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「心に花を」  作者: 長坂 オウ
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1-1

 ――西暦二〇六四年、三月末。




 私、御崎舞羽ミサキ ツバサは、来月には高校一年生になる。

 今は春休みで、少し伸びていた髪を肩まで切った後、友達のユミと何となく隣町まで遊びに行った帰りだった。

 今時、髪も染めちゃいけない校則がある学校じゃなきゃ、もっと髪の毛いじれるのにねぇ……とか、他愛ない話をしつつ、ユミと別れた私はタクシーに乗り込んだ。

 そのタクシーの窓の外には、整然と並んで車が行き交い、赤信号で車が止まれば今度は横断歩道を人間が行き交う。

 ――いつもの見慣れた街の見慣れた風景。いつもの変わらない日常。


「あ、コンビニの前でちょっと止まって」


 私は運転席の方に向かって叫んだ。運転手はいない(・ ・ ・)

 でも、タクシーはちゃんとコンビニの前で止まった。


「途中下車ノ際ハ乗車券ノ提示、アルイハ、ココマデノ運賃ヲ、オ支払イ下サイ」


 思いっきり機械的な音声が返ってくる。私は定期券電子カードをタッチパネルに当てて、同時に開いた扉からコンビニの駐車場に降り立った。

 今の自動車は自動運転が当たり前。行きたい所を言えば、レールを走る電車のように道路を進んで、目的地まで安全に運んでくれる。お陰で交通事故もほとんどなくなった。時々システムエラーで事故を起こす車はあるんだけどね……

 そんな『機械』の発展で世界は変わろうとしていた。特に『人造人間アンドロイド』が誕生してからは、日本の風景は一気に変わっていった。


「イラッシャイマセ。温カイオ飲ミ物ハ、袋ヲオ分ケ致シマショウカ」


 コンビニで冷たいジュースと温かい紅茶を一緒に買おうとした私に、店員のアンドロイドが話し掛けてきた。


「温かいのはすぐに飲むから一緒でいい」

「ハイ。カシコマリマシタ」


 無愛想な私の言葉に嫌な顔一つせず、店員のアンドロイドは商品をササっと袋に詰めていく。

 黙って立っていればほとんど人間と区別が付かない見た目だけど、アンドロイドに『ココロ』は無い。感情も無い。そのせいで、いざ会話してみれば人間の姿をした化け物みたいで、不気味さが割増な感じ。

 どこのコンビニも店員がアンドロイドってことじゃないけれど、最近は高性能アンドロイドも安くなってきて、コンビニの店員ですら人間ではなくなってる。

 アンドロイドの人工知能は人間を超えてるし、過酷労働させても文句は言わないし、休まないしサボらない。支払うお金は本体購入のローンかレンタル料だけで格安だし。これじゃアンドロイドが増えるのも当然よ……

 見慣れた街の見慣れた風景は、いつの間にかそんな『機械』に支配されていて、そこに住む人間までどこか機械的感じた。皆が皆、心が無いアンドロイドに見えてきて仕方なかった。


「……これが当たり前って、思いたくないんだけどなぁ……」


 三月末でも少し肌寒い風が吹く駐車場で、温かい紅茶を一口飲んで、私は声を漏らした。

 私は、こんな人の心もぬくもりも感じられない機械的な風景はあまり好きじゃない……何だか窮屈で冷たい感じがするから。

 ――とか思ってても、私もアンドロイドがいなければ生きていけない、この街の住人なんだけどね。

 それが今の私と、私達のいつもと変わらない日常。ちょっと寂しくて、ちょっとつまらない日常だった。




 ***




 ――コンビニから私の家に向かうタクシーの窓の外に緑の木々が見えた。そこはうちの近くの公園。

 この街に緑は増えている。大昔、コンクリートジャングルなんてジョークがあったみたいだけど、その頃より自然は増えていると思う。でも、その管理をしてるのもやっぱりアンドロイドで……

