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テレビに映ったお父さんは、さっきまでコージと話していた火星探査計画のアンドロイドについて話していた。
《――なるほど。火星で永住する上での人体への影響を体内から計測するために、リアルに人の体を再現しているのですね》
《自動車などの事故の衝撃の検証実験に使う人体模型を思い浮かべてもらうといいかもしれません。
火星環境がどんなものか、地球上での計算を否定する訳ではありません。しかし、実際に行ってみなければ分からないこともあるでしょうから》
《ただの探査アンドロイドではなく、そういった機能を載せたアンドロイドなのですね。
ですが、人間がいない火星で、このアンドロイドはどうやって動き続けるのですか?》
《他の作業用アンドロイドも使う太陽光発電ステーションを設置するつもりですが、このアンドロイドには宇宙用の小型発電機が搭載されているので、宇宙空間にいれば長期間動き続けることができるはずです。
もちろんメンテナンス作業するアンドロイドもいますので、問題はないでしょう》
《それにしても、話を聞く限りまさにSFの世界ですね!》
テレビでもSFの世界とか言われちゃってるし――と、私は呆れ顔でテレビの声に耳を傾けていた。
でも、店長は興味津々に見入っている。
「凄いですね。ツバサさんのお父さん、まるでタレントさんみたいですよ」
「どこがですか……。緊張してるの丸わかりで、見てるこっちが恥ずかしいですよ!」
顔から火が出そうとはこんな感じか……。私は店長に思いっきりつっこんだ。
「でも、ツバサさんのお父さんは人工知能の技術者では? 今は体の話しかしてませんでしたね」
「これも恥ずかしい話ですけど、何年か前にお父さんが雑誌かなんかのインタビューを受けた時に、『日本製アンドロイドの未来を担うイケメン技術者』とかなんとか煽り文句つけられて、ネット上で一気に話題になったんですよ。
で、こういうテレビとかの表舞台で会社の宣伝に使われるようになっちゃったんです……」
「ああ、確かにイケメンですね」
「どっ、どこがですかっ!
ただのアラフォー中年オヤジにしか見えませんよ! しかも性格は頑固で暗くてサイアクサイテーで!」
私は力説した。友達にもうらやましがられてるから、確かに見た目はいいのかもしれないけど、顔がよくても性格の方が重要だし。
というか、家に帰らずに娘の私を放置して何してんのよ……この父親は。
イライラしながら私はリモコンを構える。
「チャンネル替えますよ! いいですかっ!」
「ちょっと待ってください。せっかくですから最後まで見ましょうよ」
「うっ……」
テレビをつけたのは私だし、店長はテレビに映る最新鋭のアンドロイドに釘付け状態で目を輝かせている。
やっぱり店長ってアンドロイドが好きなんだろうか。植物好きだったサトルさんもそうだったけど、好きな物を前にすると男の人は時々こんな顔をする。
私は渋々、それでも店長のそんな顔を見ていたくてリモコンを置いた。
テレビの中では女性キャスターがお父さんに話しかけている。
《――とはいえ、ここまで人間の体を忠実に再現するなんて、やっぱり日本の技術の成せる技なのでしょうか?》
《いえ。多くはアメリカの技術者の案も取り入れた結果です。いかに人間に近付けるか、それは世界中のアンドロイド技術者に共通する課題だと、私は考えています。
とは言っても、食事までできるようにしてしまったのは、たとえ食事をしているフリであっても、やりすぎだ、クレイジーだと笑われてしまいましたが》
お父さんのその言葉にスタジオからどっと笑い声が響いた。うまいこと番組を進行してるのがたまらなくムカツクんですけど……
私はテレビを半分無視して食事を進めた。そうしているうちに番組も終わりが近付く。
《では、最後にお聞きしたいのですが、最先端のアンドロイド技術が火星テラフォーミングの大きな一歩が踏みだそうとしていますが、ミサキさんがアンドロイドに望むことはどのようなことでしょうか?》
《そうですね……》
一瞬、テレビが静かになって私も目をそっちへ向けた。
そこには相変わらず堅苦しいお父さんが映っていたけど、ふとお父さんは穏やかに笑った。
