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ラスボスの嫁 連載版  作者: @眠り豆


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28/50

 28※

「ファラウラ、メシュメシュ! わらわと女子会してたもれ!」


 招かざる夜の客は、ダルブ・アルテッバーナのアフアァ女王だった。

 貴賓席にいた、数十人の侍女や従者は同行していない。

 『女子会』は前世むかしの世界の言葉だが、『レルアバド・ニハーヤ~永遠の終わり~』本編にも『女子会』は存在した。

 ヒロイン候補の三人の好感度が一定値を超えたとき、フリータイムに主人公の王子さまが誘っても『女子会』だからと断られる。男性の仲間と一緒に『女子会』を覗くと、そのヒロイン候補が主人公への気持ちを女子の仲間に相談している、というイベントだ。

 このイベントを通過した後のヒロイン候補は、積極的に恋愛感情を表に出すようになる──と攻略本で読んだが、もちろんわたしは見たことがない。

 宮殿に保護者がいると言っていたので、旦那さまの情報が聞けるかもしれないと虎獣人の少女たぶんクークちゃんを誘ったら、ファラウラと買い物に行くからと断られた覚えはある。

 コンビ攻撃というシステムがあったので、主人公と仲間だけでなく、仲間同士にも好感度があったのだ。

 ゲーム本編の十年前の現世いまも、『女子会』という言葉は存在しているらしい。


「女王陛下、申し訳ありませんが、ファラウラが寝ているのでお静かにお願いします」


 おそるおそる言うと、彼女は妙に嬉しげな顔になる。


「メシュメシュは『ねねさま』じゃのう」

「俺たちは明日遊びに行くので早々にお帰り願えますか? そもそもダルブ・アルテッバーナの女王ともあろう方が、ひとりでうろつかないでください」


 旦那さまが苦虫を噛み潰したような顔で言うと、女王は泣き真似をしながら、わたしに抱きついてきた。彼女が寝台に飛び乗った反動で、ファラウラが寝たまま顔をしかめる。


「冷たいのう。ねねさま、叱ってたもれ。バドルは、わらわを利用したのじゃ」

「人聞きの悪いことを言わないでください。操船技術の専門家を派遣していただいた礼は、ちゃんとしています。……そういえば、石英はどうなりました?」

「石英って、海岸のですか?」


 旦那さまと女王が頷く。


「あれは探究者の時代に金鉱から掘り出されて、金を抜いた残りなんだ」

「ダルブ・アルテッバーナには、北の大陸や島王国から多くの魔法使いを招聘しておる。探究者の技術では抽出できなんだ金が、まだ石英の中に残っておるかと思うての」

「まあ……」


 黄金は、どこでも尊ばれる鉱物だ。

 ファダー帝国の貨幣は、金貨、銀貨、銅貨があるのだが、原材料が少ないと安価で採掘量の多い金属で誤魔化すことになり、材質が劣化して価値も落ちてしまう。

 それに鉱山を掘るとなれば、鉱夫に過酷な労働を強いることになる。

 探究者の時代、獣人鉱夫は三か月で亡くなっていたとも聞く。

 海岸に転がっている石英から黄金が採れるなら、どんなに素晴らしいか。


「じゃが、なにごともすぐには上手く行かぬ。石英の研究は、もちっと待ってたもれ」

「石英の研究は待ちますが、客室にはとっとと帰ってください。星影に送らせます」

「ほんにバドルは冷たいのう。ファラウラが一緒なのだから、わらわが帰ってもイチャイチャできぬであろうに」

「……女王陛下」

「どうせ怖い顔をするのなら、獣化してからにしてほしいものじゃな。……戻る前にひとつ頼みがある。メシュメシュ、武術大会でつけておった髪飾りを見せてはくれぬか?」

「あ、はい」


 わたしは黒豹大公にもらった紅玉の髪飾りを女王に渡した。


「なんなら、そのまま持って帰ってくれてもかまいませんよ」

「旦那さま?」

「公式の場で身につけたことで義理は果たしただろう」


 無言で髪飾りを見つめていた女王が頷く。


「……ああ、やはり」

「どうかなさいましたか?」