 機械的に整備されて、やたら整然としている公園の緑をぼんやり眺めていると、その先に淡いピンクの一角を見付けた。

 そこには満開の桜が咲いていた。


「あ……。ここでいいよ。停めて、降ります」


 それはちょっとした思い付き。桜は今しか見られない物だし、あまり深い意味はなく、ただ見てから帰ろうと思った。


「オ降リノ際ハ――」

「あー……はいはい。さっさと降ろして」


 機械的な返事の途中で、私は強引に定期券をタッチパネルに押し付けた。

 返事は強制終了されて、ガチャリと開いた扉からすぐに降りる。


「車内ニ、オ忘レ物ノ無イヨウ、ゴ注意ク――」


 まだ何か言ってるけど、もう、無視無視。

 私は公園の桜に向かって駆け出した。




 公園の中には誰も居ない。あんなに桜が咲いてるのに、もったいないなぁ……


「……わぁ。やっぱりいいなぁ……桜」


 私は空を薄紅色に染める花を見上げた。自然と笑みと言葉がこぼれる。無駄にクルリと一回転ターンしてみたり……

 この桜だってアンドロイドに管理されている物だけど、桜は生きているぬくもりを感じる。一番強く春を感じるこの花は、温かく素敵で少しはかなげで、見ているだけで――


「見てるだけで優しくなれ……る?」


 誰も居ないと思ってた公園の中に、ふと、人の気配を感じた。周囲を見渡すと、少し離れた桜の下に一人でたたずむ男性を見付けた。

 やばっ……今、一人ではしゃいでたの見られたかも、と桜の幹の後ろに急いで隠れる私。

 でも、男性は私に気付いていない様子で桜を見上げていた。

 その人は背の高い――一八〇センチくらいかな? 外国人のような赤毛で短髪。健康的な小麦色の肌。鼻筋が通った、まさに絵に描いたような端整な顔立ちのイケメン。歳は少年でもなくおじさんでもない、二十代半ば……だと思う。

 緑色の作業用エプロンを着ていて、土が付いた手袋もしている。何かの作業着? 普段着ではないみたい。

 そして、何より印象に残ったのは――


「……優しそうな人……」


 思わず声に出してしまうほど、その人は優しく頬笑んでいた。まるで桜の木の言葉が聞こえているかのように、静かに薄紅色の花をでていた。

 私はその人に釘付けになっていた。何故かは分からないけど、それ以上声も出せず、動くこともできず。気付けば、その人は公園の裏手の方へと姿を消してしまっていた。

 声かけてみればよかった。いや、いきなりだと変かも。もし悪い人だったら……いやいや、あんな顔で桜を眺めてる人が悪い人な訳ないよ。絶対に。

 ――って、幹の後ろで自問自答を繰り返していた私は、ふと現実に戻る。

 公園の外、大通りに面した歩道には、ここの桜には目もくれずに歩き続ける人達が見えた。

 ここは花見スポットじゃない、大きな街の小さな公園の一角。毎年毎年当たり前のように咲くこの花に、誰も一欠片ひとかけらの興味も示さずに過ぎ去っていく。

 私は少し悲しくなって呟いた。


「……やっぱり、『あの人』は優しい人だよ……」


 立派に咲いたこの花に気付いて、優しく見上げていたあの人は違う――そう思いたい。あの人の微笑みを、優しさを確信に変えたい。けど、声はかけられず、どこの誰だったのか……

 ほんの少しだけ残念な気持ちを胸に、私は公園の桜に別れを告げて、春の甘い香りがする風を感じながら、ゆっくり歩いて家に向かった。

 さっきまで感じてた物寂しさはどこへやら、もう体も心も軽やかだ。機械だらけの冷たい都会の真ん中で、あんな人に出会えただけでも、私の心は一気に晴れていった。




 ***




 ――二日後、私は同じ公園を通りかかった。

 またあの人がいないかなっと、淡い期待を胸に桜の方へ目をやっても、その期待は叶わなかった。

 そして、目にまる桜の花の変化。


「もう散り始めてる……。ここ二、三日暖かかったしなぁ……」


 桜の花の寿命は短い。温暖化のせいなのかわからないけど、最近は三月の半ばに咲き始めて末頃には散ってしまう。儚いからこそいいのかも知れないけど、どうせなら一ヶ月くらい咲いてくれてたらいいのに。

