表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラスボスの嫁 連載版  作者: @眠り豆
7/50

 7※

「……旦那さま……」

「なんだ?」


 昨夜は少ししか眠っていないし、今日は狩りで疲れているのに、旦那さまはわたしが呼ぶと、いつものように優しく答えてくれた。

 白い獅子の温もりで寂しさが癒えたわたしは、思いついたことを口にする。


「皇帝陛下のお妃さまに、護衛のティーンさまはいかがでしょうか?」

「ティーン? お前も知っているように、狼獣人は神獣の祝福を授けられながらも自分たちの国を興さず、傭兵や護衛として仕えることで、どこの国でも高い地位を得ている変わりものだ。当然ファダー帝国でも高位貴族の家柄だから、身分的に問題はない……が」


 青玉色の瞳の上、形の良い眉の間に皺が寄る。


「ティーンが兄上に、忠誠以上の感情を持っているんだろうか。メシュメシュ、お前どうしてそんなことを思いついた」

「ティーンさまは、ラスボスである旦那さまの四天王のおひとりだったのです」

「『四天王』とはなんだ?」


 四天王は前世むかしの宗教から生まれた言葉だ。

 『レルアバド・ニハーヤ~永遠の終わり~』の世界には存在しない。

 攻略本などの紹介で使われることはあっても、本人たちがそう名乗ることはなかった。


「えっと、忠実な四人の部下のことです。ゲームでは、四人を倒して四つの門を開かないと、旦那さまのところへ行けませんでした。四人が魔法の結界の要を守っていたんです」

「なるほど。……そうだな。兄上がお亡くなりになられて、俺が皇帝になったとしたら、ティーンは俺の護衛になるだろう。護衛頭も虎夫人のままか?」

「いいえ」


 そういえば、虎夫人の名前はゲームに出てこなかった。

 わたしの返事を聞いて、旦那さまがひとりごちる。


「ご夫君やご令嬢のことがある。兄上の死とともに引退したんだな」


 そうかもしれない。

 わたしは頷いて、ティーンさまと戦ったときに聞いたセリフを旦那さまに伝えた。


「お前の言うとおり、ティーンは兄上の命令……おそらく末期のお言葉に従って、不死者のしもべになってまで俺を守っていたんだろう。だからといって恋愛感情なんかあるんだろうか」

「考え過ぎでしょうか」

「……メシュメシュ」


 銀のたてがみが、そっとわたしにすり寄ってくる。


「うふふ、くすぐったいです」

「俺は、お前と結婚できて幸せだ」

「わたしも旦那さまと結婚できて幸せです」

「そうか、良かった。……だから、お前が兄上にも幸せになってほしいと、結婚相手を考えてくれたのはわかる。俺も兄上に良い嫁を貰ってほしい。皇帝という立場に囚われることなく、本当に愛する相手と結ばれてもらいたいんだ」


 旦那さまは、重々しく言葉を続けた。


「……ティーンは、兄上よりも強い」

「護衛ですもの」

「ああ、それだけならいい。しかし彼女は強過ぎる。そして武を重んじ過ぎる。昔、こんなことがあったそうだ。武術の稽古から逃げた幼い兄上は、図書室の隅に隠れて本を読んでおられた。追ってきたティーンは、狼の鼻で兄上の隠れ場所を見つけ出すと本を引き裂いて、無理矢理稽古に連れて行ったという」

「そう、ですか……」


 白い獅子が溜息を漏らす。


「兄上は今でも、本を読んでいてティーンの気配を感じると、心臓の動悸が激しくなるとおっしゃっていた。もし仮に、万が一ティーンに兄上への恋愛感情があったとしても、兄上がそれを受け入れるのは難しいのではないかと思う」

「そう、ですね……」


 今の皇帝陛下は病気を患ってらっしゃるのではない。

 少しお体が弱いだけのような気がする。

 いつも側に愛し見守ってくれる方がいれば、お亡くなりになるのを防げるのではないかと思ったのだけれど。


「落ち込むな。お前の気持ちは嬉しい。本当に、兄上にも良い嫁が見つかると良いのだがなあ」

「虎夫人のご令嬢のことを、今も想っていらっしゃるのでしょうか」

「どうだろう? 仲は良かったが、許婚というより悪友という印象のふたりだった。兄上がイタズラを企んで、ご令嬢がそれを実行する。そんなふたりを奴隷の書記官が諌める、そんな感じだったな」

