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ワトスン博士の回想録   作者: 涼華
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第3話  青金石(ラピスラズリ)の印璽 3

大使館へは、すんなり4人とも入ることができた。ホームズが執務室で何か話している間、我々は待合室のソファでくつろいでいた。

「何があったのかしら?」メアリーが聞いた

「ホームズさんは、なんにもいわないですよ。私たちには、いつも」ハドスン夫人が説明した。

そう、ホームズは事件にめどがつくまで何も言わない。これはいつものことなのだ。しかし、いつもなら、ロンドンの下町や、英国の片田舎での事件である。しかし、ここは異国の地、見知らぬ、言葉も通じぬ所での、ホームズの振る舞いは、私をも不安にさせることだった。

「帰るわよ。ホテルってどこだったけ。」ホームズが済まして言う。

こんな時に何を聞いても、返事は返ってくるはずもなく、私たちは黙って、彼に従った。


用意されたホテルは、非常に高級なところだった。いや、それほどでも無いのかもしれないが、安宿に泊まり慣れた私にとっては、何か落ち着かない。

「すごいわ。」「豪華ですねえ」メアリーもハドスン夫人も感嘆している。こんな時は女の方が肝が座っているのかもしれなかった。

ホームズと二人になった時、私は思わず尋ねた。

「さっきの大使館で何してたんだい?」

「マイクロフト兄の電報が来てたか聞いたのよ。」

ホームズの兄、マイクロフト・ホームズは海軍省に勤めていたはず、陰でマイクロフトが動いていることを知って、私は少しほっとした。と同時に、この宝石盗難事件がもっと深い根があるのかもしれないと思った。

「で、来てたのかい」

「来てたわ。予想通りだったわ。」

あとは、ホームズは黙ってしまった。煙草をふかし始めたので、私はそっと部屋を出た。

「どうでした。」

「また、推理中さ。ハドスン夫人、今日も、私たちの部屋に泊まったほうがいいよ。」

「それじゃ、奥様に申し訳ないですよ。」

「いいのよ。ハドスン夫人。お仕事できたんですもの。」

メアリーの心遣いに、私は神経の疲れもふき飛ぶような気がした。


次の日、メアリーとハドスン夫人を大使館に預けて、私たちは、帝国博物館の現場に向かった。

「市内観光でも、お二人にしていただいても」そういう、フォン・ザイラーの話を切り、ホームズはそっけなく言った。

「言葉もしゃべれないのに、迷子になったら、それこそ皆さんの迷惑よ。」


現場には多くの警官が陣取っていた。その中をホームズは猟犬のように調べ回っている。まさに、ブラッドハウンドだな、私は感心した。

素人目には、防備は完璧のように思えた。閉館後、鍵は館長室に戻され、翌日、フォン・トゥレンベルグが朝一番に出勤し、入口の扉を開け、館長室の扉を開け、金庫に入った宝物館の鍵を取り出し、あける。金庫は最新式のもので、ダイヤル式である。その暗号を知っているのは、フォン・トゥレンベルグとフォン・ザイラーそして、主任学芸員のゲオルク・シュミットの3人である。4日前、いつものように出勤したフォン・トゥレンベルグは、いつものように、ゲオルク・シュミットに鍵を渡し、いつもの通り、二人であけに行ったところ、ガラスケース内のラピスラズリの印鑑だけが消え失せていた。ガラスケースも合鍵を使ったのだろう、傷すらついていない。


「私は、お三方の屋敷も家探ししましたが、何も見つかりませんでした。」と、黒く太い口髭をピッチで固めた50ぐらいの男が言った。警察長官ギュンター・ケルペンである。いかにも高圧的な人物で下の者はたまらないだろうと思った。

