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銀騎士のリョーマ~正義の味方とラスボス系ヒロインたちの終末恋愛~  作者: 灰鉄蝸
2章:フィクション・ハイポセシス

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いじめから親友が助けてくれた思い出




 私がホシノ・ミツキに出会ったのは、小学校四年生になったばかりのころ。



 当時はまだ彼女の母親は存命だったから、今より天真爛漫(てんしんらんまん)なところがあったように思う。

 都会からやってきた転校生――ソラハラ市もずいぶん大きい街だけれど、やはり地方都市と首都圏の間には大きな断絶があるものだ――ということもあり、ミツキはずいぶんと注目されていた。

 それはそうだろう。


 何せ、ミツキはとびきりの美しい少女だったのだから。


 小学生離れしたスタイルの良さと、これまた浮世離れした美貌――長い黒髪は艶やかで、肌は雪のように白くて、ぱっちりした赤みのかかった瞳は宝石のよう。

 すらりと長い手足はまだ成長途上にあるせいか、骨ばかりで肉付きが足りない感じだけれど背の大きな子だった。

 当時は今ほど背が高くはなかったけれど、それでも小学四年生の中にあっては目立つ程度にずば抜けた綺麗な子だったのだ。


 彼女は要領がよく、とにかく敵を作らない世渡り上手でもあった。

 決して社交的なわけではないのだけれど、場の流れを読むのが上手いのである。

 まるで人の心がわかるみたいに。

 特別、親しい友人はいないようだったけれど、それで不利益を被ることはなくグループを作るときは自然に溶け込んでみせる。

 なんというか大人顔負けに立ち回りが上手いのだ。



 さて、告白しよう。



 私には秘密がある。

 それは目下、善人ぞろいと言っていい愛すべき家族にも言えない類のものであり、その関係で私はどうにも他人に心を開けない質だった。

 要するにホシノ・ミツキと違って、私は大いに孤立していた。


 そういうわけなので学校で浮いてしまうのは避けられず、まあ質の悪い輩に目をつけられてしまった。

 教師の前では優等生として振る舞う一方、弱いものいじめをこっそりするのが大好きという歪んだ支配欲の怪物。

 決して自分の手を汚さず、取り巻きをいじめの首謀者として操り、安全圏からいたぶられる被害者を眺めて悦に浸る――なんともまあ底意地の悪さにかけては工業廃水垂れ流しの公害塗れのドブ川のようなクソ女だったのである。


