4-1
――六月。私達の街も梅雨入りした。
しとしとと降り続く雨にも負けず、紫陽花や立葵の花が鮮やかに咲き誇っている。
夕方六時過ぎ。街はもう夕食時なのか、雨が降り続いているせいもあって店の前の通りは人通りが少ない。
私はレジカウンターの椅子に座って誰もいない店内を眺めていた。ただでさえお客さんは少ないのに、天気が悪い日が続いて尚更お客さんの足は遠退いてしまってるみたい。
「……暇だ。
今夜は店長と夕飯一緒にさせてもらおう。テストも近いから勉強教えてもらおうかなー……」
暇すぎて仕事には全く関係ないことを、ぼんやりとつぶやく私。
少し前に数学の分からなかった問題を店長に尋ねた時、店長は抵抗なく分かりやすく教えてくれた。イケメンで優しくて頭も良いなんてカンペキか!――と、つっこみたい。
お父さんとお母さんは、結局以前と変わりない忙しい日々を送っている。まあ、それは分かっていたことだし、あまり嫌な気分にはならない。
花屋で働きだして気分が紛れてるってこともあるけど、一緒にいて安心感が持てる店長の存在も大きいと思う。
「……やっぱり店長のお陰かな……」
「――何、一人でニヤニヤしてんだよ。気持ち悪ぃな……」
ハッと気付けば目の前にはコージが立っていた。
「……って。わぁっ!
い、いつの間にっ!」
「いつの間に、じゃねぇよ。いらっしゃいませの挨拶も無しか?」
「ご、ごめん。いらっしゃいませ……」
慌ててコージに向かってお辞儀をする。コージは制服姿のままで、大きなスポーツバッグを持っている。今日も部活帰り途中のようだ。
「何か最近物騒だし、ぼんやりしてたら危ないぞ?」
「物騒?」
「知らねぇの? 隣町で古本屋に強盗が入ったってさ」
ああ、なんか朝のローカルニュースで見た気がするけど、全く気にしていなかった。というのも――
「今時、強盗なんかしてもすぐ捕まっちゃうでしょ? 防犯カメラがあれば、警備アンドロイドに通報できる防犯装置もあるのに……」
店員が持っている警報スイッチを押せばセキュリティが発動する。すると、防犯カメラは映っている人間の顔認証をする。
顔認証されたら最後、ネットワークで繋がった街中の防犯カメラで居場所を探されてしまう。そうなれば逮捕も時間の問題……
「……あれ? でも、まだ犯人捕まってないんだっけ?」
「ああ。もちろんその店にも防犯カメラはあって、セキュリティが発動した形跡があったみたいだけど、エラーを起こして顔認証はできてなかったみたいだ」
「エラー? 顔認証に失敗したら姿で認証しようとするでしょ? それもエラーしたの?」
今は顔認証だけでなく、顔認証ほど精度は高くないけど、姿勢や体格、歩き方などでも人間を特定できる。そこまで全部含めての犯人特定システム。
「全部エラーしたんじゃねぇの? じゃなきゃ警備アンドロイドが出動して、すぐに怪しい人物は捕まるだろ」
「確かに。でも、そのタイミングで全部エラーって運が悪すぎでしょ……」
「しかも店の防犯カメラは、何故か壊されてたらしくて映像復元も難しいってさ。店員はナイフで刺されて未だに意識不明で、犯人の手口が分からないんだってよ。
部活の先輩がその古本屋のこと知っててさ、あの店は日頃からお客さんが少なかったらしくて、いつも店員は店主のおじさんが一人。
事件があった日は一日中雨が降ってたから、お客さんは尚更少なかったんじゃないかって言ってたぜ」
「そんな店に強盗に入っても大した額は盗めないでしょ?」
「まぁ、強盗犯の考えることは分からねぇし、もしかしたら強盗目的じゃなくて、単に猟奇的な犯行をしたかっただけじゃねぇかとも言われてるくらいだしなぁ」
「それって単に人を傷付けたかったってこと……?
