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青鈴の騎士  作者: 畔木鴎
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三節『静かな夜には鋼の歌を』2

 ブルーの死体検分も終わり、ギャレットとエリーは町への帰路を辿っていた。彼らが過去に行ってから戻ってくるまで、タイムラグは起こっていないようだったからこそ、その足取りは軽い。


「薬草はまた明日取りに行くよ」

「なら私も……」

「駄目だ。リレーティブルーの数が多いのに女の子を連れて行くのは無用心すぎる」

「うーん、それはそうなんだけど」

「それよりもエリーは町での身の振り方を考えた方がいいんじゃないかな。今更だけど、今回の一件で色々と露見したから」


「僕が居なくなった時のことを考えないと」と、続くはずの言葉をギャレットは途中で区切った。言葉を発する直前で適切なものではないと察したからだ。

 常日頃から命のやり取りをしていたギャレットと違い、エリーは普通の町娘である。近日中にリレーティブルーの群れの近くに行くというのに、自身の死を想起させるような言葉を述べるのは要らぬ心配を生んでしまう。

 だからこそ彼は曖昧な笑みを浮かべるだけで止まってしまう。


 彼女もこれ以上は何も言ってくれないのだと察し、二人で森の中を進んで行く。

 ここは静かなものだ。急に剣戟の音が聞こえてくるようなこともなく、ただ単純な生存競争さえも置き去りにして来たかのような、静かな陽だまりの日だった。

 人の領域に入ったのか、はたまた今日という日だけがそうであったのかは定かではないものの、一息つけるというのは精神面で大きな差を生むものだ。会話がなかろうと、彼らの間には誰かを思いやることで生じる沈黙があった。


 町の櫓が見える頃になればエリーのまとう空気が良いものに変わって行くことを気付けただろう。

 こちらから見えるということは、あちらかも見えるということであり、すぐに町からざわめきが聞こえて来た。

 それが好ましいものか否か。微妙なところであると、ギャレットは思いつつも町の門を潜った。


「随分帰りが遅かったな」

「森の様子は」

「薬草は取れたのか?」


 人々は口々に思っていることを口に出した。話を纏める人間も居なければ、配慮もない。このまましばらくは付きまとわれるかと陰鬱な気持ちを抱えていた二人だったが、人混みの奥の方から人の数が少なくなって行っているのが伺えた。

 少し背を伸ばしたギャレットは「悪い、通してくれ」と断りを入れて人混みの中を割っていく。当然、他の人間にとっては好ましくない行動だったが、彼の行く先を見てか何かを言うことはなかった。


「アイサさん!無理に出歩かないでください!」

「え……、お母さん!?」


 彼らの視線の向く先では病気で伏しているはずのエリーの母親、アイサが脚をひきづりながら歩いて来ていたのだ。

 ギャレットは慌てて彼女の体が倒れないように支え、遅れてエリーが反対側を支えた。その頃には町人たちの姿も遠巻きでしか確認することが出来ず、こうなれば無理に話すことも躊躇われたために三人は家へと向かった。


「……体調は大丈夫なんですか?」

「えぇ、もうすこしだけ無理は効きます。それよりも、無理をしていたのはギャレットの方でしょう?話は聞いてますけど、東の森に入ったとか」

「エリーを外泊させた事については反省してます。薬草を持って帰ることも出来ませんでしたし……」

「今は二人ともが無事に帰ってこれたことを喜びましょう」


 支えられているアイサは薄っすらと汗をかいていた。その事に気がついていたギャレットは、薬草が間に合ったとしても回復するのは難しいだろうと、そう考えていた。今この時に薬草が手元にあれば十分に間に合ったのかもしれないが、今日はもう薬草を取りに出るのは控えた方がいい。

 武器の手入れや傷の手当て、それにブルーの群れについても話しておかなければならないからだ。アイサをベッドに寝かしつけ、エリーに看病をお願いして彼は町長の元へと出向いていった。


「おい、ギャレット」と、その途中でギャレットに声をかけるしわがれた声がひとつ。

 声の主におおよその当りを付けて振り返ってみれば、そこには彼の予想通りの人物が座っていた。


「なんですかオオモヤさん。薬草なら持って帰れてないですよ」


 口では少し棘のあるような話し方になっているが、彼はオオモヤと呼ばれた老人の元へと律義に歩いて行った。

 店先の前に置いてある小さな椅子に座っている彼の老人は酷く腰が曲がっており、立っているギャレットの顔が見えるかどうかも怪しいほどだった。どうやって人物を判断しているのかと、ギャレットは彼に名前を呼ばれるたびに抱く疑問に蓋をして、椅子に座っているオオモヤの前に腰を下ろした。


「いや、なに。例の薬草だがな、なんとか都合がつきそうだ」

「それはまたタイミングの良い」

「昨日の夜に行商が持ってきてな。そうして待っとった訳よ」

「その行商人は?幾らで売ってくれそうですか。生憎と僕はこの町での稼ぎは無いに等しいですよ」

「そんなことは分かっとるがな」


 ため息を吐いたオオモヤは「色々と手は尽くした」と言って、椅子から降りた。視線で待っているように伝えられたギャレットは座ったままの状態で後ろ手をつき、頭を上げて空を見上げるのだった。


 オオモヤの語る手を尽くしたというのは、文字通りの意味であることをギャレットは知っている。薬師が患者を救えないというのは存在意義を問われる問題であり、それが自らの手抜きによって起こってしまったのなら、誰もその者を信じようとは思わないだろう。

 だからこそ自分は精一杯やったと言えるように、あの老人は動くのだ。


(はてさて……、何が出てくるのか)


 薬草の対価に求められる物を想像すると少しばかり恐ろしいものの、ブルーの群れに突っ込むよりはマシだと、青い快晴の空を仰いで彼は笑って見せた。

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