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銀騎士のリョーマ~正義の味方とラスボス系ヒロインたちの終末恋愛~  作者: 灰鉄蝸
1章:ガール・ミーツ・ヒーローボーイ

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銀の騎士





 すべての悪は一つの仮定から生じた。





 地下研究施設〈シャンバラ〉――この星の外から堕ちてきた天使を切り刻む場所も。

 異端科学崇拝組織〈シャムロック〉――そうして得られた異形のテクノロジーを活用する組織も。

 時空連続体破壊兵器アカシャ爆弾――無限のエネルギーを取り出すことで人類の文明を発展させる力も。

 対異界超人兵器プロジェクト・ネフィリム――天使と人間の血肉を混ぜ合わせて生み出した新たな霊長も。


 すべてはたった一つの脅威を迎撃する手段であり、目的ではなかった。

 曰く、この世の外より降りてくる悪しき神。



――降臨者(アウターデーモン)



 それこそが、かつてこの星に存在していた特異点たる個人、王の名(アレックス)を冠するゴールドスタインが人の滅びと認識していた事象である。

 上記の事実については、イヌイ・リョーマもホシノ・ミツキも知るよしがないことであったが――そのような無粋な知識がなくとも、“それ”に対峙すれば否が応にも理解できたはずである。

 人は決してこれに抗えない、と。



 “それ”は名を火炎怪獣デスマンドラという。



 まさしく荒唐無稽、子供向けの特撮番組から抜け出てきたような巨体は、直立二足歩行するトカゲの風情――胴体の骨格は人間そっくりなのに手足の長さは歪だから、全体としては人型から外れている。

 平べったい爬虫類(はちゅうるい)めいた顔には、ニヤニヤと嘲笑するようなねじれた笑みが浮かんでいて、“それ”が持つ悪意を否が応にも想像させるものだった。

 足から頭の先まで三〇メートルはあろうかという体躯に、身長と同じぐらい長く太くしなやかな尻尾。

 恐竜よりも蜥蜴人間の巨人版といった方がしっくりくる異形である。


 空の孔から落ちてきた“それ”が着地した瞬間、ずどん、と大地が震えて。

 突然、上空から降ってきた数百トン荷重に耐えかねて、山の斜面は地滑りを起こした。

 根を張っていた木々を巻き込み、大量の土砂と一緒になって滑り落ちてくる怪獣――不幸中の幸いはこの地滑りに、リョーマとミツキが巻き込まれていなかったことだが。

 山を駆け上がって彼らを探していたスカルマスクには知るよしもなかった。


 虚空を引き裂き、降りてきた“それ”はあまりにも醜悪で、悪意に満ちていて――何よりネフィリム体のセンサー群で知覚すればすぐにわかった。

 怪獣のように見える実体は狂える異界法則を内包した肉の塊、常時、物理法則をねじ曲げてあり得ざる肉体強度を実現している独立型エーテル・サーキットなのだと。

 言ってみればアレは、カインが死体を操る仕組みの延長線上にある化け物だ。

 桁違いの出力のエーテル操作によって実現される、既存の物理法則下では成立し得ない悪夢。

 高さが三〇メートルある巨体であることなど、その存在の本質に比べれば可愛いものだ。


 あらゆる意味で絶望的になっていくイヌイ・リョーマの生存の可能性に、らしくもなく自分が焦っているのがわかった。

 思考が揺らぐ。

 人格がスカルマスクからベルカに揺らいでしまう。

 ダメだ。

 ダメなんだ、リョーマ――キミが死んでしまうのは嫌だ。

 自らの人格の揺らぎを押し殺し、彼/彼女は叫んだ。


「これが貴様の望みか、カイン!」

「笑いたまえスカルマスク。これが、君を生み出した愚かな人間たちの終末なのだから」


 お前の忌み嫌う種族の終わりを何故嘆く、と問いかけながら笑うカインは、彼/彼女の矛盾を突いていた。

 迫り来る土砂の津波――引きずっていた死体を斜面に投げ捨て跳躍。連続で横っ飛びに跳ね回って地滑りの範囲から逃れながら、位相変換能力を行使。

 あれだけの巨体ならば、物理法則に準拠した実体に変換すれば自壊する。

 そう判断しての選択だった。


 だが。

 

