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ここはSRPG『レルアバド・ニハーヤ~永遠の終わり~』本編から十年前の世界。
転生者であるわたしは、いくつかの特殊な知識を持っている。
前世ゲームを遊んだときに得たものだ。
十年の年月の開きがあるので、すべてが役に立つわけではない。
また、これから十年の年月が流れることを思えば、わたしが知識を持っているということ自体が世界を変えて、ゲーム本編の世界へ辿りつかない可能性もあった。
今日わたしがしてしまったことは、十年後にどう影響するのだろう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……メシュメシュ、今日はすまなかったな」
ぼーっとしていたわたしに、旦那さまの艶やかな低い声が告げる。
わたしは体を起こした。
同じ寝台に横たわる、今夜の旦那さまは獅子の姿ではない。武術大会へ向けての修行をしている間、初夜のことは考えないようにすると言われたのだ。
皇太子の部屋には応接間のほかに侍女の控室もつながっているけれど、ベルカは星影に付き添われて、ハーレムへと戻っていった。
クークちゃんも迎えに来たネムル・アルカトさまに抱っこされ、眠いのかむずかりながら帰っていったので、室内には旦那さまとわたしのふたりきりだ。
もちろん部屋の外には護衛の月影がいる。
星影はベルカを送っていって、そのまま自室へ戻っていた。
寝台の上に座り、わたしは旦那さまを見つめて首を横に振る。
「いいえ、わたしのほうこそ勝手な真似をしてしまって。旦那さまのお考えの邪魔をしてはいませんか?」
「考えというほど大したものはなかった。俺とゼェッブの戦いで月影が興奮しているのがわかったから、星影を離して試しただけだ。しかし、お前やバルクーク嬢がいるときにすることではなかった」
「お気になさらないでください。みんな無事でした」
「ああ、お前のおかげだ」
旦那さまも体を起こし、わたしの髪を優しく撫でてくれる。
「それにしても、よく月影が博打好きだと知っていたな。アイツは俺の副護衛隊長のくせに、部下を相手にイカサマ博打をするので困っているんだが、まさかそれは知らなかっただろう? お前が知っていたのは……『げぇむ』か?」
わたしは頷いた。
旦那さまの四天王だった月影は、ゲーム中かなりの強敵だった。
不死者が合成した骸が状態異常を引き起こすのもあるけれど、とにかく攻撃力が高い。おまけに回避率が高く、こちらの攻撃が当たらなかった。
四天王を倒す順序は任意だったのだが、月影の前に星影を倒していると、怒りと悲しみで暴走状態になる。月影は獣人ではないし、味方(?)は合成させられた骸だけだったので、彼の暴走は二回攻撃という形で表現された。……ランダムで三回攻撃もしてきた。
月影の動きを止め、回避率を落とす唯一の手段がギャンブルだった。
もちろん、干したナツメヤシの実が左右のこぶしのどちらに入っているかを当てさせる、なんてものではない。
十二人の仲間のひとりに、女海賊がいた。
予算と納期の都合でヒロイン候補から外れてしまった女性だ。
無表情で無口なところがカッコ良く、素早いところも好きだったけど、攻撃力に乏しくて準レギュラー止まりだった。
攻略本のキャラ紹介ページに書かれていたコラムで、主人公と恋愛エンドを迎えたら笑顔になる予定だったと読んで、なんだか切ない気分になったっけ。
主人公の王子さまより九歳年上でゲーム開始時は二十四歳という設定の彼女は、戦う前にサイコロを投げ、その出目で幸運を占う技を持っていた。
月影はいつも、くるくる回るサイコロに釘付けになった。
──そんなゲームの記憶を、旦那さまに語る。
「なるほど。本当に、お前の知識は役に立つ。とはいえ、あまり危ない真似はするなよ」
「はい。……旦那さま」
「なんだ」
「月影をどうなさるおつもりですか?」
「どうもこうもない、お前のおかげで問題が起こる前に解決してしまったからな。アイツはまだ破壊衝動を抑えきれないとわかった。だが、与えるはずだった仕事を取り上げたら、月影は落ち込んでしまうだろう」
仕事を与える前に試せば良かったと、旦那さまは苦しそうな顔をする。
年齢は月影のほうが上だけど、旦那さまは部下である彼のことを弟のように思っているのだ。
月影は仕事の失敗を異常に気にする。
バトルで主人公たちに負けると、旦那さまと星影に泣きながら詫びて消えていった。
四天王戦の彼らはすでに死んでいて、生みつけられた『操りの虫』を通じて注ぎ込まれる不死者の魔力で動いているため、戦いに負けると腐った死肉となり、『操りの虫』に食われて消えてしまう。
『操りの虫』は蛆だ。四天王を食らうと蠅になって、ラスボスである旦那さまの元へ飛んでいく。
「……殺してしまっても、良いといえば良いのだが」
「え?」
耳に飛び込んできた物騒な呟きに目を見開く。
驚くわたしに気づいて、旦那さまが発言を補足した。
「月影のことではない。殺すのは徴税役人だ。月影の次の仕事は、徴税役人について行くことなんだ」
「旦那さまの部下が徴税役人を殺したりしたら、大変なことになりませんか?」
「ああ、その通り。殺してもいいというのは冗談だ」
「悪い冗談です」
くっくっと笑い声を上げて、旦那さまがイタズラな表情を浮かべる。
……ゲームでも、こんな顔で主人公たちをからかっていたっけ。
3Dモデルやセリフ枠横のアップよりも、今の旦那さまが一番素敵。
格子細工の窓からは、今宵も銀の月光が降り注ぐ。
月光に照らし出されるのは、わたしの大事な旦那さま。
絹のような銀の髪に整った顔、逞しい褐色の肌と長い手足。筋肉はしなやかで、熊獣人の父さまのように厳つくはない。
青玉色の瞳が、わたしを映している。
旦那さまが視線を逸らした。
「そんな瞳で見つめるな。武術大会に向けて修行する間、初夜はお預けだと言っただろう」
「ふふ、そうでしたね」
旦那さまは獅子の姿のときのように、わたしの膝に頭を預けてきた。
そっと腕を伸ばし、覗き込んでいたわたしの頬を指で辿る。
「わかっているのなら……あまり誘惑するな」
「ゆ、誘惑なんかしていません」
「してる」
「してません」
「絶対してる」
「絶対してません」
どちらからともなく笑い出した後、わたしたちはキスをした。
わたしが頭を降ろしたのか、旦那さまの腕に引き寄せられたのかは、よくわからない。