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蕾のものも含めて、数本のガーベラを鉢に植え替えて袋に入れて、それをノゾム君に渡すと思った以上に袋が大きく、地面に引きずりそうになっていた。
「えっと……僕が持って行きましょうか? 今日は休みですから、案内してくれたら届けてあげますよ?」
店長が苦笑いを浮かべている。確かに、ノゾム君だけだと重そうだし大変だ。
「私もこの後に予定はないし、付き合ってあげるよ。ノゾム君、今から友達のところに行く?」
「…………」
私が友達の話を聞こうとすると、やっぱり困り顔で黙ってしまうノゾム君。
友達がどんな人か気にはなるけど、これ以上はお節介なのかな。
「じゃあ、せめてノゾム君の家まで運んであげるよ」
「そうですね。僕達が急に押しかけても、お友達を驚かせてしまうかもしれないですし」
私はノゾム君に気を遣って気まずく笑った。店長もそんな私に続くように笑って言った。
だけど、ノゾム君は首を横に振って真剣な眼差しを私達に向けてきた。
「……お姉ちゃん、お兄ちゃん。『秘密』……守ってくれるなら一緒に行こう」
「秘密……?」
私と店長は顔を見合わせた。
もちろん、ノゾム君が秘密にしていることをバラすようなことはしないけど、秘密にしないといけない友達って誰なんだろう。
店長も不思議そうに首をかしげているけど、ノゾム君の秘密を守ると約束して、ノゾム君の案内で街のはずれに向かって歩き出した。
***
住宅地を抜けて、風景は一変した。
そこは私の家からも見える小高い山に登る道。車通りがないのか、アスファルト道に落ち葉が積もっている。道を囲む森は手入れがされてないみたいで薄暗く、ちょっと不気味に感じた。
「ノゾム君……。こ、この先?」
「うん」
ノゾム君は即答してうなずいた。ま、迷いなくうなずかれてもなぁ……。この先に誰か住んでるのかな。
「この先には……確か、あの『幽霊屋敷』があるはずですね」
「ゆ、幽霊屋敷!?
店長、あのとか言われても私には分からないんです。引っ越して来てから私、こっちの方には来たことなくて……。幽霊屋敷ってどういうことですか?」
「僕も花屋で働き始める前のことなので、詳しく知っている訳じゃないんですけど。
この先には一軒のお宅があったのですが、今から六年くらい前にその家に住んでいた独り暮らしの老人が亡くなってしまって、その後、今まで放置されてるんです」
「そ、そういえば、私の家からこの山が見えますけど、確かに中腹辺りに家の屋根みたいな物が見えてたような……」
「今では廃屋になっていて、山の中にポツンと一軒だけあるせいか、いつからか幽霊屋敷と呼ばれるようになってしまったようですね。
その家の老人も、どうやら孤独死だったようで……痛ましいことです」
店長はサラリと説明してくれたけど、最後の孤独死のくだりの説明は聞きたくなかったです……
幽霊なんて信じてないけど、気味悪いものは気味悪い。
「ノゾム君。空き家に友達はいないでしょ? なんでこっちに来たのかな?」
「秘密、守ってくれるんでしょ? 行こう」
と、ノゾム君は先に歩き出す。幽霊屋敷に住んでるから秘密にしてもらいたい人なのかな。でも、それって怪しすぎる気がする。そんな人、ホントにいるんだろうか……
ノゾム君のことが放ってはおけずに、私と店長も先に進んだ。
しばらく歩くと、『ここから先、私有地につき立ち入り禁止』と書かれたフェンスが道路を塞いでいた。そのフェンスの先には幽霊屋敷と呼ばれる廃屋の入り口が見えてる。
フェンスは車止めだけの物で、脇には大人でも簡単に通り抜けられる隙間があった。
「こっちだよ。こっちから入れるんだ」
「ノゾム君、私有地みたいだし、入ったらダメなんじゃないかな……」
「しゆーち……って、何?」
と、思いっきり首をかしげられても困るんだけど。
フェンスは錆びてて、しばらく開け閉めした様子もないから、誰かが住んでる気配もない。だけど、勝手に入ったら不法侵入だよね。これ……
「……えっとね。よそのお家だから、勝手に入っちゃうと怒られちゃうんだよ」
「大丈夫だよ。人は誰もいないから」
「誰もいないって、だって友達がいるんでしょ?」
「うん。だから、こっちこっち」
と、ノゾム君はフェンスの隙間を通り抜けて走り出す。
薄々感じてたけど、ノゾム君の友達って人間じゃないのかもしれない。だったら……?