 直後、冷たい風が吹き抜けた。空にはネズミ色の雲が伸びている。さっきまで暖かかったのに……

 天気が悪くなる――そんなことを直感した時、目の前に閃光が輝く。


「……へ?」


 マヌケな声を漏らした瞬間。体が飛び上がる程の轟音が響いて、一気に雨が降り出した。


「か、雷っ!? 嫌っ、ちょっと待っ――」


 焦る私を、また閃光が照らして、すぐに雷の轟音が襲う。

 家の中ならまだしも、外にいて雷は怖い。私は一目散いちもくさんに駆け出した。

 家まではまだ少し距離があるのに、雨は強さを増すばかりで、雷も鳴り止まない。こういう時はコンビニかどこかの店で雨宿りさせてもらうしか……


「あ……あれ? ここどこ……」


 たどり着いた閑散かんさんとした住宅地。近所の公園から来たのだから、ここも近所のはずなのに見覚えがない……

 テキトーに逃げ回ってた訳じゃないけど、どこかで道を間違えて変な所に出ちゃったのか、辺りを見回しても薄暗いし、雨も降ってるし雷も鳴ってて落ち着かない。

 私は当てもなくまた走り出す。とにかく雨宿りができる場所を見付けないと。

 そして、目の前に住宅ではない建物を見付けて飛び込んだ。


「……ああ。サイアク……天気予報は晴れだったのに、何よ、もう……」


 息は切れるし、濡れて寒いし、雷は鳴り続けてるし……サイアク真っ只中。

 前髪からしたたる雨水を手で拭いながら、それでも少しは落ち着いて、ようやくここが何の店か気付いた。

 あまり広くはないけれど、ずらりと並んでいるのは『花』だった。菊、チューリップ、スイセン……他にも目移りしてしまうほど綺麗な花が、ガラスケースの中に咲いている。


「ここって……花屋さん?」


 ちょっと店の外に顔を出して確認してみると、店の看板が見えた。その看板に書かれたアルファベットを読む。


「フラワーショップ……サクラ?」


 花屋さんには間違いなさそうだけど、こんな所に花屋さんなんかあったんだ。本当に来たことがない方向へ走って来てしまったのか、キツネにだまされた気分。

 店にはお客さんも店員さんもいる気配はなく、ガランとしていた。開いているんだから誰もいない訳はないだろうと、私はゆっくり店の奥へ足を踏み入れた。

 でも、数歩歩いて目の前に一つの花を見付けた私は、思わず足を止めた。それは剣のようにとがった葉と、王冠のように誇らしく大きな花を付ける春の定番の花――


「『チューリップ』……これ、桜色・ ・だ」


 珍しくもないただの撫子ピンク色のチューリップでしょ、って言われたらそれまでだけど、何故か私は無意識に桜色と口にしていた。

 きっと、あの公園で見た桜のことが――それにあの出会いが頭から離れていなかったせいかもしれない。そのチューリップが何か特別なものに感じていた。


「――いらっしゃいませ」


 私がチューリップに見とれていると、店の奥から響いた男性の声。もちろん、ここの店員さんだろう。

 雨宿りさせてもらうことを許してもらわないと、と私は声がした方へ振り向いて、その瞬間に硬直した。


「あ……」

「……?」


 言葉を失う私に首をかしげていた店員さんは、あの時あの公園で、桜の木を見上げていた優しそうな『あの人』だった……


「大丈夫ですか? 急に降りだしましたからね。

 今、タオルを持って来るので待っていて下さい」

「あ……えっと……」


 お願いしますともお構いなくとも言えないまま、私は立ち尽くしてしまった。こんな再会の仕方ってあるんだな……

 そうこうしてるうちに、あの時に見た笑顔を見せて、店員さんは再び店の奥に消えてしまった。

 未だにザァザァと降る雨の音が響く中、ずっと立ったままの私の所に戻って来た店員さんがタオルを差し出した。


「はい、どうぞ。使って下さい」

「あ、ありがとうございます……」


 一六〇センチもない私の近くに立たれると、やっぱり身長差がある。手袋はしていないけど、あの時と同じ緑色のエプロンをしていて、腕まくりした水色のシャツを着ている。遠目に見たら細身に見えたけど、腕も太くて結構がっちりした体型だな。爽やかだし、近くで見ればスポーティーなイケメンだった。

 あ、花屋さんなら植木とか苗木とか、水が入ったタンクごと花を運んだりして、思ってるより重労働なのかもしれない。それなら納得かも。


「あの……僕に何か? さっきからずっと見ていませんか?」

「えっ! あ、えっと……」


 スポーツマンっぽいのに、まさかの一人称が僕! って、そんなことにニヤニヤしてどうする、私。

 そりゃあ、いきなりジッと見られたら変に思われたかも。とにかく何か言って誤魔化さないと。


「雨宿り、そう! 雨宿りさせてもらってもいいですか!」

「はい。どうぞ構いませんよ」


 かなり不審者ぽかった私にも、嫌な顔を見せずに店員さんは笑顔でそう言ってくれた。


「この時期は天気が不安定ですから。春雷(しゅんらい)、と言うのですかね。

 でも、雷の音は遠退とおのいているので、すぐに止むと思いますよ」

「そういえば、雷の音小さくなってる。良かった……

 でも、急に降られて良かったです。こんな素敵な花屋さんを見付けられたので」


 ちょっと調子のいい私の言葉に、店員さんは爽やかに笑った。


「ははは、ありがとうございます。

 花はお好きですか?」

「はい! もちろんです!」


 私はここ一番の笑顔でうなずいた。

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