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眠り番こ 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 こーらくんは、最近、しっかり眠れているかい?

 今の社会では、寝る間も惜しんで活動していくために、明かりを使って自分の周りを照らし続けることが増えている。

 明るくなって視界がきく、というだけでも、人体にとっては十分な刺激。それにアドレナリンが出そうなくらい、テンションが上がることがあれば、一日、二日と徹夜してしまってもおかしくない。

 だが、それはバランスを崩してしまうことだ。回復の遅い大人にとって、後からしんどさが湧いてくる。子供にしても、睡眠は健やかな成長のために、長めに眠ることが推奨されているのは、知っての通りだ。

 眠りに関して、私たちはまだまだ知らないことが多い。先生もそれ自身を強く感じた、経験があるのだけど、興味はないかな?

 

 先生がまだ幼稚園に通っていた、冬の日のこと。

 先生は目が覚めた時、布団が蹴散らされて、ぐちゃぐちゃに乱れていることに気がついた。

 誰かが暴れたようにしか思えなくて、先生は母親に相談する。すると母親は、笑いながら答えた。「それはあなたの寝相が悪いのよ」と。

 そこで先生は寝相についての知識を得たけど、不安は消えない。

 日を置いて、思い出したように起こるそれらは、布団をはいでしまうこと以外にも、寝た時と起きた時で頭の位置が違っていたり、パジャマのボタンがいくつか外れていたり……。

 少しずつ、寝た時のままでいられる日が少なくなっていったけど、親たちはさほど、深刻な問題とは受け取ってくれなかったんだよねえ。

 

 しばらく経ったある日。先生は、起きた時の自分の右足に、寝る時にはなかったホチキスの針が刺さっていることに気がつく。

 当時の家族は、家の中でよくホチキスを使っていた。芯そのものが転がっていることはおかしくなかったけど、先生は自分の部屋でホチキスを扱った記憶はない。

 そして、眠る前にこのようなへまをしていない以上、考えられることは限られる。

 

 ――眠っている間に、家の中を歩いて針を踏んづけた。

 

 親に話してみると、これまでは笑って流していたのが、少し神妙な顔つきになる。

「夢遊病なんじゃないのか」といわれたよ。


 夢遊病は眠っている最中に起きる、異常な行動全般を指す。布団から起き上がって、その場で辺りを見回すだけなこともあれば、家の外に出たり、冷蔵庫を開けて食べ物を食べ始めたりという、ほぼ起きているとしか思えない行動を取ることもあるとか。

 この症状は、ちょうど先生の年齢くらいの子供に、見られることが多いという。

 あまりにひどいようなら両親と同じ部屋、同じ布団で眠ることを提案されたよ


 二階の窓から外に出ようとして落ちたり、車道に飛び出して車にはねられたりするケースもあると知った先生は、かなりびびった。


 ――寝ている最中に、動き回ったせいで死んじゃう。それでずっと眠る……なんて、怖すぎるだろ。


 恐れおののく先生は、自分なりに策を考えた。

 夢を見ていると自覚できる時には、無理やりにでも起きることにしたんだ。

 遅くまで起きていようとすると、「子供は寝る時間」と、無理やり親に布団の中まで連行されて、部屋の明かりを消され、寝るまでそばに居座られる。気づいたら朝というパターンだ。

 無事に目覚められたことには感謝だが、根本的な解決とはいえなかった。


 ――自分の手で克服するんだ。そのためにはやっぱり、夢を見そうになったら、自分から目覚めることに、慣れるしかない。


 夢が夢であることを、自覚しようと訓練し始める先生。

 ちょっとでも不思議なこと、つじつまの合わないことが起き、それを疑問に思わず、流されようとしてしまう意識。これとの戦いは簡単じゃなかった。

 あの、ホチキスの針を踏んでしまうほど歩いてしまったという形跡も、見られなくなってしまう。10日経って、20日経っても、「夢遊病」が再現されることはなく、親もさほど心配をしなくなってくる。

 でも先生は、絶対にまた起こると、頑なに信じていた。誰もが忘れようとした時こそ、やって来るはずだってね。


 そして、ホチキスを踏んだ日から一ヶ月あまりが経った、連休最終日の夜のこと。

 先生は突如普段着のまま、自分が水の中をかきわけながら泳いでいる景色が広がり、「ああ、夢だ」とすぐに分かった。

 夢と分かった夢から覚める方法は、人によって違うらしい。先生の場合は、たとえ目を見開いていると思っても、もう一度、まなこを押し開けるつもりで、両目に力を入れることがそれにあたる。

 いつもだったら、それで「はっ」と目が覚めて、暗い部屋の中、木でできた天井と、そこから下がる電灯の笠が視界に飛び込んでくるはずなんだ。


 でも、その時は違った。

 まず先生が目にしたのは、曲がりながらカーブする、二車線の狭い道路。

 次に道を挟んで向こう側には、車が止めてあるガレージが見えた。その両側にも低めの柵が続き、奥には二階建ての家の壁が見える。

 辺りは夜。時々、目の前の道路を車が通り過ぎていくが、数は多くない。その歩道の端に、先生は突っ立っていたんだ。

 そして何より、この景色。どこだかすぐには分からなかったものの、僕にはどこか見覚えがあった。

 

 ――夢遊病で出歩いている時に、無理やり起きたんだ……!