「警報装置はないみたいですね。あれば警報が鳴って警備アンドロイドが駆け付けてしまいますから」
「ノゾム君一人じゃ危ないから追いましょ!」
私と店長もフェンスを通り抜けて、急いでノゾム君を追った。
廃屋の中に入ると、朽ち果てた建物の不気味さに私は足を止めた。今時珍しい純和風の木造家屋だったみたいだけど、瓦は何枚か落ちて割れてるし、木の柱も歪んだり折れたりしてしまっている。
これじゃホントに幽霊屋敷だよ……と思いながら、私はノゾム君の後を追って庭に向かった。
「あれ……?」
庭に着いた私は、さっきとは違う理由で足を止めた。
建物は幽霊屋敷と呼ばれるくらいなのに、庭は整然と手入れされている。まさかノゾム君じゃあるまいし、一体誰が……
「誰ですかっ!」
一人で考え込んでたら、いきなり店長が叫んだ。私はビクリと体を飛び上がらせて振り向く。
「店長! いきなり大声出さないでくださいよ!」
「あ、すみません。ですが、奥の物置の方に人影が見えた気がして……」
「え……、幽霊とか言わないでくださいよ。こ、こんな昼間から……」
私が恐る恐る物置の方に目をやると、すりガラスの物置の窓の向こうに、確かに人影を見付けた。
「いっ……やぁあっ!」
思わず変な声をあげて、私は店長の背中にしがみつく。
幽霊なんている訳ない! 誰だ出て来い!――と、心の中だけ強気な私は、店長の背後に隠れたまま口をパクパクさせてると、物置の扉が開いて出て来た人影。それは……
「アン……ドロイド?」
私達の前に現れたのは、土や埃で汚れた古いアンドロイドだった。
「コンニチハ。ノゾム」
「こんにちは!」
そのアンドロイドと元気よく挨拶を交わすノゾム君。あのアンドロイド、ノゾム君も覚えているみたい。それは特に驚くことじゃなくて、日本のアンドロイドは型が古くても、何度か会って話をするだけでカメラ認証して、名前と顔くらいは覚えてくれる。
でも問題は、そこじゃない。
「ノゾム君? まさか友達って……」
「うん。こいつだよ」
ニコリと笑うノゾム君。
こいつ……と言われても、そのアンドロイドは少し破れたツナギを着ていて、顔は人間に似せているけど、今、世の中に出回っているアンドロイドほどリアルじゃない。
無表情過ぎるからか、どこか人形のような顔で『動くマネキン』といったところ。
「……かなり初期のアンドロイドね。五〇年製くらいかな……」
私はアンドロイドに近付いて、それをまじまじと見詰めて呟いた。
今年は二〇六四年。もう十年以上前の型式なことはすぐに分かった。このアンドロイドは両親の会社製だし、私も両親と同じアンドロイド技術者になろうと夢見ていた時期もあったせいで、並の人よりは知識がある。
「ツバサさん。見ただけで分かるんですか……?」
「あ……」
そういえば私の親がアンドロイド会社に勤めてるってことすら、まだ店長にも話していないことを思い出した。機械オタクだと思われてないか心配……
「花ヲクダサイ」
「わっ! ビックリした……」
私は決して機械オタクじゃない、って言おうとした瞬間、いきなりアンドロイドに話し掛けられて驚いた。
「花をくださいって、どういうこと? いや、そもそもここって何年も空き家だったのに、なんで動くアンドロイドがいるんだろ?」
「前にボクがここに探険に来た時、小屋の奥で見つけて触ってたら動き出しちゃったんだ。
でも、こいつ凄いんだよ! 動き出したら、すぐに庭をきれいにしちゃったんだ。ボクが来た時は枯草だらけで汚い庭だったんだよ」
ノゾム君の話に私と店長は再び顔を見合わせる。
「なるほど。このアンドロイドは『庭師アンドロイド』なのね」
