三節『静かな夜には鋼の歌を』1
風の音で気絶していたギャレットが目を覚ました時、彼は自らが捕まっているのだと錯覚した。体が思うように動かせないのもあったが、それよりも先に、視界が真っ暗だったからである。しばらくして暗闇に目が慣れてくればそうでないと分かり、痛む頭にうめき声をあげながら覚えている限りの記憶を追っていく。
簡単な整理が終われば、先ほどよりも見えるようになった目で暗闇の中を探る。
「……戻ってこれたのか?」と、震える声で呟けば、神殿内が静かに闇をたたえているのも素直に頭に入ってきた。となればなるほど、拘束されていると思っていたこの体は、魔術によって痛めつけられたから動かないのだろう、とも。
自らがどれほど地に伏して時間を過ごしていたのか。それは定かではなく、唐突に辿りついた過去と時間の流れが一緒だとも考えられない。それでも彼の中にあったものは、焦りというよりかは億劫という気持ちだろう。
結果だけを見れば、こうして戻ってこれたのだ。最善に等しいではないか、と。
まさかここから更に未来に送られているということはあるまい。ギャレットは体験してきた濃密な半日のことを思い出しながら、ゆっくりと体を持ち上げ始めた。
(折れてるということはない……、大丈夫。動けるはずだ)
エリーに使った聖水で作られたポーションは彼女に使ったもので最後であり、今手持ちにあるものは精々が軟膏である。塗らないよりかははるかにいいのだが、彼はそれよりも先にエリーの安否を優先したのだ。
痛む節々を叱咤して歩き出した。自身が柱の近くに寝転がっていたのであれば、エリーは十字路の真ん中のあたりに居るという推測を立てていた。
無様なうめき声をあげて床に伏すエリーの元へと膝をついたギャレットの指がエリーの体に触れた。布越しでも人間の温かさを感じ取ることができ、一先ずの息が漏れ出る。脈は正常。体にも打撲痕がないと分かれば、無理に起こす必要もない。自身の体の休息も考えたギャレットは、静かに彼女が目を覚ますのを待った。
「……ん、うぅ……」
座して待つこと幾ばくか。ギャレットの膝の上で寝ていたエリーが目を覚ました。彼女にとっても今日の日ほどに濃密な時間を過ごすのは稀であるのか、体感でも結構な時間を彼女はギャレットの膝の上で過ごしていた。
しかして、すんなりと頭を持ち上げた寝起きの彼女がそんなことを覚えているわけもなく、周囲を見渡しては胸をなでおろしていた。
「おはよう、エリー。あまりいい目覚めではないかもしれないけど」
「戻ってきてる……?」
「多分ね。まだ外を確認してないから分からないけど、戻ってこれてると思うよ」
「はぁ……、死んだかと思った」
エリーの言葉は、彼女を護れなかったギャレットに苦笑いを浮かべさせた。彼女にその気がない事が分かっていながらも、彼が自らの力の至らなさを知っているからこそだった。彼自身、騎士と真っ向からぶつかってどう勝てと、とそう思っているのだが。
「体は大丈夫?」とギャレットはエリーに声をかけた。彼女は自らの体を簡単にひねってみて違和感がないのを確認すると、一つ頷いて見せた。彼女が動けるのであればわざわざこんな場所で時間を過ごす必要もない。早速二人は神殿の外を目指して歩いて行った。
(日取り窓から光が入ってきてる……、夜じゃないのは助かるけど)
神殿内を進むギャレットは一つの懸念を持っていた。それは元の時代に戻っているかということではなく、過去に飛ぶ前に殺したブルーの死体の事だった。薬草を摘んだ居住区から随分と離れているこの神殿にまでブルーがやってきた事から、彼らの縄張りが広いことは分かっているのだが、神殿を出ていきなり襲われないかということが悩みの種だった。
過去で過ごした時間は半日程度だが、いざ起きてみれば日が出ているこの状況で、警戒を怠ることは死にに行くようなものだ。
大扉の前に転がるブルーの死体が見えても、まだ安心は出来ない。せめて何日が経過しているのかは確認する必要があった。
「リレーティブルーの死体を確認したいんだけど、エリーは離れてる?あんまり気分の良いものではないから離れてても……」
「居心地最悪ですけど、一緒に居ます。気遣われるばっかりって言うのも、私嫌ですから……!」
「そっか。やっぱり君は強い子だよ」
「……そんなことないです。これからですから」
ギャレットを見つめる彼女の瞳には、強い光が宿っていた。
ブルーに脚を射られ、泣きじゃくるのではなく。御伽噺の中に居るのではと、夢を見るのではなく。
彼が言うように、強い人間になってみせる。
幼少期、ギャレットがエリーの父親──エグシオに拾われて生き方の指針を決めたように、今度はエリーがギャレットの姿を見て生き方を決めようとしていた。
今はまだはっきりと何をしたらいいのかが分かっていなくても、今この時の気持ちを少しでも長く保ってられたのなら、いつかの決断で後悔することも少ないに違いない。
死臭に顔を歪ませるエリーが清く正しく成長することを、この時のギャレットは強く確信した。神殿での一件から、冒険者として体力に限界が近いことを薄々ながらに感じとっていた彼が感じたその成長は、大変好ましいものだった。




