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――夢を見た。
あれは何歳の誕生日だったかな。サトルさんが一日遅れで私の誕生日を祝ってくれた。仕事でどうしても誕生日当日に帰って来れなくて、サトルさんは何度も何度も私に謝っていたけど、私は気にならなかった。
サトルさんは、誕生日プレゼントに花束をくれた。たくさんの『ガーベラ』の花の花束だった。その花束がとても綺麗だったから、たとえ一日遅れでも私は嬉しかった。
私が「ガーベラってどんな花?」と聞くと、サトルさんは笑顔で答えてくれた。
――ガーベラは『希望の花』なんだよ――
……あれ? なんで希望の花なんだっけ。そう自分に尋ねた瞬間、その夢は覚めてしまった。
***
十六歳になった私は『フラワーショップ・サクラ』の店員として、新しい生活を始めた。
平日は夕方から、土日は午前中や午後も働く予定。今はまだ春休み中なので、平日でも午前中から働いている。
お店の裏手には、お店と繋がる形で店長の家があって、そこで一人暮らしをしているそうだ。
お店の花は変わらず鮮やかにお客さんを待っている。
「ありがとうございました! また、お待ちしてますね!」
レジからお釣りを返して、私は元気よくお客さんを見送った。お金の扱いは緊張するけど、慣れてくると楽しい感じ。
――と、何気に店先の方を見た私は気付く。
さっきから男の子がチラチラとこちらを見ていた。歳は七、八歳くらいの男の子。小学生低学年くらいかな?
大きく丸い目がクリクリしてて可愛いのに、眉毛は困ったように八の字で、少し気になった。
さっき出て行ったお客さんが店に来る前から、あの男の子はずっと店の前にいた気がするけど、お父さんやお母さんが近くにいる様子はない。
私はレジから出て、その子に近付いた。
「いらっしゃい。君、一人?」
「…………」
その子は私を鋭い目で見詰めながら、無言でコクリとうなずいた。
す、凄い警戒されてる。人見知りなのかな……
「えっと、何かお花が欲しいのかな?」
「…………」
私が笑顔で尋ねても、男の子は私を見詰めたまま無反応。むしろ、にらまれてる。
困った……。人見知り全開だ。今は他にお客さんはいないからいいけど、ずっとこうしている訳にもいかないよね……
「――ツバサさん? どうかしましたか?」
奥から店長が出て来た。困り果てていた私は店長にすがる。
「この子、常連さんですか? 一人みたいで、しばらく店先で花を見てたんですけど……」
「ああ、斎藤さんの……えっと、ぼく、お名前は何だったかな?」
常連さんという訳ではなさそうだけど、店長はこの子を見たことがある様子。
店長の問いかけに男の子はぶっきらぼうに答える。
「ノゾムだよ」
「ノゾム君ね。一人で来たの? 何年生?」
「うん……一人。もうすぐ二年生だよ」
男の子――ノゾム君は恥ずかしそうにモジモジしているのが何とも可愛らしい。私の顔は見慣れてないだろうから緊張させちゃったのかも。
とりあえず、この春から小学二年生になるなら、やっぱり七、八歳のようだ。
「いつもはお母さんと一緒に来ますよね。今日は一人でお花を買いに来てくれたのかい?」
「……うん……」
赤面したままひどく緊張しているノゾム君が、店長に頭を撫でられながらうなずいた。
「もしかして、おつかい? えらいね。ノゾム君」
「それなら、お店の中で好きなのを選んで下さい」
と、店長と私はノゾム君を店に招き入れようする。だけど、ノゾム君は何故か直立不動。
何か入れない理由があるのかな、と考えた私は思い付いた。
「ノゾム君、どうしたの?」
「おつかいじゃないんだ。ボクが欲しいの。
これで……買える? 庭に植える花……」
と、ノゾム君が私の手のひらに小銭を出す。ほとんど十円玉で私はゆっくり勘定すると……
「百二十五円……か」
私は困った顔で店長の方を見た。
一輪の花なら買える物はあるかも知れないけど、ノゾム君は今、庭に植える花が欲しいって言っていた。ということは、花壇に植える苗のことだと思う。この金額じゃあ、種でも買えそうにない。
私の動揺を察してしまったのか、ノゾム君はうつむく。
「今はおこづかい、これだけしか残ってないんだ……」
「あ……えっと、私もおこづかいは使い果たしちゃうから、同じだね……」
って、そんな話をしてる場合じゃないよね……
「花をお庭に植えたいの? ノゾム君が育てるのかな?」
「ううん……」
首を小さく横に振って、ちょっと迷ってからノゾム君はもう一度口を開く。
「友達が……植えて育てたがってるんだ」
「え?」
緊張したままのノゾム君は、片言でしどろもどろにしゃべっていたけど状況が分かってきた。
ノゾム君は、友達にプレゼントするために花の苗を買いに来たんだろう。だけど、お金が……
「店長。どうしましょ……?」
「そうですね。お店の花をそのままあげることはできないのですが……」
しばらく考えて、店長は何か思い付いたのか、体を屈めてノゾム君に笑顔を近付けた。
「そうだ。ノゾム君、今度の水曜日にもう一度来てもらえますか? 時間はいつでもいいですから」
「あれ? 店長、水曜日って定休日ですよ?」
「いいんですよ。お店が休みだから、連れて行きたい場所があるんです」
言っていることは全く分からないけど、店長はニコニコ笑ってる。もちろん変なことは考えてないとは思うけど、どうするつもりなんだろう……
「お花、くれるの?」
「ええ、僕が育てている花でよければ、少し分けてあげますよ」
「ホントに! お兄ちゃん!」
ノゾム君の表情が一気に明るくなった。だけど、店長って自分でも花を育ててたんだ。でも、店の裏手にある店長の自宅の庭には、花が咲いてる感じじゃなかったと思うけど。
店長は申し訳なさそうに続ける。
「だけど、ここにある花じゃないから取りに行かないといけなくて、今日はまだ仕事もあるからすぐには無理なんです。
今度の水曜日でも大丈夫かな、ノゾム君?」
「うん! 大丈夫!
じゃあ、また来るね!」
元気よく手を振って帰っていくノゾム君に、私も慌てて手を振り返す。
「あ、ノゾム君、一人で大丈夫? 気をつけてね!」
人見知りの緊張も吹き飛ばして、ノゾム君は元気よく走っていった。感心するほどしっかりした子だなぁ。
「ところで、店長。どこで花を育ててるんです? すぐに渡せないってことは、店の裏のご自宅でじゃないですよね?」
「ええ。僕が育てていると言うか、この店のオーナーが育てている花なんです。
趣味で育てている花ですし、そこの花なら代金を頂く必要もありませんから」
店長の案に「なるほど」とうなずく私。
そういえば、この店のオーナーさんには会ったことがないな。店長がどんな花を育ててるか気にもなるし……
「今度、私もお付き合いしていいですか?」
「ツバサさん、学校は?」
「今度の水曜日なら、まだ春休み期間中ですから。入学式は週末なんです。だから、いいですか?」
「はい。それなら、お待ちしていますね」
店長は私にもニコリと笑って答えてくれた。
やったー。休みの日でも遊びに来れる!
「……と、今日はまだ仕事仕事」
浮かれる気持ちを抑えて、私は水曜日を楽しみにしながら仕事に戻った。




