったときの話よ。情熱的に口説かれたわ――神様みたいな完璧なものを作ろうって」

「流石だなあ私。ブレない」


 覚えてはいないが自分なら絶対そう言うだろうなと確信があった。

 ソフィアは二人分のお茶――これは覚醒作用などがない安眠用――を淹れると、マグカップに注いでアエスタに渡してきた。もちろんアエスタの部屋に持ち込まれたソフィア用マグカップにも注がれていた。

 すっかり手慣れた手つきである。


「そういうわけで……いろいろと長いこと、あなたに付き合ってきた身として緊張もするわ。だって私、あなたがいなかったら官僚目指してたと思うわよ?」


 そうなのだ。

 科学者としての適性を示してこの道に進んだアエスタと異なり、ソフィアの人生には他の選択肢があったのである。

 何から何まで知的エリートとして遺伝子レベルで設計された彼女は、この天帝歴の社会を運営する官僚集団の中で頭角を現す道とて高い確率で実現していただろう。

 そういう才女を自分の夢に巻き込んでいるという自覚はアエスタにもあった。


「私の人生変えた責任は取ってもらいたいんだけど」

「え、やだ。そういうの重いし……」

「わあ、最低」


 くすくす笑いながらお茶を口にするソフィアは、どこまで本気で言っているかわからないのでたまに怖い友達だった。

 そして友達のそういうあどけない笑い方を、アエスタは気に入っている。


「TSADのお披露目、絶対に成功させましょうね」

「もちろん!」


 最高に出来のいい我が子(・・・)を見せつけてやるべく、アエスタはにんまりと笑ってみせた。









 見上げるほどに、巨大な円環だった。

 直径一二〇メートルのドーナツ状の輪が、周期的に配置された脚部に支えられて閉鎖都市の外壁部分、アーコロジーの頂上部分に設置されている。

 この巨大なドーナツは土台部分から五〇メートルの高さに浮いており、見た目よりはるかに軽量でしなやかな素材――オリハルコン・ナノマシンで構築されていた。


 アーコロジーの「屋根」の上は広い。

 一辺が一〇〇キロメートルを超えるような超巨大構造体の外壁ともなれば、外部環境での実験に都合のいいエリアがいくらでもある。

 標高二〇〇〇メートルの高さで植物などの有機物も皆無のため、昆虫や小動物などの機材を傷める原因になる存在もいない。

 本来であれば自己増殖する微小機械の実験は閉鎖空間で行うのが望ましかったが、構築するものと実験内容が実験内容だったので屋外試験の許可が下りた。


 そうして作られた巨大な輪っかは明らかな異物だったが、その建設においてアエスタとソフィアは如何なる重機も大型ロボットも用いていない。

 彼女たちがしたことといえば、当該エリアでの実験許可と土地の一時利用許可の取得、そしてナノマシン散布用の自動奉仕機械(テクノゴーレム)の貸し出し申請だけだ。

 TSADの核となるオリハルコン・ナノマシンは、わずか二一グラムの金属粒子に組み込まれた虚空子回路を本体としている。


 気密容器ごとアーコロジーの「屋根」に設置されたTSADが最初に行ったのは、虚空子回路の活性化による虚空子の増幅(・・)だった。

 ナノマシンに組み込まれたTSAD自身の人工知能は、自らの思考を触媒にして虚空子を倍増させていき、増加した分を元手に自己複製を開始。

 虚空子を質量へと変換したオリハルコン・ナノマシンは、やがて指数関数的な増殖へと至る。

 そうして二一グラムの微小機械から自己増殖の末に構築されたのが、この宙に浮いた巨大ドーナツ――円環型増幅回路であった。

 虚空子回路の働きを利用すれば、一見、エネルギー保存の法則に反した事象さえ自在に引き起こせるというのが天帝歴科学文明の知見であり、アエスタとソフィアが行おうとしているのはその究極系だった。


 今回行うのは、外部から投入された電力の増幅実験だ。

 円環型増幅回路も自己増殖型微小機械も、それぞれ単独のテクノロジーとしてはすでに存在しているが、これほどまでに高効率で自動的な仕組みは未だ存在していない。

 万能知性体TSADによって制御されたオリハルコン・ナノマシンは、エンジニアによる細やかな調整なしに、あらゆる発明を自発的に改善・発展させて完成させていく統合的なシステムなのだ。

 アーコロジー内部の実験室からカメラと各種観測機器ごしに巨大なドーナツを見守る面子――科学技術省の監査官たちを横目に、アエスタは実験準備を進めていく。

 といっても実験室にあるのはいくつかの操作端末とモニターだけの簡素なものだ。おかげで公開実験というよりは学生のプレゼンのような雰囲気になっていた――計測データの不正ができないよう、幾重にも科学技術省管轄の人工知能から監視の目が向けられていることを除けば。

