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青鈴の騎士  作者: 畔木鴎
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一説『連なる青の近親者』2

 リレーティブルー。人間の膝ほどしかない魔物だけに、彼らが扱う道具は総じて小さいものである。だからこそ、相対したらならばその刃先には気をつけなければならない。

 糞尿と動物の血とで作られた毒が塗りたくられているからだ。


「いやあぁ!!」

「くそっ!」


 悲鳴が木々にこだまする。エリーに駆け寄るギャレットは素早く周囲を確認するが、ブルーの姿を見ることはできなかった。低身長であることを理解している戦い方であった。

 ギャレットのツールホルダーの中には緩和剤が入っているが、完治させようと思えば優良な薬師か神官の手助けが必要であり、ブルーの姿が見えないこの状況で彼は逃げることを選択した。


 雨は上がったが風まで止んでしまったわけではなく、ギャレットが放った十個の煙玉は広く周囲に広がっていった。今はほんの少しだけでも逃げるための時間が欲しかったのだ。

 胸に抱えられたエリーはギャレットの衣服を強く握りしめて声を出さないように必死に耐えていたものの、一町人の彼女がこれほどの痛みを感じる機会も早々あるはずもない。

 彼女の心の中にあったのは、焼けるような痛みとギャレットが吐く悪態の言葉だった。


「もう少しだ、我慢してくれ。森の途中に川があった。そこまでの辛抱だ」

「……ごめんない、私のせいで」

「お願いだから謝らないでくれ。急ぎすぎて周りが見えてなかった僕が悪い」


 森の中に点々と落ちていく血の滴をギャレットは分かっていた。矢を抜いて布をあてるべきだということも。

 それをしてエリーが意識を保っていられるのなら、彼は間違いなくそうしたであろう。だが彼女が気絶してしまえば、ギャレットは彼女を抱えて死ぬか、見捨てるしかなくなる。

 意識があるとないとではかかる体重が違うし、単純に視界は二人分だ。

 いつかは追いつかれることを考慮しつつも、彼女を落ち着かせてから矢を抜いたほうがよかった。


(ここのリレーティブルーがどれだけ強い毒を使うのか知らないけど、毒が回る時間はだいたい三十分から一時間。……間に合うかな)


 女性とはいえ、人間を抱えて走るのはそれなりの疲労がたまるもの。走る速度は少しずつ落ちるし、血の匂いは森の中に広がっていく。時折現れるブルーの喉元を蹴り飛ばしては駆け、川辺にたどり着く頃には全身から大量の汗が流れては地面に染みを作っていた。

 だがこのまま休んでいるわけにもいかず、彼は彼女を外套の上に座らせて傷口以外を見ているように言い含める。


 河原に来る前に説明をしていたこともあってか彼女は戸惑うような表情を見せることはなかったが、それでも張り付いた恐怖まで消えるようなことはない。いざとなれば行動に移すことができる彼女でなければ、ここまですんなりと進まなかったかもしれないと、ギャレットはそう思っていた。

 一方、エリーはエリーでギャレットが自らを助けてくれることに一切の疑問を抱くことはなかった。


「噛みしめて」短く吐いた言葉にエリーは自らの顎に力をこめ、その時を待っていた。

 痛いのは嫌だが、死ぬのはもっと嫌だ。口の中に広がる布の味に吐き気を覚えようとも、ここまで助けてくれたギャレットのことを思えば吐き出そうとは思えない。視線をやや上げた彼女の目に石造りの建物が映った時、肉を裂かれる喪失感と激しい痛みが彼女を襲った。


 悲鳴はできる限り抑えられたが、ギャレットの手には肉を抉る鈍く重たい感触があった。何度経験してもこればかりは一生慣れないだろうと、ツールホルダーからポーションの類を取り出して手際よく傷口に塗っていけばたちまち抉られた肉が盛り上がり、元の装いを取り戻していった。

 これに驚くのはエリーだ。通常のポーションにこれほどの効力はない。


「ギャレットさんこれは……」

「教会が取り扱ってる聖水で作られたポーションだよ。大丈夫。ちょっと伝手があってね。もちろん後で神官様に見てもらうんだ。毒が完全に抜けたわけじゃないから」


 ギャレットは会話を切ろうとわざとらしく視線を周囲に送るが、まだブルーは追いついては来ていなかった。


(ここから町まではそれなりに近い。……逃げ切れる。逃げ切れるが、町の門が素直に開けられるとは思えない……)


 邪魔者が消えても彼らは何も困ることはない。それどころか、櫓の上からギャレットとエリーをこれ幸いと撃ち殺そうとする可能性だってあった。

 もしそうなった場合、残された病気の母親に何をしようとも許されるのだから、男衆は特に気合を入れるに違いない。


「ギャレットさん、あっちに建物が!」

「建物……?あれは……、遺跡群からは離れてるけど」

「行きましょう!どこかで休まないと」


 エリーが指さす先にはたしかに石造りの建物があった。遺跡群からは離れ、どちらかと言えば町よりの場所にある建物に難色を示すギャレットだが、エリーは何をするにも休んでからだと言って聞かなかった。

 ギャレットの頬を伝う大量の汗を見ていて、町まで走らせようとするほど落ち着いたエリーは周りが見えていないわけではなく、自己中心的でもなかった。


 川の反対側、遠目から屋根をのぞかせる建物であればひとまずの休憩ができる。森の中で休むよりも死角は減るし、彼の身長に合わせて作られたショートソードであれば狭い場所でも活躍できるだろう。

 案外悪い提案でもないそれにギャレットは少し思案するが、答えはすぐに出た。


「……仕方ないか。あそこを目指そう」

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