「外部からの痕跡は全くありません。」ホームズを見下した感じでケルペンは言ったが、ホームズは気にもせず、床や窓、天窓まで調べている。

「私が思うに」ケルペンは続けた。「アルセーヌ・ルパンの仕業かと思います。」

「ムッシュ・ルパンの?」ホームズは振り向いた。

「いえ、ルパンです。」ケルペンは言い捨てた。泥棒に敬称などいらないとでも言いたげな口ぶりだ。

「ああら、なあぜ?どうしてそう思うの?」

「なぜなら、」ホームズの言葉遣いに、ケルペンもぎょっとしたようだった。「外部からの痕跡がないとなれば、内部犯行、ですが、フォン・ザイラー、フォン・トゥレンベルグ、ゲオルク・シュミット、3名とも金に困ってるわけでもなく」名指しされたフォン・ザイラーたちは、不快な顔をした。「動機がありません。外部からの侵入、金目的が妥当。しかし、ここまで、痕跡なくやれる盗賊となれば、アルセーヌ・ルパンしかおりません。」

「あなたの推理。なかなかいいわねえ。ムッシュ、いえ、ヘア・ケルペン。でも、ムッシュ・ルパンじゃないわ。誓って」

「なぜです?」ケルペンの顔色が変わった。

「確かに、外部からの痕跡はゼロ、もっと高価な宝石があるのに、なぜか、1個だけ盗まれているところも、似てはいるわね。でも、決定的なところを見落としてるわ。警察長官さん。」ホームズはケルペンをじっと見据えた。

「ムッシュ・ルパンなら、絶対、予告するわ。ウィーン中の新聞に、予告状を突き付け、警官を張りこませ、あっというトリックを使って、警察を出し抜いて、、」手を大きく広げ、まるでシェイクスピア俳優のようにくるりとターンした。また、始まったと私は思った。

「世間をあっと言わせる。ムッシュ・ルパンにとって、ショーのようなもののはず、ショーには観客が必要じゃなくて?それが、夜こっそりと?全然華がないわ。ムッシュ・ルパンは目立ちたがりですもの。」目立ちたがりは君も同じだろう、そう言いたいのを私はこらえた。

「それは、フランスと違ってわがオーストリア・ハンガリー帝国警察が優秀だからです。」

「あら、そう?ちょっと、そこのお巡りさん、あなたじゃないわよ。そっちの、一人で上を見てるそのお若い人、あなたよ。」ホームズは、若い警官を呼びつけた。

「ぼ、僕ですか。」酷いドイツ訛りだが、何とか聞き取れる。

「あら、英語ができるのね。嬉しいわ。」ホームズは喜々としていった。「ま、随分ハンサム。アタシごのみよ。」年は20前後か、整った顔立ちである。

「ホームズ!!」

「うるさいわねえ、ワトスン君。ただの職務質問よ。ハンサムなお巡りさん、お名前は。」

「ぼ、僕は、ヘルマン・シュミットです。」可哀想に若い警官はへどもどしながら答えた。

「まあ、素敵なお名前。ところで、ケルペン警察長官。このシュミット巡査をご存知?」

「知ってるわけがないだろう。初対面だ!」ケルペンはかんかんである。

「ま、じゃ、だめじゃないの。」

「はあ?」ケルペンと私は同時に叫んだ。

「じゃあ、警察長官さんはここに配置されてる警官を全員知ってるわけじゃないのねえ。じゃあ、ムッシュ・ルパンが警官に変装して、まぎれてても全然わからないじゃない?そんなへぼい警察相手に、ムッシュ・ルパンが予告状無しでこそこそ盗るとも思えないわ。」

ホームズは甲高い声で早口にまくし立てた。ケルペンは真っ赤になって飛び出していった。きっと名簿を照らし合わせるつもりなのだろう。

「ホームズ君、口が過ぎるぞ。」私は思わず言った。

「どうもお騒がせしましたわ。フォン・ザイラー。」

「い。いえ。」ケルペンの態度に日ごろから腹に据えかねていたらしく、フォン・ザイラーたちは、吹きだしたいのをこらえている。


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