四節『剣士の飛び方』4
レープハフトと合流したギャレットは、遺跡内でのブルーの殲滅作業を行っていた。繁殖力の強い魔物であるからこそ、一匹でも多く殺してしまいたかった。それは今後ここを探索するうえで障害となってくるだろうことだからだ。
「いや、無事でよかったよ。任せたはいいが、なかなか合流できなかったからな」
「ええ、それはどうも。……少し手こずりまして」
ミハイルが振った鞭がブルーの背中を鋭く裂いた。いくら数が多かろうとも、逃げ惑う背を追うことのなんと簡単な事か。投石を行うギャレットの表情はすがすがしく、そこから苦労したような気配は感じられなかったものの、ミハイルはただの謙遜だと受け取って高く鞭をしならせて次の一体を狙いしました。
屋根の上からはレープハフトと付いてきた少年が弓を手に射かけ、ロリスが少年の構えを調整しており、ギャレットの目線がそちらを向いたからかミハイルがつられて口を開く。
ギャレットの居ないうちに色々と話していたらしい。
「聞かれたのはアンタのことだ。あの人は強いのか、だってよ。……どうみても強いだろって答えてやったんだよ」
「へぇ」
「戦場に立った人間にしか分からない感覚なんだろうな……。森の中に入って魔物を狩るだけじゃだめなんだ。あの詰まったような空気感。うちの国ってか、聖国は戦争で大きくなったじゃないからな。内戦なんて珍しいもんじゃない」
手を止めて聞き始めたギャレットにミハイルは視線を向ける。
「どうやって生きて帰るか。一兵卒がまず考えるのはそこだろう。気配の殺し方。人の殺し方。皆必死だ。数をこなさなきゃ冷静に立ち回ることなんて出来るはずがないがな、前提としてその人間に運がなきゃ終わりだぜ?それをな、あの坊主に言ったんだ。……お前が立てた物音で人が死ぬ。お前が矢を避けたから人が死ぬ。そういう場所だってな」
彼の語る内容はギャレットにとっても共感できる内容だった。ブルーの群れの中心に一人で突っ込まざるを得ない。そんな心境に似ているだろうか。
旅をするほど仲間が減り、戦うたびに心が擦り切れていく。失ったモノの代わりに得たものを彼は強さと呼ぶのだろう。
「常人のフリが出来る奴が羨ましい限りだ。どうしても口に出てくるからな、こればかりは」
「強い人の傍に居たんだ。それだけだよ」
「そういうところだよ」と、ミハイルは苦笑いを浮かべるのだった。
「俺はこの道を生きてきて後悔してないがね」とも。
その日の夜。
「私たちはしばらくこの町に滞在する予定です。もう少し報告書をまとめてから一度帰るように致します。ギャレットさんはどうしますか?貴方が一緒に戦ってくれるのなら心強いのですが」
「僕は……、そうですね。三日ほど町の外に出ようかと思ってます。急な野暮用が出来たので」
「おや、そういうことでしたら私からは何も」
首を捻ったレープハフトの疑問はもっともだろう。
遺跡群の探索を始めて、翌日に用事が出来ただとか誰が信じるだろうか。レープハフトとしてもある程度は容認するつもりだったが、ここまであからさまに言われてしまえば追求しない訳にもいかず、笑みを張り付けて問いかけた。何か良いものでも見つけたのですか、と。
「……いいえ。残念ながら僕は金銭的なものを見つけることは出来ませんでした。ですけどまぁ、何というか、何も見つけられなかったわけじゃないんです」
ギャレットは地図の一点を指して言う。
「ここにある井戸から地下に入れるみたいなんです。それで見逃してくれませんか」
「その情報はどこから……?貴方であれば商人という生き物を知っているでしょうに」
「神殿の守護者だと言えば?」
「それは本当に……、いえ、ここでの追及はやめておきましょう。貴方がそういうのであれば、そういうことにしておくのもアリでしょうから」
頭を下げたギャレットは早々に床に就き、残されたレープハフトは己の感が鈍っていないかを必死で考えていた。短い期間ではあったが、彼のことは観察していたつもりだっただけに、ここでの変化に気持ちが付いていかなかったのだ。
何かが起こったのは間違いないが、それが本当に神殿の守護者であるのか、それとも別の何かか……。
遺跡群調査の任を解かれて聖国に戻れる日が来るかもしれないと、その時の彼はそんな風に思っていた。
翌朝のことだ。川辺の神殿を目指すギャレットは町に戻る体を取って彼らと会話をしていた。
それは今後のことを中心に話していたが、彼はそれだけで終わらせるつもりはなかった。一緒にやってきていた少年の元まで歩いていき、その眼前に自らのショートソードを差し出した。
「……なんだよこれ」
「今日からこいつを使うといい。手入れはロリスにでも聞けばいい。だろ?」
「おいおいおい!?分かってんのか?武器を……それも愛用してる奴を渡しちまうってのかよ。まだ森の中だぜ……」
怪訝な顔をする少年と、慌てて剣をギャレットの元へと戻そうとするロリスは見ていて退屈するものではなかった。だがミハイルやレープハフトまでもが目を見開いたこの状況は笑い話では済まされない。
自身の愛用している武器を渡すということはつまり、己の引退を告げているようなものだ。
「もう決めたことだ」
ギャレットは腰の聖剣を叩いて見せるが、そんな一度も使われていないだろう武器を信用できるほどに彼らは甘くなかった。
しかしだ、ギャレットの意思は強く、レープハフトからの思わぬ援護もあったことでロリスとミハイルは口を閉じることとになる。彼らも決断をしたギャレットから何かを感じ取ったのかもしれなかった。
戦う者だからこそ互いに分かり合えることがあるというのは、何とも当たり前の話なのだから。