ほ、ホントに物騒ね……」
話を聞いてたら、ちょっと怖くなってきた。
テレビやインターネットのニュースで取り上げられる物騒な事件は後を絶たない。とはいっても、自分の周辺で起こるとやっぱり怖いもの。
そこまで話していると、後ろから店長の声が届く。
「やぁ、コージ君。今日はどうしたんですか?」
「あ、そっか。コージ、何か買いに来たんだよね?」
私は思い出したようにコージに尋ねた。わざわざ強盗の話をしに来る訳もないし、何か買い物だろう。
でも、自分には花は似合わねぇって言ってたコージがまた花を買いに?
「なーに意外そうな顔してんだよ。
今度の日曜日にお見舞いに行くことになって、お見舞いの花を先に注文しておこうと思ってな」
「お見舞い? 誰か入院でもしたの?」
「去年までうちの高校で野球教えてた監督だよ」
サラリと答えるコージだけど、去年まで?
私が首をかしげると当時に店長がコージに尋ねる。
「去年までですか? でしたら、コージ君は会ったことないのでは?」
「ああ、俺は今年入学したばかりだから会ったことないっすね。
でも、母さんが言うにはその監督、父さんの同級生だったみたいで同じ野球部だったらしいんです。
俺も今年から日向台に入学して野球部に入ったんだし、これも何かの縁ってことでお見舞いに行く先輩達に同行させてもらうことにしたんだ」
「コージ君はお父さんと同じ高校の野球部に入ったんでしたね。その監督さんも日向台高校のOBだったんですね」
そう話す店長とコージ。だけど、コージの表情は少し浮かない感じだった。
お見舞いの話をしてて浮かない顔されると、気がかりなことはただひとつ。
「コージ。監督さんの容体は……?」
「ああ……、胃ガンらしい。これから胃の摘出手術を受けるんだってさ」
「それはそれは……。お大事にとお伝えください」
医療技術は進んでもガンを完全に予防したり、治したりすることも難しい現代。死因の上位がガンなのは、もう大昔から変わっていない。
「という訳で、元気になれそうな花を頼むわ」
「花なら何だって元気になれるわよ――と言いたいところだけど、お見舞いに向かない花もあるの」
「え……病気になる花でも売ってるのか?」
真顔のコージ。そんな毒花を置いてる訳ないじゃんか……
「そうじゃなくて!
例えば、有名なのはユリの花よ」
「ユリって、お祝いの花束にはよく使われてないか? なのにダメなのか」
コージは側にあった白いユリの花を眺めてつぶやく。
確かにユリは見た目も豪勢で、香りもあって華やかな祝いの場をもっと盛り上げてくれる代表的な花だ。でも、それがかえってお見舞いには向かない理由になっている。
「ユリは香りが強すぎて向いてないの。監督さんは個室かもしれないけど、患者さんの病室が個室だけとも限らないし、相部屋の他の患者さんに迷惑がかかるかもしれないから。
それにユリの花粉は服とかに付くと落ちにくいから、これも避けられる理由かな」
「花はきれいならなんでもいいって訳でもないんだな」
「そうだね。それにお見舞いには鉢植えは絶対ダメだからね。鉢植えは根を張ってるから、病院に根付くって意味になって縁起が悪いのよ」
「もうトンチの世界だな……
花の種類は任せるよ。俺、そこまで気遣える自信ねぇし」
肩を落としているコージに店長は微笑みかける。
「そんなに難しく考えることでもありませんよ。一番大切なのは相手を思う気持ちですから」
「相手を思う、かぁ……
やっぱり胃を摘出したら大変なのかな……」
「そりゃあ、まあ……。と言っても、私の周りにそういう人はいないから、勝手な想像になっちゃうけど……」
「アンドロイドみたいに機械でどうにかできねぇのかな?」
……また始まった。コージのアンドロイドオタクトーク。
「コージ。あんたねぇ、いつも何でもかんでもアンドロイドに話を繋げるのはやめなさいよ。アンドロイドだって万能じゃないのよ?」
「そりゃあ、分かってるけどさ。人体に移植できる機械の臓器の研究はされてるんだぞ?」
コージが何故か得意気に言っている。
すでに義手や義足などにアンドロイドの技術が使われていて、より本物に近い動きで不自由なく動かせる機械義肢は販売されている。
じゃあ、次は内臓も……と、そんな簡単な話じゃない。
「機械でできた内臓を移植するなんて、まるでサイボーグじゃないの。SF小説じゃあるまいし、そんなのいつ実現できると思ってるのよ」
「今あるアンドロイドやスマホや自動車、飛行機だって時代が時代ならSF小説の中の物だっただろ?」
「そりゃそうだけど……」
ああ言えばこう言うコージは、まだまだ得意気に続ける。
「それに、アメリカで内臓まで再現したアンドロイドを作ったってニュースになってたしさ」
「あれは火星に送るアンドロイドでしょ?