 いじめ。

 集団生活につきものの動物的習性、ストレスのはけ口を作って死ぬまでいたぶるという、自然界でもよく見られる行動である。

 私が遭遇したトラブルもその例にもれず悪質だった。


 持ち物を隠されるところから始まり、上履きが学校のトイレの便座に捨てられるようになり、クラスメイトがよそよそしくなり、様々な連絡事項が私にだけ届かなくなった。

 それは学校生活に留まらず、インターネット上のコミュニティ――チャットアプリでも同じだった。

 あっという間に私は除け者にされ疎外され、嘲笑され罵倒されるサンドバッグに仕立てられていく。

 このいじめの陰湿なところは、本当の首謀者がそれらしい証拠を残さないところにあった。


 実際に加害行為を行っている輩は所詮、この首謀者――仮にAとしよう――の意を受けて動く操り人形に過ぎない。

 主な表向きの加害者は二人いて、このBとCが私をいたぶる役だった。

 彼女たち――全員が同級生の女児――恐ろしさに、クラスメイトの女子たちも私に対するいじめに消極的に参加せざるをえない。

 この巧妙で逃げ場のないシステムによって、私が精神的に追い詰められたのは言うまでもない。


 愚かしいことに、当時の私はいじめの標的にされている事実を家族に隠そうとしていた。

 共働きで忙しい父母に迷惑をかけたくなかったし、世話焼きの兄に負担を案じてのことだった。

 あとになって知ったのだが――兄は私の状況に勘づいていたらしく、密かに両親や従姉に相談していたらしい。



 一方そのころの私はと言えば、まるで役に立たない事なかれ主義の教師に怒り狂い、首謀者のAを物理的に沈黙させるしかないと思い詰めていた。



 そう、最初から奇襲するしかない。

 当時の私はかなりテンパっていたので、無意味に暴力的な方向に事態をエスカレーションさせようとしていた。

 奇襲が上手くいけば傷害事件で私が加害者だし、失敗すれば報復でいじめが激化するのはわかりきっていたのに。


 あれは昼休みの時間。


 トイレから出てきた私は、事前に準備していた凶器を手にしていた。

 得物は裁縫ハサミが一本。

 カッターナイフより確実に肉を裂くであろう鋭い刃物だ。

 ストレスで暴力性剥き出しになった私は、クラスメイトと談笑するAを襲おうと歩き始めたのだけれど。


「ダメだよ、それはダメ」


 さて、ここで止めに入ってきたのが件の転校生のホシノ・ミツキである。

 今までろくに話したことのないクラスメイト――いじめに関しても我関せずを貫いていた筋金入りの傍観者――は、刃物を持ったいじめられっ子という危険物に対して場違いな微笑みを浮かべていた。

 私の警戒を解こうとしている笑顔ではない。

 可愛い小動物を見つけたので思わず笑みがこぼれた、とかそういう類の自然な微笑。

 その毒気の欠片もない笑みを見た瞬間、私の中で膨れ上がった暴力的衝動は嘘のように消え失せていた。

 熱狂は消え去って、ただ、目の前で微笑んでいる美しい少女の異質さに気づいてしまう。

 誰も見ていないことを確認すると、そっと裁縫ハサミを私から取り上げて、ホシノ・ミツキは私の顔をのぞき込んだ。



「一日だけ待ってくれないかな。大丈夫、誰にも言わないし――あの子たち、ちょっと面白いことになりそうだから」



 あの子たち、というのがAたちのグループのことだと気づくのに、何秒か時間がかかった。

 わけがわからなかった。

 たしかにホシノ・ミツキは学校内のスクール・カーストの序列から自由な子だったが、それはAたちのグループに反抗できるような影響力を意味しない。

 常識的に考えれば、彼女は無力な傍観者に過ぎなかったのに。


 あのとき私が何故、彼女の言葉を信じたのかはわからない。

 ただ一つ、わかっているのは私を突き動かした衝動の正体だけ――あれはたぶん、畏怖に近い感情だった。

 機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら去って行くホシノ・ミツキは、天使みたいに綺麗だった。

