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青鈴の騎士  作者: 畔木鴎
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五節『そうあるように願いを込めて』3

 天依からの「そこまでにしてください」という懇願にも近い声に、二人の足は止められた。

 切り傷、擦り傷、打撲痕。まあなんとも酷く、見るに耐えない光景であることか。

 天依は騎士ではない。こういったものを見る覚悟はあっても、時間と臭いとで敬遠してしまうのも無理のないことなのかもしれなかった。


「天依様!!止めないで頂きたい!」

「いいえ……、このままでは二人とも死んでしまいます」

「少なくとも勝敗を決めなければ!」


 エレナは戦いの熱を口から吐くように告げるが、天依も引くことをしない。

 そんななか「僕の負けだ」と軽い声で放ったのはギャレットで、自然と彼に注目が集まった。


「視界が回って仕方ない。このまま続けても僕の負けだよ」


 これに黙ったのはエレナである。

 聖剣で強化されたギャレットと、神具に身を包んだエレナ。

 この場で各々の得物を比べることはないが、習熟という点においてギャレットが勝ることはない。常に超スピードで動き続けるギャレットの三半規管はすでに限界を迎えていたのだ。


「ちょ、ちょっとエレナ!」と、天依の声の先にはギャレットへと進んでいくエレナの姿があって、彼は揺れる視界の中で神具が放つ光と輪郭とが近づいているのを見ていた。

 無言で進んでいく彼女は膝をつこうとしていたギャレットの小脇に手を差し込み、「格好の悪いこと」と凛と澄ました表情を緩めて彼の手から聖剣をさらって行った。


「聖剣はいただきます」


 そう言ったことで周囲の人間はにわかにざわめき出したが、彼女はすぐに聖剣を彼の元へと返した。


「ですけれど……私には聖剣とまともに打ち合える剣がありますから」

「ははは、……素直じゃない」

「さ、膝を」


 鞘に差し込まれた聖剣をエレナは握ることができた。つまりは聖剣を扱う資格を持っているということなのだが、彼女は一切の執着もなかった。


(どこまでも高潔な騎士か……、懐かしいな)


 エレナの誘導のままにギャレットは片膝をついた。この後に起こることなど想像に容易いものの、誰も口を挟むものは居なかった。

 この儀式は神聖な儀式。本来は神具を賜る女性騎士を祝福するものだ。

 騎士の心は騎士から引き継がれる。今日から彼は名ばかりの騎士ではなく、その高潔な心を有する人間として認められようとしていた。


「名もなき騎士を私は祝福しよう。彼は果敢な戦士であり、勇猛な剣士であった。覚悟と剣を持ちて困難に相対する様を誰が笑おう。君よ、ただ清くあれ。……そうあるように願う」


 ギャレットの肩に置かれた剣が持ち上げられ、顔を上げた彼が見たものは、苦虫を嚙み潰したような表情に近い微妙な顔をしたエレナだった。

 まだ何かあるのかとギャレットは顔をもう一度下げるがまだ言葉が続くような雰囲気もなく、困惑しているところに彼女の体から発せられる熱が迫ってきていることを感じていた。じれったくて見上げた頃には互いの顔は随分と近く、鼻先がいつ触れてもおかしくはなかった。

 それでもギャレットが動じなかったのは、エレナの表情が全てを悟ったかのように見えたからだろう。


「時空神殿に使える者として……人には言えないような秘密を私は知っているつもりです。時を飛ぶことが貴方の体に大きな負担を与えてしまっている。……そうでしょう?それも今回で三回目。元の場所に飛ぶのなら四回飛ぶことになります」

「……それが何か?死んでも構わないと思ってきたつもりです」

「ええ。分かっています。そういう目をしていましたから。貴方は私たちに聖剣が必要だと思った。多くは聞きませんが、そういうことなのでしょう」


「それなら」と言い募るギャレットを制してエレナは続ける。


「ですけれど、この聖剣は受け取れません。一つしかないはずのものが二つあることを神は良しとしないでしょうから。これは貴方の場所で必要な人物に渡してあげてください」

「僕の周りは皆強い人ばかりだ。……聖剣なんて必要ないよ」

「大丈夫です、きっと見つかります。しかるべき時にしかるべき流れに乗せてあげれば、次の担い手の元にちゃんと届きます」


 立ち上がったエレナをギャレットは少しの間見上げていたが、そのあとにギャレットも立ち上がった。

 油が切れた人形のように間接にガタが来ているのが分かる。筋肉が熱くなっているのが分かる。笑えるほどにバラバラになりそうだった彼を遠巻きに見ていた騎士たちが支え、天依とエレナの後を連れて行ってくれた。


「この後はどうするつもりですか」

「……え?」

「そんな状態で戻ったら本当に死んでしまいますよ」

「あぁ……、知人には三日ほど空けると」

「それだけあれば十分でしょう」


 天依からの質問に、彼は自身がなんと答えたのかあまり記憶がなかった。

 ようやく休息できることに安堵していたのだ。


 気が付けば戦い続けてきた人生だったと、彼は騎士の腕に支えられながら重たい瞼を閉じた。

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