火星の環境調査をして小規模なコロニーも建設するアンドロイドに紛れて、火星環境が人体に及ぼす影響を自分の体を使って調べるアンドロイドのこと。
医療用の人工臓器とかとは違うジャンルのアンドロイドよ」
アンドロイド技術の発展によって、宇宙開発もアンドロイドが担うことが当然になってきた。
まあ、生身の人間で行うよりは安全で効率がいいのだと思う。アンドロイドの火星探査も最近話題になってる。確か、お父さん達の会社も協力してたはずだ。
できるだけ忠実に人間の体を再現して、火星環境で体にかかる負担を体内外から数値化するらしい。そのために内臓まで再現してアメリカでクレイジーって言われてたことを思い出した。
「本当にツバサさんもコージ君もアンドロイドに詳しいんですね」
コージと色々話してるうちに、店長が私達を見て笑っていることに私は遅れて気が付いた。
これじゃ私までクレイジー扱いされちゃう……
「て、店長! 私は別にアンドロイドオタクなんじゃないですよ! コージとは一緒にしないで下さい」
「なんだよ、その言い方……」
「僕は何でも好きなものに一生懸命な人は大好きですよ」
と、店長は優しく微笑んでいる。
アンドロイドの専門的な話は正直あまり周囲に受け入れられたことがない。特に女の私が喋ってると変な目で見られることもある。女の子が何故機械の話をしてたら変なのか分からないけど、私自身、アンドロイドがあまり好きじゃなくなってからアンドロイドの話は無意識に避けてしまっていた。
前々から思ってたけど、店長はそこら辺は好意的だな。単純にアンドロイドが好きなのかもしれないけど、店長の周りにアンドロイドがいないのは未だに不自然な気がする。
「ほらみろ。店長さんはお前みたいに馬鹿にしてねぇぞ」
「私だって別に馬鹿にしてる訳じゃないわよ! コージはアンドロイドのことになるといつもこうなんですから、店長もあまり調子に乗らせないでくださいよ」
「ははは。そのわりには楽しそうに見えたんですけどね」
口論をやめない私達に店長はもう一度笑った。もう、イジワルな人だ……
余計な話をしつつ、無事にお見舞いの花束を予約したコージを見送る私と店長。
「コージ君。さっき話してましたけど、物騒な事件が起きてるようなので気を付けてくださいね」
「ああ、店長さんも聞いてたんですね。でも大丈夫っすよ。俺、男だし」
「そういう問題でもないでしょ。気を付けなさいよ」
「だから、お前は俺の母親かよっ」
吹き出して笑いながらも手を振っていたコージの姿は薄暗い道の向こうに消えていった。
私は店内に戻る前に、未だに弱い雨が降り続く空を見上げてつぶやく。
「六月ですけど雨降ってるとすぐ暗くなっちゃいますね」
「ええ。明日も一日雨みたいですね……
ところで、ツバサさん。今日の帰り道は家まで送りましょうか? 強盗の話、やはり気になりますし」
「大丈夫ですよ。見回りのアンドロイドも増えてるし、そんな中で犯人も襲って来ないでしょ」
「そういう問題でもないと思いますが……」
困ったように笑う店長は、ふと真顔になってつぶやく。
「でも、壊されていた防犯カメラは店内の物だけみたいですが、何故犯人はわざわざ壊して行ったんでしょうね……」
「そうですよね。お店のカメラだけ壊しても、街の中には公共の防犯カメラが多いから、それを見られたら怪しい人物は特定できちゃいますよね。
公共の防犯カメラが、死角なく全ての店の出入り口を撮影してるってことはないんでしょうけど、全く防犯カメラに映らずに店まで行けるはずないですもんね」
防犯カメラ頼りの捜査は、カメラで顔認証できない時代から続いていて、日本ではそれなりに成果をあげてるらしい。
