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ラスボスの嫁 連載版  作者: @眠り豆


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 人数を絞って扉を閉める。

 寝室に残ったのは部屋のあるじであるシャムス皇帝陛下を含む八人。

 旦那さまとわたし、皇帝陛下と護衛頭で薬師の虎夫人、病床の主君が心配で今にも暴走しそうなティーンさま、厳しい表情で虎夫人を見つめる黒豹大公、わたしの護衛のベルカと宮殿で合流した星影だ。

 ティーンさま不在の間、ずっと皇帝陛下に付いていたゼェッブさまは廊下に出て、外からこの部屋を守ってくれている。


「……戻りました、兄上」

「お帰り、皇太子」


 寝台に座った陛下は、いつもより隈が薄い気がした。

 昨夜は旦那さまといろいろ考えたが、実際はこうして寝込むことで本格的に治療ができて、皇帝陛下の病状は回復に向かっているのかもしれない。

 陛下が優しく微笑む。


「アネモス王国では頑張ったようだね。ティーンから聞いているよ」

「俺も彼女に聞きました。皇帝の座を俺に譲りたいと」

「うん、ダメかな? 僕はもう、皇帝を続けていくことはできないんだ」

「俺の条件さえ飲んでいただけるのなら、皇帝陛下の仰せのままに」

「条件か。……義妹殿のことだね?」


 陛下の視線を受けて、わたしは俯いてしまった。

 どう反応したら良いのかわからない。

 旦那さまと離れたくはないけれど、できそこないのわたしが側にいることが、本当に旦那さまのためになるのだろうか。

 わたしの肩を抱き、旦那さまは兄君に首肯した。


「そうです。俺の嫁はメシュメシュただひとりです。皇帝になろうとも、それは変わりません。俺が望むのは、それだけです」

「そのことが、どれだけ難しいかもわかっているんだね」


 室内に緊張が満ちる。

 だれだってわかっているのだ。

 役立たずを装っていた皇太子の嫁ならともかくファダー帝国を統べる皇帝陛下、神に祝福されて神獣への変身を許され、不死者をも倒した男性の妃に、わたしは相応しくない。

 かつて獣人同士の戦いを鎮めるため、神に生み出された獅子獣人は、皇帝の直系にしか生まれ得ないのだから。

 旦那さまがティーンさまに視線を向ける。


「一番手っ取り早いのは、兄上が在位中にお子を作られることなんですがね」

「なかなか無茶を言うね。それは無理だけど……義妹殿を皇帝の妃として認めさせることは、できると思うよ。議会を無視しても民さえ味方につけられれば、むしろ簡単かもしれない」

妖霊ジンの加護を使いますか?」

「ああ、使えるものは全部使おう。そして、奇跡を起こすんだ。義妹殿こそが、新しい皇帝に与えられた神の祝福なのだとね」


 旦那さまと兄君は、視線を交わして頷き合った。

 この兄弟の間で、わたしを新皇帝の妃にする計画がまとまったらしい。

 当事者のわたしには、さっぱりわかっていないのだけど。


「そういうことでしたら、謹んで皇帝の座を受け継がせていただきます」

「それは重畳。変な横やりが入っても困るから、発表は奇跡を起こしてからにしよう。今月末のバドルの誕生日、祝いの席でだ」

「かしこまりました。ところで兄上、皇帝就任祝いに教えていただきたいことがあるのですが、よろしいですか?」


 ファダー帝国の行く末を淡々とした兄弟の会話で決定し、旦那さまはなに気ない素振りで言った。言ったのだけれど……本当は緊張しているようだ。わたしの肩に置いた手が震えている。


「なんだい?」

「兄上……本当はお元気なんですよね?」


 わたしは旦那さまの顔を見た。

 どういう意味なのかしら。

 船で帰ってくるまでの間に回復なさったってこと?