「メシュメシュ、ここを見てたもれ」


 指差されて、わたしは中心に据えられた青みの強い紫がかった紅玉に視線を落とした。


「あら……」

「どうした?」


 傷ひとつなかったはずの宝石に、濁りがある。

 不思議なことに、外側についているのではなかった。

 宝石の内側になにかができているのだ。

 だけどイヤな感じは受けなかった。

 生まれたとき、おじいさまとおばあさまにいただいた、紫水晶の護り石に輝く星を思い出す。星と呼ばれる交差した輝きは、魔力の強い宝石に浮かぶといわれていた。


「強い魔力を持つ宝石は、持ち主の魔力を吸って星を生じることがある。探究者の時代の前なら、妖霊ジンの住処になっておったかもしれぬの。思った通り、メシュメシュは強い魔力を持っておるようじゃな」

「わたしが……強い魔力をですか? でもわたし、あの、獣化できないんです」

「うむ。ソーバーン姉上も獣化できなんだ。獣化できぬものは魔力が強いのじゃ。その強い魔力で、探究者のかけた呪いの膜を破ってしまうというわけよ。呪いの膜の破れたところからしか魔力を放出しないということは、少ない量で勢いがあるということじゃ」

「さすが北の大陸や島王国の魔法使いを招いているだけありますね」


 感心顔の旦那さまに、女王は首を横に振る。


「いや、彼らに聞いたのではない。十五年ほど前、脱獄囚に攫われたソーバーン姉上に教えてもらったのじゃ。宝石の星や獣化できぬものの魔力については、魔法使いによって考え方は違っておるようじゃぞ」

「えっ……」


 悪いことを聞いてしまったのだろうか。

 顔を見合わせる旦那さまとわたしに、女王が微笑む。


「と言うても、同意の上の駆け落ちじゃ。ソーバーン姉上は獣化できない代わりに武術の修行に打ち込んでおられて、その脱獄囚は姉上が捕らえた水賊であった」


 ダルブ・アルテッバーナの大いなる河には、行き交う商船を狙う水賊が出る。


「まあそやつは奴隷船しか襲わない、いわゆる義賊じゃったのだがな。当時は体力のある獣人の子どもを誘拐して麻薬を与え、北の大陸で農奴として売る悪党がいたのじゃよ」


 ダルブ・アルテッバーナ女王国はファダー帝国内で一番、獣化できる子どもの出生率が多い土地だ。

 誘拐された子どもたちは麻薬でずっと獣化状態にされる。麻薬で頭が麻痺しているため暴走せず、主人の命令に逆らわない都合のいい奴隷になるのだ。

 寿命は短い。

 水賊は北の大陸出身の魔法使いで、子どものころ悪い魔法使いに売られて、実験体として使われていた。

 盗み見た魔法を覚えて悪い魔法使いを倒し、逃げ出してきたという。


「ご自分がお持ちの宝石にときどき星が生じることを、姉上はとても悩んでおられた。獣化できないだけでなく、なにか災いを引き寄せているのではないかとな」


 水賊魔法使いは旦那さまのように、帰る場所のない子どもを部下にしていた。

 子どもたちの減刑と生活の保障と引き換えに、姉君に捕らえられたのだ。


「最初は自分の首に得物の斧を当て、命と引き換えに部下の救済を頼んだようじゃが、姉上は鼻で笑ったそうよ。自分が死んだ後に相手が約束を守るなど、どうして信じられるのか、とな」


 なかなか手厳しい姉君だ。

 もっとも彼女はそう言いつつも、水賊魔法使いを気に入ったらしい。

 姉君は毎夜彼の牢を訪ねて、聞いてきた魔法についての話を幼い妹に語った。

 生まれたとき体のあちこちに鱗を持っていたアフアァさまは、当時から女王になることが決まっていた。


「村を襲って大人を殺し子どもを誘拐するという、どこまでクズになれば気が済むのかわからぬようなやからがおったのよ。奴隷商人というより、強盗団がついでに奴隷も売っておったという感じかのう」


 女王は溜息を漏らした。


「わらわが魔法使いを招聘し、操船技術の専門家を重用しておるのは、結局のところ姉上の行方を知りたいからじゃ。姉上が攫われたとき、わらわも一緒におった。碧の瞳を輝かせてソーバーン姉上を抱き締めた男の気持ちを疑う気はない。じゃからこそ、なんの連絡もないのが不安でな」


