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ラスボスの嫁 連載版  作者: @眠り豆
10/50

 10

 SRPG『レルアバド・ニハーヤ~永遠の終わり~』は、男女主人公選択制として制作が開始された。十二人の仲間は、男性主人公のヒロイン候補六人と女性主人公のヒーロー候補六人だったのだ。

 男女それぞれに獣人ふたり、魔法使いふたり、忍者がひとりずつ。

 最後に詩人の男性と海賊の女性がいた。

 ふたりの忍者は、星影月影の父親と同じように、ゲームの中では行けない東の国から来たのだろう。あまり仲良くなったことがないので、説明書以上のことはわからない。

 攻略本の彼らのページも最初に通しで読んだだけじゃないかしら。

 個性豊かな仲間が用意されていたにもかかわらず、世の中は世知辛いもので、予算と納期に押されてゲームの規模は縮小し、主人公は男性の王子さまひとりに減らされてしまった。


 なんてことを、攻略本の巻末に載っていた製作者のインタビューで読んだ。

 変更はそれだけでなく、ヒロイン候補も半分の三人に減らされた。

 獣人ふたりと魔法使い(最初はメイド)ひとりなので、少々偏っている。

 データが完全に消し切れていなかったのか、仲間との会話にはバグが多かった。

 売りのコンビ攻撃のために残された好感度が一定値を超えると、男性の仲間が主人公の王子さまに、恋愛じみたセリフをかけるようになってしまうのだ。

 それはそれでその手の趣味の人々に人気を博したらしい。

 わたしは消えた女性主人公が、政略結婚で『死せる白銀の獅子皇帝』──生きているときだけど──に嫁ぐ設定だったと知って、とても悔しかった。

 でもその場合、現世いまのわたしはいないわけで。

 今考えると、なんだか複雑な気持ちになる。

 前世むかし病床のわたしにゲームをプレゼントしてくれた友達も、女性主人公が実装されていたら良かったのに、とよく口にしていた。

 顔も名前も思い出せなくても、大切だったことだけは覚えてる友達のお目当ては、わたしとは違う。

 仲間として一緒に旅ができる相手だった。

 どんなに好感度を上げても無骨なセリフしか口にしない戦士。もし女性主人公だったなら、好感度が上がっているかどうか不安になるくらい色気のないセリフばかりだったのだが、友達はそこに萌えていた。

 個人の趣味は千差万別だ。


 彼女が好きだったのは、現世いまでは皇帝陛下の護衛を努めている狼獣人、ゼェッブさま。

 実はわたしも、三回のプレイすべてで一番好感度が高いのは彼だった。

 ゲームには、好感度が一定値を超えた仲間が主人公に自分の護り石をくれるというイベントがあった。主人公の王子さまは、その護り石に妖霊ジンを宿らせて守護者にすることができたのだけど、もらえるほど仲良くなれたのは彼だけだった。

 彼が生まれた秋の朝月の護り石、青玉ヤークートから現れる守護者は青い蝶で、舞うように飛びながら煌めく鱗粉を降らせて、妹の状態異常を回復してくれたっけ。

 旦那さまの瞳と同じ色の宝石が、わたしは大好きだった。

 妖霊ジンは、現世いまもどこかにいるのだろうか。

 ゲームでは水晶の洞窟に封じられていた。

 女海賊の住む、ゴーレムに守られた島にある洞窟。

 妖霊ジンは人よりも前に神が創り出したといわれる、実体のない魔力だけの存在だ。

 自分の魔力を無駄に放出しないよう、強い魔力を持つ宝石などに宿るらしい。

 探究者たちが獣人に呪いをかける前に、魂の名前を奪われて魔力を吸い取られたと聞いているが、おとぎ話や伝説にはよく出てくる。

 おとぎ話に出てくる妖霊ジンの能力はななつで、ゲームの中の守護者としての力とは少し違う。護り石の種類や元の持ち主によって変化するのかしら。

 あるいはゲームでの力は、ななつの能力の応用なのかも。


 そういえばゼェッブさまとは、萌えていた友達ですら見ていない、最終決戦前の特殊イベントを起こしたことまであった。

 直前でセーブしていたそのイベントを見せると友達は、主人公の王子さまは男装した女の子だと思うことにすると言って、溜息をついた。

 もっとも、わたしが彼に話しかけていたのは不純な動機からだった。

 だって、『死せる白銀の獅子皇帝』の四天王は宮殿の中にいて、最終決戦まで会うことはできない。倒した後で移動画面に戻ることもできたが、会えば倒すか倒されるしかなかった。倒されたらセーブしたところから再開だ。

 ラスボス化する前の旦那さまと一緒にいる四天王と会うとき(ひとりで魔獣退治に出かけたことを怒られているときとか)は、ほとんど自動イベントだったから会話などできなかったし。

 でもゼェッブさまは違う。

 彼は親友である『死せる白銀の獅子皇帝』が不死者のしもべに成り果てたことを知り、自己再生能力を持つラスボスを倒す方法を求めて出奔していた。

 仲間にして、いつでも一緒にいられる。

 好感度が上がったら、昔の話をしてくれる!