 皇帝陛下がイタズラな微笑を浮かべた。

 わたしをからかうときの旦那さまによく似た表情。やっぱりこのふたりは兄弟だ。


「僕はね、自分が病気だと言ったことはないよ。いつも正直に真実を言っていた、寝不足だと」


 ティーンさまが、ぽかんと口を開けた。

 旦那さまは溜息をついて、言葉を続ける。


「ええ、そうでしょう。皇帝の激務の後で夜遅くまで趣味の読書をなさっていたら、隈が消える暇もありませんよね」

「いつから気づいてたの、皇太子」

「……結婚してから感覚が鋭敏になって」

「欲求不満のせい?」


 兄君の軽口に旦那さまは眉を吊り上げ、わたしはさらに深く俯いた。


「神の祝福のせいです。とにかく感覚が鋭敏になって、悪しきものの気配がわかるようになりました。そのせいか会う人の体調もうっすら感じ取れて……兄上は、病人の気配とは違った。いえ、毎日寝不足の状態で皇帝の激務をこなしているんですから、アンタ、普通の人より丈夫だろ!」

「かもね。というか、病弱って言い張って、最初から寝室で仕事すれば良かったかもしれない。この宮殿広いだろ? 執務室まで行かなくていいと、すっごく楽! 枕や布団の下に本を隠しておいたら、仕事に飽きたときに読めるし」

「では、跡取りができるまで皇帝をお続けになられますか? 俺はべつに、どっちでもかまいませんけどね」


 旦那さま、怒ってる?……怒るよね。

 皇帝陛下のこと、ずっと心配してたんだもの。

 もしかしたら前世むかしのゲームの中では、兄君がお元気だと気づく前に亡くなられてしまったのかもしれない。

 あら? でも病弱じゃなかったのなら、ゲームの皇帝陛下はどうしてお亡くなりになったのかしら。やっぱり不死者のせい?


「いや、皇帝の座は退きたい。引き継ぎはちゃんとするし、バドルの補佐もやらせてもらうよ。……僕ね、大学が創りたいんだ」

「兄上……?」

「前に議会でバドルが提案したとき、帝国の知識を公開するなんてとんでもないって反対されてたけど、べつに諦めてはいないんだろ? 大学を創る役目、僕に任せてよ」

「本を集めて図書館を造るだけじゃないんですよ? 学者と生徒を集めて、教育の仕方も考えなくちゃなりません」


 旦那さまの後ろで、星影がぴくりと動いた。

 彼も本と知識を好む人間だ。


「わかってる。本を集めるだけじゃないのは面倒くさいと思うけど、それでもやりたいんだ。これまではさ、父上から受け継いだんだから仕方がないと思って、なんとなく皇帝を続けてきた。でも大学の話を聞いたとき感じたんだ。これを成し遂げるためだったら、死んだってかまわないって。ファダー帝国の、ううん南の大陸、この世界すべての知識を集めて未来に伝える、それが僕のやりたかったことなんだって」


 皇帝陛下は虎夫人を見た。


「バドルが国を離れている間に仮死状態になる薬でも飲んで死んだことにして、事後承諾で皇帝譲っちゃおうかと思って相談したんだけど、止められちゃってね」

「当たり前です。あたくしがその機に乗じて、陛下に毒でも与えたらどうなさるおつもりだったのですか?」

「あはは、虎夫人はそんなことしないでしょ? 母上が亡くなってから、ずっと僕の母親代わりをしてくれていたんだし。その分ホーフやネムル・アルカトと過ごす時間が短くなっちゃって、申し訳なかったね」

「……」


 しばらく沈黙してから、虎夫人は頷いた。


「ええ、あたくしは皇帝陛下に毒をお渡ししたりなんていたしません。陛下の暗殺(そんなこと)をしなくても、虎獣人の王の血は続いていくのですから」


 彼女はなぜか、わたしを見て微笑む。

 武術大会の日に浴場で浮かべたのと同じ、父さまのことを話す母さまと同じ表情だ。

 もしかしてゲームの中では──ううん、現世いまではなにも起こっていない。

 起こらなかったことよりも、これからしなくてはいけないことだ。

 この世界はもう、SRPG『レルアバド・ニハーヤ~永遠の終わり~』とは違う未来へ向かっている。

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