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ラスボスの嫁 連載版  作者: @眠り豆


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 旦那さまの前に跪いていた魔法使いが立ち上がり、窓の外を見た。

 真っ暗な空に、満月が煌々と輝いている。


「もうすっかり夜だな。泊まってくだろ?」


 その場合、どこで寝ることになるのだろう。

 ゲームなら、ジャズィーラと会話したら暗転して、体力魔力が回復したけれど。

 旦那さまは鎖を巻かれていた足を撫でながら答える。


「いや、船で寝る。お前の娘は明日の朝迎えに来たのでいいな」

「そうだな。アイツらにはなんも言ってなかったから、俺の口から説明しとかないとな。桟橋まで一緒に行くぜ。……あ。明日の朝来たとき、もひとつ頼んでいいか」

「注文の多い誘拐犯だな。今度はなんだ」


 呆れ顔の旦那さまに、魔法使いは笑って続けた。


 ──俺のこと、殺してくれ。


 息を呑む。

 ベルカとティーンは驚いて、食べていたものを詰まらせかけた。

 旦那さまが溜息をつく。


「そう焦ることはないだろう。確かにお前は本当のしもべではないから、このまま魔力を吸い取られ、血肉を食われて死んだら暴れ回るだけのむくろになる。だが『操りの虫』は不死者を倒せば消える」

「不死者を倒す気なのか、皇子さま」

「神獣の咆哮は、悪しきものを浄化する」

「いやでも……無理だろ。あの女は他人から奪い取った魔力を纏っている。あんたの咆哮は、あの女の骸に届かない。ほら、俺ん中の『操りの虫』だって、俺の魔力と血肉が邪魔して浄化できねぇだろ?」

「……そうだな」

「あ、あのっ」


 わたしは立ち上がった。


「どうした姉ちゃん」

「不死者の、『美しき蠅の女王』の魂の名前を呼んだらどうでしょう。本質が暴かれて、旦那さまの咆哮が骸に届くのでは」


 魔法使いが唸る。


「んー。やっぱ無理だろ。いや、全然意味がないとは言わないぜ? けど魂の名前で呼ぶ前に、纏ってる魔力を削らないとダメだ」

「魔法の矢で貫けば……」

「できりゃいいけど威力次第だな。勢いが少なければ纏ってる魔力の途中で止まるし、骸に達する前に吸収されて消えちまう。てか姉ちゃん、あんた魔法の矢を射れるのか?」


 わたしは首を横に振った。


「だろうな。大体射れたとしても、場所と時間を整えなけりゃ十分な威力は望めねぇだろ? だけどそんな準備がされている場所に、あの女は来ない」


 当たり前と言えば当たり前のことだ。

 体から力が抜けて、わたしは崩れるように椅子に座った。

 魔法使いが頭を掻く。


「俺の魔法知識の元になったヤツは、不老不死を求めて不死者を研究していた。獣人の反乱が成ったとき十体以上生き残っていた不死者が三体になったのは、魔法使いや獣人の手柄じゃなくて、不死者同士の内輪もめが原因だって言うぜ」


 魔力には属性だけでなく相性もあるのだと、彼は言う。

 不死者は自分たちが生まれた南の大陸の人間、つまり獣人が持つ魔力との相性が一番良い。

 だから彼らは同じ地域の魔力を奪い合い、倒し合う。

 同じ不死者であっても仲間ではないのだ。


「放っておきゃそのうち全滅するだろ。三体って言われ出してからも長ぇし、『美しき蠅の女王』以外はもう滅んでんじゃねぇの?」

「しかし……それでも俺は不死者を倒さなければならない。俺が神獣に変身できるのは」


 ティーンさまを見て、旦那さまは続けた。


「兄上を廃して皇帝になるためではない。不死者を倒すためなんだ」

「天啓でも受けたのか、皇子さま。……いや、違うな」


 旦那さまの顔を見て、魔法使いがニヤリと笑う。


「そうだよなあ? 年ごろの男が、んな必死になんのは女のことだ。そーかそーか」


 ひゅーひゅーと口笛を鳴らしながら、魔法使いは旦那さまの顔を覗き込む。


「……不死者倒さねぇと、男になれねぇ制約をかけられてんだな」


 旦那さまの顔が赤く染まった。

 ベルカも真っ赤になって慌てながら、わたしと旦那さまを見比べている。

 わたしは身を縮め、俯いた。


「なにをバカなことを言っているのです、誘拐犯。皇太子殿下は最初から男性でいらっしゃいます」


 ティーンさまが声を上げたので、ちらりと視線を上げて様子を窺う。


「ぷは。そーかそーか。獣人の姉ちゃんはまだ女じゃねぇのか」

「失礼な。自分も生まれたときから女です。ほかにどんな意味が……」


 眉を吊り上げて魔法使いを睨みつけた瞬間、思い当たったのかティーンさまも真っ赤になって顔を落とした。


「若ぇもんは純情で可愛いねえ。しかしそりゃ死活問題だわな。そうだな。一回くれぇ試してダメだったら、神さまも許してくれんじゃね? 俺も協力してやるよ」

「すまない」

「んじゃあ皇子さま、やっぱり俺を殺してくれよ」


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 現世いまはゲームの中と違い、魔法の発動にいろいろな制約がある。

