五節『そうあるように願いを込めて』1
レープハフトと別れたギャレットは川辺の神殿の中に居た。
未だ彼が見ぬ地下通路とやらを通ってきたのだろう烏と対面したギャレットは尋ねた。
「過去に飛ばしてもらえないだろうか。僕は……最後にやることが出来たんだ」
『まあそれは構わんがな。飛ぶには寿命の多くを失うことになる。言わんでもいいかと思っていたが』
「それでもお願いしたい」
最初の転移の時にも感じた体の不調の原因が分かったギャレットだが、彼はそれでも烏に願い出た。
そう言われて飛ばさない理由もない烏は床の一部を指し示してここを踏むように言った。ここが起点だと。
『戻りたいならアマヨと共にこの付近に来ればいい。どれほどの覚悟か見せてもらうぞ』
「そこまで大層なものではないけれど、精一杯やらせてもらいます」
ひとつ頷きを返したように頭を上下させた烏が飛び立ち、ギャレットが床に体重をかける。
彼の耳に入ってきたあの耳障りの音は、殊更に緊張感を高めていく。ここまで戦ってきた事。これからやらねばならない事。そうしていれば……あの烏の鳴き声が聞こえているような気がして──
──瞳を開いた。
朝の寝起きなんて比ではない。ギャレットが耐えているのは彼の命の重み。
失った寿命で得たであろう疲労を一気にその身に負っているに等しいが、この時ばかりは彼が膝を屈することはなかった。
ならばこそ、この苦痛もどこか心地よい。
周囲を見渡すギャレットを中心に悲鳴が上がる。人が急に現れたのだ。こういう反応は当たり前。彼が思っていた通りであった。
「……っすーーーー、ふーーーーー」
深く、長い息を吐いた。
誰かを威圧させるためのものではないそれは、待ち人を待っているときに洩れる緊張の類に近いだろうか。
ギャレットは再び周囲を見渡した。
待っている。待ち人は……来た。
「お久しぶりと言うには唐突な対面……。たしかギャレットと。そう言っていましたか」
「エレナ、軽口もそこまでに。貴方の悪い癖ですよ」
「ええ。ですけれど天依様、私は彼の顔に酷く見覚えがあるのです」
エレナと呼ばれた騎士は天依に頷いて、ギャレットに視線をやった。
彼女の他にもギャレットを囲む騎士は居れど、天依の近くに居ることで力量を言外に表していた。彼女の掛け声で自身は串刺しになってしまうだろう。それは否応に想像するところだった。
「顔に見覚えが?それは……先日対面したからでは……」
「それもあるのですが、こういった類のものはあまり口に出してしまうと神秘性を失ってしまいますから。私の心の中へと仕舞っておくことをお許しください」
「なら私からは何も」
彼女たちが話している間にギャレットは体の具合を確認し、剣帯の留め具を外して聖剣の柄を撫でた。
(体が動かないということはない。ならば出来るはずだ。僕は聖剣に相応しい人間ではなかったけど……エグシオさんが託してくれた物をみすみす風化させるほど愚者でもない。こいつを託された意味。それを確かめる)
『今ならば腰の聖剣も抜けるやもな』
烏の言葉を反芻する。答えは出た筈だ。
「そこな騎士よ。一騎打ちを申し込む」
口調は固く。背筋を伸ばして声を張る。
思い描くのは聖剣の担い手としてあった理想の男。
国を守る騎士としての背中だった。
「ほう」と、エレナが笑い、天依の目が細くなる。
「私としては借りもあります。一向に構いはしません」とも。
「僕が負けたのなら、この剣を持っていくがいい」
「私がもしも負けたとすれば……?」
「その時は騎士の心をいただくとしよう」
「なるほど。それは非常に好ましい」
エレナが剣を引き抜く頃には天依は十分に距離を取り、他の騎士たちも戦意を抑えて控えていた。
レープハフトたちはギャレットが持つ剣を聖剣だと気づくことは出来なかったが、彼女たちは違う。日頃から神具に身を包む者としてあの剣が持つ神性に気が付かないはずもなく、騎士の正式な決闘を邪魔する声が上がることもなかった。
神鉄を鍛えた鎧は燐光を放ち、エレナから放たれる圧は周囲を威圧する。
その中でギャレットはゆっくりと聖剣の柄に指を絡め、何の抵抗もなくそれを引き抜いた。
長い剣ではない。神具を潰せるような重い剣ではない。
刀身の真ん中を走るように描かれた狼の群れだけがその剣の特徴だった。
「故国の名もなき騎士が一人。ここに決闘を申し込む」
「八咫の時空神殿騎士長。エレナ・ナーガが受けてたつ」
ギャレットが地面と水平に掲げた聖剣の狼たちが青く輝いた次の瞬間、エレナが構えていた剣を腕ごと跳ね上げた。驚いた表情のまま体が流される彼女が見た先には……、次の一撃のために体勢を整えるギャレットの姿があった。




