五節『そうあるように願いを込めて』4
「剣士様は夢の中……」
「質の悪い冗談はやめてもらえる?」
「まさか、冗談だなんて」
ギャレットが横たわるベットの側に置かれた椅子に座った天依とエレナは、軽口を叩きながら話し合っていた。
「彼をどうするおつもりですか?」
「今は悪いようにはしないとだけ。三日経てば立ち去るのですから、変に意識することもないでしょう。貴女に祝福された人間を無下にするわけにもいきませんし」
「それではそのように」
エレナは内心で天依のことを素直じゃないと思っていたが、言葉には出さずにただ微笑んでいた。それでも伝わるものは伝わるのか、天依は軽く頬を膨らませてエレナを見ていた。
ギャレットを運び込んだ騎士はすでに退出しており、この場には二人しかいない。それも、神殿の事情を知っている二人だ。
「本当は返さないほうが正解なのではないかと……そう思ってしまうのだけど、エレナはどう思う?」
「ここで私たちがそのことを話しても意味はありませんよ。彼にはあと一仕事残っていますから」
「聖剣が抜けたといっても、彼はただの代用品。中継ぎにしか過ぎないわ。……あんまりよ。私にそっくりな娘を彼が連れていたのを覚えている?」
「ええ。もちろんです。はっきりと覚えています」
天依の表情はだんだん暗く、声も覇気を失くしていく。取り繕った仮面が剥がれ、一人の少女としての本音が漏れ出ていた。
それは自らに似た少女に頼られていた一人の男が、手を伸ばせば届く位置に寝ているからだろう。もっとも今の彼女がそれに気づくことはないが。
「神は残酷なのね……。見たくもない未来を見せられたんだもの」
「文にあった婚約のお話のことですね」
「私にも貴方のような頼れる人が居ればもしかしたら……」
最後のつぶやきをエレナは目を閉じて聞くことしかできなかった。
これは決して力量だけの話ではないと分かっていたからだ。いかに名誉があろうと、いかに誇りがあろうと、同性の自分では彼女を救うことは出来ないと直感的に理解していた。同時に、未来の破滅が近いことも。
騎士が仕えるのは王であって、目の前の少女ではない。
護るべきはこの場所であって、目の前の少女ではない。
それが積み重なって溢れてしまったのだろう、と。
……三日後。ギャレットは廃墟となった神殿で佇んでいた。
心地の良くない苦痛と一匹の烏に対面した彼は、収まらない動悸の中で心の中に直接届く声を聴いていた。
『非常に有意義なものであった。見せてもらったよ。あの場で何を思い、行動したのか。私はもう一度見せてもらうことにしようと思う。……なに、少し過去に飛ぶだけだ。最後の一回は私が私のために使う。それでいいだろう?』
胸元を抑えるギャレットを前に烏は消え、少ししてから周囲にあった人骨も視界から消えていった。
初めからそこには何もなかったかのように、お前の目がおかしかったのだと言われているような、そんな妙な感覚だった。きっと過去に飛んだ烏が何かしたのだろう。
この神殿では誰も死ななかった。そうあれとあの烏が望んだのであれば、それが正しい選択だったに違いない。
◇
ある商人の名前はプレイテリア王国を騒がすこととなった。
遺跡群の探索に赴いていた彼が持ち帰った聖剣は、次の担い手を静かに待ったという。
──不思議な人でしたがね、良い人だったのは間違いないですよ。遺書を渡されるとは思いませんでしたが、私は彼に救われましたからね。そのくらいは請け負って当然でしょう。それが現在の製法で作られた紙でないとしても、彼の最期を見れば追及する気持ちも失うというもの。
──ああ、今回の旅は良いものでした。
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