《これはアメリカで知り合った一人の女性技術者の言葉なのですが、アンドロイドは人間の『優しいパートナー』であるべきだと。
火星には、この計測型アンドロイドだけでなく、多くの作業用アンドロイドが送られて地質や環境を調査して、ゆくゆくは火星の大地を開拓していくのです。
そこに人間はいませんが、彼らと私達は遠く離れてもパートナーであり続けたいと願い、そして、そんな彼らがこの計画を成功に導いてくれると信じています》
私は呆然と画面を見つめていた。本当ならテレビでこんな恥ずかしいこと言ってバッカじゃないのって叫びたい気分だったのに、何故か『優しいパートナー』という言葉が胸にスッと染み込んできた。
私はこれまで一度たりとも、家にいるアンドロイドをそんな風に思ったことはないのに……。お父さんの口から聞こえたその言葉は、しばらく私の心の中に浮かんでいた。
「――ツバサさん? 大丈夫ですか」
「……えっ! あ、はい」
「終わってしまいましたね。番組」
ハッと気付けばテレビ画面はCMに切り替わっていた。
「素敵な方ですね。ツバサさんのお父さん」
「い、いや店長。だから全然素敵なんかじゃないですよ……」
「そうでしょうか。僕は凄いと思いましたけどね。
でも、火星探査ですか。映画とか漫画の世界ですよね」
ニコニコと微笑んでいる店長に、私もついつられて笑う。
「店長がもし火星に行けるなら、何がしたいですか?」
「え……?」
「って、何聞いてるんだろ。私……」
何気なく変な質問をしてしまって後悔する私に、店長はいつにも増して優しく答える。
「僕は……、花を育てたいですね」
「花……? 火星で、ですか?」
「ええ。なんか夢があるでしょう? 火星の花」
至って真面目に答えてくれた店長に私は吹き出して笑いだす。
「も、もう。笑わせないでくださいよ」
「え……、結構本気だったんですけど……」
「本気だって伝わってきたから笑ったんです! あ、でも馬鹿にしてるんじゃないですから。
だけど、あまりにも店長らしいというか、火星でも花屋さんするんですか?」
「ははは。そうなるといいですね。
でも、アンドロイドに負けないくらい花も素敵でしょう? 花が好きなツバサさんも最近はとても楽しそうですし」
優しく笑う店長に私は息を飲む。
ここで働く前、店長に出会う前は正直言って毎日が楽しいとは思えていなかった。だけど、店長にはなるべく感付かれないように振る舞ってきたつもり……
「さ……最初からずっと楽しいですよ、私」
「それなら良かったんですけど、初めて会った時、少し寂しそうにしているように感じていたので。
まあ、料理まで振る舞ってくれるようになるとは思ってもみませんでしたけど」
店長は優しい笑みを浮かべたままそう言った。
最初から店長は私のことを気にかけてくれてた? だから、店で働かせてくれて、こうやって料理も作らせてくれてたの……? 私のこと、全部分かってて……
いや、さすがにそこまでは考えすぎか。
店長は好きなことに一生懸命で、誰にでも優しくて……。どこかサトルさんにも似ていて、私の方こそ出会った頃から気になっていた。ちょっと不思議な人だと感じたこともあるけど、一緒にいたいと思っていた。
その理由なんて分かりきってたことだけど、私は深く考えないようにしていた。考えれば意識してしまうから。だけど、私の想いは変わらない。
私は、やっぱりこの人が――ユージンさんが好きなんだって……。
「――ツバサさん。そういえば勉強を教えてって言ってましたよね?」
「え……。は、はい!」
「どうかしました? なんかさっきからぼーっとしてませんか?」
「い、いえ……気のせいですよ」
……好きだなんて言えないよ。だって、バイト先の店長だよ? 色々無理。さすがに無理……
そういえば、サトルさんに対しても似たような感情を抱いていた。二十歳くらい歳が離れてて好きだなんて、今思えばすごく恥ずかしい。
店長に対しても同じように感じてるのは、きっともの凄くサトルさんに雰囲気が似てるからってだけで、結局のところ、時間が経てばそれも恥ずかしく感じることになるはず――と、自己完結して、私は心の中にその想いを押し込んだ。
