表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラスボスの嫁 連載版  作者: @眠り豆


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/50

 29

「いーやーなーのーですっ!」


 わたしは、泣き叫びながらしがみついてくるファラウラの頭を撫でた。

 宴の翌日に圧搾所へ行き、それから毎晩わたしたちの部屋に泊まっていた妹も、父さまと一緒にマズナブ王国へ帰る日がやって来たのだ。


「また今度、父さまのご用事があるとき一緒に来たらいいじゃないですか。それに、母さまがおひとりで寂しがっていらっしゃいますよ?」

「かかさま……」


 ファラウラは、しばらく考えた後で唇を尖らせた。


「……でも、ファラウラはまだ、こちらにいたいのです。ねねさまやににさま、クークと遊びたいのです」

「ファラウラねねさま」


 わたしを挟んで、ファラウラとクークちゃんが見つめ合う。

 ここは旦那さまの部屋。

 夜には帰ってしまうけれど、クークちゃんも一日のほとんどをこの部屋で過ごしていた。

 彼女のご両親は、まだ戻らないのだ。

 無言でファラウラを見つめる父さまの後ろには、護衛のジュヌードが立っていた。

 父さまが帝都を立つ日ということで、旦那さまもお仕事を休んでこの場にいる。

 わたしの後ろにはベルカ、扉の外には星影。

 月影は数日前に、以前旦那さまがおっしゃっていた『仕事』に出かけていた。

 徴税役人の警護……なのかしら?

 旦那さまが変身を制御できるようになっていたら、ベルカと星影にも休みをあげることができるのだけど。

 旦那さまが腰を曲げ、ファラウラに微笑みかけた。


「メシュメシュに頼んで、ライムーンに手紙を書いてもらったらどうだ?」

「どうしてライムーン宛なのですか? 勝手に城を出たことなら、母さまだって怒っていると思いますけれど」

「ライムーンという女は義妹殿の世話係だろう? 文字の読み書きや計算なども、その女が教えているのではないか?」


 わたしは頷いた。


「だからメシュメシュ、お前が手紙を書いてやればいい。こちらにいる間も、義妹殿はちゃんと勉強していたとな」


 ファラウラとクークちゃんは自主的に文字の勉強をしていた。離れ離れになっても手紙が出せるように、だ。教えるのはわたしの役目。今日で妹が帰ってしまうからと、昨日はふたりしてお礼の手紙をくれたっけ。


「そうですね。ファラウラ、姉さまはライムーンに手紙を書きますので、彼女に届けてくれませんか?」

「ん……」


 少々不満げな表情のまま、ファラウラは首肯した。

 それからおずおずと手を伸ばして、クークちゃんに触れる。


「クークもマズナブに来ませんか? クークのととさまとかかさま、まだ帰らないのでしょう?」

「クーク、ととさまとかかさまに、おじさまのところで待ってるってお約束したの」

「そうなのですか……」


 ファラウラが父さまのところへ駆け出す。

 抱き上げようと腰をかがめた父さまをすり抜けて、妹はジュヌードの前で止まった。


「荷物袋を出すのです」


 彼が出した荷物袋に顔を突っ込み、ファラウラは魚のアカすりを取り出した。

 わたしが昔作ってやったものだ。

 着の身着のままで父さまの荷物袋に潜り込みながらも、これだけは持ってきていたらしい。……ここにいる間は出していなかったけれど。

 アカすりを抱き締め、ファラウラが戻ってくる。


「クークにあげるのです。お友達の印なのです。……ファラウラ、いっぱいお手紙書くのです」


 クークちゃんは泣きそうな顔で、魚を受け取った。


「クークの手羽先、ファラウラねねさまにあげるの。お友達の印なの」

「じゃあお風呂場から、わたしが取ってきますね」


 手羽先ではないなんて言える状況ではない。

 わたしが離れると、幼いふたりは抱き合った。


 ──浴室から戻ったわたしが手紙を書き終えると、泣き疲れて眠ったファラウラを抱いて父さまたちは旅立った。

 同じように泣き疲れて眠っているクークちゃんを抱いて、三人を見送る。

 少し寂しい。……なんて思っていたら、旦那さまが横に来て抱き寄せてくれた。

 今夜からふたりっきりだということに気づき、わたしは俯いて赤くなった頬を隠した。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 その夜。

