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ラスボスの嫁 連載版  作者: @眠り豆


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35/50

 35

 魔法使いとジャズィーラ、わたし、旦那さまの順で水晶洞窟を進む。


「メシュメシュ」

「はい、旦那さま」

「さっきから壁に手を当てているが、どうしたんだ? 疲れたのなら、俺が抱いて運んでやるぞ」

「「ひゅーひゅー」」


 魔法使い親子に口笛で囃されて、わたしは顔が熱くなった。


「だ、大丈夫です。隠し通路を探しているだけですから」

「隠し通路? ここ、んなもんがあんのか! 道理で前に落っことした研究室の鍵が見つかんねぇはずだ。ホント、なんでも知ってる姉ちゃんだな」

「……魔法使い。道筋も覚えていない場所に、俺たちを連れてきたのか」

「来たがったのそっちじゃんよ。まあ迷っても出られるから気にすんな。たまーに天井抜けてるところがあっからな」

「この洞窟、危ないんじゃないのか?」


 水晶の壁に、しゃべりながら移動しているわたしたちの影が映る。

 鏡ほどはっきりしてはいない。ぼんやり蠢くのがわかるだけだ。

 ……この影に妖霊ジンが重なってたら、気づかないかも。

 わたしは壁に顔を近づけてみた。目を凝らす。


「お姉さん、妖霊ジンいたの?」

「おい、マジかよ!」

「いいえ、そういうわけでは……」


 首を横に振って、尋ねてくるみんなに答えたとき、ふっと壁が消えた。

 壁に手を当てていたわたしは、体勢を崩して倒れ込む。


「メシュメシュ!」


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ──そこは、これまでと変わらない水晶の壁床に囲まれた小部屋だった。

 でも天井は開いていて、満月の光が差し込んでいる。

 わたしは来た方向の壁に触れてみたけれど、一方通行なのか通り抜けられなかった。

 小部屋は静まり返っている。

 わたしを呼んでいるであろう旦那さまの声も聞こえない。


「旦那さま?……旦那さま!」


 叫ぶわたしの声が、さっきの場所に届いているのかどうかもわからなかった。


 ──お前は、だれだ?


「え」


 振り向くと光る水晶の壁。だけど見間違えようのない、赤く激しい輝きが灯っていた。

 ああ、そうだ。救済手段だ。

 水晶洞窟のどこに妖霊ジンが出現するかは、まったくのランダムだった。

 ゲームの中でなら守護者がいなくても不死者は倒せるし、主人公によっては最後まで護り石をもらえないこともある。

 必須のイベントではないせいか、難易度が高かったわけだ。

 とはいえ来るごとに出現率は上がったし、満月の夜には絶対出現するという隠し部屋が用意されていた。きっと、それがここなのだ。

 ゲームと現世いまでは距離感もかかる速度も違うから気づかなかった。


「わ、わたしは……あなたを解放しに来た方の同行者です。この部屋の入り口を開けて、その方を招いてください」


 ──満月の夜、この場所に入れるのはひとりだけだ。


「そうですか……」


 紅玉の首飾りに視線を落として、わたしは床に転がる鍵に気づいた。

 魔法使いが言っていた、天井が抜けている場所とはここだったのだろう。

 わたしは彼が言っていた、もうひとつのことも思い出した。


「あなたが『僕』ですか?」


 ──俺に名前はない。


 ……俺? 妖霊ジンが魂の名前を奪われていることは、最初からわかっている。

 魔法使いが言っていた『僕』は単なる特徴のことだと思うけれど、なんだかこの妖霊ジンとは違う気がした。何体かいると言っていたものね。


「わたしはメシュメシュです」


 ──そうか。いいな、名前があるのはいい。自分がいるのはいい。


 なんとなくこの妖霊ジンは、旦那さまに似ている。

 わたしは紅玉を握り締めた。

 不死者と戦うためには、少しでも多くの助けが必要だろう。


「あなたも名前が欲しいの?」


 ──欲しい、欲しい、欲しい!