 そう、わたしがヒロイン候補との好感度を上げるためのフリータイムにゼェッブさまと話していたのは、モブのベルカに話しかけていたのと同じ理由、旦那さまのことを知りたかったからだ。

 わたしはとても楽しかったし、現世いまこの『レルアバド・ニハーヤ~永遠の終わり~』の世界に生まれたことも神に感謝している。

 でも前世むかしのわたしのゲームの楽しみ方って……うん、個人の趣味は千差万別だから、深く考えないようにしよう。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

「はあっ!」

「でやあぁぁっ!」


 応接間に面した庭で、半獣半人の姿に獣化した旦那さまとゼェッブさまが戦っていた。

 上半身は獅子と狼、ズボンを穿いた毛むくじゃらの下半身で二足歩行をしている。

 知能の高い四つ足の獣では、探究者たちの役には立たなかったのだ。

 獅子と狼の上半身も野生のものとは違っている。

 とはいえ獣に近い腕は道具を扱うのに向いていない。

 戦うふたりの腕には、革の手袋に金属の爪をつけたものが装備されていた。遠い昔、延々と鉱脈を掘るためにつけられた道具を参考にして作られた武器だ。

 武術大会では武器の使用は禁止されていない。

 刃のついた腕輪を使うものもいる。

 神獣は四つ足だけれど、探究者を倒すため神に与えられた祝福なので、器用さよりも強さが重視されたのだろう。特に獅子神獣の咆哮には、悪しきものを浄化する力があると伝わっている。


 のんびりと朝食を楽しんでいるうちに太陽は天頂に達し、もう昼食も終えた後だ。

 庭には小さな泉水と植物が配置されていて、日中の熱さを和らげていた。

 少し先に進むと、天蓋付きの四阿あずまやもある。

 前世むかしのゲームの中ではバトルもしたが、現世いまのわたしには戦闘の様子がさっぱりわからない。自分で戦うことがないからかしら。


「……ねえ、ベルカ」


 こっそり戦況を聞いてみようとしてみたものの、彼女に気づいてもらえなかった。

 ベルカの赤銅色の肌は逞しく鍛えられている。

 彼女は赤茶の瞳を煌めかせて、目の前の戦闘を見つめていた。

 生き残るために強くならなければいけなかったのもあるだろうし、本人も戦うことが好きなようだ。

 星影と月影も頷きながら眺めているし、腕の中のクークちゃんまでもが夢中になって手足を動かしている。

 父さまたちと砂漠に出たとき、輿の中や花畑で本を読んだり縫い物をしたりしてないで、弓でも持って狩りに参加していれば良かった。

 そんなことを考えながら、わたしは勝負に視線を戻した。

 どちらが優勢なのかはさっぱりわからないけれど、風になびく旦那さまの銀のたてがみに見惚れてしまう。神獣の姿は毎晩月下で見ているが、日の下で見る獣人の姿も美しい。


 わたしの素敵な旦那さま……。


 旦那さまと結婚できた喜びに浸っていたとき、黒い狼の体が地面に転がった。

 ベルカは瞳を丸くして驚き、星影は納得した顔で頷いている。

 クークちゃんと月影は、とりあえず勝負の終わりにはしゃいでいた。

 獣化を解いた旦那さまの裸の胸は汗だくで、水滴が陽光を反射している。

 ゼェッブさまも獣化を解いた。

 短く刈った黒髪に金色こんじきの瞳、艶やかな象牙の肌は姉であるティーンさまよりも色濃く見える。よく似た顔も厳つい。

 でもゲームの3Dモデルよりは若く見える。

 十年の月日のせいなのか、ゲームのデザインが戦士らしくデフォルメされたものだったからなのかは、わからない。

 旦那さまのものより渋めの彼の声が、そう思わせていたのかも。

 彼は旦那さまよりふたつしか上ではない。

 そういえばゼェッブさまの話す旦那さまの話に、わたしのことは出てこなかった。

 ゼェッブさまの話す旦那さまの話はほとんど、皇帝になって以降のことばかりだったっけ。

 初恋のラスボスに嫁がいたなんて、聞いたら絶対忘れるはずがないもの。


「うおおおぉぉっ!」


 地面に膝をついて上半身を起こしたゼェッブさまが、いきなり雄叫びを上げた。

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