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「心に花を」  作者: 長坂 オウ
8/17

2-4

 ――四月もなかばに近付いて私も高校が始まり、平日は夕方以降しか働けなくなってしまった。

 そして、今日は火曜日。学校も終わってお店に向かいながら、ふと考える。

 あれから一週間くらい。実はこの前の日曜日も、こっそりホープの様子を見に行った。

 現状は変わらず、ホープはせっせと庭の手入れをしていてつぼみのガーベラもそのまま。結局、ノゾム君にはあれから会えずじまいだった。




 お店に到着すると、レジ台の上で何か書いている店長が迎えてくれた。


「おかえりなさい、ツバサさん」

「おはようございます。店長。

 何を書いてるんですか? 予約票?」

「ええ。来月に母の日があるでしょう? その日用の花の予約が入り始めていて」


 そっか。五月の第二日曜日は母の日だ。母の日と言えばカーネーションとか、お花の贈り物が定番だな。


「でも、まだ一ヶ月くらいあるのに、もう予約がくるんですね」

「四月中には予約を締め切る店も多いので遅いくらいですよ。この店の場合は、当日でも買えますから予約はあまり多くはないですかね」


 たぶん、例のごとく、母の日の贈り物もインターネットがほとんどなんだと思う。

 でも、気付いてみれば、店内のカーネーションの値札やポスターには母の日の文字が躍っている。だけど、なんか堅っ苦しい気がするのは全部印刷されたものみたいだから……?


「あの……私、母の日のポスター書きましょうか?

 手描きイラストとかも載せて、ダメですか?」

「いえ、それはありがたいです。僕はそう言ったイラストは苦手なので、お願いしますね」

「はい。喜んで!」


 私はそう言って更衣室に向かう。

 人から頼りにされるって本当に嬉しいことなんだなと、私は一人でニコニコしながら着替えをして再び店内に出る。

 それと同時に店先から声が届く。


「お姉ちゃん、こんにちは!」


 そこにいたのはノゾム君。若々しい女性に手を引かれている。

 暗い栗色のショートボブで落ち着いた風に見えるけど、顔付きは童顔の美人さん。三十歳も越えているようには見えないけど、その女性はノゾム君のお母さんだろう。くりくりした目がノゾム君とそっくりだもん。