 薄ら笑いを浮かべる二足歩行の蜥蜴は、その巨体に見合わない軽快さで尻尾を振って。

 直径六メートルはあろうかという極太の(ムチ)が、スカルマスクの着地点めがけて横なぎに叩き込まれた。

 その大きさゆえに、先端速度は容易く音速を超える高速の質量体――回避は間に合わない。


 衝突。


 オリハルコンで構築された外殻がひしゃげ、骨格が歪み、声に出すことすら叶わない激痛がスカルマスクの神経――エーテル・サーキットを駆け巡る。

 その激痛がスカルマスクを生かしていた。

 破壊された肉体を再生する原材料として、ネフィリム体はオリハルコン製の金属細胞を用いる。この細胞群の自己増殖のエネルギー源として彼/彼女は、自身の精神活動によって増幅された虚空子を使用していた。

 すなわち苦痛を代償に、再生のためのエネルギーをまかなっているのが、二八番目のネフィリム体スカルマスクだった。


 痛みに歓喜しながら自己を再生する狂気じみた感覚が、スカルマスクの――ベルカ・テンレンの脳裏を支配する。

 神話においてネフィリムは地上の食物を喰らい尽くしたが、彼/彼女が喰らうのは痛みを感じる自身の心だ。

 我が身を喰らう最低最悪の被虐嗜好者(マゾヒスト)――自己嫌悪と限りない生への憎悪がわき上がる――欠損した手足すら数十秒で生え替わる異形の代謝機構。

 何十メートルもの斜面を転がり落ちるように吹き飛ばされ、下界に流れ込む土砂に巻き込まれながら。

 スカルマスク/ベルカは一途な祈りを捧げる。



――キミを、守るから。



 きっかけは些細なことだった。

 生きる理由すら見失っていた実験体の生き残りが恋をした。ありふれたつまらない初恋の相手が、たまたま底抜けに善良な少年だった。

 たったそれだけのことに救われてしまったから、そのネフィリム体は人のために戦うと決めたのだ。

 それが恋情なのか愛情なのか執着なのか、彼/彼女にもわからない。

 だけど、その想いに嘘偽りはなかった。

 土砂に塗れて地面に這いつくばるスカルマスクが、ふらふらと立ち上がった瞬間。



 火炎怪獣(デスマンドラ)の口腔が開かれ、喉奥に存在するチューブ状の器官が露出した。

 物理法則を超越した存在、降臨者の権能。

 瞬く間に体内で生成され、蛇のように長い首の管を通り、げぼげぼと粘液質な音を立てて口腔から吐き出される液体――大量の燃焼剤を含んだゲル状燃料の濁流が、瞬く間に爆弾で粉々に吹き飛んだ住宅街を飲み込み、瓦礫や死体を覆い尽くした。

