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――あれから数日。正式じゃないけど、この店の店員になった私はレジ操作など、基本的な知識を教えてもらっていた。お店のエプロンも着させてもらって見た目は店員さんになれた。まだ研修も始まってないけど、研修の研修として無理に頼んだ結果です。
そんな中、私はふと呟く。
「店長。それにしても……毎日毎日、お客さん来ないですね」
「うっ……」
レジ操作を教える店長の手がピタリと止まる。
今日も開店から一時間程経つけど、お客さんは一人も来ない。
丸一日かけて一人も来なかった日はなくても、連日そんな感じで、来るお客さんはほとんど常連客ばかり。
「今日も坂下さんは来てましたけど、店長と話をするだけって感じなんですね」
常連客のお婆さん、坂下さんは開店間際によく来られて、もう私とも顔なじみになってる。時々は園芸用の苗とか肥料を買ってくれるみたいだけど、大抵は世間話するだけのことが多いみたい。
「話し相手にしてくれるだけでも、僕は充分ですけどね。
お客さんが少ないのは、いつもこんなものですから……」
「やっぱりインターネット通販が主流だからなんですか?」
「そうですね。お墓参りなどでもインターネットで注文すれば、時間に合わせてお墓に花を供えておいてくれるサービスとか、色々便利ですからね」
「便利だけど、それってどうなんだろ……
親しかった人のお墓なんだし、気持ちを込めて自分の手で供える方がいいと思うんだけどなぁ」
私は思わず苦笑する。店長も同じ意見なのか、私と一緒になって苦笑いを浮かべていた。
「ところで、このお店は長いんですか?」
「ええ。もう五年近いですね」
「五年……。店長って何歳なんですか? 若そうですけど……」
「三十歳ですが……」
「えっ」
まさかの三十路。二十代半ばだと思ってたのに、見た目ならサトルさんよりもだいぶ若く見える。
「ご、ご結婚は?」
「いえ。独り身ですよ」
あれ、意外だな。と私が失礼ながらに思っていると、店先から聞き覚えがある声が響く。
「ごめんください。あら? お嬢ちゃん」
「あ、畠さん。いらっしゃいませ!」
店にやって来たのは、この前出会った常連客の畠さんだった。
畠さんはエプロン姿の私を見てニコリと笑う。
「お店のエプロンをしてるってことは、お店で働くことになったのね」
「はい! 店長にちょっとワガママ聞いてもらいました。
私、御崎舞羽です。よろしくお願いします!」
張り切って勢いよく頭を下げた私に、畠さんもゆっくり頭を下げる。
「ツバサちゃんね。こちらこそよろしく。
良かったじゃないの、店長さん。こんな可愛らしい子に来てもらえて」
「ええ。それはもう助かってますよ」
店長も笑顔で返事をしてるけど、まだ私は研修の研修中みたいなもの。
「まだ正式に店員じゃないんです。
でも、明日の誕生日で十六歳になるので、それから今まで以上に頑張ります!」
「あら。それはおめでとう。じゃあ、今年高校一年生? うちの息子と同い年ね。
あのやんちゃ坊主と同い年とは思えないくらいしっかりしてるわね……。爪のアカを煎じて飲ませたいわ」
肩を落として頭を抱えている畠さん。息子さんがいたんだ。だけど、どんだけやんちゃ坊主なんだろう。
「ところで、今日は何をお求めですか?」
「今日はこの前の予約の花束を取りに来たのよ」
畠さんのその言葉を予測していたのか、店長は既に奥へ下がっていた。
「はい。準備出来ていますよ」
奥から出てきた店長の手には、白いガーベラと白いスイートピー、その周りに霞草が束ねられた花束を抱えていた。明らかに白色を基調とした花束だった。
「この前、お彼岸もありましたし、菊は外してしまったのですが、よろしかったですか?」
「ええ、大丈夫よ。
それから、そこの白いチューリップも頂こうかしら。とても春らしいものね」
「はい。チューリップはツバサさんのオススメなんですよ。では、こちらも包んで来ますので少しお待ち下さい」
と、店長は笑顔でチューリップを手に取ると、私の時と同様に手際よく巻いていく。
慣れたその手つきをじっくり観察するように見入る私に、畠さんは耳打ちをする。
「――彼、カッコいいでしょう? いつも笑顔だけど、花を包む時とかに時折見せる真面目で真剣な顔もいいわよね? 見入っちゃうのも無理はないわ」
「え……ええ!?