 この場に立ち会っている人間の監査官は、半ば儀礼的な存在なのだ。

 天帝歴社会において多くの人間の職業がそうであるように。


「設定出力一〇キロワット、有線給電に異常なし――」


 TSADは自動的な仕組みであり、この時点でアエスタとソフィアにできることは何もない。

 隣にいるソフィアの横顔――頭一つ分は背が低い彼女の表情は緊張で強ばっている――をちらりと見たあと、アエスタはそっと彼女の手を取った。

 どうせなら二人でボタンを押すのが相応しいと思ったのだ。

 一瞬、びっくりしたように目を見開いたソフィアはすぐにしょうがないな、と言いたげに苦笑して。



「――電源投入」



 二人でスイッチを押し込んだ。


 それだけですべては何の支障もなく終わった。

 得られたのは、つまるところアエスタとソフィアにとって当たり前の結果であり、監査官たちにとっては驚きの内容だ。

 同じくTSADによって構築され「屋根」に敷き詰められた物体――オリハルコン製の大容量蓄電装置に充電されていく電力量を計測しながら、にやりとアエスタは笑う。


「一〇キロワットの電力を投入して出力されたのが五〇ギガワット。ざっと五〇〇〇万倍に増幅された電力がTSADの構築した増幅器から取り出されています。増幅器は継続的に使用可能で、現時点で一万時間程度の連続使用が可能と思われます。この増幅器と大容量蓄電池の構築過程において、我々から下した指示はありません。最初に与えた電力の増幅と蓄電という課題に従って、TSADが自ら生み出したのです」


 黙って実験を見守っていた監査官の一人が口を開いた。

 科学技術省から送り込まれた監査官たちは、どちらかといえば二人の研究に対して懐疑的な立場だった。

 突然、御上からスカウトされた一般研究者であるアエスタはあまりコネがある立場ではないから、必ずしも役人の覚えがいいわけではない。


「……つまり、TSADそのものが、使用者の命令に応じてすべての行程を自発的に行った、と? 自己増殖型微小機械の増殖速度といい、にわかには信じがたいものだが……このオリハルコン・ナノマシンに従来との違いがあるのかね?」

「はい、TSADは用途に合わせた機械的・電子的なハードウェアの最適化を自ら提案し、完成させる自律したデバイスです。共同研究者であるソフィア氏の虚空子演算器エーテルコンピューターの理論を元にした、高度な自律思考型知性を搭載しています。今回、TSADが実行した投入された電力の増幅は、オリハルコンが形成する虚空子回路と、それに連動する虚空子情報体の相互作用により周囲の物理法則に干渉する現象――いわゆるテンレン効果を利用した思考による現実の改変がTSADの本質なのです」

「テンレン・エフェクトは人の魂の性質だ。機械知性にそれができると?」


 自己増殖型微小機械の不文律――エネルギーそのものは何らかの形で外部から摂取しなければならない――という弱点を克服したTSADの秘密は実にシンプルなものだ。

 あるいは肉体の維持にエネルギー摂取が必要な人間よりもよほど、その存在は神に近いかもしれないけれど。

 アエスタは満面の笑みで、モニターの向こうで稼働するオリハルコン・ナノマシンの本質に胸を張った。





「可能です――TSADは人類史上初めて、魂を持つ機械(・・・・・・)なのですから」









「いえーい、やったわねアエスタ!」

「そ、ソフィ……なんかテンション高くない?」」


 ささやかな祝いの席だった。

 ソフィアの自室――ごちゃごちゃと私物が散らかっているアエスタの部屋はこういう祝い事をやるには狭すぎた――に飲食物を持ち込んでの、二人だけの祝賀会である。

 手応えはバッチリだった。そもそも科学技術省の監査官などという名ばかりの役職の連中がどう口を挟んだところで、多額の援助を受けているTSADの研究が凍結されることはありえない。

 傲慢なアエスタはそう考えていたし、事実、そうなる程度に二人は優秀だった。

 ソフィアの性格がよく出ている整理整頓された部屋は、ダイニングテーブルの上に料理を並べるだけで華やかな雰囲気になる。

 部屋の主がインテリアにもこだわりのある証拠だった。


「そりゃあ高くもなるわよ! あなたが夢みたいな構想ぶち上げてから何年経ったと思ってるの? ようやく日の目を見るかと思うと……うふふ!」


 今日のソフィアはいつにもなく気が昂ぶっていた。アルコールや薬物による酩酊状態ではない――ソフィアはそういった中毒性がある嗜好品に対して人一倍潔癖な質――から、単に神経が高ぶっているのだろう。

 つまりマジでよろこんでいる。

 生真面目で優秀な親友にこれまでかけた苦労を思うと、傲慢かつ唯我独尊を地で行くアエスタにも罪悪感が生じた。


「その節はご迷惑をおかけしました……」

「ええ、ええ! もっと感謝してくれていいのよ?」


 白い肌を桃色に紅潮させて、香料入りのミネラルウォーターで口を湿らせるソフィアはそれだけで絵になっている。

 テーブルを挟んで真向かいに座るアエスタは、上機嫌で料理をつまむ親友を見て、ようやく自分たちの研究が一つの節目を迎えたのだと実感し始めた。

 TSADによる大規模現象操作実験の成功は、科学技術省における二人の地位を盤石のものとするだろう。


 思えば長い道のりだった。


 天帝歴の社会において、人間には二種類の出自と育成コースがある。

 遺伝子サンプルからランダムに交配させた受精卵のうち、基準を満たした胎児を選別して適性検査を繰り返しながら職業を振り分けられる一般人と、使用される生殖子の段階から用途に合わせて調整されるエリート。