 銀のたてがみに、白い毛並み。

 寝台でわたしの上に覆いかぶさると、旦那さまはやっぱり神獣に変身した。

 ホッとしたような、残念なような……複雑な気分だ。

 格子細工の窓から落ちる月光が、美しい白獅子を照らしている。

 眉間に皺を寄せ、旦那さまは低く艶やかな声で唸った。


「……やっぱりな」

「え?」

「今夜の俺は平常心だった。もちろんお前を前にして、心は騒いでいた。だが神獣に変身するほどではない。武術大会での戦闘とそれまでの修行で、俺は変身を制御できるようになっているんだ」

「でも……」


 旦那さまはわたしの隣に寝そべって、青玉色の瞳で見つめてくる。


「ネムル・アルカトの姉夫婦が行っているのは島王国のひとつ、リヤーフ王国だ」

リヤーフ……ですか」

「向こうの言葉で言うなら、アネモス王国だ」


 わたしは息を呑んだ。

 知っている。ううん、思い出した。

 アネモス王国は王子さま、SRPG『レルアバド・ニハーヤ~永遠の終わり~』の主人公の故郷なのだ。十年と少し後、ラスボスとなった旦那さまに滅ぼされる。

 リヤーフもアネモネも風のこと。ファダー帝国と島王国は普通に会話可能だが、探究者に支配されていた大陸とそうでない島王国では微妙に言葉が異なっていた。

 わたしを見て、白い獅子が悲しげに微笑む。


「当たりのようだな。そこが、俺を殺す予定の『主人公』の国なんだろう?」

「は、はい」

「俺が創った大学に留学していた『主人公』は、留学の一年が終わる直前、国王である父の訃報を受けて国へ戻った。そうだったな?」


 『レルアバド・ニハーヤ~永遠の終わり~』には、ふたつのプロローグがあった。

 ひとつは主人公の留学期間。

 地下闘技場に出場したり魔獣退治の依頼を受けて砂漠へ行ったり、後の仲間と出会ったりと、のんびり操作に慣れていくためのプロローグ。

 この期間にゲームオーバーはない。

 地下闘技場では死ぬまで戦わないし、魔獣とのバトルで敗れてもラスボス化する前の旦那さまが助けてくれる。

 ふたつ目は主人公が亡父の跡を継ぎ、新米国王として国政に携わる期間。

 領地育成の要素もあるけれど、この期間の目的は世界観を理解することだろう。

 不死者、獣人、滅びた妖霊ジン──イベントをこなすごとに、『レルアバド・ニハーヤ~永遠の終わり~』独特の要素が身近になっていく。

 どちらもゲーム内の時間で一年弱くらいだろうか。

 だから正確に言うと、ゲーム本編は十年後ではなく、今から十一、二年後になるのかもしれない。

 プロローグが終わると、不死者に惑わされた旦那さまからアネモス王国への勧告。

 絶対の服従を誓えという、身勝手な申し出。

 断ったとたん攻め込まれるのだから、初めからそれを狙っていたとしか思えない。

 ──そして、主人公の旅が始まる。


「『主人公』は魔力が強く、悪しきものを浄化することもできた。そうだな?」


 その通り。

 ゲームの内容で思い出したことは、折を見て旦那さまに話していた。

 はっきりした名称などは、今回のように実際に聞くまで思い出せないことが多いのだけれど。


「探究者に魂の名前を奪われ、魔力の塊となって囚われていた妖霊ジンに新しい名前を付けて、自分の守護者にすることもできるのだろう?」

「そうです。ただその場合は仲間の護り石が必要です」

「試したことはないが、神獣姿の俺の咆哮はきっと悪しきものを浄化できる。お前と結婚して神獣に変身する機会が増えてから、自分の力が高まっているのを感じるんだ。感覚も鋭敏になって、他人の体調も嗅ぎ取れるようになった」

「そういえば子どものころ、神獣姿のファダー帝国初代皇帝陛下の咆哮は、戦乱で散った無念の霊を浄化したと聞きました」

「メシュメシュ……俺を抱き締めてくれないか?」


 いきなりの発言に驚きつつも、モフモフに飢えていたわたしは旦那さまに抱きついた。

 絹糸のような銀の鬣も、絨毯のような白い毛並みも心地良い。

 ファラウラが泊まっている間は味わえなかった、大好きなモフモフだ。

 というか妹にこの姿を見せたら、なにがなんでもお嫁になると言い出すのではなかろうか。


「……運命は神が決めるというが、不死者たちは神にとって予測不可能な存在なのではないかと思う。ヤツらは魂の名前、神に与えられた運命を書き換えて冥府から逃げ出し、動く死者として地上にのさばっているのだからな」


 俺はたぶん、と旦那さまは言葉を続ける。


「不死者を倒すことを神に運命づけられている。だから『美しき蠅の女王』は俺をしもべにした。『主人公』も狙っているはずだ。悪しき自分を浄化する力を持つものは、敵にしないほうがいい。殺そうとして反撃され、それで倒されたのでは笑い話だからな」