街の中の防犯カメラをたどって、人の目で怪しい人物を特定することもできるってことだ。
「それに僕は、犯人特定システムが犯人の都合よく全部エラーしていたのも気になるんです」
「私もそれは気になりました。サングラスしてても顔認証はできるし、誤魔化しにくい体格や姿勢や歩き方までエラーしたってことは、犯人は着ぐるみでも着てたのかなって思っちゃいましたよ。
だけど、着ぐるみのお客さんなんか入って来たら、怪しすぎてナイフで刺される距離まで近付かないですよね」
自分で言って想像して、自分で笑ってしまった。そもそも着ぐるみで街をウロウロしてたら、店に着く前に職務質問されるだろうな。
「僕には犯人が全部エラーするように何かしたんだと思えます。それを隠すために店の防犯カメラを壊したんじゃないのかと。
着ぐるみはさすがにないでしょうけど、店員さんはナイフで刺せる距離まで犯人を近付けてしまった訳ですし……やっぱり不安ですから送っていきますよ」
「それだったら私、お言葉に甘えさせてもらいます。
じゃあ、お礼に今日の夕食は何がいいですか?」
「え……ええっ!」
好意を逆手に取られて店長は大きく目を丸めた。店長が困ってるのは分かってたけど、私はニコニコ笑って誤魔化した。
――その日の夜。閉店作業を終えた私は店長に夕食を振る舞うことに。
夏と言えばカレーライス。スパイスで梅雨のジメジメ気分も吹っ飛ばそう――というか、勉強も教えてもらいたかったので、簡単にできる物を選んだだけだけど。
できあがったそれを困った顔で眺める店長。
「どうしたんですか? まさか店長。カレーライスが嫌いとか言わないですよね?」
「い、いえ。とんでもないです、が……
やっぱり親御さんが心配してしまいますよ」
「店長。私が夕食を振る舞うたびにそれ言うのやめてくださいよ。両親の許可は得てますから!」
高校になって近くに住む友達ができて、一緒に勉強とかするから帰りが遅くなるかも――と両親には話して許可も得ている。これで問題なし!
「では、今度ご挨拶に――」
「いいですっ! 大丈夫ですっ!」
焦った私は店長の声にかぶせて反論してしまった。
「……ツバサさん。本当に許可を得てくれてますよね……?」
店長の疑いの眼差しが突き刺さる。
さすがに今のは怪しさ全開だったな……
「う、うちの両親はいつ会えるか分かんないし、店長だってお店で忙しいんですから。
店長には勉強も教えてもらったりしてますし、気にしないでください……というか、そうそう! 勉強ですよ!
もうすぐテスト期間なので、数学でちょっと分からないところを教えてもらっていいですか? もちろん食事の後で!」
「え、ええ……まあ、それは」
「あー、テスト期間といえば明日の出勤を最後に一週間くらい来られなくなるんですよね、私」
「お店のことはそれこそ気にしないでください。高校生は勉強が一番の仕事ですからね」
「勉強ばかりじゃ息が詰まっちゃいますけどねぇ」
よーし、私のマシンガントークで何とか誤魔化せ――
「でも、やはり今度挨拶にお伺いしますよ」
「――てないっ!」
さらりと話を戻されて、私は思わず心の中でつぶやいていた言葉を口にした。
「て、無い? 何か探しています?」
「テレビ見ましょう! 食事中でもたまにはいいじゃないですか!」
探すも何も目の前にあったテレビのリモコンを掴んで、有無も言わさずテレビをつける私。
すると、テレビからいきなり声が届く。
《――今日はスタジオに、ヘルツ・クロイツ社の人工知能開発の第一人者、『ミサキソウシ』さんにおこし頂きました》
テレビの中でお辞儀をしている男性を見て私は固まった。
「……お、お父さん!?」
驚く私に続いて店長も目を丸めて驚いていた。