庭の植木や花壇を整備するアンドロイド。どんな家にも必要なアンドロイドという訳じゃないけど、今は見る影もない廃屋でも、ここは立派な家だし庭も広い。しかも老人の一人暮らしだったなら、いてもおかしくないかも。
「多分、この家の主人が亡くなった時から、ずっと忘れられてて物置で放置されてたのを、ノゾム君が見つけてうっかり起動させちゃったんだね」
「まだバッテリーが残ってたんですね。何年も可哀想に……」
可哀想――店長は寂しそうにそう言った。
店長は優しい人だし、そう思うのは当然なのかも。でも、私にはアンドロイドはアンドロイドにしか見えない。冷たい機械にしか……
「ちゃんと花壇も整備されてるようですね。そういう設定のままなんでしょうか……」
「ボクね、こいつが花壇まで作って花を育てたそうにしてたから、花を買いに行ったんだよ。何もなくて寂しそうにしてたから、花をあげたら喜ぶと思ったんだ!」
「それなら、ノゾム君。早速、持って来たガーベラを植えてもらいましょうか」
「うん!」
店長とノゾム君は楽しそうに会話している。でも、私は複雑な気持ちを胸に抱いたまま、その場に立ち尽くしていた。
苗を渡すと、アンドロイドは手際よく花壇にそれを植え始めた。古いアンドロイドで無表情なのが怖いけど、そのアンドロイドの手際に感心しながら、店長もノゾム君も楽しそうだ。
「ノゾム君、このアンドロイドには名前を付けないのですか?」
「名前……?」
「て、店長。捨て犬じゃないんですから」
店長の提案に思わず笑ってしまった。ノゾム君すら戸惑ってる様子。
「ですが、こいつとかアンドロイドと呼び続けるのも大変でしょう? だったら名前を付けてあげればいいと思うんですよ」
「そっか。だったら、お兄ちゃんが付けてあげてよ。ボク、いい名前思い付かないし」
「え……えっと……」
指名されて困り顔の店長は、その顔を私に向けた。
「ツバサさん、何か思い付きませんか?」
「言い出しっぺは店長なのに、いきなり私に振るんですか!?」
「こういうことは女の子の方が得意かな、と思いまして」
「関係ないですから!」
「ねぇ、お兄ちゃんでもお姉ちゃんでもいいからさ、ケンカしないでよ!」
二年生のノゾム君に仲裁されて反論できずに縮こまる私と店長。
仕方ない。ここは少し考えてあげよう……と、アンドロイドを見れば、無表情で私を見下ろしてる。こ、怖い……
「うーん……
そうだ、店長。希望って英語で『Hope』ですよね?」
「ええ。そうですけど……ああ、もしかして――」
私の案を察して店長は笑顔になった。
「じゃあ、このアンドロイドの名前は『ホープ』でどう?
希望を英語でホープっていうの。ノゾム君と同じ名前だよ?」
「ホープ……ボクと同じ名前? なんか変な感じ。
でも、それならホープがいい。希望って、いいことがありますようにってことなんでしょ?
ガーベラが咲いて、ホープにもいいことあるといいなぁ」
ノゾム君はニッコリと満面に笑みを浮かべた。
ノゾム君の頭を撫でながら「きっと希望は叶いますよ」と微笑む店長に、私も思わず笑顔になった。
結局、店長達のペースに乗っかっちゃったけど、ノゾム君のその笑顔を見たら、私はもう何も口を出せなかった。
***
――帰り道。私と店長はノゾム君を家の近くまで送り、私達も店の方に向かって並んで歩いていた。
「楽しそうでしたね、ノゾム君。あの蕾のガーベラがいつ咲くか、とても楽しみにして」
店長はニコニコしながらそう言った。私も笑顔でうなずいて応えたのだけど、店長の表情が曇った。
「ツバサさん? どうかしましたか?