 薬師であるクークちゃんの両親は、流行病を治療するためにアネモス王国へ行った。

 熱が出て昏睡状態になる、その病気の治療法は今もわかっていない。

 しかし原因はわかった。

 体内に寄生した蛆が、患者の血肉を食らい蝕んでいたのだ。

 今のところ死者は出ていないけれど、これまでにも流行したことがあり、この病気で死んだむくろは暴れ出して人を襲うらしい。

 血肉を食われて苦しむ患者がうなされているように見えることから、現地では『悪夢病』と呼ばれているという。


「蛆……まさか『操りの虫』? でも、しもべ以外の生者には生みつけられないのでは」

「現地の記録には、訪れた商人や旅行者の獣人には感染しないと書かれていたようだ。獣化できなくても、だ。この大陸で知られていないわけだな。ネムル・アルカトに姉君の手紙を見せてもらったんだが、彼女は獣人を覆う探究者の呪いの膜が『美しき蠅の女王』に対して耐性を持っているのではないかと考えていた」


 『美しき蠅の女王』は普通の生き物ではない。

 彼女が体内で飼う蠅もそうだ。

 血肉こそ食らうものの、実体のない魔力だけの存在で、妖霊ジンに近い。

 おとぎ話や伝説に出てくる妖霊ジンは、許しがなければ相手の家に入れないと言っていた気がする。

 『操りの虫』はほかの探究者の呪いの膜に弾かれるが、死して魔力が変化したり、しもべとなって『美しき蠅の女王』を受け入れた相手には寄生できるのだろう。


「俺の憶測にすぎないが……」


 ──わたしたちの婚礼が行われるより前に不死者は復活していたに違いない、と旦那さまは言う。

 復活によって放出された魔力は魔獣たちを変化させ、あるいは生み出した。

 春の朝月、珊瑚マルジャーン月の婚礼の夜、旦那さまが神獣に変身したことを帝国のどこかで感じた『美しき蠅の女王』は、アネモス王国へ逃げた。

 王子の存在にも気づいていたのかもしれない。

 あちらへ渡った後は『操りの虫』を放った。

 今は『操りの虫』が戻ってくるのを待っている。

 寄生した宿主の魔力を食らい尽くし、死んだ宿主のむくろを暴れさせて、さらに多くの生者を屠った『操りの虫』が、蠅に成長して戻ってくるのを。

 そして彼女はこの大陸に戻ってくるだろう。

 不死者に一番馴染みやすいのは、同じ大陸で生まれた獣人の魔力だから。

 彼女たちの復活でもっとも被害を受けるのは、いつもファダー帝国を中心とした南の大陸。

 島王国や北の大陸の被害はこちらに比べれば小さいせいか、不死者の復活はあまり恐れられていない。

 『悪夢病』もただの風土病だと思われている。

 そんな土地でなら、敵になるかもしれない力の持ち主に近づくのも簡単なことだ。


「保護者を失った五歳の子どもを丸め込むのは容易いだろう」

「ゲームでも十年前にアネモス王国で疫病が流行ったという話はありましたが、解決していました。……いえ、もうゲームとは変わっているのかもしれませんね」

「ああ。そもそもお前の知識がなかったら、狩りのとき魔獣に多くの帝国貴族の命が奪われていた」

「そんな……」

「初見の敵は恐ろしいものだ。その上あのときの俺たちには、ここには泥属性の魔獣しか出ないという思い込みがあった。お前のおかげで助かったんだ」

「お役に立てたなら良かったです」

「……いろいろ話したが要するに、神は不死者を倒すまで俺に初夜を許さないのではないかという話だ」

「え。そういうお話だったのですか?」

「当たり前だ。新婚の夫婦で、それ以上に大事な話はないだろう。……俺は、アネモス王国へ行こうと思う」

「……!」

「明日の議会で提案する。獣人以外は危険だから星影を残して、兄上の護衛団から獣人兵士をお借りしていくつもりだ。表向きは友好国の救済ということでな。バルクーク嬢の父親も感染しているというから、虎夫人の協力も見込めるだろう。彼は北の大陸から来た奴隷で獣人の血は引いていないからな。……メシュメシュ。お前はここで、俺を待っていてくれるな?」

「……はい」


 『悪夢病』が感染しないといっても、ゲームの知識を持っているだけのわたしが同行して役に立てることはない。

 わたしは旦那さまの鬣に顔を埋めて、連れてって欲しいという言葉を飲み込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