四節『剣士の飛び方』2
この少年にしてもギャレットの事を良く思っていないと言うことはすぐに分かった。恐らくは町の人間から何か含まれたか、根も葉もない噂をそのまま受け入れてしまったかのどちらかであろうとギャレットは考えていた。
そのためか少年はロリス、ミハイルの後ろをついて歩いている。重たい荷物を抱え、出来る限り静かに移動しようとしている少年について、彼がとやかく言う必要もないだろう。
薄明の中で集団の一番前を歩くギャレットは手頃な大きさの石を見つけては拾い、自らの袋の中にしまい込んでいく。だがその行動で移動速度が落ちるということは一切なく、レープハフトは感心しながら汗を拭って地に落とした。自分では汗ひとつかかずにあそこまで動けなどしない。
凪いだ空間と湧いて出た高揚感が否応なしに己の緊張を、集中を冷静に伝えてくるのを彼は感じていた。
遺跡が近くなったころ、ギャレットは単独で行動を始めていた。自身の防具を泥で汚し、草を潰して匂いを消す。ブルーの集落でそんな彼が何をしているのかと言えば、即席での爆弾の作成だった。
ギャレットに魔術の心得でもあれば良かったのだが魔術を扱えるのは貴族の血統のみであり、彼にそんなものはありはしない。竹にも似た容器と火薬さえあれば簡単に作れる爆弾の方がなによりも有用で使い勝手がいいと、彼は空を見上げながら着々と準備を進めていった。
(……そろそろか。レープハフトさんたちがそろそろ集落跡に近づいた頃だ。誘き寄せるタイミングだけが問題だけど……糸はこんなもんでいいかな)
ギャレットは茂みから顔を出すと拾っておいた石と匂い袋を集落の方角へと投げつけ、異変に気が付いたブルーが追ってきているのを確認してから爆弾の導線に火をつけた。魔物を相手にした時の爆弾の効果は先人によって証明されているが、所詮は素人考えの簡易爆弾である。今回の場合であれば、ブルーがたどり着くよりも先に爆弾が爆発してしまったのだ。
音と衝撃だけは一丁前にギャレットとブルーを襲うが、彼らの数を減らすことはあまり出来ていなかった。
失敗は失敗として放り出し、短い舌打ちを放って地をかける。最低限の仕事は達成できたが……、とショートソードを振るう彼は残りの爆弾の数を数え、隙をみては放っていく。爆風と土埃に身を屈めながらも、少しずつ、けれど確実にブルーの数を減らしていった。
勢いに乗った思考は沸騰し、冷静さを削り取る。夜明けを告げる陽光に目を細めたギャレットは血と臓物にまみれていた。
朝日が昇り切る頃にはギャレットはブルーを撒くために集落から離れるように森の中を走り回り、最後の爆弾の導火線に火をつけた。これで撒けなければ探索の方はレープハフトに全投げしようと考えていたが、彼の予想に反してブルーたちは早々に彼の追跡をやめて戻って行ってしまった。
(レープハフトさんたちが動き出した?テリトリーは……抜けるには早すぎるか。一旦合流できればいいんだけど)
幸い、遺跡群からさほど離れているわけではない。彼はズボンに付着した肉片を投げ捨て、居住区を時計回りに迂回するように動き出した。
血と肉の臭いは強烈であったが、彼の現在位置は先日見つけた小川と居住区を挟んで向かい側にあるために洗い流すことはできない。精々が土を荒く擦り付けるだけだ。
居住区へと近づく中、「井戸でも見つからないかな……」と独り言ちた彼が最初に見つけたものは、過去に飛んだ神殿と酷似した、別の神殿だった。
「まじかぁ……勘弁してくれ」
神殿自体の大きさは件の神殿よりも小さいが、石造りに大きな扉、高い位置の日取り窓と、酷似しているのも確か。ギャレットがうんざりした具合の声を出すのも仕方のないことだろう。
扉が開かれた様子がないことからブルーの住処になっているわけではなさそうだが、そこには無数の引っ掻き傷が刻まれていた。
ギャレットは周囲を見渡して誰もいないことを確認すると、そっと大扉を押し開いて中に身を滑り込ませる。レープハフトに協力こそしているが、彼の目的であった薬草は既に入手済み。ならば、ここは冒険者らしくお宝を貰っておいてもいいだろう。
正確な時期は分からないが、過去に戻れる仕組みが分かったなら、それを売りつけてやればいい。己の肉体の衰退は既に感じ始めているのだから。
太陽が昇り始めたばかりということもあってか神殿の中は暗い。保存状態自体は良いが、やはり落ち葉が積もって探索はしにくいように感じられた。
「そんなに入り組んでるわけではなさそうだけど……」
軽く落ち葉に埋まった脚を見てから、彼は神殿内部を見渡した。支柱こそ多く立っているものの、壁にしきられているわけではない。もう少し時間が経てば視線は十分に通るだろうと、変なものを踏まないように注意をしながら進んでいく。
この場で最も警戒しなければならないのは耳を突くような風の音だった。造りが似通った神殿であれば、その機能も似たようなものになるのではないか。ギャレットはそう考えていた。
(エリーは何かを踏んだと言ってたけど、川辺の神殿にそれらしいものはなかった。見落としてるだけか……?これだけ似た神殿なんだ。共通点を見つけられたら探索も楽になる)
見た感じの大きさから神殿の中心付近を割り当てたギャレットは周囲を見渡すが、見た感じで分かれば苦労はしないように何か有益な情報を得ることはなかった。川辺の神殿にあった人骨さえも見つけられず、ギャレットがそろそろ移動を始めようかとした時だ──
きゅーーーーん
──嫌な風の音が彼の耳に届いて、その発生源を見上げたギャレットが見たものは、玉を加えた一匹の烏だった。




