三節『静かな夜には鋼の歌を』3
「これはまた上等な羊皮紙ですね……」
「そこもだが……まぁ、内容を読め内容を」
オオモヤが床を擦るような足取りで持ってきたのは、一枚の小さな羊皮紙だった。小さなとは言うものの、高価であることに変わりはない。とてもメモ書きで使うような物ではなかったが、内容に目を通したギャレットはこの紙の価値に直ぐに気が付いた。
「あー……、どこの国の商人か聞いても?」
「聖国だとさ。俺は知らん国だ」
老人は軽いため息を吐いてギャレットを見上げた。その瞳は、彼が何か知っていることを確信しているようだった。
「聖国と言えば西方の大きな王国ですよ。プレイテリア王国。名前ぐらいは聞くでしょう?」
「いいや、知らんな」
「まぁ、この大陸で一番大きい国ってだけ。それよりもこれですよ!なんですかこの内容は」
ギャレットは羊皮紙を指で押さえてオオモヤに見せるものの、当の本人は耳をほじってどこ吹く風である。彼がこんなにも焦っている理由を老人はある程度分かっているのだろうが、はっきりと理解しているわけでもなかった。
「遺跡群の調査への同行を聖国の商人が依頼って、……これやばいですよ。明らかに間諜じゃないですか。ここまで大々的にやるってことはこの国も協力してるんでしょうし……」
「そこまでやるのか?そりゃ、あの辺りは貴重な歴史資料の山らしいが。はっきり言って魔物の巣窟だろうよ。最近入ってったのはお前さんらだけだ」
「あぁそうでした……。町長にそのことを伝えないと。リレーティブルーが結構な数群れてましたから」
彼の言葉にオオモヤは大きくため息をついて、「荒事かぁ」と家の中へと戻っていった。薬師の老人のことだ。傷薬の在庫でも確認しに行ったのかもしれない。
ギャレットも町長の元へと行かなければならなかったが、その前に彼には訪ねたいことがあった。だがオオモヤもそこまでボケておらず、閉まったはずの扉が開いて唐突に終わった話の続きをし始めた。
「商人はレイナの酒場で待っとる。薬草についてもそっちで話しとってくれ。俺はしばらく籠る。薬がまったく足りゃしねえよ」
それはとても短い締め括りではったものの、先を急ぐ必要が出来たギャレットにとってはありがたいものである。今はもう閉まってしまった扉に感謝の言葉を投げたギャレットは町長の元へと走り出した。
◇
ギャレットが町長の家にたどり着いたのは、お昼の時間を少し過ぎた頃だった。この町で一番大きな建物である町長の家はよく目立つが、目立つからこそよその町と比べると小さく見えた。今回の件にも関係あるが、この町は東の森の遺跡群が発見されたことで発展した町である。
まったくと言っていいほどに特産品が無く、村としては大きすぎるが町と呼ぶには少し小さいといった具合だった。
研究が打ち止めになってからというもの、この町の長という役職は半ばお飾りになっていたのだ。
使用人も居ない大きな家の扉を叩くと、彼の後ろから女性の声がかかった。
「ああ、ギャレットさんでしたか」と気さくに話しかけられた彼は、振り返って「こんにちは。お久しぶりですね」と返した。
今年で三十歳になるはずの美しい彼女は黒い三つ編みのおさげを揺らし、客人の用向きを伺う。「今日はどうしました?」と。
「ああいえ。東の森のことで少しお話をと思いまして」
「そういえば今日お戻りになったとか。お体の方はよろしいのですか?」
「ええ、おかげさまで。……それで町長に会いたいのですが、時間は大丈夫ですか?出来れば早いうちに話しておきたいのですが」
「今は少しお客さんが来てるんですよね……。大事な話をしているみたいですし、伝言でも良ければ私の方から伝えておきますけど」
こんな時間に来客が居ることに少し驚いたギャレットだったが、少し考えた後で町長への伝言を頼むことにした。今日一日でどこまで準備できるかによって、ブルーとの戦いの明暗を分けてもおかしくなかったからである。彼の言葉よりも、妻の言葉の方が聞き入れやすいだろうこともあった。
「僕の見立てだと東の森からリレーティブルーがいつ溢れ出てもおかしくないです。結構近いところまで縄張りが広がっていたので領主様に手紙を出した方がいいかと」
「それは大事ですね……、分かりました。私の方からしっかり伝えさせてもらいます」
「お願いします」
田舎に行けば行くほどにブルーの脅威は確実に伝わっているものである。町長の妻ともなれば、他の人間よりも正しくそれを理解していることであろう。
「オオモヤさんにはこの事は……?」
「しばらくは工房に籠るらしいです」
「ふふ、……あの人らしい」
「それじゃあ私も準備があるのでこれで失礼します」
「ええ、また。何かあれば連絡を出すようにしておきます」
柔らかく手を振る彼女に彼は深く頭を下げ、オオモヤさんが言っていたレイナの酒場へと向かった。