「いらっしゃいませ。こんにちは、ノゾム君。今日はお母さんと一緒?」

「うん!」


 元気のいいノゾム君に笑顔を向けた後、私が頭を下げるとノゾム君のお母さんも会釈した。


「今日はどのようなお花をご用意しましょうか?」

「あの、今日はお礼を言わせてもらいにきました」

「お礼?」


 注文を聞こうとして、ノゾム君のお母さんの言葉に私は首をかしげた。店長も話を聞いてたのか、私の横まで出てきてノゾム君のお母さんに尋ねる。


「斎藤さん。お礼というのは?」

「ノゾムがお兄ちゃんとお姉ちゃんに遊んでもらったと言っていたのを、てっきり近くの公園で年上のお友達ができたのだと思い込んでしまって。

 よくよく話を聞けば、お花屋さんの店員さんだと知って、ノゾムが仕事中にご迷惑をおかけしたのではないかと……」


 少し気まずそうな笑顔に変わってノゾム君のお母さんはそう言った。


「迷惑だなんて、とんでもない。

 ですよね? 店長」

「ええ。ノゾム君と遊ばせてもらったのはお店も休みの日でしたから、気になさらないでください」

「でも……わざわざそれを言いに来てくれたんですか?」


 と、私がノゾム君のお母さんの顔を見ると、まだ何か言いたそうに、でもためらっている様子がうかがえた。

 その前にノゾム君が元気よく店内に駆け込む。


「ねぇねぇ! お兄ちゃん、あの花は何?」

「こら、ノゾム。騒いじゃダメよ」

「はは。構いませんよ。お花に興味を持って頂けるだけで嬉しいですから。

 そうだ、ノゾム君。だったら、お兄ちゃんが色々教えてあげますよ」


 笑顔でノゾム君のお母さんにそう言って、店長はノゾム君と一緒に店の奥に行ってしまった。

 ノゾム君のお母さんと二人で店先に残された私は、改めて尋ねてみる。


「あの、ノゾム君のことで何か心配でも?」

「いえ、実はノゾムも私も、今年に入ってすぐに夫の仕事の都合でこの街に引っ越して来たんです。

 でも、ノゾムには小学一年生の冬休みで転校させることになってしまって、仲の良かった友達とも離れ離れになってしまいましたし、ノゾムには大変な思いをさせてしまったんでしょう。最近は一人で遊ぶことも多くなってしまっていて……」

「え? そうだったんですか……」


 私もこの近所へ引っ越して来たとはいえ、中学生に入ると同時だったし、ノゾム君と状況はだいぶ違う。

 それに私も、仲の良かった――かどうかは分からないけど、幼稚園の頃からいつも一緒にいた友達が五年生の時に転校してしまった経験がある。

 その友達がいない教室というのは、思う以上に喪失感がかなり強くて慣れるまでが大変だった。一年生ならなおさら気持ちの整理も難しかったのかも。


「でも、春休みに入って急に元気になったんです。ノゾムはお友達ができたって言ってましたから、本当に安心して……

 お二人がそのお友達だったのですね。どうりで急にお花に興味を持った訳です。感謝しています」

「あ……いや、それは……」


 違う。それはホープのことだと思うけど……、ホープのことは内緒にしておくって約束があるし……


「それで、ノゾムもお花が好きになったみたいなので、家でもベランダで花を育てようと思って、今日はその買い物もさせて頂こうかと」

「あ、はい。ガーデニング用品も奥にありますので、どうぞ……」


 そして――後ろめたい気持ちを抱えたまま、結局何も言えずに、私は買い物を済ませて家路につくノゾム君とお母さんを見送った。

 ノゾム君のことは心配だけど、関わりすぎても結局のところ何もできないままで終わってしまいそうだし、どうすればいいのかな……

 閉店の準備を進めながら考え込んでいると、同じく作業している店長は、私とは対照的に笑顔だった。


「さっきノゾム君が言ってたのですが、あの蕾だったガーベラが咲きそうみたいですよ。

 明日はお店も休みですし、少しのぞいて来ようと思います」


 店長は、特に悩む様子もなくそう言った。純粋なのか天然なのか、とにかく一度気になると放ってはおけないみたい……

 って、店長ののんびりした性格にまで悩んでても仕方がない。こうなったら私も付き合うしかない。


「わ、私も明日、学校帰りに行ってみます」


 ノゾム君にとってホープは、私が思う以上にかけがえのない友達なんだ。でも、ホープはそろそろ止まってしまうかもしれない。ノゾム君は大丈夫だろうか……




 ***



 翌日、学校帰り。私はホープのいる廃屋へ急いだ。

 でも、廃屋の庭に向かおうとして足を止めた。数人(・ ・)の子供達のはしゃぐ声が聞こえる。ノゾム君以外の子が来てる?

