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ラスボスの嫁 連載版  作者: @眠り豆


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3/50

 3

「奥方さま、あの魔獣をご存じなのですか?」


 星影が尋ねてきたので、わたしは不思議に思った。

 彼は護衛であると同時に、旦那さまの友達でもある。

 ずっと一緒に高い教育を受けてきて、なにより本人が知識を得ることを好んでいた。

 軍人が『剣の人』と呼ばれるように、文官は『筆の人』と呼ばれる。

 旦那さまは勉強好きな『剣の人』である星影の去年の誕生日に、剣を模した筆を贈ったと話していた。蛇獣人の治めるダルブ・アルテッバーナ女王国、大いなる河に愛された国にある、この大陸最大の図書館へ行くのが夢だという話も聞いている。

 彼なら帝都近くに生息する魔獣のことくらい、知っていそうなものなのだけど。


「ええ。あれはサンダーマンモス。雷の魔法属性を持つ魔獣です」


 さらりと答えて気づいた。

 べつの名前なのかもしれない。

 ゲームに出てきた魔獣の名前は、前世むかしの世界でわかりやすい言葉で作られていた。考えてみれば『サンダー』も『マンモス』も普段使ってる言語ではない。


「えっと……バラク・フィール?」


 いつもの言葉で言い直してみたけれど、星影は思い当たらないようだ。


「奥方さま、失礼ながら殿下にお聞きしています。奥方さまには、常人にない知識がおありだと。奥方さまはあの魔獣をご存じで、そしてあの魔獣は雷の魔法属性を持っているのですね」

「え、ええ、そうです」


 旦那さまは神獣に変身できることを打ち明けたとき、わたしがゲーム知識を持っていることも話したのだろう。旦那さまがお仕事でいない間、星影たちがわたしを護衛してくれる。転生者ならではの発言を受け入れてもらえなければ、お互いに困ってしまう。

 とても真剣な表情の星影に念を押されて、心臓が早鐘を打ち始めた。

 なんだか不安になってくる。


「それって大変なんじゃない?」


 月影の掠れた声に、星影が重々しく頷く。

 息が苦しくなってきた。

 ゲームの中でのサンダーマンモスは、高値で売れる白い茸(つまり神の恵み)をドロップすることもあって、とてもいい経験値稼ぎの魔獣だった。

 帝都の近くをうろついているサンダーマンモスのシンボルとぶつかって、バトルして、手に入れた白い茸で体力魔力を回復して、またバトルして……それほど強く感じた記憶はない。わたしが三人パーティで倒していたサンダーマンモスを、十年後の旦那さまはひとりで倒していた。

 十年後──?

 月影が言葉を続けた。


「この辺りには泥属性の魔獣しか出ないから、みんな氷属性の武器を装備してきてるでしょ」


 ようやくわたしは気づいた。

 わたしが持っているゲームの記憶、SRPG『レルアバド・ニハーヤ~永遠の終わり~』本編の知識は、今から十年後の世界のものだ。今じゃない。

 世界は変わる。

 心も環境も生き物も、十年あれば変わってしまう。


 ……ゴロゴロゴロゴロ……


 雷鳴が響いて、病院の匂いが強くなる。

 そうだ、ゲームの攻略本に載っていたコラムに書いていた。

 オゾン臭。雷は消毒液に似た刺激臭を伴う。


 ──バシャーン!


 サンダーマンモスが特技を放った。

 幸い旦那さまたちは避けたけれど、これまでの戦いで擦り合わされた魔獣の長い毛が、雷の魔力を増幅している。……また、来る!

 わたしは、ゴロゴロと雷鳴を奏でる魔獣の牙を指差した。内部で暴れる雷の魔力が音を出しているのだ。

 攻略本で図解を見た。


「牙を!」


 わたしは叫んだ。


「星影、月影、旦那さまにお伝えしてください。牙を折ってしまえば、あの魔獣は雷を放てません。泥属性以外の武器でも、牙なら攻撃できるはずです」


 体は無理だ。

 長い毛が蓄えた雷の魔力が、同じ雷の魔力は吸収し、氷の魔力は無効化する。

 魔法属性のない攻撃をすれば、雷の魔力でカウンターを食らう。

 運が悪いときは状態異常が発生し、麻痺して動けなくなってしまった。

 だけど雷を放つ砲台の役目をする牙自体は無属性。強ささえあれば壊せる。

 ゲームでは攻撃箇所を選んだりできなかったけれど、クリティカルが発動するとサンダーマンモスの3Dモデルが牙を失い、以降は特技攻撃をしてこなかった。

 月影をわたしの護りに残し、星影が旦那さまのところへと走り出す。

 獣化した獣人たちの腕は道具を使いづらい。

 彼らは革や金属で作った手袋や腕輪に、鋭い爪や刃をつけたものを武器にした。

 魔法が使えない獣人は、島王国や北の大陸から魔法使いたちを招いて、自分たちの武器に魔法属性をつけている。魔力を放つ魔獣と戦うことも多いからだ。

 基本的に、魔法使いは戦わなかった。

 現世いまは、前世むかしのゲームほど気軽に魔法が使えない。

 緑の大地を砂の海に変えた探究者たちは、普通の獣よりも強く危険な魔獣をも生み出したが、探究者ほどの力を持つ魔法使いなど、今はもういなかった。

 武器に魔法属性をつけるのも、魔法陣を描いて結界を張り自分たちの魔力を最高に高めた状態でなければ、できないのだという。


「奥方さまっ!」


 月影が叫んで、サンダーマンモスを指差す。

 星影に託した伝言を聞いた旦那さまが牙を折り、それを魔獣に投げて突き刺したのだ。

 砂塵を巻き上げて沈む巨体を見ながら、わたしは胸を押さえた。


「良かった……」


 旦那さまの無事を喜びながらも、心には不安の影が湧きあがってくる。

 この辺りにはいなかったというサンダーマンモス。

 新しい魔獣が現れるのは、眠っていた不死者が目覚めたときだといわれている──

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