さっきからずっと浮かない顔してますが……」
「え、あ……いや、ノゾム君のことを止めなくて良かったのかなって。
ノゾム君みたいな小さい子が一人でアンドロイドと遊ぶなんて、何か事故があってもいけないし……」
「アンドロイドは危険ですか?」
「いえ。使い方を間違えなければ、アンドロイドほど人間の役に立つ道具はないですよ。それは間違いないです」
「役に立つ道具……」
一瞬、店長が悲しそうな目をした気がした。その理由は分からないし、私の思い込みなのかもしれない。
私は続けて自分の意見を伝える。
「でも、役に立つ道具だからこそ危険なことだってあるんです。自動車だって車検とかあるじゃないですか。古くなった機械って危険なことも多いんですよ」
「そうですね……。それは僕も分かるのですが、アンドロイドに花を贈ろうとしたノゾム君の気持ちも大切にしてあげたいと思ってしまって」
店長の言う通りノゾム君の優しさは素敵なものだと私も思う。
だけど、相手が機械であることには変わりない。機械は設定された通りに動いてるだけで、その優しさに応えてくれることもないはず。それは、最終的には虚しいだけなんじゃないのかな。
私はそう思って店長に言う。
「危険だけじゃないんです。あのアンドロイドもたまたま残ってたバッテリーで動いてるだけだし、あのままいつまで動くか分からないんです。
もし動かなくなった時、そんな優しいノゾム君だったらどう思うのかなって……」
「ツバサさんも優しいんですね」
店長が優しい笑顔でニコリと笑う。私は照れくさくて顔が熱くなった。
でも、私は優しいんじゃない。怖いんだ。優しかったサトルさんのように、ノゾム君にも何か起こってしまうんじゃないかって。アンドロイドに漠然とした不安を感じている。そんなのただの八つ当たりなのに……
店長の優しい笑顔が痛くてショックを受けていた私は、言葉が続かずに黙ってしまった。しばらくそのまま歩いていると、店長が口を開く。
「――でも、僕は思うんですよ。アンドロイドにだって心は届くんじゃないのかな、と」
「え? どうしてそう思うんですか?」
店長の不思議な考えに、私は首をかしげた。
店長はためらいもなく答える。
「だって、アンドロイドだって花を育てて咲かせられるでしょう? 花が好きな人に悪い人はいませんよ」
「いや、それは……」
それはそういう機能設定されてるからで、好きとか嫌いとかは関係ない――と言い返そうとした私が店長を方へ目をやると、店長は屈託のない笑顔のままだ。
「ね? ツバサさんもそう思うでしょう?」
不思議な、というか……変な人だ。率直にそう思ったけど、なんだかおかしくてたまらない。アンドロイドが嫌い怖いと、くよくよ悩んでる自分が後ろめたくなるほどのまっすぐさだ。
「店長ってば、いつか悪い人に騙されちゃうんじゃないですか?」
私は笑うのをこらえてそう言った。
「……そうですかね?」
「そうですよ。ほとんど初対面の私にだって店番頼んだり……
実はしっかりしてそうで危なっかしいタイプですか?」
「ははは。そうかもしれませんね」
……否定しないんだ。と思うと我慢も限界を迎えて私は吹き出す。
「ほ、本当に大丈夫ですか。もうっ……
でも、店長って花のことは好きそうですね。あんな室内庭園の世話までしてるなんて驚きました。だから、ノゾム君のことも気にかけてあげたんですか?」
「花を好きな人が好きなんですよ。花を見て優しい気持ちでいられる人を、ずっと見ていたいんです」
ああ、なるほど。そういう意味でも花屋をしてるのかな。だけど、それだけじゃない……この人の思いは、もっと強い気がする。
漠然とそう思うのは、やっぱり店長がどこかサトルさんに似てるから? そういえば、私はまだ店長のことは何も知らないんだな……
「――もう仕方ない。こうなったら私の負けです!
私、時々様子見に行ってみますよ。危なかったら止めますから、それで私も安心です」
「僕も休みの日には行ってみますよ。すぐ近くですからね」
結局、店長に丸め込まれた気がするけど、私も少し気になりだしていた。アンドロイドが好きとか嫌いとかではなくて、アンドロイドが咲かせる花に……




