第八話 決闘
——ロステルラッテ城 訓練場——
「——暇つぶし・・・」
そう、神はそう言ったのだ。
それをシュンは許せなく思い、不殺を貫こうとした。
しかし、実際今、殺しを強要されている。
言い換えれば、殺さなければ死ぬ。
「こ、これになんの意味が」
「——それは我が説明しよう」
「ま、魔王様・・・」
後ろから声が聞こえ振り向くと、魔王様が立っていた。
そして彼は説明する。
彼曰く、今行われている戦争は泥沼と化しているそうだ。
お互い何も決め手がいない。
だからこそ、〝破者〟という存在は重要となる。
しかし、実際の破者であるシュンが弱い。
弱すぎる。
普通なら別の手を考えるのだが・・・
「我はお主にやってもらいたくてな」
魔王はシュンに期待していた。
この世界に転移し、何も文句を言わなかった彼を少なくとも信用してしいたのだ。
「で、でも、これになんの意味が・・・」
「戦場では必ず血が流れる。そして、——覚悟を要する。」
「!」
そう、魔王が言いたかったのはこれなのだ。
戦場で冷静に、慎重に、残酷に、無残に、なれるように、予め訓練するのが狙いなのだ。
確かに狂っている。
だが、狂っているからこそ、異世界から来た軟弱のシュンには、格別なスパイスになると踏んだのだ。
「・・・ッ! なら! 殺し合う必要は無いんじゃ・・・」
「戦争で一方的になれるのは強者のみ。今のシュンに、そのようなことが出来るとは到底思えぬ」
(・・・本当に実践の訓練じゃないか!?)
的を射ている。
そのためシュンは黙ってしまった。
しかし、魔王はここで冷酷無比なことをぶつける。
「もし、ここでシュンが逝くならそれまでだ。新しいものを召喚させよう」
「え!?」
「当然であろう。壊れたら作り直すしかない。違うか?」
「え、あ、その、あの・・・、——はい」
魔王のセリフこれは嘘である。
再度召喚することなど出来るはずがない。
つまり、魔王はシュンに賭けているのだ。
少なくとも魔王は、シュンに期待しているのだ。
(僕が殺さないと僕がここにいる意味が無くなる。そんなの嫌だ!)
シュンは怖かった。
確かに人殺しをすることが怖くないわけがない。
しかし、それを上回るほど孤立するのはもっと嫌だった。
天空界で自分一人になった時の孤独感は今でも彼の心に残っている。
(ナナ・・・)
最愛の人を想う。
せめて、彼女が自分を想ってくれていたらどんなに嬉しいか・・・
シュンは決めた。
この人を倒すと。
そうしなければ、自分が消えるのだ。
結局最後は我が身のことだと割り切ったのだ。
「や、やり、ます!!」
「そうか。我も嬉しく思う。サハト」
「はッ!」
魔王がサハトに命令しする。
どうやら、準備するそうだ。
(殺しか・・・)
シュンは自分の手を見る。
今までこの手が赤くなったことは数える程しかない。それも擦過傷くらいだ。
(殺らなきゃ、殺られるんだ・・・)
そう自分に言い聞かせ、その時を待つのだった・・・
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現在、シュンと囚人は向かい合っている。
お互い、慣れない手つきで鉄製の剣を持っている。
この囚人、ただの犯罪者らしい。
それを拉致して連れてきたそうだ。
違法で奴隷を販売していた奴隷商人らしく、戦歴は皆無だそうだ。
そのため、彼は今興奮している。
「んー!! んーーーー!!!」
猿轡をしているが、彼の叫びは凄まじい。
「シュン。お前は今戦うが、ルールがある」
「ルールですか?」
「あぁそうだ。それはだな」
〝ルール〟
一つ、もし、シュンが怪我をした際、治す回数は5回まで。
一つ、傷の治療の際、止血するだけで痛みも傷跡も残す。
一つ、致命傷となる傷も同上である。
一つ、気絶した場合、直ぐに気付薬を服用させ、再度戦う。
「——こんな感じだ」
「なんで、傷を残すんですか・・・」
「その時になればわかる」
「・・・・・・」
まだこの時は理解できなかった。
しかし後にこれがどれだけ重要なことか身にしみて分かるのだった。
「回復はお任せ下さい」
「回復中は、オレがアイツに『束縛』をかけるッす」
「あ、ありがとうございます」
「それでは、そろそろ開始します。確認してください」
剣を構える。
事前に言われたように、剣を中心にし、重心を落とし、相手をしっかりと見据える。
心臓の音がうるさい。
この後、どちらかが死ぬ。
もしかしたらシュンかもしれない。
そう思うと怖くて堪らない。
(怖い、怖い、怖い、怖い、死ぬのは嫌だ。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない——)
そう思っていると、アハトが口を開く。
「始めッ!!」
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「うおおおおおおぉぉぉおおッ!!!」
「んーーーーーーーーッ!!!」
お互いの剣が交差する。
しかし、以外にも囚人の方が膂力が勝りシュンは押し返された。
「なっ!?」
「んーーーーーーッ!!」
無防備なシュンの胸に一振の剣が落とされる。
ザッ!
