第五話 誤解
告白の真実が分かります。
追記
※第五話と第六話を繋げました。
内容に変更はありません。
——ラトスフィア帝国 訓練場——
ここはラトスフィア帝国の王宮内の訓練場である。
現在総数37名でランニングが行われていた。
「1、2、3、4っ、!」
「「「「「1、2、3、4っ、!」」」」」
「5、6、7、8っ、!」
「「「「「5、6、7、8っ、!」」」」」
「終了ッ!!」
一番先頭で走っている男がよく通る声で言うと後ろの少年少女達は直ぐに整列を正し並び直した。
「よしッ! きっちり5週走ったな!」
「辛い・・・」
「おいッ! そこのお前! 全部聞こえてるからな!」
「ひぃッ!」
「5週くらい楽に走れるようになれ!」
「「「「「・・・・・・」」」」」
実際、訓練場は闘技場のような形をしている。
一周は日本の単位で言うと約1km。
つまり彼らは5km走ったことになる。
それを週6で走るのだから、今まで文化部だった生徒達が辛くて堪らないのは言うまでもない。
そう、現在彼ら、シュンのクラスメイト達は転移して一週間経過していた。
彼らは毎日基礎体力作りと剣の指導、魔法の指導を行っている。
だが、剣も魔法もある程度の体力を有するので体力作りは必須らしい。
そのため、しばらくは地獄のランニングが続くという事だ。
因みに、言葉が通じるのは人間界の言葉が日本の言葉と偶然同じだったため、シュンのように苦しむ必要はなかった。
当然彼らも魔界の言葉が違うということも知らないし、言葉が通じるのもゲーム補正か何かと勘違いしている。
実際言語が同じなのは神のイタズラのひとつだった。
「はぁ・・・、はぁ・・・・・・」
「ナナ、大丈夫?」
「はぁ・・・、だ、だいじょうぶ、じゃないけど、大丈夫だよ・・・」
「無理しないでね。辛かったからいつでも言ってくれ」
「あ、ありがとう。ハルト君・・・」
シュンの幼馴染のナナは体力作りにだいぶ参っていた。
ナナは日本の生活ではインドアな場面が多く、茶道、華道、書道といったものを習っていたため急な状況変化に体が悲鳴をあげていた。
(こんなのついていけるのかな・・・、なんだかこの世界の人変な人多いから怪しいんだよね・・・)
ナナの想像通り、この世界、特にこの国はかなり腐っている。
王の性格は温厚で優しい男なのだが政治の世界はまるで理解していない愚王である。
そのため、まともな統治もできておらず、それを知っている貴族達は王の見ていない隙をつきながらかなり自由に動いていた。
騎士や兵士などは王の人柄を知っているため、誇りを持って従事している。
この国では貴族派と騎士派で別れており、今も熾烈な睨み合いが行われている。
ここで重要なのは、クラスメイト達の立ち位置である。
戦力としては騎士派に着くと考えられるが、それを貴族派は良しとしない。
そのため、貴族派は隠れながら彼らを勧誘していた。それを知った騎士派は尚のことクラスメイト達を厳重に見張っていたのだった。
結局の所貴族派も騎士派も、〝打倒魔族〟と根源は同じなはずなのだが、権力や身分により現状上手くいっていない。
従って、それを統べることの出来ない王は現状を理解しているものから影で「グズ王」とまで呼ばれていた。
(騎士の人もピリピリしているし、何かとても大切で忘れちゃいけないことがあった気がするのだけど・・・、ダメ、思い出せない・・・)
彼女は、いや、クラスメイト達はシュンの記憶に鍵がかかっていた。
そのため、転移した時にその場にシュンが居なくても何も変化はなかった。
それでもナナだけはシュンと強い繋がりがあったため、どこか違和感を感じていた。
実はハルトとナナの告白、シュンは知らないが実際はかなり違っていた。
それについては、一週間遡ることになる・・・
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——屋上——
「俺と付き合ってくれ!!」
(え!?、ハルト君!?)
彼女は困惑した。
今まで親友のように振舞ってきた彼からの突然の告白。
それも彼はクラスの中でも一二を争うほどの人気株だった。
彼女は顔を紅潮させた。
それもそうである。
自分の親友であり、クラスの人気者のあのハルトからの告白である。
普通の女子なら卒倒してもおかしくないくらいだ。
しかし、ナナは普通の人の思考回路と違っていた。
(やったー!! ハルト君から告白された!! それってつまり、前より可愛くなったってことだよね!? これでシュン君にも釣り合う女になったかな?)