だって、これからも今の関係を続けていきたいから。ちょっとお節介の店長と、ちょっとお節介のアルバイターで……それでもいいから、変わらずにいたい。
サトルさんの時と同じ。何も変わらなくても、こんな毎日が過ぎて行くだけでも、私はそれでいい……。
***
――翌日。天気予報の通り、今日も朝から弱い雨が降り続いていた。空は厚い雲に覆われて、外は薄暗い。
雨が続いてるのは今日で何日目だったかな。これまで散々降らたのに今日は一番雨足が強いくらいで、店の前の道を行く人は全くといって見かけない。まるでゴーストタウン――といった感じ。
「今日も暇だけど……。来週からテスト期間かぁ」
お客さんもいなくて店長も奥の事務所に行っているのをいいことに、私はレジの椅子に座ってぼやいた。
店長が気を遣って休みにしてくれたけど、今日の勤務が終わると次の日曜まで勤務はなくて、ここに来られないのは寂しい。
勉強より仕事が楽しいってこともあるけど、何より店長に会えないのが――
「ハァ……。やめよう。
せっかく押し込んだ想いがぶり返しちゃう……」
「――すみませーん……」
思わず大きな溜め息と共に呟いてしまった瞬間、店の入り口の方からお客さんらしき男性の声が響き、私は勢いよく立ち上がる。
「い、いらっしゃませ!」
「ツバサさん。お客さんですか?」
同時に奥の事務所から店長が出てきて私に声をかけてきた。私はレジから出ながら店長に言う。
「はい。手が空いてるので私が行ってきますよ」
私はそのまま店の入り口に向かう。
歩きながら目をやると、店の入り口に立ったままの男性のお客さんは、真っ黒なコウモリ傘を差したまま立ち尽くしている。更に雨足が強くなったからか、傘を低く差しているから顔が全く見えない。
――店の中まで入って来ればいいのに。お客さんじゃなくて道を聞きたいだけだとか?
「……あれ?」
お客さんに近付くにつれて、私は一瞬、何か違和感を覚えた。
まるでわざとそうしているのか、傘に隠れてまだお客さんの顔は見えない。だけど、スーツと革靴が見えている。そして、コンビニで売ってそうな半透明のレインコートを、そのスーツの上に着ている。
傘を差してるのにレインコート……? 違和感はあるけど、よほど大切なスーツなんだろうか?
「いらっしゃいませ。お待たせしました」
私より少しだけ背が高い、男性にしては少し小柄なそのお客さんの横に立ち、私は自分が濡れないように店内へ招き入れるために、笑顔でお客さんの顔を見上げる。
「どうぞ、お店に入っ――」
その瞬間、私は固まった。
傘に隠れていたお客さんは私を見下ろし怪しく笑い、舌なめずりをした。そして、傘を持っていない方の手にナイフを構え、それを私に向けた。
――これから私が何をされるか、全てを察した瞬間、時間が止まった。
降り注ぐ大粒の雨粒さえ、空中に制止しているように見えた。
店長が言ってたじゃないか、犯人が何かをして防犯カメラから逃れたんじゃないかって。
分かってしまえば単純な方法だ。黒い傘を低く差していれば、大抵上から撮影している防犯カメラには、顔も体格も、おそらく歩き方さえうまく映らない。
そして、逃げる時に他の防犯カメラに映ったとしても違和感は持たれない。雨が降っている時に傘を差した人が映るのは、当たり前のことなんだから……。
私に危険が迫っていたことは分かっていた。でも、私は動くこともできず、悲鳴をあげることもできない。本当に時間が止まってしまったように思えた。
だけど、それはやっぱり錯覚で、ナイフの先が私の胸に向かって突き出されるのが見えた。
「――ツバサさんっ!」
怖くて反射的に目を閉じた時、後ろから店長の声が聞こえた気がした。
同時に私は後ろに引っ張られ、勢いよく尻もちをついて倒れ込む。
……ほんの一瞬の出来事。だけど、痛みはお尻と腰にしか感じない。
「店……長?」
恐る恐る目を開くと、私の前に立つ店長の背中が見えた。店長が後ろに引き倒してくれたから私は無傷ですんだみたい。
――でも、その直後、逆上した男は店長にナイフを向けて突進する。
「……え……」
私の目の前で脇腹をナイフで刺される店長。店長の体がガクリと横に傾くのが見えた。
私は、私の目の前で起こったことが現実だとは思えず、悲鳴すらあげることも忘れて地面に座ったまま震えていた……。