 便りがないのは元気な証拠、と自分に言い聞かせるように呟いて、女王が立ち上がる。

 髪飾りをわたしに握らせながら、彼女は言った。


「メシュメシュは、少し姉上に似ておる。夜中に押しかけてすまなんだな」

「いえ、あの、お休みなさいませ。……良い夢を」


 女王が微笑んだとき、扉の向こうから星影の声がした。


「殿下、奥方さま、お客さまです」

「だれだ?」


 旦那さまの誰何すいかに星影が答えるよりも早く、扉が開く。


「探したぞ、アフアァ!」

「おや、テムサーフ」

「こ、こんな夜遅くに男の部屋に来るとはなにごとだ! 女王としての慎みを持て」


 黒い髪に褐色の肌、真紅の瞳を持つ長身の青年はテムサーフ将軍だ。

 アフアァ女王に似ているけれど、彼女にはない野性味がある。

 しなやかでいて筋肉のついた体躯は、少し旦那さまと似ていた。年齢も同じ十七歳だ。


「うるさいのう。べつに良いではないか。わらわはメシュメシュに会いに来たのじゃ。それに……」


 女王の指先が、そっとテムサーフ将軍の顎を撫でた。


「どんなに遅くても危なかろうとも、そちが守ってくれるのであろ?」

「も、もちろんだっ! 俺はアフアァを愛しているっ! お前のためなら死ねるっ!」

「死なずとも良いので寝室まで送ってたもれ」

「わかった、任せろっ! 皇太子殿下、妃殿下、遅くに悪かった。失礼する!」


 女王を抱き上げた将軍が走り出す。

 星影が扉を閉めてくれた。


「……寝ようか、メシュメシュ。なんだか疲れた」


 旦那さまに頷き、わたしは髪飾りを片づけて部屋の灯かりを消した。

 窓から差し込んだ満月の光が、旦那さまの銀髪に降り注ぐ。

 神獣でないのは少し残念だけど、旦那さまはやっぱり美しい。

 わたしの大切な、たったひとりの旦那さま。

 もし本当にわたしの魔力が強いのなら、それで旦那さまを守りたい。

 ファラウラを真ん中にして、ふたりで寝台に横たわり、旦那さまとわたしは眠りに就いた。

<おまけSS>


『ラスボスの義妹いもうと


 ジュヌードはバカだ!


 俺は、自分でもよくわからない怒りを胸に歩いていた。

 でもやっぱり、ジュヌードはバカだと思う。

 宰相の娘(ライムーン)は美しいかもしれないが、姫さま(メシュメシュ)だって……


「バドル」


 中庭に着いて、姫さまが笑う。

 俺が前住んでいた宮殿ほどではないが、このマズナブ王国の城も結構大きい。

 部屋からここまで歩いてきて、姫さまは疲れていないだろうか。


「ほら、綺麗でしょう?」


 姫さまは微笑んで、中庭の花畑の中へと進んでいく。

 蝶のようにくるくると踊りながら。


「……」


 俺は、花々すらも色を失う姫さまの姿に見惚れていた。

 姫さまが満足そうに頷く。


「うふふ。バドルは昔ファダー帝国の宮殿にいたというけれど、こんなに色とりどりの鬱金香チューリップを見るのは初めてでしょう? おばあさまが改良なさって、これだけたくさんの色をお作りになったのよ」