私は、ただ私も早く店長みたいに、手際よく花束を作れるようになりたいと思ってただけです!」
必死に反論してみても、畠さんはクスクスと笑うだけだった。結構イジワルな人だ……
でも、花束を作るのは見た目ほど簡単なものじゃない。ちょっとだけやらせてもらったけど、丁寧にしようと意識すれば、時間ばかりかかってしまう。逆に、急げば簡単にバラけて見た目が悪くなってしまったり……
今の私は、持ち帰り用の古紙に巻くのだってアタフタしてる状況で、花束を作れるようになるなんていつになることやら。
でも、せっかくの綺麗な花を包み方で台無しにしちゃう訳にはいかないから、店長だって真剣にもなるよね。
「……真剣な顔か……」
最終的に私は、そんな店長の横顔を眺めてしまっていた。
――そして、出来上がった白い花束を私の扱うレジで清算した畠さんは、ニコニコしながら手を振って店を後にした。
私も手を振って見送った後、店長に気になったことを尋ねる。
「畠さん、白いお花が好きなんですか?」
「ええ、それもあるのですが……、これからお墓に参られるんですよ。
旦那さんが亡くなられて今年で丁度十年のようで、今年は月命日である一日に毎月お墓参りされてるようなんです」
「それで白いお花を……
あ、だからこの前の彼岸とか話してたんですね。でも、お墓参りに花束なんですか?」
お墓参りに行くなら、普通は左右対になるように花を用意するはず。でも、畠さんが持っていったのは一つの花束だけだった。
「今は都市部に住んでいる人は、お寺に墓地や墓石を持っている方は少ないのではないでしょうか。
畠さんも国営の共同地下霊園に行かれているみたいですし」
そういえば、墓地が空いてなくて土地代だけも相当するんだっけ。だから、カプセルホテルのように限られたスペースに、大勢弔ってる地下霊園があるって聞いたことがある。
参拝室で名前を入力すると、位牌とお骨が機械に運ばれて出て来るっていうシステムで……
「全館機械制御の地下霊園ですよね」
「ええ。あそこは豪勢に花を供えられる訳ではありませんので、小さい花束を持って行くんです」
「土地や管理するお寺が、今のこの街に不足してるのは分かるけど、お墓まで機械化しなくても……
何でもかんでも機械機械って、便利なのは分かるんだけどな」
私はウンザリして頭を抱えた。たとえ、墓地と墓石を持ってても、さっき話した通り、お花はインターネット通販で頼んで業者に飾ってもらうんでしょうけど……
「それでも良いところはあるかもしれませんよ? お墓に供える花は、菊や白色でなければならないという訳ではないですが、あまり派手な色の花や匂いの強い花も向いていませんから。
それにスイートピーやチューリップのように、毒がある花も避けないといけないようですし」
「えっ、スイートピーとチューリップって毒があるんですか!?」
「ええ。あまり気にする程ではない毒ですけどね。観賞するだけなら何の問題もないですよ。食用のチューリップもあるので、全種類に毒がある訳でもないですし。
ただ、そういうお墓にそぐわない花を供えていると、周囲のお墓の持ち主に怒られてしまったりすることもあるでしょうね」
驚いた。綺麗な花にはトゲがあるとはいうけど、毒もあるんだ。意外だな……
ポカーンと口を開けている私に、店長は話を続ける。
「その点、地下霊園は完全個別ですからね。
お供えのお花は、結局のところツバサさんが言った通り、お参りする人の気持ちが込められた花なら、故人には何でも喜んで頂けると思いますから。
好きなお花を心置きなく供えられる利点は、地下霊園の方があるかもしれませんよ?」
『物は考え様』――と、店長はそう言ってくれたような気がした。機械に囲まれているのは少し冷たい印象があるけれど、死んでしまった人を思う気持ちは、どこであっても何も変わらないのだと……。
***
――その日の終わり。帰り支度をしている私の所に店長がやって来た。
「ツバサさん。明日は誕生日ですね。
店も休みですから、お友達やご家族の皆さんとゆっくり過ごして下さい」
「ありがとうございます。店長」
いや、むしろお店に来たかったんだけど、まさか定休日だなんてツイてないなぁ……ちょっとガッカリ。
「これは、あまり大した物ではないのですが……、お誕生日おめでとうございます」
と、店長が取り出したのは、ピンクのバラの花束だった。
思わず無言になって呆然とする私。まさかプレゼントを用意してくれているなんて思ってもなかったから。
反応がない私に店長は少し戸惑った様子を見せた。
「あ、あの……バラの花束なんて、ベタ過ぎましたか?」