ナナは狂っていた。
幼少期にシュンに告白されてから、ずっとシュンを思い続けてきた。
だが、成長するにつれてお互いの理性や性格も変化していき、親友という立ち位置になっていた。
シュンもハルトとナナと親友という立ち位置に浸かっていた。
ナナはそれが嫌だった。
ナナはこのような現状になっているのは自分の容姿のせいだと思っていた。
子供の頃から目に入れても痛くない子だった。
しかし、本人だけそうは捉えなかった。
現在に至るまで自分磨きには努力奮励してきたのだった。
もちろん、そのことはシュンも知らないわけであり、ハルトは土俵にすら上がっていなかったのだ。
だが、それをシュンが誤解したため現在に至っているのだが・・・
「ごめん・・・、ハルト君とは付き合えない」
「え?、あ、ああ!、そうか・・・」
ハルトはシュンとナナの約束を知らない。
ハルトはいくらシュンだとしても自分には及ばないと軽く見下していた。
告白も無事成就し、幸せになることは必然だと思い込んだのだった。
しかし、返事は「NO」である。彼からすればまさに寝耳に水であり、呆然とする他無かった。
ここで彼は聞いてしまう・・・
「もしかして、シュンがいるから?」
「え!? いや、あの、その・・・——はい・・・」
確定した。
この時ハルトの心にヒビが入った。
自分より劣る親友が自分の好きな人を盗った。
客観的に見るととんでもない思考だが、本人はそう捉えてしまった。
「そっか・・・、ありがとな」
「え?、あ、うん。こちらこそ、ありがとう」
彼女の「ありがとう。」は「(自分の魅力に気づかせてくれて、)ありがとう。」という意味合いである。
そのことをハルトは知らない。
斯く、シュンの想像とはまるで違っていたのだった。
ナナは強くシュンを想い、ハルトは強くシュンを嫉妬の念で見ていたのである。
彼らが再開し、歯車が回り出すのはまた別のお話・・・
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——ロステルラッテ城 シュン自室——
「あ、あ、僕は阿部 俊です。今日も一日頑張ります」
「シュンさん、かなり上達しましね」
シュンは一週間かけて魔界の言語「ロステルラッテ語」をなんとか習得した。
正直、かなりギリギリで一週間缶詰状態だった。
高校の入学試験前と同じくらい勉強せざるを得なかった。
(まさかこの世界に来てこんなに勉強するとはな・・・、ご都合主義とはならないか)
シュンはそう思っているが、実際のところ【知能の実】を服用しているため、平均で見れば異様なスピードである。
シュンが言語習得の余韻に浸っていると、ある人物が部屋に入ってきた。
「ちぃ〜ッすぅ。勉強頑張ってるッスか?」
「あ、フンフさん。こんにちは」
気さくに挨拶に来た青年の名のは、第5大魔人の
フンフ=ミスリンである。
彼は大魔人と呼ばれているがダークエルフである。
言わゆる亜人である。
普通は魔人が入るのだが、彼は気配を隠すのが得意であり、その能力を魔王に買われ今の位置にいる。
彼の担当は諜報活動や暗殺らしい。
見た目は黒い髪でエルフ特有の長い耳を持っている。
当然、魔人ではないので角はない。
身長は170センチほどで顔の特徴としては糸目である。
服装は日本の忍びの格好をしており、体格としては細身である。
性格は明るく、気さくで物怖じしないタイプ。
エルフは大抵人に良い感情を持たないため、同族でひっそりと暮らすイメージだが彼は違うらしい。
シュンも魔界に転移して以来、フィーアを除いて一番関わりのできた人が彼だった。
「シュンも大変ッスよね。いきなり飛ばされて勉強しなきゃ行けないッスもん。自分だったら逃げ出すッスね」
「はは、確かに大変でした。でも、今やっと言語は習得できたんですよ」
「お、本当ッスか? なら訓練するッスよ」
「訓練?」
「はいッす」
フンフ曰く、シュンの実力が見たいらしい。
恐らく模擬戦がしたいのだろう。
だが、平和な日本から来たシュンは格闘技は愚か、武道には何も触れていない。
そのためシュンは焦る。
「えっ? いや、あの、僕、何も戦ったこととかなくて・・・」
「そうなんッスか?、大抵、異世界から来る人って強いイメージなんッスけど・・・」
(アニメとかライトノベルとかないのになんでそんなこと知ってるんだろ・・・)
フンフはご都合主義を想像しているんだろう。
しかし、現実はそんなに甘くない。
「まぁ、強くても弱くてもどっちでもいいッす。とりあえず一週間缶詰だったんすから、動きましょうッす」