 アエスタは前者であり、ソフィアは後者の生まれだ。

 この二種類の人種は人的資源としての使い道が違うから、通常、生活で交わることはない。

 二人が同じ道を歩むことになったのは、ひとえにアエスタに飛び抜けた才能があったからに他ならず、ソフィアはその異能の才に引きずられて人生を変えられた側だった。

 そう意識してみると、少し怖くなった。

 果たして自分の夢に、ソフィアを巻き込んでよかったのだろうか、と。

 そんなアエスタの心理を読み取ったかのように、ソフィアはにっこりと微笑んだ。


「ふふっ、怖がらなくていいんだけど。私、アエスタと出会ってから人生楽しいんだもの」

「そうなの?」

「ええ、言ってなかったかしら……そもそも私の専門分野って人の魂を虚空子情報体として解体していくことなの。わかる? 人間の魂よ? これってすごく人間の本質的な部分をバラバラにしてる感じがしない?」


 中々に猟奇的な発言である。

 ソフィアはたぶん、人の尊厳を冒涜する瞬間に嗜虐的快楽を得るタイプの変態だった。

 わりと問題がある人格のような気がするが、適性検査で失格して失職していないのだから愛嬌の範疇だろう。

 おそらく、きっと。


「人の意識を司る虚空子構造体……つまり魂は、エーテルで記述された高度な情報体なの。神経組織を初めとする肉体とエーテルで編まれた魂の相互作用によって、私たち人間は自身の生存確率を担保して生存している。TSADが行っている物理法則の改変行為は、それを桁違いに大きな出力で実行しているに過ぎないの」

「人間は生きているだけでこの宇宙を改変してるってことだよね」

「ものすごくミクロなスケールの話ではね。私たちが体感できる規模の改変は発生しえないわ」


 虚空子を使った演算器からその動作がもたらす物理的改変現象までをあつかうのが、ソフィアが専門としているエーテル情報技術であった。

 アエスタの研究――無限の増幅回路たるオリハルコン・ナノマシンなしには机上の空論だったはずの研究が、こうして画期的なブレイクスルーを迎えたことが嬉しくてたまらないのだろう。

 はしゃぐソフィアを見ていると、アエスタまで嬉しくなってくる。


「なんだっけ。昔の宗教書だと唯一神が自分に似せて人間を作ったんだったかな。私とソフィは逆に、人間から神様を作ったわけだ」

「あなたってオカルトも宗教も信じてないくせに小洒落たこと言うわよね」

「西暦時代の文化は嫌いじゃないよ。野蛮人への物珍しさかもしれないけど」


 ふぅん、と相づち。

 しばらく黙り込んだあと、ソフィアはいつにもなく真剣な表情でこう切り出した。



「私はね、アエスタ。TSADに――あなたと私の発明に、永遠を夢見たのよ」



 茶化すことはできなかった。

 黄金のまつげに彩られた青い瞳が、真っ直ぐにアエスタを見つめていた。

 たぶん彼女は、冗談ではなく人生を賭けるだけの信頼と親愛を自分に向けてくれている。


「もしも明日、世界が滅んだとしても。あなたと一緒に作り上げたTSAD(ツァド)が残るなら、私は満足して死ねるわ」

「……大げさだなあ、ソフィは」

「私は真剣なんだけど?」


 ちょっとむくれるソフィアは少女めいて可愛らしい。

 何をしても美人か可愛いになるのだから、ズルいなと少し思った。

 テーブルに並べられた料理をつまむ。

 なんと言うことだろう、この女、手料理まで美味しいと来ている。

 完璧すぎる。

 うんうんとうなずいたあと、アエスタはいつもの調子を取り戻して、あっけらかんと本音をぶちまけた。



「だいたいその程度で満足して死なれちゃ迷惑だよソフィ――私の発明が、人類を永遠にしてやるんだから」



 ソフィアは目をまん丸にしたかと思うと、吹き出して笑い始めた。

 くすくす笑いながら、彼女は目を細めて上目遣いにアエスタの顔をのぞき込んでくる。


「あなたって、時々、びっくりするぐらいロマンチストよね……」

「そう?」

「ええ、そして傲岸不遜……アエスタはそうでなくっちゃ」


 微妙に褒められていない気もしたが、まあソフィアが楽しそうなのでよしとする。

 これからどうTSAD――人の手による魂を持つ機械知性――を育てていくべきか、夢想しながら、アエスタはグラスに入ったミネラルウォーターを手に掲げる。


「あたしたちの発明に乾杯」

「ええ、乾杯」


 かちん、とグラス同士が音を鳴らして。

 年若い二人はこれからの輝かしい未来に思いをはせた。
















――それから間もなくして、アエスタはすべてを失うことになる。








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