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ラスボスの嫁 連載版  作者: @眠り豆


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 49※

 すっかり初夜を迎える気だったのだが、そうは上手く行かなかった。

 星影とベルカの結婚が決まってすぐ、ネムル・アルカトさまが現れたのだ。

 考えてみれば当たり前のことで、寝室に籠っていた皇帝陛下のお仕事に滞りはなかったものの、ずっと国を離れていた皇太子殿下のお仕事は滞りまくりなのだった。

 誘拐されたことで、最初の予定より長くなったし。


「お帰りになったばかりで申し訳ありませんが、こちらも限界なので。なぁに、神の祝福をお持ちの殿下なら、容易いことでございましょう」


 自分だけ旦那さまが神獣に変身できることを知らなかったせいか(そういえば、だれも伝えてなかった)、ネムル・アルカトさまは機嫌が悪かった。

 メガネの奥から旦那さまを睨みつける。


「メシュメシュさまー」


 彼の肩に乗っていたクークちゃんが、わたしを見つけて飛び降りる。

 旦那さまと同じ紅玉ヤーコート月生まれの彼女はもう誕生日を迎えたのか、虎の耳と尻尾が出ていない。成長したのだ。と思っていたら、わたしに抱きついたとたん耳と尻尾を出した。これはこれで可愛い。

 腰に巻いた帯に、魚のアカすりが挟まっていた。


「ととさまとかかさまのお手紙、ありがとうなの」

「叔父さまに読んでいただいた?」

「はいなの」


 ホーフさまご夫妻には手紙を預かっていた。

 皇帝陛下の寝室へ向かう前に、ネムル・アルカトさまに渡したあの手紙に、旦那さまが神獣に変身することが匂わされていたのかもしれない、なんて思う。

 クークちゃん宛でも、難しい言葉はネムル・アルカトさまが読んであげるものね。


 ──翌日から、わたしも仕事に戻った。

 不死者を退治したと言っても、新しい魔獣はもう発生している。

 記憶を辿って魔獣の特徴を書き記す日々だ。

 皇帝陛下に問われて、大学に関する知識も絞り出した。

 初夜? もちろんできませんよ?

 旦那さまは滞っていたお仕事に加えて、こっそり皇帝教育も受けなくてはならなかったのだもの。即位したら、もっと忙しくなるわけで……初夜を済ませる日が、本当に来るのかしら?


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 そして、ついにその日がやって来た。

 紅玉ヤーコート月末日。

 旦那さまの十八歳の誕生日。わたしたちの運命の日だ。

 宮殿の門が開かれて、広い庭園に民を招く。

 露台から、シャムス皇帝陛下が庭園を見渡す。

 皇帝陛下の顔には、相変わらず隈が浮かんでいた。

 通常業務に誕生祭の用意、異母弟の皇帝教育だけでは飽き足らず、毎晩遅くまで大学の計画書を書いている。いくら病弱でなかったとはいえ、家族として心配なのできちんと休んでほしい。

 民の歓声が陛下を迎える。


「親愛なる民よ、本日は我が皇太子のために集まってくれてありがとう」


 左右にはティーンさまとゼェッブさま、背後には虎夫人が陛下を見守っていた。

 わたしと旦那さま、ベルカと星影は少し離れたところに控えている。


「諸君らの中には、皇太子がアネモス王国で起こした奇跡について聞いているものもいるだろう。皇帝として教えよう。それは真実だ、と」


 皇帝陛下の声は良く響く。

 民の歓声が止まり、小さなざわめきがあちこちで起こった。

 アネモス王国でのことは、わたしたちが帰国した日から少しずつ情報を出している。

 デンドロ国王にも書面を送って、情報公開を依頼していた。

 国内外からの情報を、民はどんな風に受け取っているのだろう。

 王からの返信によるとホーフさまご夫妻の活躍で、悪夢病の爪痕は消えつつあるとのことだ。クークちゃんが両親に会える日も近い。


「そう、皇太子は我ら獣人長年の仇敵である不死者を破ったのだ」


 ざわめきが消え、沈黙が辺りを支配する。

 とても喜ばしいことだけれど、あまりに素晴らし過ぎて信じきれないのだ。

 その気持ちはよくわかる。

 前世むかしの記憶を持つ転生者のわたしにとっては、黒幕の不死者は倒して当然。

 倒されるためにゲームに出てくる存在だった。

 でも現世いまに生まれ育ったマズナブ王女のわたしにとっては、不死者は何十年何百年ごとに現れる忌まわしい存在で、どんなに戦っても倒せない、十分な魔力を得て眠りに就くのを待つしかない相手だったのだから。