シュンは言語を習得するためにずっと篭もりっきりだったのは確かだ。
運動不足はこれから神と戦うには拙い。
そう考えたシュンは承諾することにした。
「そうですね。久々に運動したいんで訓練でもしましょうか」
「じゃあ、決まりッスね。訓練場に向かいましょうッす」
「では、私は回復要員としてサポートしましょう」
脇で会話を聞いていたフィーアが訓練に参加することになった。
「ありがとうございます」
「じゃあ行くッす」
「はい」
彼らは訓練場へと足を運ぶのだった。
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——ロステルラッテ城 訓練場——
(ひ、広い・・・)
訓練場に着いたシュンは訓練の広さに驚き、開いた口が塞がらなくなった。
フンフによると一周3kmあるらしい。
凝視しなければ、奥が見えない。
ここの訓練場も闘技場のようになっており、周りは石造りの壁で囲まれている。
なんでも大会も開かれるらしく、その時には30万人もの人が集まるらしい。
そのため、このような広い作りになったようだ。
因みに、現在は3人以外居らず発言しなければ、物寂しさを感じる。
「相変わらず広いッスね〜」
「・・・は、はい」
「軽くウォーミングアップで5週ランニングするッスよ。」
「・・・・・・・・・!?」
一瞬時が止まる。
そしてシュンは恐る恐る口を開いた。
「あの、フンフさん、もう一回言ってもらってもよろしいでしょうか?」
「え?ウォーミングアップッスよ?」
「いや、その後の・・・」
「5週ッスか?」
「そ、それですよ!? 5、5週って全部で15kmですよ!? 一週間缶詰だった人間がそんなの走れませんよ!! しかもウォーミングアップってなんですか!?」
シュンが異世界に来て以来、一番大きい声だったかもしれない。
それくらい頓珍漢なセリフだった。シュンも流石に講義の声を上げる。
しかし、ここで場の雰囲気が変わった。
「え? まさか無理なんッスか?」
「せめて一周とか・・・」
「これは見方を変えなければッスね・・・」
シュンが一周と言った時であった。
今まで明るく話してたフンフの声音が冷たくなったのだ。
(え? もしかして、地雷・・・?)
シュンは全く考えていなかったが、魔界の人間からすれば15kmなど大したものでは無い。
そもそも平穏な生活をしていたシュンの価値観と、生死の淵際にいつも居たフンフの価値観では、天と地の差があるのだ。
少なくとも、今日は軽く動き、明日から本格的に運動しようと考えていたフンフは、この程度で音を上げるシュンに業を煮やした。
しかし、フンフはまだ甘かった。
フンフの今の考えではシュンは基礎を疎かにする人だと思ったのだ。
だから、戦ってみれば自ずと実力が伺えるし、もしかしたら強いことを謙遜しているのではと考えた。
もちろん、シュンには戦いの技術はもちろん度胸も何も無いのだが・・・
「シュン君、模擬戦をするッす」
「!?」
模擬戦、一対一、一対多、多対多、など対人の実践を想定し、死なない程度に己の実力を模索するものである。
普通は模擬ナイフを使用するが、本気の戦いを想定すれば実剣や魔法をしようするのも有りである。
ただし、あくまでも模擬戦なので殺し合いは禁止である。
それを踏まえてフンフは模擬戦をシュンに望んだ。
しかし、シュンはナイフすらまともに扱ったことがない。
刃物は料理で使う包丁くらいなものだ。
一般人のシュンには何も出来ない。
「む、無理ですッ! そんな恐ろしいこと出来ないですッ!!」
「いい加減にするッす! いつまで呑気なこと言ってるんッスか! ほら、これを使うッす!!」
「うわッ! 危ないッ!!」
フンフはシュンに模擬ナイフを放物線を描くように投げた。
なんとかそれを上手く掴んだが、下手したら怪我をするところだった。
幸い握る部分も、刃先も木で出来ていたため、最悪の事態はないと想像する。
(本当にやるのか・・・)
シュンは渋々、模擬ナイフを右手で持ち、軽く構える。
軽く重心を前に出すことでいつでも動けるようにした。
当然、シュンは構えの仕方など知らないため、フンフを見ながら見様見真似で形を作った。
(とりあえず、いきなり怒らせて模擬戦の流れになっちゃったけど死ぬことは無いと思うし、ちょっと痛いだけだろうな。フィーアさんもいるし、直ぐに治療して貰えるだろう・・・)
しかし、シュンは知らない。
ほんの数秒後に起こる悲劇を・・・
ナナとハルトはこのような感情でした。
面白い、続きが読みたいと思われた方はぜひ評価のほどよろしくお願いします。