 刹那。

 デスマンドラの喉が鳴って。

 着火。

 爆発的な燃焼反応が稲妻のように伝播し、辺り一面を覆うゲル状の流体は白く燃えさかる炎の海に変わり果てた。


 それはさしずめ、ナパームブレスと呼ぶべき殺戮機構。


 その中心温度はテルミット反応による燃焼に匹敵し、摂氏三〇〇〇度を超える高熱で大地を焼き尽くしていった。

 鉄骨や銃火器、自動車に用いられていた金属は融点を超える高熱によって、飴細工のように溶けてなくなっていく。

 だが、オリハルコン製の肉体を持つネフィリム体は、その超高温に晒されてなお破壊されない。

 ダークブルーの外骨格は業火に包まれ、軋みながら、幽鬼のようによろめき歩く。


 苦痛。

 再生。

 苦痛。

 再生。

 苦痛。

 再生。

 苦痛。

 再生。


 全身を焼き尽くされ、破損箇所を再生し続ける苦痛のループに囚われて。

 燃えさかる火炎にあらゆる感覚器を支配されながら。

 彼/彼女は届かぬ手を伸ばし続けた。




――リョーマ。




 祈るように。









 その爆発に等しい燃焼は、山の中腹からでもよく見えた。先ほどまで廃墟同然の民家と耕作放棄地が広がっていた景色は、今や炎に包まれて見る影もない。

 最悪だったのは、ここに来るまでリョーマが使った山道が地滑りに巻き込まれて寸断されてしまったことだ。

 その上、降りた先は辺り一面の炎。

 燃焼反応によって消費された酸素を考えると、酸欠になってもおかしくない有様だ。

 帰り道には到底、使えそうになかった。

 それどころか山にいてもなお、輻射熱によって伝わる高熱で汗が噴き出てくるぐらいだった。

 その惨状を作り出した化け物は、炎を足蹴にしてたたずんでいる。荒唐無稽な怪獣は、数秒でこんな灼熱地獄を作り出す本物だった。



「あたしが生きてるせいで、こんなことが起きちゃうなら……こんなの、絶対、あたしが死んだ方がいいじゃないですか」



 自分を目印にして、あの怪獣はここに現れたのだ、と語る少女――ホシノ・ミツキの推測はおそらく間違っていない。

 二度も三度も短期間に同じことが起きるなど、偶然であるはずもなかった。

 ずしん、ずしんと怪獣が歩くたびに振動が伝わってくる。

 山の斜面を巻き込んで地滑りを起こした怪獣は、それでも山の中腹、二人がいる現在地を目指して近づいてきている。


「あたしと一緒にいたら、先輩まで巻き込まれちゃいますよ……早くどこかに逃げてください」


 悲しげに微笑むホシノ・ミツキは、地面にうずくまるリョーマを優しく見下ろしていた。

 その慈悲にも見える表情は、すべてを諦めてしまった人間の顔だった。

 しばし沈黙した後、イヌイ・リョーマは腹をくくって立ち上がった。嘔吐していた口元を服の裾でぬぐい、恐怖で流された涙を忘れて。


「……いや、さっきので逃げ道潰されたからな?」


 とりあえずツッコミをした。


「や、山の反対側とか……」

「夜道にこの森の中を?」

「うっ……」


 ミツキはちょっと気まずそうに目をそらした。

 読心能力なんかなくてもわかるのは、少女がわりと雰囲気で喋っていて、そこまで後先考えていないという現実だった。

 そう思考した直後、ミツキは顔を真っ赤にして叫んだ。


「な、なんでそーいうひどいこと考えるんですか!? あたし、本気で心配してるんですよ!?」

「もう俺の頭の中のプライバシーはないんだな……」

「緊張感持ってください!!」


 ミツキの言葉は正しかったし、地響きを立てて近づいてくる怪獣はどう考えても死神だった。

 目測で三〇メートルほどもある巨体の化け物で、口から火を噴く存在なんて怪異より手に負えない脅威だ。

 一介の男子中学生――もうすぐ高校生の予定だが――にはどうしようもないなんて一目見ればわかるし、仮にミツキを連れて逃げ回っても、歩幅の差であっという間に追いつかれておしまいだろう。

 どこかに身を潜めてやり過ごそうにも、隠れている場所を火炎で焼かれたらひとたまりもない。

 いっそ清々しいぐらい詰んでいた。

 気の抜けた炭酸飲料みたいな受け答えにじれて、切羽詰まったミツキが叫んだ。


「先輩も死んじゃうんですよ!!」

「ああ、くそ……まあ、そうだよな……なあ、ホシノさん」


 反論の余地がなさ過ぎたが、かといってリョーマは自棄になって明るく振る舞っているわけでもなかった。


「たしかに俺はここから二人そろって助かる方法なんて思いつかない。でも、それでも、お前を見捨てて逃げることだけはしない。絶対に、ホシノ・ミツキを一人で死なせたりはしない」


 まるでこれから心中する人間みたいな物言いだな、と思いながら。

 たとえ結果としてそうなったとしても、自分は死ぬつもりなどなく、また少女の死を受容する気もないのだと自覚した。

 今、リョーマは怒っていた。


「俺は絶対に、ホシノさんが死ぬべきだなんて言わない。ホシノ・ミツキが死んだ方がいいなんて――誰にも言わせない」


 賢しげな判断に従うのならホシノ・ミツキという少女は危険で関わるべきでない存在なのだろう。

 ひとときの感情で助けに入って、巻き添えで死のうとしているリョーマは愚かで向こう見ずな少年だった。

 それが理性の出した結論で、きっとそれは合理的で筋道の立った結論なのだ。

 地響きを立てて異形のものが近づいてくる。

 重さに耐えかねて土砂が滑り落ちた斜面を、ゆっくりと蜥蜴の化け物が登ってくるのが見えた。


「そうやってヒーローみたいなこと言っても、何も変わらないんですよ。先輩もここで死んじゃうのに、なんで……」


 ごうごうと燃え盛る地上を見下ろす少女は、リョーマよりも早く現実に見切りをつけている。

 何故か、冷めている幼馴染みの言葉を思い出す。



――自分自身も守らずに、誰かを助けようとなんてすべきじゃないって。


――わたしはそう思うんだ。


――キミってどうして厄介ごとに首突っ込むかな。



「……あぁ、そうだよな。たぶん、お前が言うとおりだよ」


 その呟きはミツキに向けたものなのか、ベルカに向けたものなのか、リョーマ自身にもわからなかった。

 ずしん、ずしん。

 文字通り見上げるような体躯の、鉄筋コンクリート製のビルのような大きさの化け物が、目視で表情がわかるほど接近しつつあった。

 にたにたとした笑みは彼の錯覚などではなく怪獣が備えた悪意の発露のようであり、高熱で陽炎のように揺らめき火の粉の舞う焔色の景色の中、その焦げ茶色の体躯は奇妙なほど現実感があった。