「だが、皇太子ひとりの力で成せることではない。『美しき蠅の女王』を打ち倒す力は我が義妹がもたらした。昨年まで十年に渡って武術大会優勝の座を独占してきたマズナブ王国の王アルド殿の娘と言えば、みなも納得できるであろうか」


 皇帝陛下が移動して、庭園を見下ろす露台の中央が開く。

 首飾りの紅玉を握り締めて、わたしは足を踏み出した。

 大丈夫。旦那さまの青玉色の視線を感じる。

 わたしはひとりじゃない。そう、ずっと、これからも旦那さまと一緒だ。


「彼女は獣化する力を持たない」


 静寂が重い。


「だが慈悲深く偉大なる神は、メシュメシュ王女に祝福を与えた」


 え? ここで神の祝福って言葉を出してもいいのかしら。

 お義兄にいさまも緊張してらっしゃるのかな。

 ま、まあきっとどうにかなるでしょう。

 わたしは前に進み出て、露台の柵から庭園を見下ろした。

 何百、何千人がいるのだろうか。

 帝都にいるすべての民が、わたしに視線を向けているような気がする。

 わたしは紅玉を掲げて、妖霊ジンたちの名前を呼んだ。


「……ヤーコート・ヤークート・ラゾールド・マース・ジャマジュト・ヤシュム……」


 アネモス王国では手のひらに乗る大きさの姿しか取れなかった妖霊ジンたちが、人間より大きな獣の形を取って現れる。

 少し透き通った、実体のない魔力の幻影だ。

 封印されていたあの島から離れれば離れるほど、彼らの力は強まっていくようだ。

 白熊の金剛石マースがキラキラと、六角形の雪の結晶を辺りに舞わせる。

 紫水晶ジャマジュトは黒と見まがうほど濃い紫色の熊、ぬいぐるみの熊のように全身に花が咲いていた。

 緑色の虎の翡翠ヤシュムが軽やかに空中を駆け、さまざまな色合いが混じる青紫の豹瑠璃(ラゾールド)と蒼き狼青玉(ヤークート)がわたしの左右に控える。

 残念ながら満月ではないので、碧色の蛇かんらん石(ザバルジャド)はお休み。

 それから、

 真紅の獅子、紅玉ヤーコートたてがみを揺らして現れた。

 民たちの頭上を駆け終わり、翡翠ヤシュムが戻ってくる。

 妖霊ジンたちはしゃべらない。

 段取りを考えた皇帝陛下が、そのほうが盛り上がるからと決めたのだ。

 なんだかお芝居みたい。いや、ある意味芝居なのだけれど。

 これからのことを考えると、心臓の動悸が激しくなる。

 わたしは唾を飲み込んだ。

 ざわめきが蘇る。

 妖霊ジンなんて、不死者以上に現実味のないおとぎ話の存在だ。

 皇帝陛下が、最後の言葉を口にする。


「これは彼女が得た祝福の、ほんの一端に過ぎない。……皇太子、いや、我が異母弟おとうと、我が養子むすこ、我が皇帝陛下よ」


 黒い鬣の獅子獣人に獣化して、シャムスお義兄にいさまが跪いた。

 虎夫人やティーンさまも、不思議そうな表情のゼェッブさまもお義兄にいさまに続く。……だれもゼェッブさまに説明してなかったのかしら。反対しそうな人間に知られないよう、秘密裏に計画を進めていたのは確かなのだけれど。

