四節『剣士の飛び方』3
すぐさま剣を引き抜き、警戒を示すギャレットを前に烏は着地して首を傾げて見せた。玉を咥えている以外は何もおかしなところがないか。ギャレットが烏を殺そうとすれば、そいつは距離を取って彼の顔を覗く。
気味が悪い。彼がそう思ったのがきっかけだったのだろうか、神殿内に不思議な声が響き渡った。
『──時を渡ったな。そこな戦士よ。いいや。貴様の在り様は……剣士か』
ギャレットの背をつぅーっと汗が流れた。
そう広い神殿ではなく、大扉を開ければ僅かにでも音が聞こえてくる。ならば……この声は烏が発したものに相違ない。
「魔物、ではないな……、神殿の守護者か」
『教養もあって何より』
「神殿に入ったことであれば謝らせてもらう。僕に戦う意思はない」
剣を収めたギャレットは片膝を地面について語った。
彼に烏を害するほどの能力は無い。人外が言葉を発するのなら、それは精霊や霊獣、小神の類である。生物としての格が違っていた。
『謝罪は不要だ。私が人間に姿を見せたのは実に120年ぶり。この地は魔物の巣となり、人間がやってきたのも一度や二度ではない。この地を護る意味はもはや無くなったということだ』
「どういうことだ……僕は確かに」
『過去に渡ってみせた。そうだ。何の因果か巫女の血族を貴様が連れてきたからな』
『顔が似たのが居ただろう』と、烏は飛び上がって神殿の外へと向かってゆっくりと飛んで行き、ギャレットはそのあとを追った。
「風使いのあの子がエリーの先祖なのか?性格は似ても似つかなかったけど」
『アマヨは良い子だよ。強い自分を見せようと少しを背伸びをしているが、少女に任された役職としてはあまりにも重すぎる。ああなってしまったのも仕方のないことだ。エリーと言ったか。平和そうでなりよりだよ』
まるで天依がまだ生きているかのように烏は話していた。そのことに気が付いたギャレットは言葉を伏せ、自らの薄い言葉を外に出さないようにしていた。
120年。ただの人間にこの時間は長すぎる。
神殿の守護者ということは、この神殿に縛られるということである。ギャレットの人生が何度繰り返せるだろう。そう考えたところで頭痛がするだけで、何も得るものもない。
『時を飛ばれたのは予想外だったが……、起きてしまったものは仕方がない。知っていれば今後は私が押しとどめられる。飛べたとしても片道で三度が限度。悲惨な結末になりかねん』
「それは……エリー以外では兆候すら起きないってことでいいんだよな?」
『望めば送ってやろうとも。善良な精神性であればな。タダ、というわけにはいかないが』
大扉の前でギャレットを待つ烏は視線で開けるように促し、彼もそれに従った。そうして辿り着いたのはひとつの小さな井戸で、中を覗いてみても底が見えることはなかった。石を放り投げた感じ水は張っているようだったが。
「ここは……?」
『向こうの神殿に繋がっている。転移時の音にも関わってくる地下通路だ。お宝を探すならそこだろうな』
「守護者の割には口が軽いけど」
『大事なのは場所であって物ではない。人や金に額面以上の価値はないように、装飾品は僅かな差異しか生み出さない』
だからこそ鍛えられた人間は美しい。鍛えられる人間だからこそ美しい。
烏がギャレットを戦士ではなく剣士と呼称したように、過去が乗った存在が一種の美術品かのように映ることがある。そういうことを言っていた。
この言葉にギャレットの心は幾分か救われることになった。人生のほとんどを戦いに費やしてきた人間が認められることはほとんどなく、どこか歪んだ人間性は危険視されてしまう。
だがそれらを総じて評した烏に、人間の視点にないものをギャレットは改めて感じたのだ。
「戦いに生きた者として……そう言ってもらえることは嬉しいよ」
『そう言うな。これらは私が発生してから得た知識でしかない。本質とはかけ離れている可能性だってある』
「個人として僕は貴方に感謝しているんだ」
ギャレットは笑っていた。
世界側の存在として客観的な視野を持つ烏と彼とのズレが妙に可笑しくて、嬉しかったから。
『まあよい』と心なしか烏も悪くは思っていないようだった。
◇
『名のある武器には意思がある。私と近しい存在だ。大元の一欠片が形を成したもの。それである。今ならば腰の聖剣も抜けるやもな』
レープハフトたちと合流するすがらギャレットは烏が別れ際に放った言について考えていた。
多くは語られず、どうして聖剣が抜けるようになるのかが分からなかったし、その場で抜こうという気持ちでもなかったからだ。
遺跡群に出立する時には抜けなかったものが抜けるようになる。
(自分の何が変わったのか)
聖剣には意思があると烏は言った。荷物になることが分かっていながら持ってきてしまった剣が何を感じたのか、それを考える必要があった。
「──……エグシオさん。今の僕ならこの剣を引き抜けるのでしょうか」
ギャレットは今朝そう呟いていた。彼はとても弱気で、故人に対しての質問をしていた。答えが返ってくるはずもないそれ。
聖剣に意思があり、ギャレットという人物の事を幼少から知っているのなら、今の彼に引き抜かれるのは嫌だろう。
聖剣の刀身を彼が見たとして、その先はどうする?
矮小な個人を救うための剣では決してない。
他人を見返すための力では決してない。
(そうだな……)
空を見上げたギャレットの心は凪いでいた。
あれほどいたブルーが歩いている彼を襲うことはなく、喧騒もない。
彼はひとつの答えを持って聖剣を撫でた。
「もう少しだけ付き合ってもらえるかな。長かった旅も終わりそうだ。随分と拘束して悪かったね」




