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ワトスン博士の回想録   作者: 涼華
8/13

第3話  青金石(ラピスラズリ)の印璽 1

「ワトスン君!あなたってサイテーよ!大っ嫌い!もう、絶交よ!!」

その日、ベーカー街221Bに立ち寄ると、ホームズに罵声を浴びせられた。彼がこんな野蛮な振る舞いに及ぶことは初めてだ。私はびっくりした。

「ホ、ホームズ君、一体、私が何を??」

「とぼけないでよ!これよ!これ!」

私が執筆しているストランド誌の今月号を鼻先に突きつけられた。

「何よ、これ!何が『ボヘミアの醜聞』よ。だっさいタイトル。」

折角苦心して描いた伝記を貶されて、私もさすがにむっとした。

「なんだよ。人が折角苦労してつけたものを。だいたい君が褒めたことは、一度も無いじゃないか。『緋色の研究』だって『4つの署名』だって」

「今回は特別よ!あのボヘミア王って何?アタシ、マッチョは嫌いって言ってたでしょう。しかも筋肉バカだなんて。センス悪過ぎよ。」

「何騒いでるんですか、騒々しい。ホームズさん!これ以上騒ぐと出てってもらいますよ!」

大家のハドスン夫人が飛んできた。

「とにかく、二人とも座って、子供じゃあるまいし。今、お茶とスコーンを差し上げますから。落ち着いて話して下さいよ。」

ハドスン夫人に促されて、私はホームズの部屋に入った。ホームズもふくれっ面のままテーブルに着く。

「何を怒ってるんだい?話が全然見えないんだが。」

「あのひとの話をどうやったら、こんなコメディーにできるの?それに、アタシがゲイだって書かないから、まるでアタシがあのひとに恋愛感情を持ってるみたいじゃないの。アタシは女は嫌いだって言ったでしょう!」

「ええっ?私は、ちゃんと言及したぜ、恋愛感情を君は持ってないって」

「読者はそんなこと思ってないわよ!見てよ。これ。」

と、ホームズは私の目の前に、どさっと、はがきや封筒の束を置いた。

「なんだこれは?ええっと『アイリーネ・アドラーさんとは、今もお付き合いしてるんですか?気になって眠れません。あなたのファンより』『ホームズさん、アドラー嬢のような、美人とお付き合いできる、こちらの婚活センターへ、ご一報お願いします』これは、ダイレクトメールだなあ。」私も唖然とした。

「こんなのばかり来て、肝心の依頼の手紙が埋もれそうよ。もう、いや、アタシ引退するわ。」

「や、や、やめてくれ。コカイン漬けになるぞ。」

テーブルにどんと紅茶のポットとカップ、そして、スコーンの入った皿が置かれた。

「お二人とも、おなかが空っぽだから、イライラするんです。さあ、どうぞ。」

ハドスン夫人のお手製のスコーンは、いつも焼き方がちょうどいい。クローデットクリームを塗ると格別だ。ホームズと私は無言で平らげた。

「ごちそうさま。ハドスン夫人。」私はにっこりした。

「ほおら、美味しいものを食べると心が豊かになるでしょ。ホームズさん。」

ハドスン夫人に言われ、ホームズも仕方なく頷いた。

「だいたい、酷いわ。ワトスン君。あれは、純愛だったはずよ。それをこんな下世話な。」

「だけど、本当のことなんかとても書けないよ。書けばよかったのかい。実名で。」

「それは、・・・・ダメだわ。だけどあんな似ても似つかない。依頼人に失礼よ。ヴィルヘルムって名前だけど、むしろ、バーディ(皇太子エドワード)に似てるかも」

「良かった。君にバーディに似てるって言ってもらって助かったよ。ウィリー(ドイツ皇帝・ヴィルヘルム2世・ヴィクトリア女王の孫)にもバーディにも似てるように書いたんだ。ヴィクトリア陛下に殺されるかもしれないけど。」

「言論の自由を、我が国は重んじるわ。大丈夫よ。それに、高貴な方たちは、こんな下世話な雑誌はよまないわよ。」ホームズは紅茶を飲んだ。

「コーヒーはやめてるのかい?」

「いまだけね。スコーンには紅茶が一番よ。」

ホームズは紙タバコをふかし始めた。ハドスン夫人がポットから紅茶をついでいる。

「相変わらずヘビースモーカーだなあ」

「お茶の時間だけでもやめてくれって言ってるんですけどね。スコーンの味がわからなくなるから」

ハドスン夫人が愚痴をこぼした。

不意にドアがノックされた。あけると、郵便配達夫が立っている。

「ベーカー街221B、シャーロック・ホームズさん、速達です。ウィーンから。」

「ウィーン?」3人とも同時に言った。

「ホームズ君、ウィーンに知りあいでもいるのかい?」

「いるわけないでしょ、何かしら。」

郵便配達夫から手紙を受け取り、ペーパーナイフで封を切った。

「はい、推理。ワトスン君。」封筒を手渡された。

「推理も何も、今度はちゃんと名前が書いてあるじゃないか。ウィーン市長 ヨハン・カスパール・フォン・ザイラーって・・・ウィーン市長?」

ホームズは、手紙から顔をはなし

「依頼よ。それも、ウィーンから。これで、この手紙攻撃から解放されるわ。」

手渡された手紙にはこう書かれてあった。私は読み上げた。正しい英文である。

「S.ホームズ殿  本日、ウィーン帝国博物館よりメソポタミア文明の至宝、黄金とラピスラズリの印鑑が紛失せり。至急ご尽力を乞う。至急ウィーンに来られたし。ヨハン・カスパール・フォン・ザイラー  追伸 ホームズ、およびワトスン両夫妻の旅券4枚、同封せり。」

「えっ?」ホームズが固まっている。

「両夫妻ねえ。」私は吹きだしたくなるのをこらえた。

「ア、アタシ、シングルよ。何勘違いしてるの?この市長?どうすればいいの?そうだ。ハドスン夫人、付き合って。一緒にウィーンまで」

「えええ、私が?私英語しかしゃべれませんよ。」

「メアリーも同じだよ。ハドスン夫人、行こうよ。一緒にウィーンへ」私も誘った。

「じゃ、ワトスン君。急いで用意してよ。奥さんもつれてきて。」

「うん、わかった。病院は・・・友達のシンプソン君にお願いするよ。」

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