 

 身体を動かそうとするけど、手足の指一本も、ピクリとしない。目線すら固定されて、ちょっと脇を見ることも、自分の身体を見下ろすことも不能。

 金縛り、という言葉が先生の頭に浮かんだ。

 夢遊病の話を親から聞いた時、「関連があるかも」ということで、話をされた。

 脳が起きているのに、身体は眠っている状態で、これに陥ると意識ははっきりしているのに、何もできない状態になってしまうのだとか。

 口も駄目だった。動かせない。それどころか、ずっと開きっぱなしになっているようで、あごの部分に力がかかっている感覚があった。やはり、閉じることができず、気持ち悪い。

 どうにか口を結んでしまおうと、悪戦苦闘する先生の耳に、右手から「がやがや」と人の話し声が聞こえてくる。どんどん大きくなるそれらに伴い、声の主たちが姿を見せて、先生は「あっ」と思ったよ。

 

 同じ幼稚園に通っている友達のひとりが、両親と妹に囲まれて、通り過ぎようとするところだった。

 買い物袋、ヘッドキャップ、胸につけたパスポート入れ……いずれも、有名なアミューズメントパークのものだった。

 先生はかねてから話を聞いていてが、一度も遊びに行ったことがない。

 友達一家は、ゆっくりとくっちゃべりながら、見せつけるように先生の前を横切ろうとする。

 ふと、友達の顔がこちらを向いた。先生に気づいているか分からないけど、ありったけの力を込める。

 

 ――うらやましいな。ずるいぞ。

 

 それが伝わったのか。友達は「ひっ」と声を上げて、飛びのく。家族が怪訝そうな表情をして見つめると、友達はこちらを指さして、震え声でいう。


「い、今、それの目が光ったよ」


「それ」とは失礼な、と思ったが、声として出ることはない。身体も変わらず、動かすことができない。

 その間に両親と妹が、どんどん近づいてきて先生の顔を、かわるがわるのぞき込んでくる。


 ――じろじろ見ていないで、助けてくれ!


 その叫びも、音を成さず。両親と妹は先生の顔をじろじろと眺めまわした後、「全然だよ」と踵をかえしてしまう。

 しつこく「光った、光った」と騒ぐ友達をなだめつつ、彼らは離れて行ってしまい、先生はまたひとり取り残されてしまった……。


 そう思ったところで、改めて先生は目を覚ます。

 今度はまぶしい明かりの下。誰かが先生の肩に手を掛けていたんだ。

 反射的に悲鳴をあげて、飛び起きてしまう先生。これまで声を出せなかった分、動かなかった分、音量も動作もかなり大きくなっちゃったよ。

「落ち着け」と、先生の両肩を押さえる手に力が入れる、目の前の人。よくよく見ると、それは先生のお父さんだったんだ。


 つい先ほど、寝室にいたお父さんが、僕の部屋から物音がするのを聞きつけたらしい。何だろうと思って近づいてみると、僕が部屋からふらふらと出てきたらしいんだ。目を開いたまんまでさ。

 確かな足取りもあって、最初、トイレに行くのかなと思った父。しかし、明かりもつけずに歩いていく僕は、トイレに目もくれず、玄関へ一直線。鍵まで開けて外へと出かけてしまう。

 止めなきゃと父は追いかけた。一方の僕は、家を出てすぐの側溝に足を突っ込んで転んでしまい、動きを止めたそうだ。痛がる様子もなく、そのまま父が抱き上げて布団に寝かせて、今に至るとのこと。

 先生が見ると、右足のすねからつま先までが、茶色いもので汚れていたんだ。

 その夜は、そのまま両親の部屋で明かすことになったよ。


 翌日の幼稚園。

 件の友達はやってくると、同じ組の先生を含めたみんなに触れ回ったよ。「この幼稚園の入り口にある、ライオン像の目か光った」ってさ。

 それを聞き、ライオン像へ走っていく一部の園児。先生もそれに混じって、園内から園外を見ることで、ようやく得心がいった。


――僕は昨日の晩、ライオン像の中に入り込んでいたんだ。


 幼稚園の門柱の前に置かれた、鎮座する一対のブロンズでできたライオン像。彼らは地べたに寝そべりながらも、頭から胸にかけて、しっかり身体を持ち上げて口を開いている。

 瞳も刻み込まれた精緻な作りだけど、そのくぼみには宝石の類はついていない。にぶいくぼみがあるばかりで、光る要素はなかった。

 光ったと譲らない友達と、うそつきという園児たち。その言い争いをよそに、先生はライオンの真下に立って、昨晩、味わっていたであろう景色を眺めていた。


 もし、先生がこの中に入っていたのなら、同じ時間にはライオン像の中身が、先生に入っていたはずだ。ひょっとしたら、これまでも何回か。

 ずっとここで動かずに見張らないといけない身。僕がわずかな時間で音をあげかけたあの状態を、ずっと続けてきた身なんだ。

 たまには誰かの身体を借りてでも、動きたくなったのかも知れないね。


 




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― 新着の感想 ―
[一言] リアルに想像すると結構怖い症状なのですが、この入れ替わっていたという発想は、子どもならではといった感じもして面白かったです。 タイトルの響きも可愛いし、読み終わってなるほどと思いました。 …
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