 そして彼女の言ったとおり、一日で結果は出た。




 私に対するいじめはあっけなく終わった。




 というのも、首謀者であるAの転校が決まったからだ。

 ずいぶんと急な話であり、担任教師も困惑している様子だった。

 その後、Aの腰巾着であり積極的にいじめに加わっていたBとCが学校に来なくなった。

 理由は不明だが――噂によれば、三人そろって有名な心霊スポットに出かけて帰ってきてからおかしくなってしまったのだとか。


 とにかくどういうわけか、私をいじめていた女子は全員が学校生活から綺麗さっぱり消えてしまった。

 チャットアプリやSNSの世界からも、彼女たちは存在しなくなっていた。アカウントを削除してしまったのだ。

 彼女たちと交流のあったクラスメイトも困惑しており、電話しても決して出ることがないらしい。

 なんでも部屋から一歩も外に出られない引きこもりになってしまったとか。


 いきなり学校生活からの脱落者が続出とは、担任教師の査定にもさぞや響いたことだろう。

 そいつとは進級時に縁が切れたので今ではどうでもいい話だが。









 こうして「心霊スポットに出かけて頭がおかしくなった三人組」という怪談だけが残り、私を取り巻くいじめは終わった。

 それまで遠巻きにしていたクラスメイトたちも、謝罪とともに私との交流を再開してくれたわけだが――腑に落ちない事態が多すぎたのも事実である。

 意を決して、私は直接、一番怪しい人物に事情を尋ねることにした。


「あの、ミツキちゃん」

「ん。なぁに?」


 放課後の教室、窓際の席に座るホシノ・ミツキは絵画のように美しかった。

 黄昏時の教室で母親の迎えを待つ少女は、手にしていた文庫本――図書館で借りた古いSF小説だ――から顔を上げて、涼しい顔で口を開いた。


「そんなに不思議だったかな? あたしも美味しくないのは苦手だし。好き嫌いはダメってお母さんに怒られるけど」

「え、給食の話?」

「あっ……ううん、こっちの話」


 ミツキはくるりと周囲を見渡して、教室内に教師やクラスメイトが残っていないことを確認して。

 無邪気な微笑みを私に向けた。


「あの子たちのお話だよね?」


 その笑みはとても魅力的で、思わず私は魅入られそうになる。

 彼女にはどこか、この世のものとは思えない蠱惑的な雰囲気があった。

 頭がおかしくなって転校していったいじめっ子たち、というあらゆる意味でタブー視されている話題さえも、ミツキにとっては世間話の一つのようだった。


「……うん。あのときは止めてくれて、ありがとう」

「あたしも、あなたが無事でうれしいよ。めちゃくちゃになるの、もったいなかったし」


 それは私への好意を口にしているようで、どこかズレた響きの言葉だった。

 たとえるなら「明日の給食がカレーライスでうれしい」と言うときのようなニュアンスなのだ。

 とても軽くて、何気なくて、それでいて異質。

 それが私がホシノ・ミツキへ抱く感情だった。


「ん。あなたのそういうところ、あたし、好きだな」


 まだ言葉にも表情にも出していない、私の内面を見抜いたかのような口ぶり――そのくせ、ミツキは機嫌良さそうにしている。

 私は両親や兄に迷惑をかけることなく、我が身に降りかかったいじめという災難から逃れることができたのだけれど、どうにも薄気味悪い感覚が拭えない決着だった。

 風の噂で聞くところによれば、転校したAはこれまでの優等生ぶりが嘘のように奇行に走るようになっているという。

 まるで頭のネジが外れてしまったように。


「ミツキちゃん、なにかしたの?」


 そもそも表向きは品行方正で通っていたAたちのグループが、急に自分たちだけで心霊スポットに出かけたのが不自然なのだ。

 安っぽい怪談みたいに都合よく祟りで全員が正気を失うなんて、本当にありえるのだろうか。

 確信はないが、おそらくミツキは彼女たちに何かをしたのだ。


「なにかって?」

「あいつらが急におかしくなったの、偶然とは思えないから……別に責めてるわけじゃないけど、納得したいんだ」


 原因もわからずに降って湧いた赤の他人の不幸で助かるなんて、なんとなく気持ち悪くて嫌だった。

 私は兄のように立派な人間ではないから、いじめっ子たちの不幸はいい気味だと思っている。

 だから、これは正義感からの行動ではない。


 事実、私はこうしてミツキを問い詰めていながら、彼女の得体のしれなさを恐れてはいなかった。

 むしろその普通ではない部分に、新種の動物を見つけたときのような知的好奇心をかき立てられてすらいる。

 そんな後ろめたいような私の気持ちも知らずに、ホシノ・ミツキはどこまでもマイペースだった。



「――悪いことはしてないよ。お母さんに怒られるから」



 きょとんとした顔で首をかしげたあと、あんまり美味しくなかったし、と口を尖らせるミツキ。

 まるで意味がわからなかったが、一つだけはっきりしたことがある。

 この子は私なんか目じゃないほど変だ。


「あなたもかなり変だと思うよ、あたし。全然怖がってないんだもん」


 うっかり口に出していたのだろうか。

 突拍子もないようで会話が成立する、奇怪なミツキの言動に私が困惑していると、彼女はとんでもないことを言い出した。


「ねえ、友達になろう?」

「…………え、なんで?」


 かなり意味がわからなかった。

 私はミツキを疑って問い詰めている陰気ないじめられっ子のはずなのだけれど。


「だってナツミちゃん、面白いから。友達って一緒に居る人でしょ、なら面白い人の方がいいかなって」


 今にして思えば、これが私たちの友情の始まりなのだからわからないものだ。



 あれから二年が経って、今ではホシノ・ミツキは私の一番の親友と言っていい少女である――その理由が理由だけに複雑だけれど。

 妙に勘がいいところがあるミツキは、おそらく私の抱えている秘密に気づいていた。

 それを面白がって近づいてきたんだと思う。

 裏表のない子なので個人的には結構好きな人種なのだけれど、たまに空恐ろしいことを言うのが玉に瑕だ。



 さて、そろそろ私の秘密について白状しよう。




――私には前世の記憶がある。




 私の名前はイヌイ・ナツミ。

 今年の春には地元の中学校に進学する予定の一二歳、いわゆる女子小学生である。



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