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ワトスン博士の回想録   作者: 涼華
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第3話  青金石(ラピスラズリ)の印璽 4

見るべきものはもう見たから、とホームズは言いだした。それで、午後から、メアリーとハドスン夫人と一緒に、市内観光をすることになった。天気がいいので、無蓋の4輪馬車に乗り、案内役は、あの家探しされた学芸員、ゲオルク・シュミットに頼んだ。ゲオルク・シュミットは、25歳ぐらいか、金髪碧眼の実直そうな男である。

「とにかく素晴らしいです。粘土板に書かれた書物で、聖書に書かれていることが、科学的に証明できるかもしれないんですから、」

ウィーンの説明はそっちのけで、楔形文字の解読法について話し続けた。夢中で聞いているのはホームズだけだ。ハドスン夫人があくびをしたのを見て、ゲオルク・シュミットははっとした。

「すみません。退屈でしたよね。そうだ。ホイリゲって僕たちが言っている居酒屋に行きましょう。文化人たちも結構来てるんですよ。ウィーン名物のシュランメルン音楽も聞けます。」

「シュランメルンってなんですの?」メアリーが聞いた。

「シュランメルンは、ウィーンの民謡みたいなものです。ワルツみたいに軽快で楽しいですよ。」

夕方に、ホイリゲに行くと、多くの人たちが集っていた。シュランメルン音楽というのを私は初めて聞いたが、なかなかに楽しい。我々がいつも聞く曲とは違って、明らかに東方的な感じがした。きっとハンガリーやトルコの影響も受けているのだろう。メアリーの顔が輝いている。今朝までの女性2人を巻き込んだのではないかという不安な気持ちが吹き飛んでいく。

「ルドルフ大公も、シュランメルンが大好きでした。皇帝陛下も来ることがあるんですよ。」

「ルドルフ大公って?」ハドスン夫人が尋ねた。

「ああ、そうか。英国の方は、こういう言い方はしないんですね。皇太子殿下です。先の」


次の日、やはりメアリーとハドスン夫人を大使館に送り届けてから、ホームズと私は帝国博物館に行った。フォン・ザイラー市長、フォン・トゥレンベルグ館長、そして、ケルペン警察長官の三人と館長室で面会した。

「もう、事件は解決しましたわ。」ホームズの言葉に全員仰天した。

「バカなことを言うな!どこに印章がある?」昨日へこまされたケルペンはかんかんである。

「というより、事件そのものがなかったのですわ。犯人の目的は印章ではなく、別にありました。」

私と3人は顔を見あわせた。

「どういうことだ?ホームズ君。」

「順を追って説明するわね。ワトスン君。」

「最初から不可思議でした。島である英国ですら、盗品が海外に流出するのに、まして、内陸、アタシを呼ぶよりも先に、盗品ルートを抑えるほうが先のはず、ですが、あなたたちはそれをやっていない。積極的にはね。アタシも大使館に知りあいがいます。知りあいから、オーストリア政府が何も動いていないことを知りましたわ。何よりの証拠が、ロンドンからウィーンまで距離です。どんなに急いでも、4日はかかりますわ。その間に、宝物はどこかに消えてなくなりますわ。スコットランドヤードにも、レストレードやグレグスンのようなやり手がいます。オーストリア・ハンガリー帝国警察も同じはず、しかし、あなたたちは、アタシを待った。泥棒に売り払う時間を与えたも同じよ。なぜですか?

しかも、その泥棒たるや、ムッシュ・ルパン並みの手際の良さ。もっと皆さん焦ってもいいはず、ところが、フォン・ザイラー市長、あなた、アタシにゆっくり休むよう言いましたよね。本当なら、一刻も早く現場を見せたいはず。

それで、アタシ思ったの。フォン・ザイラー市長、あなたの本当の目的は、アタシとワトスン君、そしてワトスン君の奥さんもここにおびき出すためだったんだろうって。」

その言葉に私は仰天した。

「バカな?私が、いや私たちが、なぜあなたをこんな手の込んだ手段で?」フォン・ザイラー市長は狼狽している。

「ムッシュ・ルパンのような盗賊は2人と居ないだろうけど、仮にいたとして、やはり彼のように、自分の仕事の証明を残すはず、これほど手際よくやれたのに、それを顕示したい、そう思うはずよ。芸術的な盗みならなおのこと、しかし、それがない。当然でしょ。内部犯行、いえ、狂言といったほうがいいかしら。フォン・トゥレンベルグ館長。」

私は、フォン・トゥレンベルグの顔を見た。血の気の無くなった顔から、ホームズの推理が正しいことを示している。

「動機は何だ?なんで金にも困ってない、スキャンダルもない人間が、なんでこんな泥棒をする?訳が分からん!」ケルペンが叫んだ。

「その動機がわからないから、直接犯人、いえ、お二人に聞いてるのよ。」


「わたくしがお話します。」女性の声がした。


振り向くと、いつの間にか、30代半ばのふっくらとした女性が立っていた。何となく、マリア・テレジア女帝を想起させる。

「カテリーナ・シュラット夫人。」フォン・トゥレンベルグが言った。

「ここからは、お身内の話になりますので、申し訳ありませんが、ケルペン警察長官。あなたはお引き取り下さい。ラピスラズリの印鑑はわたくしが持っております。」

「このような勝手をなさるとは、あとでどうなっても知りませんぞ。」

そう言い捨てて、ケルペン警察長官は出て行った。


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