 もちろんベルカと星影はとっくの昔に臣下の礼を取っている。

 ひとりの青年が、わたしのところへ歩き出す。


 風に踊る銀髪が、陽光を浴びて煌めく。

 逞しく引き締まった褐色の肌。

 鼻筋の通った端正な顔で、輝く青玉色の瞳がわたしを映す。


 ──旦那さま。

 なんだか泣きたくなった。

 前世むかし現世いまも愛している、たったひとりの人。

 背中に手を回され、わたしの体は引き寄せられた。

 キスする暇もないほど忙しくて、寝台に倒れ込むようにして眠っていたここ最近を取り戻すかのように、熱い唇が重なってくる。

 激しくて、噛みつかれそうで吸い取られそうで、わたしに火をつける情熱のキス。

 目を閉じた一瞬で、すべてが変わったことを感じた。

 ざわめきが消えている。

 瞼を上げれば、白い獅子がそこにいた。風が銀の鬣をなびかせている。


 ……ひとつは本質、彼は『獅子アサド』。

 ふたつは魂の描く色、彼の魂には『慈悲ラフマー』がある。

 みっつは心、彼の揺れ動く感情は『情熱アーテファ』を帯びている。

 よっつは言動、彼は『咆哮ザイール』する。

 いつつは人の世の呼び名、彼は『満月バドル』皇太子殿下。

 むっつは死して呼ばれる名前、彼は『フェッダ』色に輝いた。

 ななつは与えられた運命、彼は『皇帝イムベラートール』になる。


 わたしの皇帝陛下の咆哮が庭園を、帝都を、ファダー帝国を揺るがす。

 民の歓声が新しい皇帝を称える。

 もう『死せる白銀の獅子皇帝』なんかじゃない。

 耳が痛くなるほどの歓声の中、旦那さまがわたしの服を噛んで引っ張る。

 神獣になっても変わらない、低く艶やかな声が囁く。


「……メシュメシュ」

「なんですか、バドル皇帝陛下」

「やめろ。俺がなんになろうとも、お前は俺の嫁だろう?」

「はい、旦那さま」

「……今夜こそ初夜を済ませるぞ。子どものことなら心配するな。アフアァ女王から石英の黄金を抽出する方法が見つかったと連絡があった。あの名前のない魔法使いが活躍したらしい。これですぐにでも大学を設立できる。大学でさまざまな知識を発展させて、獣化できてもできなくても、だれもが強く生きていける国にしてみせるからな」

「そんなに上手く行きますか?」

「簡単でないことくらいわかってる。それでもどうにかしてみせるさ。お前の夫を信じろ」


 頷いて、わたしは民へと手を振った。

 妖霊ジンたちが空中で踊り出す。大勢の人間を前にして興奮しているようだ。


 ゥゥウウウオオォォォッ!!


 旦那さまが、再び咆哮を轟かせる。

 この世界はゲームと同じで違うから、これからもいろいろなことがあるのだと思う。

 旦那さまがどんなに民のためを思ってまつりごとをしても、それが気に食わない人は出てくるものだし、こんなに強引に話を進めたことで反感を持つ帝国貴族や属国の王もいるに違いない。お義兄にいさまが閑職に追いやった重臣たちだって、すべての力を失ったわけではない。

 旦那さまを諸悪の根源と感じ、倒さなくてはいけないラスボスとして向かってくる人間が消え失せるとは思えなかった。

 神獣の強過ぎる力が暴走しないという保証もない。

 だけど、わたしはずっとずっと──旦那さま(ラスボス)の嫁、だ。

 それだけは変わらない。


 まあ、今一番心配なのは、今夜の初夜が実行できるかどうか、だった。

 ほかのことなら信じられるけれど、こればっかりは……頑張ってくださいませね、旦那さま(ラスボス)

<おまけSS>


『ラスボスの息子』


 俺は五歳になったので、教育を受けることになった。

 一日中母上と一緒にいられないのは寂しいけど、ファダー帝国の皇子だから仕方がない。

 高貴な身分には義務が伴うのである、んむ。


 朝起きてご飯を食べたら、日影陽向マグノリャと、星影月影の指導を受ける。

 今は気配を消して、かくれんぼ。

 いつも狼獣人のマグノリャに見つかっちゃう。

 明日は見つからないぞ!