 再び足を踏み出して庭に回ると、そこにはノゾム君と一緒に男の子と女の子がいる。


「こんにちは。ノゾム君」

「あ、お姉ちゃん。こっちこっち!」


 私に駆け寄って手を引くノゾム君に、一緒にいる男の子と女の子のことを聞いてみる。


「二人はお友達?」

「うん。トオル君にアキちゃんだよ。二年生から同じクラスになったんだ。

 つい、ホープのこと話しちゃって、見たいって言うから連れて来たんだ」

「ついって……」


 ここは秘密の場所だったのに――と、私は苦笑いした。

 だけど、ノゾム君はすごく楽しそうだ。初めて会った店先で、私や店長に人見知りしてた子とは思えない。お母さんは心配してたけど、ノゾム君なら大丈夫そう。


「店長はいないんだね」

「うん。さっきまでいたんだけど、用事があるからって帰っちゃったんだ。

 だけど、お兄ちゃんがホープを綺麗にしてくれたんだよ。服も新しいのをくれたんだ」


 見れば、ホープの体の汚れはなくなっていて服装も変わっている。店長の古着でも着せたのだろうか。

 でも、店長。花屋や室内庭園で忙しいのに、何やってるんだか……。本当に不思議な人だなぁ。


「それより、お姉ちゃん! こっち!」


 私はノゾム君に引っ張られて花壇に駆け寄る。


「見て! 咲いてるでしょ?」

「本当だ。真っ白なガーベラだね。とっても綺麗……」


 しっかり開いた大輪のガーベラは、景色にえる純白の花びら。ホープは蕾だったこのガーベラを、しっかり咲かせられることができたみたい。

 ホープはゆっくり手を伸ばしてその花をなでる。


「あ、ホープが笑ってる!」

「え……?」


 ノゾム君の声に驚く私。すぐにホープの顔を見ても、そこにはいつもの無表情のホープの顔しかない。


「笑ってないじゃんかよ」

「このアンドロイド、笑うの?」


 トオル君もアキちゃんもホープの顔を見上げて不思議そうにそう言った。


「絶対、笑ってたよ。そう見えたんだ!」

「いいなぁ。わたしもお家にアンドロイド欲しいなぁ。ホープを連れて帰れないの?」

「ホープ。この家から外に出ないんだ」


 ホープみたいな庭師にわしアンドロイドは家から離れる必要がないので、一定の範囲内で行動するように初期設定されている。その設定はパスワードや暗証番号でロックされるので、今から私達が変えることは難しいと思う。

 ホープはこの家の敷地から出ないように設定されているんだろう。だから、誰かの家に連れて帰ることはできないはず。


「だから、欲しくても連れて帰れないよ」

「一番連れて帰りたいのはノゾムだろ?」

「そんなことないよ! じゃあ、ここをボク達の秘密の場所にして、皆のアンドロイドにしようよ」


 はしゃぐノゾム君達を見て私はクスクスと笑った。危険じゃないかってずっと心配してた幽霊屋敷ここが、今ではノゾム君達の秘密基地みたいだ。こんなにワクワクする気持ちは、もう私も忘れかけてた気がするな……

 ホープの周りでトオル君もアキちゃんも笑ってる。私も楽しく笑ってる。全部ノゾム君のお陰だ。

 寂しい思いをしてたノゾム君は、同じように寂しい思いをしていたホープと出会い、一緒に育てて咲かせた綺麗な花を見て、一緒に笑えるように頑張ったんだ。そして、集まった私達の笑顔はノゾム君の優しい心が届いたから。

 もしかしたら、ホープにもノゾム君の優しい心が届いて、私達みたいに本当に笑ってたのかもしれないな。『そういう機能なんてない古いアンドロイドなんだから、そんなことは有り得ない』なんて思う自分もいるけど、今はホープの笑顔を信じていたかった。

 サトルさんのことで八つ当たりしてたアンドロイドに対して、私がこんな風に感じるのは、それもこれも店長のせいだな……と、私は一人で笑っていた。


「あれ……でも……」


 ふと、ノゾム君達と一緒に遊んでいるように見えるホープを見て、私は気付く。

 ホープのバッテリーは長くは持たないと思ってたけど、バッテリーが切れそうな様子はない。体が綺麗になったせいで、むしろ新品になってしまったようにも見える。

 長年放置されてたアンドロイドがこんなに動けるものなのかな。ここは廃屋だから電気も既に通っていない。ここでバッテリーに充電できる訳もないし、ホープをこの家の外には連れ出せないはず。じゃあ、どうして……?

