灰色少女ときらきらちゃん
私の見える風景は灰色だ。
あの日からずっと。そして、これからもずっと。
学校へと続く通学路。
いつも通りの灰色の風景。
葉っぱの少なくなった灰色の街路樹に、一歩歩くごとにしゃりしゃりと音を立てる灰色の落ち葉。
そんな心地の良い音とは裏腹に、私の心はこの風景の如く灰色だった。
「はあ……」
私の心の底から吐き出された溜め息は、灰色の空へと溶けていく。
私の悩みもこんな風に溶けてしまえば楽なのに。
そんな事を考えていたら、また溜め息が出た。
「ちょっと、さっきから溜め息ばっかじゃーん、やめてよー」
そんな私の悩みを吹き飛ばすかのような明るい声に対し、あなたのせいです。と反射的に答えてしまいそうになるのをぐっと堪え、私の隣を歩く溜め息の元凶を軽く睨む。
私の見えている灰色の風景で、唯一色が付いて見える人。
私と同じ制服から伸びる肢体は色白ですらりと伸びていて、瞳は澄み切った青色。
髪は綺麗な金髪で、これからの寒さを思い憂鬱になる木枯らしでさえも、さらさらとなびく彼女の髪を見ているとそんな気持ちを忘れてしまう。
そんな物理的にきらきらとしている彼女だが、雰囲気まできらきらしているんじゃないだろうか。周りの空気まできらきらと光り輝いて見える。
まあ、元凶と言っても彼女自身は何もしていなく、単に私の気持ちの問題で溜め息の元凶となっているのだから完全に八つ当たりである。
「うわ、こわ。何なの? せーり?」
軽く睨む私の視線を受けて大袈裟に身を身を竦ませながら、なんだかセクハラまがいの事を言ってくる。
うん、八つ当たりなんかじゃない。二割くらいこいつのせいだ。
私は再度溜め息を吐く。
「別に、何でもない」
ぽつりと呟いて前を向く、そう答えるしかない。
だって、しょうがないじゃないか。
私は、あなたに恋をしているのだから。
そのきらきらした雰囲気に一瞬で目を奪われて、周囲の色まで奪っていったあなた。
私の見る風景はあの日から、あなたに出会った日から灰色だ。
でも、私たちは女の子同士で、そんな事を言えば気持ち悪がられてしまうかもしれない。嫌われてしまうかもしれない。
そんなのは絶対に嫌だ。
だから、黙っているしかないのだ。
ずっと、そばにいたいから。
「何ぼーっとしてるの?」
気付くと心配そうに覗き込む顔。
澄み切った青色の瞳に見つめられると私のこの気持ちが見透かされてしまいそうな気がして、目を逸らしてしまいたかったが魔法にかけられたように私の目は動かない。
その瞳には魅入られたようにぼうっとした表情の私だけが揺らめいている。
「……んぅ」
なんてそのままぼーっと瞳を眺めていたら、そっと目を閉じた顔が近付いてきて、ぶつかると思った瞬間には唇に柔らかい感触を感じていた。
え、何してるのこの娘。
私の肩に小さな手が添えられて心地良い重みを感じる。
鼻と鼻が軽く触れあって、鼻から抜けていった吐息がくすぐったい。
口づけられた唇は熱く、私の冷えた唇に熱をもたらす。
唇の先に、唇とはまた違った何かの感触を感じる。
それは私の唇を開かせて、口の中に侵入してこようかというところで私の頭に再起動がかかった。
私は慌てて頭を掴んで引きはがす。
「なななななな何してんのよ!?」
「何って、ちゅーだけど」
「言わないでよ! 恥ずかしい!」
「ええー……」
慌てている私を余所にその顔はきらきらと輝くような悪戯っ子の笑顔だ。
してやったり、という顔をしている。
なんだかムカつく。私の心臓は今にもはち切れそうなくらいドキドキしているというのに。
「元気ちゅーにゅーされた?」
「もしかしてそれ、ちゅーと注入をかけてる?」
「うん」
自信満々に頷いて、にへっと笑う。
あっ、ちょっと頭痛い……。
「私のファーストキスだったのに」
「ごちそうさまでした」
ごちそうさまでした、じゃないんだけどなあ……。
恨みがましい視線を気にする様子もなく、手を合わせぺこりと頭を下げてくる。
唇をぺろりと舐める仕草がちらりと見えたがなんだか恥ずかしくって私は視線を逸らす。
「チョコレートの味がするよー、甘くておいしい」
「そういうの言わなくて良いから!」
逸らした視線はその一言ですぐにまた元通りとなる。
確かに今朝はチョコレートを一つ口に入れてから家を出たけれども。
そういえば、私はどんな味を感じたのだろうとさっきの出来事を思い起こそうとするが、いきなりの事だったから全然思い出せない。
思い出せるのは口づけた唇の熱さだけで、その熱さが今更のように私の顔を覆う。
絶対に今、顔が赤い。
せめて今が夕方なら良かったのに。そうしたら夕焼けが顔の赤さを隠してくれたのに。
「せ、責任とってよね」
せめてもの抵抗に私はそんな事を言うが、言った直後に自分の台詞の意味に気付く。
慌てて言い直す前に彼女はどこか嬉しそうににへっと笑う。
「あったりまえだよ、ぜったいに離さないからね」
強く言い切られたその言葉はすとんと私の心の中に落ちてきて、
「何それ、愛の告白じゃん」
嬉しさから自然に出てきた笑いは白い息となり、灰色の空に澄み切った青を広げて消えていった。