「皇帝陛下がイタズラを?」

「ああ。兄上が皇帝に即位なさっても、先代を操っていた重臣たちは権力の座を手放さなかった。ヤツらを退けるまで、イタズラをしかけることで憂さ晴らししていたらしい」

「まあ」

「ご令嬢の駆け落ちも、すべて兄上の計画だったのではないかと俺は思っている。駆け落ち相手の奴隷は、兄上の腹心だった書記官だしな」


 皇帝陛下の企みだったのだとしたら、虎夫人が今も護衛頭として重用されているのも理解できる。


「そういえばメシュメシュ、俺の忠実な部下の残り三人はだれだ? 星影と月影と……もしかしてゼェッブか?」

「いえ、ネムル・アルカトさまです」


 青玉色の瞳が、転げ落ちそうなほど丸くなる。

 ネムル・アルカトさまは『筆の人』。旦那さまに仕える文官で、腹心のひとりだ。

 虎夫人の息子なので、皇帝陛下のはとこに当たる。

 年齢は旦那さまよりいつつ年上の二十二歳。

 駆け落ちなさったご令嬢の弟君だ。

 なお、ゼェッブさまというのはティーンさまの弟で、皇帝陛下の右に立っていた護衛の狼獣人である。星影たちと同じように、子どものころからの旦那さまの友達だ。


「……アイツ、弱いぞ。いや、十年経てば変わるのか? まあ不死者のしもべになれば、ほかの死体を合成されて恐ろしい怪物になってしまうものな」

「……弱かったです」

「うん?」


 『レルアバド・ニハーヤ~永遠の終わり~』はシンボルエンカウント方式で、定位置にいる、あるいは動いている敵のアイコンとぶつかることでバトルが始まった。

 バトルになると画面が切り替わり、マス目で区切られた専用マップになる。

 十二人いる仲間──進め方によっては全員仲間にできないこともある──からバトルに参加できるのは三人だけで、シミュレーションを謳っているにしては少な過ぎるのではないかといわれていた。

 でも人数を絞っていたからこそテンポよくバトルが進んだし、マップの属性や配置された自然物を利用して戦略を練るのも楽しかったので、わたしはこの形式が好きだった。

 とか言いつつ、わたしの戦法は単純極まりない。

 主人公の王子さまに補助魔法を使わせ、移動マス数を増やした妹──主人公のヒロイン候補で女子力(物理)系女子だった──に敵ボスへと特攻させる。

 妹の攻撃が終わったら、もうひとりの仲間に再行動の魔法や技を使わせて、妹にもう一度攻撃させるというものだ。

 それにしてもわたし、なんでこういうことばかり思い出すの。

 もっとこう、旦那さまのお役に立てることを思い出せたらいいのに。


「わたし、ネムル・アルカトさまとの戦闘で、お言葉をお聞きしたことがないんです。いつも妹が一撃で倒してしまっていたので」


 戦えば強い。前世むかしのネットではそう噂されていた。

 体力がひとケタになると、ラスボスの旦那さまと同じ自己再生能力が発動して回復し、攻撃や防御も増幅していく仕様だったらしいが、妹の攻撃では体力が残らなかった。

 彼は状態異常攻撃のない敵だったので、いつもは妹に装備させていた精神攻撃避けの防具を外して物理攻撃増幅一択にできたし、そもそもの基本的な体力が低かった。

 そのせいか、わたしのゲームクリア回数と同じ三回のバトルのすべてを一撃で倒してしまった。再行動も必要なかった。クリティカルですらなかった。


「そうか。……聞くんじゃなかったな。明日アイツに会ったとき、吹き出してしまいそうだ」


 蜜月でお休み中とはいえ、旦那さまは皇太子殿下。

 本当になにもしないのは不可能だ。

 だから毎朝、ネムル・アルカトさまが急ぎの仕事を持ってくる。


「メシュメシュ、来月の武術大会のとき、お前の妹は来ないのか?」

「なにを考えてらっしゃるんですか」

「お前と同じことだ。道理でアイツを見ると、苦しそうな顔をすると思った。笑いを堪えていたんだろう」


 実はそうだ。

 悪いと思いつつも、『妹に一撃で倒された人』の単語が頭の中で飛び回ってしまう。

 殿方にしては細過ぎるネムル・アルカトさまの首が目に入ると、わたしでも折れるのではないかと考えてしまうことさえあった。旦那さまの腹心に対して、我ながら失礼極まりない。

 白い獅子が大きなあくびをした。真珠の牙が赤い口を彩っている。


「ふわあ。星影や月影の話も聞きたいが、今夜はもう寝ることにしよう」

「はい」

「……不死者は、お前が『げぇむ』の知識を持っていることを知らないし、知ったとしても俺をしもべにしたいと思うだろう。ファダー帝国の皇太子だ。皇帝である兄上よりも近寄りやすく、ガキで騙しやすい」

「旦那さま……」

「自分を卑下しているわけじゃない。冷静な評価だ。……だから、俺の最大の弱点であるお前や兄上を害するものがないよう、部下に命じて宮殿を探らせている。実際に動き始めるのは先でも、なんらかの準備は始めているだろうからな」


 心を許しているのは腹心の三人だけだけれど、皇太子である旦那さまには、たくさんの部下がいる。


「宴でも言ったが、あまり気に病むな。お前が前世むかしを覚えてくれていただけで、俺たちは不死者に対して優位に立っているんだ」

「……はい。一緒に頑張りましょう」


 格子細工の窓から降り注ぐ銀の月光を浴びて、白い獅子と寝台に横たわる。

 獣の寝息に包まれて、今夜もわたしは幸せな眠りに就いた。

<おまけSS>


『ラスボスの憂鬱』


「うーん……」


 残酷な嫁は無邪気な寝言を口にして、俺に体を擦りつけてきた。

 四つ足の神獣の姿になっていても、中身は十七歳の健康な男なんだぞ?