気まずそうに苦笑する店長に、私は慌てて首を横に振る。
「とっ、とんでもないですっ! ビックリしちゃって。ありがとうございます!」
「ツバサさんは桃色が好きなんだろうと思ってこの色にしたんですよ。気に入ってもらえて良かったです」
と微笑む店長から花束を受け取ると、私の心も華やいでいく。
「本当に、本当にありがとうございます」
人生で一番嬉しい誕生日だと浮かれて、私はもう一度店長にお礼を言ってお店を後にした。
――軽やかな足取りのまま自分の家まで帰ってくると、私は玄関先で立ち止まり、胸に抱いた花束をもう一度見下ろした。
この数日だけでも、店長の人柄がよく分かった。困っている人には花屋の仕事に関係なくても手を差し伸べて、もちろん、お花を買ってくれた全てのお客さんに気持ちよく接していた。
常連のお客さんだって、店長のそんな人柄を好いているんだと感じた。
出来すぎたいい人だ。たった数日で全てを知った気でいる訳じゃないけど、それでも、それが本当に店長の性格なんだろうと思っている。
優しい人だもん。好かれて当然だよね――と思えば思うほど、もっともっと彼のことを知りたいという気持ちが募っていく……。
「店長って、やっぱりサトルさんに似てるかな……」
花束をもらって感じた懐かしい気持ちと優しい気持ち。店長と一緒にいて感じるのは、サトルさんと一緒にいるような空気だ。もう一度花束をながめると、その花の香りが鼻を撫でて心に優しい思いがあふれ、知らず知らずに私は微笑んでいた。
そして、私は玄関の扉に手を伸ばす。すると、声はすぐに返ってきた。
「オ帰リナサイマセ。オ嬢様」
と、片言の言葉で出迎えたのはアンドロイド。家事専門の家政アンドロイドだ。
「……ただいま」
私は無愛想にそう答えた。
私の両親は、父も母も大手アンドロイド会社に勤めてる『アンドロイド技術者』。特に『人工知能』開発の分野では日本では随一で、ちょっとした有名人だった。
だけど、その分仕事は忙しく、私はアンドロイドだらけのこの家に独りで暮らしいる。
確かにアンドロイドが掃除や洗濯など、家事全般をしてくれてるし、家の警備も私の世話も徹底してくれている。普通に見知らぬ人間を家政婦として雇うよりは確実で安全だと思う。だから、アンドロイドに囲まれた生活にはもう慣れていた。でも、その分、両親との距離は離れていくばかりで……
結局、両親は中学の卒業式にも来てくれなかったし。そして、多分明日の誕生日も――
「オ嬢様。オ誕生日オメデトウゴザイマス。オ父様、オ母様カラノプレゼントデス」
と、私に綺麗な包装紙に包まれて、赤いリボンとバースデーカードが付いている箱を差し出すアンドロイド。
「……ハァ。せめて明日渡してよ。どうせ忙しくて設定間違えたんだろうけど……」
無駄に大きく溜息をついて、私は頭を抱えた。思った通り、明日は帰って来ない様子。
アンドロイドは機械なだけに設定通りにしか動かない。設定を間違えたとしても「お嬢様の誕生日はその日ではないのでは?」などと問い返すこともしない。
そんな心のないアンドロイドは好きではないし苦手だ。だけど、仕方がないことだと諦めてしまっている。そして私の両親やアンドロイドに対する感情は、冷たく無関心になっていくばかりだった。
「こうやって、いつの間にか平気になっちゃうんだろうな……寂しいことにも親に無関心になってくのも、何もかもが」
私の吐いた愚痴の意味が理解出来なかったのか、アンドロイドは「モウ一度オ願イシマス」と聞き返してきた。当然それを無視した私は、嫌々、そして渋々アンドロイドからプレゼントを受け取って二階の自分の部屋へかけ上がった。
勉強机の上に両親からのプレゼントとユージンさんからの花束を置くと、プレゼントの方に何とも興味がわかない自分に気付いた。受け取らなければいつまでもアンドロイドに付きまとわれるから受け取っただけで、最初から封を開ける気はなかった。
少し寂しい気持ちで花束を眺めていると、思い浮かんだのはサトルさんの顔だった。
「……サトルさんか……」
ずっと続くと感じていたサトルさんとの時間は突然奪われた。何か寂しい思いを感じると、いつもサトルさんのことを思い出してしまう。
「ずっと続くって、思っちゃダメなのかな……店長との時間も……」
サトルさんと店長が似ていると思えば思うほど、漠然とした不安が生まれてしまう。
「ああ……ダメだダメだ。こんな後ろ向きなこと考えてても仕方ない!」
気持ちを前向きに奮い立たせるためにも、私は自分の両頬を軽くパシパシと叩く。
店長はサトルさんじゃない。店長は、ただ優しくて素敵な人。それでいいじゃない。今は、それだけで……




