折口信夫と柳田国男
折口信夫と柳田国男を読み返している。と言っても、二人の本をまともに読める教養はないので、関心のある所、わかる範囲で読んでいる。
柳田国男と折口信夫の二人は、基本的に立派な学者という事になっている。それは事実だろうが、読んでいてふと、それだけではないのではないかと思った。二人のやっている事はむしろ、ニーチェのような存在に近いのではないかという気がする。穏健かつがっしりとした柳田国男のような存在も実は、かなり思想性が強く、その主張の為に古代日本がクローズアップされたというように見える。
柳田の書いているのを読んでふと、昔の日本はそんなに素晴らしいものだったろうか、と疑問を抱いた。もちろん、柳田も単純に昔を神聖化しているわけではない。それにただ年を取って、懐古に耽っているのでもない。柳田国男は当時の日本に近代西洋が入り込むのをよく知っていたし、西洋近代というのも知り抜いていた。だが、柳田は知り抜いており、将来の日本がますます西洋化すると分かっていたからこそあえて、昔の日本というものを意図的に理想化して取り上げたように見える。つまり、過去を一つの定在として、現在への異議、主張とする。それによって来たるべき未来を(見えない形で)指し示す。そのようなスタイルは、穏健な学者というよりは、ニーチェとかマックス・ウェーバーに近いスタイルではないかと思う。
だから、以前は昔の日本を知る為に柳田国男や折口信夫を読んでいたのがそれはある意味で危険ではないか。折口には常に異郷、ないし、まれびとの概念があった。しかし、異郷は観察者がこちら側にいる上で異郷であるし、まれびとも、外から来る上でまれびとである。折口にとって古代日本は、現在から見たまれびとだった。古代日本は、今とは違う一つの場所だった。だからこそ、そこには沢山の意味があった。折口ももちろん、同時代の文学などは知り抜いていた。だが、それと同時に古代に目を向けていた。
今から考えると、古代日本を探り出せる最後の機会に、二人の天才学者は洞察を深くしたように見える。今、僕が田舎に行って民俗調査をしても、得られる事は限られている。古い日本が消失していく過程で、その過程に自覚的であるからこそ、二人の天才ーーナショナリストは生まれたのではないか。だとすると、彼らは「日本」が消滅していくからこそ、「日本」を発見したという事になる。僕には二人の姿は悲劇的なものを背負っているように見える。それゆえに魅力も感じる。
今はナショナリズムが流行ってきているので、日本礼賛の声も聞こえる。僕は日本生まれの日本人だが、かねがね、日本という国を遠いものに感じてきた。日本文化、日本思想、そういうものが身近に感じられないと感じてきた。例えば、モンテーニュのエセーを読んでいて、現代に通じるヒューマニズムが見られたのだが、僕にとってはモンテーニュやパスカルを読む方が荻生徂徠を読むよりわかりやすい。
過去の日本との間に大きな隔たりがあって、むしろ、近代西洋とか近代ロシア文学なんかの方が、隔たりが少ない。日本古典の間にはいくつものフィルターがあって、それを破らなければ到達できないし、どっちにしろ、古い日本を僕らは西洋近代の目で見ている。自分の居場所に自覚的になるほど、日本人であるのに日本は遠い国だという気持ちになる。
古い日本、古代日本はどのようなものだったのだろうか。柳田国男は江戸時代を退廃し、爛熟した時代とみなしていたが、これはつまり、江戸時代は「新しすぎる」という事になるのだろうと思う。より良いものは江戸時代以前にある。しかし、僕らにとって江戸時代は「古き良き日本」であるように思える。このようなズレはどこまで行くのだろうか。
三大投資家でジム・ロジャーズという人がいるが、彼が「自分は古い黄金時代なんてなかったと思っている」と言っていて感心した。非常に微妙な所だが、僕もそうだと思っている。
あるいはもっと違う事を言った方がいいのかもしれない。古代ギリシャを理想化したり、古代日本を理想化して、歌い上げる事ができるのは、他者の時代ーーつまり、古代ギリシャや古代日本とは違う時代に立たなければならないという事だ。古代ギリシャの只中にいて、それ自体を自覚的に歌い上げる事はできない。いつでも、ある時代に生きて、その中から時代を見ると、混乱した時代に見えるはずだ。いつも、その時代はとらえどころのない、不完全な時代にも思える。そこから過去を懐古したり、未来を憧憬したりする。しかし、その未来も過去も、そこに行けばそこはやはり混乱した現在であるにすぎない。
この矛盾した考えをどうすればいいか。柳田や折口の言っている事は嘘ではない。真実である。だが、それはよその時代から眺められ、そこに入り込んだ時に始めて見えてくる時代性である。だから、僕らは「古代から学べ」と言えても、「古代に戻れ」とは言えない。ゲーテは談話の中で将来のドイツが今より良くなる事を希望していたが、第二次大戦の後、有名な歴史学者は「ゲーテ時代に帰れ」と言った。しかし、時代は帰る事ができない。ゲーテ時代が素晴らしい時代だというのは、それが失われて始めて気づくものなのだろう。僕らは過去を賛美する事も貶す事もできる。しかし、現在を廃棄する事はできない。
結論から言うと、折口信夫や柳田国男の残した著作はどうやって未来に役立てればいいか、なかなかわかっていないように思う。過去の制度、文化をそのまま尊んで残しても、周辺事情が変わっている為に、そのまま通用しない。形だけが無残に残り、国が金を出して、本人達も何故それをしているのかわからず、「日本の伝統だから」という事でなんとなくやっているという事になりかねない。伝統文化も当時は、当時の現在に合わせてできたものだった。時代が変われば形が変わるのはやむを得ないと思う。
大きく言うと、過去の形式だとか、個人の知恵だというのは抽象化して現在に生かしていくしかないのではないかと思っている。古人のした形よりも、古人が何故それをしたのか、そこには現代の人間が忘れている知恵があるのではないか、というように。言葉というのも、古い言葉に詩性を感じる事もある。だが、その言葉をそのまま使うのは難しい。それがどのように使われていたのかを洞察しつつ、現在にない倫理や習俗の良い部分を自分のものとして進んでいくしかないのではないか。現在は全ての物のスピードが早いために、今この瞬間に閉じこもりがちになる。「今」だけが全てになる。絶えずアップデートされるソフトウェアのように、絶えず「今」が上書きされていく。
そうした時代でも「過去」を洞察する事で、また「時間」が生まれるのではないか。その際、「時間」と呼ぶものはおそらく、個人の可能性を広げるのではなく、可能性の臨界点を示すものになると思う。モダニズムはじめとして、近現代の思想は個の自立と自由を大きく誇張した為に、全てがそれぞれの離散した自己意識に収斂される事になった。自己意識が己の限界を感じる所に、過去の人からの恩恵、未来において子孫ないし他者がすべき事、そういうものが見えてくるように思う。そういう観点からも柳田国男や折口信夫から学ぶ事ができるだろう。