「それじゃあわたしに付けさせてくれますか? あなたの名前は……」


 そのとき、


 ゥゥウウウオオォォォッ!!


 水晶洞窟を貫いて、獅子の咆哮が響き渡った。

 顔を上げて、満月バドルを見上げる。

 旦那さまがわたしを探すために神獣に変身したのだ。

 急いでここを出なければ。

 こんな場所で神獣に変身したら、妖霊ジンのように水晶に捕らわれてしまいそうで怖い。

 ……ゲームでは、妖霊ジンに名前を付ければ入り口が開いたはず。


「あなたの名前は紅玉ヤーコートです」


 ちょっと安直過ぎるかしら。

 わたしは手にした紅玉を、そっと水晶の壁に突き出した。


「もうそこにいなくてもいいでしょう? この宝石に宿ってください」

 ──俺は紅玉ヤーコート! 雷の矢を放つもの。解放者よ、俺は赤い宝石に宿ってお前を守り、その願いを聞き届けよう。


 ななつの能力のうち、雷の矢が得意な妖霊ジンだったらしい。

 旦那さまを助けて、不死者と戦ってくれるといいのだけれど……紅玉ヤーコートが悲しげな声で言う。


 ──ダメだ。俺は行けない。この水晶に捕らわれたままだ。

「そうなのですか?……なぜ?」


 ──僕は名前を奪われたままだからだよ。

 ──私もです。

 ──わたしも。

 ──あたしも。

 ──わしも。

 ──われも。


 水晶の壁の中、妖霊ジンは目まぐるしく色を変え、べつべつの声音で語りかけてくる。


 ──お前ら、いたのか!


 紅玉ヤーコートが驚愕の声を上げた。


 ──ひとつの心が起きているときは、ほかの心は眠っている。今みんなが起きたのは、先ほどの神獣の咆哮に力を与えられたからじゃろう。わしは遠くを見るもの。眠りながらもみなを見ていた。少しは事情を説明できそうじゃ。


「お、お願いします」


 『わし』は話し始めた。


 彼らは、魂の名前を奪われて魔力の塊として封じられた妖霊ジンたちの成れの果てだ。消えたくないという想いが交じり合い、能力に応じた性格を持ったものらしい。

 以前魔法使いが名前を与えたときは一体にしか付けなかったため、残りの六体は封じられたまま解放されなかった。

 名づけられた妖霊ジンは眠ってしまい、再び水晶に封じられたのだという。


 ──ななつの能力それぞれに、ななつの名前。それでやっと魂の名前と同じになる。わしらはもうかけらに過ぎないからのう。今を逃せば交わりは進み、いずれはひとつになり、すべての魔力を使われて消え去るじゃろう。

 ──うむ。われにはえる。ひとつになるのは十年の後じゃ。


 『吾』は未来視さきみのようだ。


「……べつのとき、といっても近い日に、もう一度旦那さまに咆哮していただくのは?」


 ──壊れる。名前を奪われ魔力を吸われたわれらは弱く脆い。善きものであっても、これ以上自分たち本来とは異なる魔力を与えられたら、受け入れきれずに壊れてしまう。


 わたしを案じた旦那さまが、もう一度咆哮するまでの猶予しかないようだ。

 急がなくてはいけない。

 妖霊ジンのななつの能力を頭に思い浮かべる。

 最初が宝石の名前だったから、全部宝石で統一したらいいかしら。


「わ、わかりました。わたしが名前を付けましょう。みんな紅玉に宿ることになるけれど、許してくださいね」


 ──俺に?


