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ラスボスの嫁 連載版  作者: @眠り豆
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「うおおおぉぉっ!」


 雄叫びを上げながら、ゼェッブさまが旦那さまに飛びかかる。

 暴走? でももう獣化は解いているのに。

 腕につけていた武器だって外した。

 旦那さまに負けたのが悔しかったのかしら。

 ゲームでは精神力が落ちると発動していた暴走は、現世いまでも心の状態と深い関係がある。失恋の衝撃で暴走した若者の話をたまに聞く。

 それにしても、獣化を解いた後にまで暴走が続くことはないはず。

 勢いよく旦那さまの両肩をつかみ、ゼェッブさまは叫ぶのをやめる。

 彼は絞り出すような声で言った。


「……やはり殿下はお強かった。俺の見る目に狂いはなかったのですね」


 旦那さまはゼェッブさまを突き飛ばし、近くの泉水に顔をつけた。

 やがて頭を上げ、濡れた銀髪をかき上げて地面に胡坐をかく。


「お前の見る目など知るか」

「俺は信じていました。同年代では最強だった俺を軽々倒した殿下が、怯えて武術大会に出場しないなんてあるわけがない。きっとなにかお考えがあるのだろうと!」

「お前の買いかぶりだ。というかお前は高位貴族の出なんだから、周りに遠慮されて勝ちを譲られていただけではないのか?」


 旦那さまの前に跪いて、熱く語っていたゼェッブさまの顔色が変わった。


「う……そうなのでしょうか。最強だったというのは、俺の思い上がり?」


 そういえば、とわたしは最終決戦前の特殊イベントでの彼のセリフを思い出した。

 あのときのゼェッブさまは主人公を抱きしめて、


 ──俺が言ってたことは、全部ウソです。

 俺は、親友である皇帝を救いたいんじゃない。

 神に祝福された神獣であり、不死者によってむくろを合成されて、最強の怪物となった彼を倒したいんです。

 俺がいつも求めていた最強を手に入れた彼を妬んでいました。

 でも今、気づいた。

 最強のための戦いなど空しいだけだ。

 俺はこれからあなたのために、あなたと世界を守るために戦います。

 きっと、そのために生まれてきたんです。


 そう告げた。

 旦那さまがそうだったように、ゼェッブさまを演じているのも人気声優という話で、耳元で囁かれるように紡がれるセリフには、旦那さまひと筋のわたしも少しドキドキした。

 言っていることは、かなり問題だけど。

 とはいえ筋は通っている。

 彼はゲームの十年前である現世いまから、ううん、ずっと昔の子どものころから『最強』を追い求めていたのだ。

 もしかしたら本能で、旦那さまが神獣という強大な存在に変身できることを悟っているのかもしれない。

 今は気づいていなくても、旦那さまが皇帝になって真実を明かしたときには大喜びしただろう。自分の見る目が正しかったことと、素晴らしい好敵手の存在に。

 皇帝になった後の旦那さまの話ばかりするはずだ。

 ましてゲームの開始前にいなくなっていた、わたしの話など出てくるわけがなかった。

 ちなみにそんな最終決戦前の特殊イベントを発生させていても、エンディングでは普通の友情MAX状態と同じエピソードしか語られない。

 さすがにラストのデータはちゃんと削除されていた。


「さあな」


 ゼェッブさまの質問をさらりと流して、旦那さまは立ち上がった。

 わたしに近寄ってくる。

 濡れた手が、そっとわたしの前髪をかき上げた。


「体は大丈夫か? 見ていてくれるのは嬉しいが、疲れたらちゃんと部屋に入って休めよ。いや、そうだな。……星影、ベルカと一緒に厨房へ行って氷蜜をもらってきてくれ」

「ベルカと俺ですか?」


 星影は、なぜか戸惑うような素振りを見せた。

 旦那さまの命令に、一瞬微笑みかけたベルカが唇を噛む。

 あら。もしかしてベルカは……?

 彼女は星影に背を向けた。


「わかった。あたしがひとりで行くよ」

「ひとりで行かれて、氷蜜の器を落とされては二度手間だ。俺も行く」

「ああ、頼む」


 星影とベルカを見送って、旦那さまは獣化した。

 水滴がキラキラと、銀のたてがみと白い毛並みを輝かせる。


「ゼェッブお前、武器があるから遠慮していただろう。今度は素手で思いっきり戦うぞ」

「はいっ!」


 ゼェッブさまは、喜色満面で獣化した。

 ズボンから飛び出した黒い尻尾を、千切れそうなほど振っている。

 旦那さまの白い尻尾はなぜか、先だけが小さく揺れていた。

 猫を飼っていた前世むかしの友達に聞いたことがある。

 猫が尻尾の先だけ揺らすのは考えごとをしているときだと。

 もちろん獅子と猫は違うし、個体差もあるだろう。

 でも結婚して少ししか経っていないものの、旦那さまの嫁として過ごした日々が告げていた。

 旦那さまはなにかを企んでいらっしゃる。

 白い獅子と黒い獅子が地面を蹴って、がっぷり四つに組み合った。

 クークちゃんが歓声を上げて、わたしの腕から飛び出す。

 驚いたけれど、その場で飛び跳ねるだけだったので、意思を尊重することにした。

 むしろわたしに抱かれているよりも、自由に動けるほうが彼女は安全かもしれない。

 月影も楽しげに見物している。

 わたしは少し落ち着かない気分で、クークちゃんが飽きたりネムル・アルカトさまに会いたがって泣き出したりしたらあげようと思って持ち歩いていた、干したナツメヤシの実を齧った。……これから氷蜜を食べるというのに、ちょっと食べ過ぎかしら。

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