 思いながら、嫁の体に掛布をかけ直してやる。

 狩りのせいで睡眠時間がおかしくなった。

 体調を崩さないと良いのだが。

 そもそもオアシスのマズナブ王国と海岸に近い帝都では、かなり気候が違うはずだ。

 風習も食事の味付けも異なる部分が多い。

 嫁いできただけで大変なのに、メシュメシュは俺を『ラスボス』という未来から救おうとしてくれている。

 愛しさがこみ上げてきて、俺は眠る嫁の頬をぺろりと舐めた。

 獅子の口なのでキスはできないのだ。俺の変身は解けていない。


「ん……旦那さま?」

「夜明けはまだだ。眠っていろ」


 こくんと頷いて、嫁が寝息を立て始める。

 月の光に照らされた黒い髪、瞼に隠された紫色の瞳、象牙色の柔らかな肌。

 たまらなく美味しそうで、それでいて、俺が本当の獅子だったとしても、食べるのをためらう美しさだった。嫁の寝顔は少しあどけなくて、そんなところも愛おしい。

 しかし愛しければ愛しいほど、俺の心には不安が沸き上がる。

 ──ほかに好きな男がいるのではない、という言葉は信じよう。

 好意がなければ、俺の前でここまで無防備に眠れるものではない。

 女のほうが好きなのでもない、というのも一応信じよう。

 十年前の俺を女だと思い込んでいた理由も、いつか思い出して教えてくれるに違いない。

 そうでなくても前世むかしの『げぇむ』の記憶が加わるだけで、頭の中はいっぱいになっているはずだ。まずはふたりで生き延びること、それができなければどうしようもない。


 だが……


 俺はひとつ、どうしても拭いきれない疑いを抱いていた。

 あまりに疑わしいからこそ、口にすら出せない。

 それは──


「くふふ。……旦那さま、モフモフですね」


 俺のたてがみに顔を埋めて、メシュメシュが甘い寝言を放つ。

 そう、これだ。

 コイツは人間姿の俺よりも、神獣姿の俺のほうが好きなのではないか?

 人間姿のときは、あまり自分から抱きついてくることはないのに、神獣姿のときは必ずと言っていいほど触れてくる。

 だから、中身は十七歳の健康な男のままなんだぞ?

 自分が眠るとき、どんな姿をしていると思っているんだ。

 メシュメシュの白い絹の寝巻はゆったりしていて、見事な刺しゅうが施されている。

 だが布地は薄く透けていて、体の線がはっきりわかるんだ。

 お前は、その格好で俺に抱きついているんだからな!

 怯えさせたくはないけれど、俺が初夜初夜とがっついてしまう気持ちもわかってくれ……と、愚痴ってしまうのは心の中でだけだ。

 口に出して、神獣姿のときにも触れてこなくなられたら悲しいからな。

 どうしたって俺は、コイツが好きで好きで仕方がないんだ。


 ……そういえば。


 眠り直そうとあくびをした俺は、あることを思い出した。

 最近気になっている疑問だ。

 メシュメシュが教えてくれる『げぇむ』の中の俺は、コイツと初夜を済ませていたのだろうか。魂の名前で呼ばれなかったとしても、興奮したら神獣変身への衝動が沸き上がって来たのではないのだろうか。

 嫁は思い出すごとに『げぇむ』の知識を伝えてくれる。

 『ラスボス』の俺には、ほかのむくろが混ぜ合わされていたという。

 『げぇむ』の進め方によって骸の顔ぶれは異なるが、以前俺に政略結婚を申し込んできた女王の国の将軍と、マズナブ王国の青年貴族は絶対らしい。

 あの将軍、女王が好きなのに相手にされていないんだよな。

 マズナブ王国の青年貴族は王家の護衛で、十年前、俺が嫁の護衛をしていたとき世話になった男のはずだ。好きな相手に意地を張ってしまう性格で、片想いしていた女とは上手くいっていなかった記憶がある。

 そして、俺が嫁との初夜を済ませていなかったとしたら──


「……寝よう」


 名前の通りメシュメシュのような、嫁の甘い香りに包まれて目を閉じる。

 『ラスボス』になんかなるものか。

 俺は絶対に、嫁との幸せな未来に辿り着いてみせる。

 人間のままの俺でも嫁に抱きつかれるようになって、好きな女に相手にされない男同盟から抜け出してやる。


 絶対にだ!


 硬く心に誓って、俺は眠りに就いた。

 寝ぼけながら鬣をくしけずる嫁の指先の気持ち良さに、神獣姿も悪くないと思ったことは、だれにも内緒だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