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「ツツジ……さん、ですか?
いえ、知りませんが。その方が何か?」
しばらく考えた店長はそう答えた。嘘をつく理由もないし、本当だろう。
だけど、それじゃあサトルさんと同じ言葉を言っていたのは……?
「本当に会ったこともないですか?」
「ツツジというと、花の躑躅と同じ名前で印象的ですし、何か少しでも僕と接点があれば覚えていると思います。
だから、忘れているということもないと思いますが……?」
「そう……ですか」
「ツバサさん? 大丈夫ですか?」
店長から見れば今の私は相当不審だろうな。私は慌てて「大丈夫です」と答えたけど、やっぱり気になるあの言葉。
「ノゾム君から聞いたんですけど……、店長が『花を見たら誰の心にも花が咲く』って言ってたって」
「ええ、花は見る人を優しくします。勇気を与えて強くしてくれるんです。そんな花が誰の心にも咲くんですよ。たとえ、アンドロイドであっても、そう信じてみたくて……」
少し恥ずかしそうに笑って店長は頭を掻いていた。
「前に言ったじゃないですか。僕は『花が好きな人が好きだ』って。花が好きな人は心にも花を咲かせてるんですよ。そんな優しくて強い人が、僕は好きなんです。
ノゾム君はホープのことをとても慕っているようだったので、つい思い付きでそんなことを言ってしまったんですけど……もしかして、ノゾム君達を困らせてしまいましたか?」
「思い付き……」
つまり、やっぱりサトルさんと同じ言葉を言ったのは、ただの偶然ってことなんだろう。そんな偶然あるのか分からないけど……
ともかく、こんな話を続けてても店長に変に思われちゃうだけだ。
「ノゾム君にはちょっと難しすぎて通じてなかったですね……」
「ははは。言いたいことを伝えるのも難しいですね。
その後に、花が好きなホープの心にも花は咲いているはずですって言ったら、トオル君がアンドロイドに心はないよと言い出してしまって……、ノゾム君には少し悪いことをしてしまいましたね」
「大丈夫ですよ、本当に。ノゾム君が言ってたんです。あのガーベラを眺めてホープが笑ってたって。
私、その時に感じたんです。店長の言う通りだった。アンドロイドにも心は届く――かもしれないって。
店長の心も、ちゃんとノゾム君に届いてますよ。だって、今日のノゾム君は本当に楽しそうでしたから」
私にも店長の心は届いてる。サトルさんと同じ優しい心が。
だから、私はサトルさんに伝えたかった気持ちを、店長に伝えたいと思った。店長をサトルさんの代わりにする訳じゃない。店長に知ってもらいたかった。
そして、私は店長に笑顔を向けて言う。
「私も誰かの心に花を咲かせられるようになりたいです。このお店で働いていたら、それも叶えられそうだと思いました。
私、頑張るのでこれからもよろしくお願いします」
「もちろん。こちらこそよろしくお願いします」
店長は笑顔で答えてくれた。私を迎え入れてくれる優しい笑顔だ。
いつも独りで寂しさを我慢していた私の心に、いつも優しく花を咲かせてくれたサトルさんに、ずっと伝えたかった言葉。私も誰かの心に花を咲かせられるようになるから――と。
店長はサトルさんではないけれど、不思議とサトルさんに似ている。そんな店長が傍にいてくれたら、一歩踏み出せそうな気がする。
サトルさんを失ってから、独りでは怖くて踏み出せなかった未来への一歩を。
***
――それからというもの、ノゾム君は時々元気な笑顔をお店に届けてくれるようになった。
「お姉ちゃん、こんにちは!」
「ノゾム君、こんにちは。
今日もホープのところに遊びに行くの?」
「うん。向こうの公園でトオル君達が待ってるんだ。
ボク、おこづかい貯めて、今度はちゃんとお花買いに来るから待っててね!」
「はい。いつでも来てね」
「じゃあね! お姉ちゃん!」
「またね。あ、危ないところには行っちゃダメだからね!」
手を振りながら離れていくノゾム君の笑顔は、ガーベラにも負けないくらい大輪の花のように咲き誇っていた。
「って、あれ?
そういえば、どうしてホープは動き続けてるんだろう……?」
すっかり忘れて考えることもしていなかった謎。
まさか本当にノゾム君の希望が叶って、ホープにいいこと――たとえば、バッテリーがなくても動けるようになったとか、そんな奇跡が起こったとか……
「まさかぁ。漫画やアニメじゃあるまいし……」
「ツバサさん? アニメじゃないって、何がですか?」
「うあっ」
思いっきり驚いて振り向く私。いつの間にそこにいたのか、店長が首をかしげていた。
「ノゾム君と話してただけで、サボってた訳じゃないですよ」
「ははは。本当ですか?」
店長はわざとらしく疑いの眼差しを向けて笑って、店頭の花の様子を見てから店内に戻っていく。
「ちょっと、店長! 信じてくださいよ!」
私は慌ててその背中を追いかけた。
私にはサトルさんや店長と同じように、植物や花に接することができるか分からない。だけど、できる限りを尽くして、私も優しく強くなろう。そして、顔を上げて歩き出そうと、そう思い始めていた。
この店長の傍で……。