「ああああああああぁぁぁッ!!!!」
(あ、熱い?—— 痛い!?痛い!痛いィ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!)
猛烈な痛覚と熱がシュンを襲う。
シュンの胸からは大量の赤い液体が流れていた。
あまりの痛みに涙と鼻水が出る。
「『束縛』!」
「『手当』!」
フンフが囚人を止め、フィーアが治療する。
傷口は塞がったものの、痛覚は未だ健在であり、地面には赤い湖ができていた。
(痛い!! こんなの無理だ!! こんなことに意味があるのか!!)
混乱状態に陥っていたシュンだが、相手は待ってくれない。
既にフンフは『束縛』を解除しており、相手も次の手を打ってきていた。
囚人の男は剣をシュンに向け、シュンの胸に突っ込んできた。
恐らく一撃で決めるつもりだろう。
「ッ!? させるかッ!」
「ッ!?」
痛みに悶えていたシュンだが、奴隷の動向をきちんと見ていたため、紙一重で回避することが出来た。
囚人もこれで決まると思っていたらしく、動揺している。
「くそおおおおぉおおおおぉぉぉ!!!!」
ザッ!!
シュンは背を向けている囚人に袈裟斬りをお見舞いした。
「んーーーーーーーーッ!? ん、んー!! ——・・・・・・」
囚人は七転八倒しながら、次第にピクリともしなくなった。
当然、囚人を手当するものはいない。
背中からは多量の血液が流れている。
訓練場は静寂に包まれる。
シュンは初めて人を斬った。
背中にかけて一振切り裂いたのだ。
これをシュンがやったのだ。
凄惨な光景に血の気の引いたシュンは、膝から崩れ落ちた。
(や、やってしまった・・・)
「うむ。やりきったようだな」
「ま、魔王様・・・、痛ったッ!!!」
止血こそされたものの痛みは取れていない。
シュンはバッサリ切られた胸を抑え苦しむ。
「フィーアよ」
「はッ! 『回復』!」
フィーアが唱えると、痛みは無くなった。
しかし、動悸は激しく心が痛い。
そして顔が涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている。
(うぅぅぅ・・・、なんで、なんでこんなことに・・・)
一週間まえから辛いことが沢山あった。
告白を覗いて絶望した。
天空界なんていう訳の分からないとこに連れてかれ、自分一人取り残された。
戦争に参加させられた。
神を倒すことになった。
魔界に転移して怒鳴られた。
一週間かけて言語を覚えさせられた。
模擬戦を強要され右腕が切り落とされた。
そして、人を殺した・・・
あまりにも辛く、濃密な内容だった。
普通の精神なら持たないだろう。
既に、シュンの精神は狂い始めていた。
いや、心を閉ざしていた・・・
「シュン。立てるッスか?」
「あ・・・、あぁ・・・」
フンフが声をかけるがシュンは心ここに在らずであった。
「とりあえず部屋に連れていくッす」
フンフはそう言いシュンを背負いその場から去っていった。
「シュンさん・・・」
フィーアが不安そうに漏らす。
「では、私はこの場を片付けますゆえ。『土人形召喚(ゴーレ厶)』!」
そうアハトが唱えると地面から5体の巨人が現れた。
一体が2mほどあり、それぞれ剣の回収や、囚人の処理に取り掛かる。
「うむ任せたぞ。フィーア、お前は少し休め」
「で、ですが・・・」
フィーアは悩んだ。
フィーアはこの決闘に否定的だった。
それは、たった一週間だったがシュンのことを信頼し始めていたからだ。
フィーアは努力する人間を好ましく思う。
シュンが一週間かけて言語を習得した姿を一番近くで見ていたため見込みのある人物だと思っていたのだ。
だからこそ、こんな非人道的なやり方は受け入れられなかった。
だが、魔王の命、この魔界の未来のこともある。
私情を挟むことは許されなかった。
それでも、魔王はそれを察し、フィーアに休むよう命令した。
「お前がシュンを大切に思う気持ちは理解している。それならば、今は休むが良い。また会う時にお前がしっかりしていなければならないからな」
「魔王様・・・。承知致しました。フィーア、しばらくの間お暇を頂きます」
優しく諭す魔王に感謝しフィーアもその場から去っていった。
「シュンよ。これからが、本番だ・・・」
魔王はそう独りごちるのだった。
面白い、続きが読みたいと思われた方はぜひ評価のほどよろしくお願いします。