 武術の修行が終わると昼食だ。

 汗に濡れた服を着替えて、母上やシハーブと席に就く。

 父上はお仕事だからいない。皇帝陛下は大変なのである、んむんむ。

 昼食の後は勉強だ。

 ネムル・アルカトに読み書き計算を教わる。

 父上の補佐の合間を縫って教えてくれるのはありがたいと思うが、正直ネムル・アルカトは頭が良すぎて言っていることが難しい。

 ネムル・アルカトの姪で、ファラウラ叔母上の親友であるバルクーク殿が教えてくれるほうがわかりやすいなー。

 勉強が終わったら、今日の教育は終わり。

 広い宮殿の造りを覚えるのと、働いている人間に俺の顔を見せるため、教育はいろいろな場所で行われている。

 俺は皇太子の間に戻った。


「お帰りなさい、ナジュム」

「母上、ただいま帰りました。……あ」


 母上のお膝に獅子がいた。

 父上だ。獅子獣人の姿に獣化していらっしゃる。

 弟と尻尾で遊んでやった後なんだな。


「お帰り、ナジュム。今日はどうだった?」

「はい! 俺、一所懸命がんばりました」

「そうか、偉いぞ」


 父上は体を起こし、駆け寄った俺の頭を撫でてくれる。

 父上がいなくなっても、母上のお膝には一歳になる弟のシハーブがいた。

 触り心地の良い銀のたてがみが消えたせいか、シハーブも体を起こす。

 シハーブは獣化できないけど、その代わり妖霊ジンの宿った紅玉を母上にいただけるからいいな。

 妖霊ジンたちは母上が好きなので、これからも母上の血を引くものを加護していくと言ってくれている。

 でも大学で獣人でも使える魔法が開発されたから、俺も弟に負けないよう勉強するぞ。


「むにゃむにゃ……ににんえ?」

「ただいま、シハーブ……あ」

「ナジュム?」

「なんでもありません。父上、今日は一緒にオヤツをお食べになるのですか?」

「ああ。少し時間に余裕があったので、執務室から走ってきた」

「くふふ」


 父上も母上が大好きだから、少しでも長い間一緒にいたいんだな。

 獣化を解いた父上が、上着を羽織る。

 獅子の尻尾で遊んでもらえないのは残念だけど、一緒にオヤツを食べれるのは嬉しい。

 南の大陸を支配するファダー帝国の皇帝である父上は多忙だ。

 国を挙げた大きな催しものがあるときなどは、何日もお顔が見られないときもある。


 母上お手製のアップルパイが、俺たちの前に配られた。

 母上の実家マズナブ王国から送られてきたリンゴで作ったものだ。

 ファラウラ叔母上の昔の侍女の嫁ぎ先には、美味しいリンゴが実るのである。

 美味しいアップルパイのコツは、叔母上の新しい侍女に教わったそうだ。

 マズナブ王国へは、たまに行く。

 母上の首飾りに宿った妖霊ジンの影走りの能力で行くので、満月の夜に行ってすぐ帰ることしかできないが、お祖父じいさまとお祖母ばあさまにお会いできるので楽しい。ファラウラ叔母上も遊んでくれるし。

 泊りがけで行きたい気もするけれど、目を離した隙に父上が『ラスボス』になってしまったらいけないからなー。


 ──俺は、もしいつか父上が『ラスボス』になったら倒すようにと言われている。

 『ラスボス』っていうのがなんなのかは、よくわからない。

 おとぎ話にも伝説にも出てこないんだもん。

 でもたぶん、悪いヤツだ。

 皇帝は大変でユーワクも多いから、そういうものになってしまうこともあるのだろう。

 父上の前に皇帝だったシャムス伯父上もユーワクに負けて、大学の建物を造るための資金を使い込んで書物を買ったっていうもんな。……退位された後の話だっけ?

 神獣のお力が暴走するのをそう言うのかもしれないな。なった人が少ないから、神獣の研究はほとんどされていない。

 父上も不安でらっしゃるのだ。……ん~む。

 『ラスボス』になったときの父上を俺が倒すというのは、母上は知らない。

 父上と俺ふたりだけ、男同士の秘密だ。

 『ラスボス』になった父上を倒したら、ちゃんと元の父上に戻ってくれるよね。

 そのときは俺が、苦労の多い皇帝の座も受け継いであげるつもりだ。

 きっと大人になってるし。

 ……皇帝になった俺が『ラスボス』になっちゃったら、どうしよう。

 今は違うけど、成人の儀で祝福を受けて、俺も神獣になっちゃうかもしれないもんな。

 シハーブはまだ赤ちゃんだし。


「ナジュム、お代わりは?」

「いただきます!」


 母上が、空になった俺の皿に最後のアップルパイを入れてくれる。

 シハーブが羨ましげに見つめてくるので、俺は端っこを切って弟の皿に入れた。


「ににんえ、あーとう」

「んむ」


 早く大きくなれよ。

 俺が『ラスボス』になったときは頼むぞ。

 後で獣化して、尻尾で遊んで鍛えてやろう。

 早く父上みたいに鬣も生えるといいな。

 思いながらアップルパイを頬張る、んまんま。

 あ、いいこと思いついた。

 ……父上が執務室にお戻りになったら、母上のお膝でお昼寝しようっと。

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