 不死者にしても、どこかに魔法陣や結界で護られた魔法の発動装置を作っているはずだという。

 しもべや『操りの虫』が屠った人間の魔力は自動的に発動装置へと運ばれて蓄えられ、発動装置が変換した魔力が不死者に送られて、『操りの虫』や纏う姿になる。

 そういう仕組みなのではないかと、魔法使いは言った。


「まあ、どんなもんでも使い過ぎは良くねぇ。だから不死者は眠って、発動装置を休ませるんだろうな。その間に馴染むよう変換してんのかもしんねぇ。注ぎ込む魔力のほかに動かす魔力もあんじゃねぇかとも思うんだが……すっげぇ攻撃を続けてたら、発動装置が動き過ぎて自滅するかもしんねぇぜ」


 魔法使いだけあって、魔法に関することを考えたり話したりすることが好きらしい。

 砦から地下通路を通って水晶洞窟へ向かいながらも、彼はしゃべり続けた。


「……父ちゃん、あのひとを倒したら父ちゃんは死ななくて済むの?」


 ふたりの侍女にピロシキを届けた後、ジャズィーラは砦を通り越して森へ行き、泣きじゃくっていたようだ。戻って来たときは目の周りが赤く腫れ上がっていた。

 魔法使いが娘の頭を撫でる。


「おう。でもしくじるこたぁだれにもあるからな。ダメだったときは、この人たちと一緒に行くんだ。……あんたら、負けそうになったらすぐ逃げて、ジャズィーラを迎えに来いよ? 不死者は臆病だ。逃げた敵を後追いしたりしない」

「わかった。……後追いしてくれる相手なら、策も立てられるのだがな」

「だろ? 臆病ってのは賢いってことなんだ」


 わたしたちは地下通路を抜けて、水晶洞窟に入った。

 地下通路も人ひとり分の幅しかなかったけれど、水晶洞窟もそう変わらない。

 ただ壁床天井が水晶で囲まれ、封じられた妖霊ジンの魔力か光を放っている。

 魔法使いは手にしたランプの灯かりを消した。

 ここまで来たのは四人。

 旦那さま、わたし、魔法使い、ジャズィーラだ。

 水晶洞窟に魔獣は出ないものの、たくさんの隠し通路や段差があって安全ではない。

 ゲームでは魔法を使ったパズル的な仕かけもなされていた。

 魔法使いは娘を置いてくるつもりだったのだが、事情を聞かされた彼女は父親から離れようとしなかった。

 ベルカとティーンさまは魔法使いが書いた手紙を持って留守番している。

 手紙は、もしなにかでふたりの侍女が戻って来たときの状況説明用だ。

 わたしたちの帰還に時間がかかったとき、桟橋まで説明に行ってもらうためでもある。


「つかさあ、もし皇子さまでも妖霊ジンを解放できなかったら、やっぱ俺が宝石に魔力を注いで守護者創るんで、骸になって暴れ出したら殺してくれよ」


 宝石に宿った妖霊ジンは、場所も時間も選ばず魔法を発動できる。守護者も同じような力を持つはずだ。

 それで不死者に対抗できるのではないかと、魔法使いは言った。

 守護者を創って魔力を使い果たした後、骸になって暴れ出したら倒してくれという彼を、せっかく神獣の旦那さまがいるのだから妖霊ジンの解放を試してみようと止めたのはわたしだった。


「なんでそんなに死にたがるんですか!」


 わたしの怒号に、潤んだ瞳のジャズィーラが頷く。

 彼女はずっと、父親の体に抱きついている。


「メシュメシュ、あまり言ってやるな。俺だってお前を失ったら、せめて子どもの役に立つものを残してから後を追いたいと思うだろう」

「そういや姉ちゃん、メシュメシュちゃんだったか。いいねえ。俺の女房、杏みてぇな瞳してたんだぜ。赤みの強いヤツな? 獣化できねぇのを悩んで体鍛えてて、魔法使いの俺を羨ましいなんて言うからよう」


 持ち運びできて、獣化できない獣人でも魔法が使えるものを研究し始めたのだという。

 魔法使いは水晶の煌めく天井を見上げた。


「会う度性格が違うから、たぶん何体かいるんだと思う。今夜は満月だから『僕』かな。壁床天井、全部見回してくれ。アイツらちょろちょろ動き回ってんだ。本来よりも強い輝きや鮮やかな色が見えたら妖霊ジンだ」

「わかった。もし解放できて新しい名前を付けられたときは、この紫水晶に宿らせたのでいいんだな」

「そりゃ、かんらん石のがいいけどよ。思い入れのない宝石に宿らせたら妖霊ジンとのつながりが弱くなる。不死者なんかとの決戦にジャズィーラを連れて行かせる気はねぇしな」

「あ。旦那さま、せっかく再会できたのですから、護り石を元に戻しますか?」


 わたしは首飾りの紅玉を両手で包んだ。


「いや、このままでいい。兄上にもらった大事な護り石だが、こちらの宝石は……お前の瞳と同じ色だからな」


 不意にジャズィーラが吹き出した。


「あたし、皇子さま好きだよ。あ、結婚したいってわけじゃないけどね。だって皇子さま、父ちゃんと同じなんだもん。毎日その紫水晶を見つめててさ、父ちゃんも杏の干したの食べずに、溜息つきながら見つめてたりするし」

「お前の母親は、そのかんらん石を見つめていたのだろうな」


 少女は切なげな表情で、自分の腕輪をもう片方の手で覆う。


「……うん。あたしもね、いつかずっと見つめていたくなるような人と会うの。不死者のしもべになるなんてバカなことしちゃったあたしでも、好きになるだけなら許されるよね」

「バカ言え。不死者を倒す役に立つんだ。お前が幸せになれねぇわけないだろ!」

「でも父ちゃんが死んじゃったら、幸せにはなれないと思う」

「……死なねぇよ」


 魔法使いは娘の肩を引き寄せた。

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