「宝石のほうです。では行きますよ。まずは遠見の『わし』の方。あなたの名前は青玉ヤークートです」

 ──なるほど、わしは青玉ヤークートじゃな。遠き場所を見つめるものじゃ。解放者よ、わしはそなたを守り、その願いを聞き届けよう。


未来視さきみの『われ』の方。あなたの名前は瑠璃ラゾールドです」

 ──吾は瑠璃ラゾールドか。さもありなん。未来さきえるは瑠璃のごとく、入り混じった色合いの可能性じゃ。吾はそれをるものよ。解放者、われはそちを守り、その願いを聞き届けようぞ。


「氷の鎖は……」


 ──私です。


「あなたの名前は金剛石マースです」

 ──わかりました。私は金剛石マース。金剛石のように煌めく氷の鎖を放ちましょう。解放者のあなたを守り、その願いを叶えることを誓います。


「泥中の花」


 ──あたし。


「あなたの名前は紫水晶ジャマジュトです」

 ──あたし、紫水晶ジャマジュト! 泥の中から花を咲かせるの。解放してくれてありがとう。あたし、あなたを守る。願いがあったら言ってね。


「影纏いの方は?」


 ──わたしです。


「あなたの名前は翡翠ヤシュムです」

 ──翡翠ヤシュムですね。素敵。翡翠の緑色ではないけれど、影を纏って姿を変えましょう。満月に照らされない限り。解放者、わたしはあなたを守ります。わたしの力があなたのお役に立てますように。


「では……最後は影走りの方ですね」


 ──うん、僕だよ。


 前に一度魔法使いが名づけたというのが気になるけれど、今は急がなくてはならない。


「あなたの名前はかんらん石(ザバルジャド)です」

 ──そっか。うん、悪くない。僕はかんらん石(ザバルジャド)。僕の碧は自由の碧、影を潜ってどこへでも行こう。満月の夜だけだけどね。なんでも言って、解放者。できることなら叶えてあげる。無理なときはゴメンね。


「では、あの、この宝石に宿ってください! ヤーコート・ヤークート・ラゾールド・マース・ジャマジュト・ヤシュム・ザバルジャド!」


 水晶の壁が、目が痛くなるほど眩しく煌めいた。

 わたしの手にした紅玉に、光の激流が流れ込んでくる。

 紅玉は煌めき、七色に瞬いて、やがて光を失った。

 辺りの水晶の光も消えている。抜けた天井から注がれる満月以外の輝きはない。


「メシュメシュ!」


 入り口も開いたのだろう。

 光り輝く白い獅子が飛び込んできた。

 いつも月光を反射しているのだと思っていたのだけれど、神獣である旦那さまは自分で光を放っているようだ。

 わたしは抱きついて、銀のたてがみに顔を埋める。


「時間がかかってすまなかった。悪しきものに攫われたのなら、俺の咆哮でどうにかできるのではないかと思ったのだが」

「大丈夫です。悪いものではありませんでしたけど、旦那さまのおかげで助かりました」

「ちょ、ちょっと姉ちゃん、その首飾りの紅玉見せてもらっていいか?」


 旦那さまに抱きついたまま、わたしは首飾りを外して魔法使いに渡した。

 父親の後ろから、ジャズィーラも覗き込んでくる。


「この魔力……洞窟の光が消えちまったことといい、あんた、ここに封じられてた全部の妖霊ジンを解放して、この宝石に宿らせたってことか? 霧の発生やゴーレムの稼働に使われてた魔力ごと?」

「旦那さまの咆哮のおかげです」

「魔法使い、不死者は倒せそうか?」

「威力だけなら可能だろうな。だが不死者は偽りの姿で社会に溶け込み、信用を勝ち得ている。いきなり攻撃はできないぞ。まあ、その前にだれが不死者なのかを突き止めなくっちゃな。俺らが見たときとは顔を変えているだろうし」

「体内に『操りの虫』がいるかどうかはわかるのだがな」


 SRPG『レルアバド・ニハーヤ~永遠の終わり~』で出てきたときは、黒い髪に黒い瞳、象牙色の肌の女性だった。ジャズィーラに近寄ったときも同じ姿だったという。

 今はどんな姿をしているのか。

 まだ先は長い。

 だけど……わたしは旦那さまを抱き締めた。

 止められない涙が、銀の鬣にこぼれ落ちていく。

 ずっと気を張っていたけれど、本当はこうして再会できただけで、わたしは幸せだった。

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