 空は血のように赤く、大地は朱色に燃え盛る――現実離れした灼熱地獄の中、怪獣はありのままの現実のようだった。


 本当にミツキが原因でこんなことになっているのなら。

 彼はやはり思うのだ――生まれてきたことが間違いなどふざけた話だと。


「お前を見捨てて、自分の良心を切り捨てて、そうして生き延びた明日で、正しさをどうやって信じればいい? 未来は今よりマシだって俺は信じたいし、信じて欲しいんだ」

「あたしが嫌なんです! こんな風に不幸をまき散らすなら生まれたくなんてなかった! こんなの、どうやったって責任取れないですよ!!」


 リョーマの声は今さら現実をどうしようも出来なくなった少年の感情論だったし、ミツキの叫びはもっと切実な痛みに満ちていた。

 自分だけならまだしも、関係のない誰か――それも少なからず好意を抱いた相手を巻き込んで平気でいられるほど、少女は人でなしではなかった。

 そうだ。

 思えばミツキはずっと、イヌイ・リョーマを遠ざけようとしていたのだ。

 なのに独りよがりの正義感でここまできたのは彼の責任であった。

 だからここでリョーマが死ぬとしても、その愚かさの報いは彼自身が受けるべきものだ。

 何より――眼前の理不尽が原因だというのに、ミツキが責任を感じる余地がどこにあるというのだろう。

 気づけば、声を荒げて叫んでいた。



「責任も犠牲もくそ食らえだ! ホシノさん一人を生け贄にすれば救われる世の中なんてあってたまるかよ! そんな道理を俺は認めないっ!!」



 びくり、と肩を震わせるミツキを見て失敗したと思ったが、火のついた感情は収まってくれそうになかった。

 煮えたぎるような激情はきっと、従姉(いとこ)のお姉さんが失われたあの日から、ずっと彼の中でくすぶっていたものだ。

 そう、これは理不尽への怒りだった。

 あの日あのとき、リョーマの抱いた不正義そのもの――誰も何も癒やせない巨大な喪失をもたらす悪のかたち。



「――正義ってのは納得だ! そういうものなら信じられるって祈りなんだ! そんな簡単に捨てられてたまるかよっ!!」



 こんな馬鹿げた事態になるまでミツキを見捨てられなかった理由は、ひどく単純だったのだ。わけのわからない怪事件に飲み込まれようとしている少女を見捨てたとき、彼はあの日あのときと同じ理不尽に屈したことになる。

 手を離して見放して、この世にはどうにもならない不条理があると認めてしまう。

 それだけは絶対にできなかった。


 ずしん、ずしん、ずしん。

 電柱を何本も束ねたような太い構造物が、リョーマの視界をさえぎっていた。真っ黒な影がどこまで伸びて、少年と少女をすっぽりと覆ってしまっている。

 “それ”が何なのか一瞬、忘れて見上げてしまった。

 そこにあったのは異形。ろくろ首のごとく長い首の先についた、嘲笑を浮かべる蜥蜴の顔。



 “それ”は幼子より生まれた悪なる空想。

 “それ”はこの世の外より来るもの。

 “それ”は人間の絶対否定者。

 “それ”は怪異なる獣。



――デスマンドラ。



 かつてそのように名付けられ、その権能を授けられた幻想の似姿。

 人の魂を喰らう神の御使い、降臨者である。



 怯えて後ずさるミツキを横目に、リョーマは動けなかった。

 恐怖で足がすくんだわけではない。むしろここで自分が動いては少女を巻き込むという冷徹な計算があった。

 何よりそいつは、彼が怒る理不尽の権化だったから、一歩たりとも引くことはできなかった。

 怪獣が、デスマンドラが悪意に満ちた嘲笑を少年に向けて――短足と言っていい両足の倍近い長さの腕――類人猿の前足を思わせるそれを振り上げ、ハンマーのように振り下ろした。