 私が悩んでいると、ノゾム君が私の服を引っ張る。


「ねぇ、お姉ちゃん。『心に咲く花』って何?」

「え……? ど、どうしたの? 急にそんなこと……」

「お兄ちゃんが言ってたんだよ。ボクがガーベラが咲いたからすごく嬉しいって言ったら……えっと、なんて言ったっけ? 心に花が咲く?」


 うろ覚えのノゾム君にアキちゃんが続く。


「『花を見たら誰の心にも花が咲く』でしょ?」

「え……」

「花が咲い嬉しいのは、自分の心にも花が咲くから嬉しいって感じるんだって、お兄ちゃんが言ってたの」

「だから、花を育てるのが好きなホープの心にも花が咲くって言ってたよな。

 変な兄ちゃんだよなぁ。アンドロイドに心ってさ」

「ホープだって心があるから、嬉しくてさっき笑ったんだよ!」

「笑ってないだろ。見間違いだよ!」


 ノゾム君とトオル君の口論に割り込んで、私は叫ぶように問う。


「本当に……本当に店長がそう言ったのっ!?」


 私の必死さに驚いたのか、場がしんと静まり返る。そして、思わず口論もやめて戸惑いながらノゾム君はうなずいた。


「うん……。どうしたの? お姉ちゃん」

「ご、ごめん。大声出しちゃって……」


 私の胸に疑問と戸惑いが生まれた。

 店長とサトルさんは妙に雰囲気が似ていると感じてたけど、今のはどうだろう。『似ている』で済まされることだろうか。そんな考え方をする人がサトルさん以外にもいるなんて、もしかして店長はサトルさんと知り合い?

 いや、知り合いだったとしても、だからそれがなんだって話なんだけど……でも、高鳴った胸の鼓動が治まらない。

 ――確かめてみよう。私はそう決意した。




 ***




 私はノゾム君達を家の近くまで送り、別れぎわに「危ないことは絶対にしないこと!」とだけ約束した。

 正直、これでいいのかと思うこともあったけど、今さらノゾム君達をホープから突き放すのも可哀想に思えた。

 なぜ、ホープは動き続けられるのか謎は残ってたけど、今の私はそれどころじゃない。

 色々悩んで考えながら、私は定休日で閉まってるお店の前にやって来た。


「花を見たら誰の心にも花が咲く……サトルさんが言ってた言葉。店長が、どうして……?」


 偶然、同じことを言っただけ? だけど、店長はガーベラの説明だってサトルさんと同じように言っていたんだ。そんな偶然が、何度も起きるのだろうか。


「ツバサさん?」

「わっ!」


 いきなり後ろから呼ばれて、私は声をあげて振り向いた。そこにいたのは店長だ。手にはスーパーの買い物袋があって、きっと買い物帰りだろう。


「どうしたんですか? ホープに会いに行くって言ってましたよね?」

「え、ええ。会ってきた帰りです……」

「じゃあ、どうしてここに? 家に帰るには遠回りじゃないですか?」

「ノゾム君を送ってきたので……」


 話が切り出せずにやきもきする私に対して、店長はいつも通りの笑顔だ。


「ああ、なるほど。どうでしたか? ノゾム君とホープの様子。

 でも、ノゾム君も同級生のお友達ができたようで何よりですね。あの綺麗に咲いたガーベラも大勢の子供達の笑顔に囲まれて幸せでしょうね。もちろん、ホープも」

「え、ええ……そうですよね」

「……ツバサさん? 表情が暗いですけど、何かありましたか?」


 とうとう異変を指摘されて、私は慌てて首を左右に振る。


「ち、違うんです。暗いだなんてとんでもない」

「じゃあ、何か僕に用事があるとかですか?」

「あ、あの……、一つ聞きたいことがあるんです。

 『筒路聡ツツジサトル』さんって……ご存知ですか?」

「……え?」


 突然の私の質問に店長は首をかしげた。

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