 見惚れたのは鬱金香チューリップの色数にではなかったが、俺は首肯した。


「あ、紫……姫さま、花を摘んでもいいですか?」

「ええ、もちろんよ。鬱金香チューリップだけでいい?」

「そうですね」


 俺は辺りを見回した。

 鬱金香チューリップの花畑は真ん中にどーんとあって、中庭の四隅に休憩用の四阿あずまやがある。四阿あずまやの周囲にも、それぞれ違う花の花壇。

 俺は白いかすみ草ももらうことにした。

 必要なだけ摘み終わったら四阿あずまやで腰かけて、紫色の鬱金香チューリップと白いかすみ草を編んでいく。

 姫さまは隣に座って、不思議そうに俺の手元を見つめている。


 ──やがて、目的のものが完成した。


「姫さま、良かったらもらってください」

「わあ……素敵。本当にもらっていいの? ありがとう、バドル」


 姫さまはマズナブ王国の王女だ。

 高価な宝石や装飾品もたくさん持っている。

 だけど俺なんかが作った花冠を頭に乗せて、心底嬉しそうに笑ってくれた。


 ……ああ、そうか。


 さっきジュヌード先輩の言葉が、あんなに腹立たしく感じた意味がわかった。

 俺、姫さまが好きなんだ。俺にとっては、世界で一番姫さまが綺麗で美しくて、だから他人に貶されたくないんだ。

 そりゃ俺だって審美眼てものがあるから、姫さまは美しいっていうより可愛いほうだとわかってる。でも……俺にとっての姫さまは、世界で一番だから。

 花冠の鬱金香チューリップと同じ紫色の瞳が、黙って俺を見つめていた。


「姫さま?」

「……ねえ、バドルは獣化できないの?」

「……そうです」


 今の俺は、ファダー帝国の皇子らしい。

 けれどそのことは、だれにも教えてはいけないと言われていた。

 獣化できるのも秘密。獅子獣人は皇族だけだ。


「そっか、わたしと同じね」


 姫さまは、頭から降ろした花冠を抱き締めて吐息を漏らす。

 おや、顔が真っ赤だぞ。

 やっぱり疲れてるのかな。

 厨房に走って、糖蜜入りのレモン水と干したナツメヤシの実をもらってこようか。

 もちろんその前に、近くの廊下にいる衛兵に姫さまを託してからだけど。

 城内とはいえ油断は禁物だからな。


「あのね、バドル。わたしたち……」


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 愛しい姫さま(メシュメシュ)からの求婚の言葉を聞く直前で、俺は目覚めた。


「……まあ、いいか」


 義妹を挟んで眠っている、メシュメシュの横顔を見つめる。

 あの約束を思い出してくれたし、俺を女だと思い込んでいた理由もわかった。

 これ以上求めては罰が当たる。

 ……しかし。俺はふと、義妹に視線を移した。

 起きているときは元気で騒がしくて、子どもというより野獣という感じだが、眠っているとメシュメシュにそっくりだ。

 なんだかまるで、俺と嫁の娘のようだな。

 遠くない未来を思って微笑んだとき、カッ! と義妹の瞳が見開かれた。


「……ににさま」

「……なんだ」


 ちょっと怖かったが、たぶん顔には出ていない。

 義妹の前で役立たずの皇太子を演じる必要はないからな。


「ににさまは、ねねさまを愛しているのですか?」

「愛している」

「生涯をかけて守り抜くと誓えるのですか?」

「……ああ、誓う」


 義妹は、ほうっと溜息を漏らした。


「ねねさまは獣化できないので、ファラウラが一生守って差し上げるつもりだったのです」

「そうか」

「でもににさまが守ってくれるのなら安心なのです。ににさまは、ととさまより強いし……す、少しだけカッコイイですから」

「ありがとう。では、俺とメシュメシュの結婚を認めてくれるのだな」

「いいえ!」


 ぴしゃりと否定されて、俺はうろたえた。

 だって相手は愛しい嫁の実妹だ。どうせなら認められたいじゃないか。

 まあどんなに否定されようとも、俺とメシュメシュが夫婦だということは変わらないがな。

 義妹が言葉を続ける。


「明日圧搾所へ行って、リンゴを練り込んだパンの砂糖がけが本当に美味しいか確認するまでは、ににさまのことは認められないのです!」

「……そうか。まあ、明日の朝も焼きたてパンを用意するから、砂糖がけしたものと食べ比べてみるといい」

「はい、勝負なのです!」


 嫁の前世むかしの『げぇむ』とやらで、義妹がネムル・アルカトを一撃で倒したというのが実感できる。

 なんてことを思いながら、再び眠りに就く。

 翌朝起きたとき、義妹はなぜか俺の腹に足を乗せていた。五歳児でも重いな。


 ──義妹は、砂糖がけしたパンをとても気に入ってくれた。

 リンゴを練り込んだパン自体気に入って、星影製だと知ると婿にすると言い出して、ベルカの顔を引き攣らせていたっけ。

 元気が良いのはなによりだが、俺とメシュメシュの娘は、もう少しおとなしくてもいいかな。

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