「先輩っ! 逃げてぇ!!」



 ミツキの悲鳴のような叫びが聞こえる。

 だが、もう間に合うまい。

 一秒後、少年は巨大な怪獣の振り下ろした拳に殴り潰され、肉片と体液の混じった内容物を地面にぶちまけて終わる。

 人は数百トンの質量に打ち勝てないし、意思が物理法則を超越する日は来ない。

 言い方を変えれば、人間とは根本的に摂理に屈するべくして生まれた生き物なのだ。


 まるで欠けた器から水がこぼれ落ちるように、あらゆる命は失われ続ける。

 すべての命は、いつか潰えるために産まれてくる。

 その理不尽に、イヌイ・リョーマは怒っていた。



――ずっと、わかってたんだ。



 ミツキがどこか浮世離れしているのも、ベルカに彼へ言えない秘密があるのも――つまるところ、少年の手には負えない理不尽が横たわっているからなのだと。

 きっとそれは個々の問題としては別物で、種類の違うものなのだろう。だが、リョーマと彼女たちで見ている世界や生きる世界が異なっている現実の元凶という意味では同じだ。

 彼は無力で無知で、手を伸ばしても少女達の悲しみを救うことはできない。

 ミツキにこの世のすべてを諦めさせ、ベルカにあんな顔をさせる何かが許せなかった。



――俺は、何もできないのか?



 煮えたぎるような怒りが、彼を突き動かしていた。

 それはたぶん生き物として原始的な本能が、生きるために選択した闘争の意思。。

 イヌイ・リョーマは視界を埋め尽くして迫る巨神の拳を目に焼き付けながら――それでも諦められずに。




――届かぬ手を伸ばした。




 刹那。

 虚空を引き裂きながら、きらめく白銀の輝きが現れた。

 それは時間と空間を超えて存在する誰かの祈り、はるか遠い時空の彼方から伸ばされた腕、白熱する虚空子(エーテル)、この宇宙と始まりと終わりを繋ぐ(しるべ)

 誰にも意味などわからず、誰にも価値など判別できない因果の円環。


 今まさに彼の指先と怪獣のそれが接触する瞬間、虚空の輝く腕とリョーマの腕が重なった。

 重ねられる誰かの(かいな)――その温かなぬくもりを、恐ろしいとは思わなかった。

 そして、掴んだ。









 ホシノ・ミツキはこれから起きる惨劇の予感に目を閉じていた。初めて恋がしたいと思わせてくれた男の子が、物言わぬ肉塊になって転がる恐怖に目を背けていたのだ。

 だが、怪獣の拳が大地に激突する音も、先輩の断末魔も、何も聞こえてこない。

 いいや、聴覚なんて些細な感覚器はあてにならなくて。

 少女が持つ最も鋭敏で確かな感覚器は、より驚くべき現実を教えてくれていた。


――先輩の心が、まだ味わえる。


 しかもそれは、恐怖で打ち砕かれた年相応の少年のそれではなくて。

 理不尽への怒りに震えていた、力強いあの人の慟哭でもなかった。

 いつも通りに優しくて善良そのものな、イヌイ・リョーマの心――たまらぬ甘美な美味しさが、舌の上いっぱいにじゅわっと広がった。

 読心能力でもあるミツキの舌は、先輩の声を読み上げていた。


――さっきは怒鳴ってごめんな、ホシノさん。


 まったく意味がわからない。

 今まさに巨大な怪物にひねり潰されようとしていた人の思考ではない。ひょっとして先輩は狂ってしまったのでは、と思いつつ、恐る恐る両目を開いた。

 やはり目を開いても意味がわからなかった。



 視界に先輩はどこにもいなくて。

 さっきまでイヌイ・リョーマが立っていたはずの場所には、見慣れぬ人影がたたずんでいた――怪獣の巨腕を片手で受け止めている、冗談みたいな絵面。




――それは輝ける騎士だった。




 おそらく優に二メートルを軽く超えている背丈、手足は太く長くしなやかで古代の神々を象った彫刻のように美しい。

 裸身を思わせる優美な曲線でありながら、騎士甲冑を思わせる外骨格。

 まるで特撮ヒーローのスーツみたいな造形なのに、存在感が異質すぎて着ぐるみだとはまったく思えない奇妙な人型。



 それは光で編まれた幻想、夜闇を切り裂く光――真なる銀(ミスリル)の鎧は白銀色、地球最大規模のアカシャ反応炉すら凌駕する超高出力エーテル・サーキットを宿した超越者。

 ひるがえるマントは燃えるように赤く、胸の中央に埋め込まれた結晶核(コア)から伸びた光の筋(ライン)もまた虚空子エーテルの赤。

 鎧兜のような頭部には、バイザー越しにもわかるあの人の瞳。



 その名を、ホシノ・ミツキは名付ける前から知っている。

 ぽろり、と呟きがこぼれた。








「――銀の騎士(シルバーナイト)










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― 新着の感想 ―
[一言] ついに変身シーンが……!! 感無量です。
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