五節『そうあるように願いを込めて』2
これはやばい。エレナは今なお跳ね上がり続ける両手に逆らわずに綺麗なバク転を決めてギャレットの一撃を受け止めた。
針の脚が床に縫い留められる。宙に浮く作用がある脚が、石畳に突き刺さっていた。ならばこそ。語るまでもなく彼の一撃を受け止めたエレナが感じる衝撃は凄まじいものだった。
「……っ!」
「はぁ!!」
ギャレットとエレナの鍔迫り合いはいつぞやの邂逅のように、受け手の膝を折った。
あの時はギャレットで、今日はエレナの番だ。
視線がかち合ったかと思えばギャレットは体を時計回りに回転させて左足で回し蹴りを放ち、エレナは地面に埋まるかのように頭から落ちていく。
周りの騎士たちからは心配の声が漏れ、天依は唇を噛みしめる。
それほどまでに周囲から見た力量差は圧倒時で、暴力的だった。
エレナは剣を両手から左手に移し、右腕を下敷きにしてから地面にぶつかった。神具によってダメージは多くないが、このまま押し込まれてしまえば負けてしまうことは明白に脳内に浮かび上がっていた。
床に打ち据えられ、反動で浮かび上がった隙間に右腕で上体を支えて脚を回転させることでギャレットを追い払った。
「はぁ……、驚きました。貴方が騎士の名乗りをしたこともそうですけれど、先日戦った以上のスペックは人間のそれをゆうに超えてしまっている」
「聖剣とは得てしてそういうものだろう?」
彼女は少しの間で意識を切り替えた。次に考えるのは彼が持つ聖剣の能力なのだが、それをギャレットが許すはずもなく次の一撃がやってきた。
一撃一撃が速すぎる。まともに視認できるのは鍔迫り合っている時だけで、残りの時間は蒼い線の軌道を読むしかない。こうまでも変わってしまうものかと、エレナは歯噛みして床を滑っていく。
相手の方が速いことは確かだが、動きを止めてしまえば先ほどと同じことを繰り返してしまう。
打ち合っては弾かれ、上手く立ち会えたら押し返し。
ゆっくりと時間をかけて聖剣の役割を考えていけば、結論にたどり着くのも難しくなかった。神具は随分と損傷してしまったが、こういった類の武具は時間をかけて修復していくために気にすることもない。
数ある聖剣を並べてみたとき、一対多を想定した能力が多い。
まさに一騎当千の剣だが、ギャレットの行動と見比べれば能力はいたって単純なものだろう。
明らかに速すぎる行動と、神具をまとった騎士を押し込めるほどの力。
そう推測は立てれても、彼女から打てる有効打は少ない。
ならば、次に考えるのは意匠の意味。
生憎と蒼い狼の群れがエレナの心当りにはなかったが、群れという点で考えられることは多い。剣の主が先頭の狼であるなら、続く狼は彼の元に集った戦士である可能性が高い。
味方への能力付与効果は確実にあるだろう。狼は基本的にペアで動くことから何か対になる物があってもおかしくはないが、解釈の仕方は自由だ。それこそ、剣と使用者とをペアとしている可能性だってあった。
ひとつ、試してみる価値はある。
次の鍔迫り合いを待つエレナと、何かを感じ取ったギャレットの睨み合いが続く。
しかして打ち合ずに済むほど体は冷えておらず、その時はやってきた。
ぎゃん!!
甲高く耳障りな音が響いた。刃の交差は互いの頬を切り裂かんと間近に迫り、機を伺っていたエレナは口早に詠唱を始めた。
「エレナ・ナーガの名において深き森の神に願い乞う!荒ぶる暴風をここに!」
貴族の血統のみが扱える魔術はすぐに効果を現した。エレナの掌から暴風が発生し、それは彼女の剣の周囲を渦巻くように巻き上げる。
ギャレットは明らかに顔をしかめて浮き上がる体を抑えようとするものの、素直に引かなかったことでエレナからの追撃を受けることとなった。
明らかに武器を狙った一撃。まともに打ち合うわけにはいかないが、打ち合なければ指が飛ぶ。選択は素早く、安全択が選ばれた。
エレナの剣のそばを通るだけで風に引き込まれ、構えは歪んでいってしまう。無理な体勢で攻撃を捌き、逃げるように立ち回るギャレットは、相手の魔力切れを狙っていた。
エレナはエレナでせっかく得た攻勢の好機を逃すはずもなく、剣にまとった暴風を打ち出すようにして逃げ場を潰していった。
幾合かの打ち合いがあり、削れた鉄粉が火花をまとって弾け飛ぶ。
群狼の剣がギャレットの手を離れ、エレナが一際深く踏み込むと、躓くように彼の動きが鈍った。
(今だ!!)
隙を見逃さないエレナの一撃はギャレットの首元をめがけて進んでいく。
だがあと少しというところで彼女はギャレットが虚空に伸ばした腕を不審に感じ、思いっきり身体を捩る。結果として、その直感は彼女を救うこととなった。
耳元をもの凄い勢いで飛んで行く何かの風切り音。正体を見ることは出来なかったが、この場において彼の手に戻っていくものなど一つしかない。
食らいついてくるように飛んできた聖剣を受け止めたギャレット。
間一髪のところで命拾いをしたエレナ。
両者は己の勢いを殺さぬように体を回転させ、互いの首筋へと目掛けて振り払った。
自身の刃を届かせて、相手の刃を避ける。体は自然と半身になり、早く届けとばかりに剣を押し出す。ならば、剣の腹がぶつかり合うことも仕方のないことだろう。
これまでの流れでひときわ大きな火花が散って落ちていく。二人ともに息が上がっているが背をいがらせるばかりで肩は上下させず、剣の切っ先に殺意を乗せて相手へと向ける。
どちらともなく踏み込めば、そこに天依からの静止の声がかかった。




