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「心に花を」  作者: 長坂 オウ
14/17

3-5

 ――それから、閉店作業を進めながら私は店長に話しかける。


「良かったですね。畠さん、喜んでくれて。

 コージの口が悪いのは、どうにかしてもらいたいところなんですけどね」


 一人でしゃべって一人で笑っていた私は、少し遅れて無反応の店長に気付いた。

 振り向いて見てみれば、そこにはレジの締め作業の途中で止まっている店長がいた。


「……店長? どうしました?」

「え……! あ、いえ……」


 ハッと息を飲むように反応する店長。思いっきり何か考え事してましたって感じなリアクションだ。


「何か考え込んでました? まさか、レジのお金が合ってませんでした!?」

「いえいえ。大丈夫、合ってますよ」


 と答える店長の目が泳ぐ。私が首をかしげると、店長はゆっくり口を開いた。


「あの、さっきツバサさんが言っていたことなのですが……

 『別れは必ず訪れる』というあの言葉は……」

「ごめんなさい。いきなりあんなこと言っちゃって、驚かせちゃいましたよね。

 でも、あの言葉がどうしたんですか? さっきも言いましたけど、あれは知り合いの人に言われた言葉なんです」

「……いえ。なんでもないんです。

 ただのデジャヴ(・ ・ ・ ・)だと思うので」


 言葉を濁して笑う店長は、そのまま奥の事務所へ行ってしまった。

 デジャヴ……って、実際はそうじゃないのに、前に体験したことがある気がする妙な勘違いのことだっけ。

 確かに、あの感覚は前触れもなく急に現れて戸惑っちゃうけど、店長はどんなデジャヴを感じてたんだろう?

 ――と、気にしてる間に作業は終了。私は事務所の方に声をかける。


「あ、店長。今日も何か作って帰りましょうか?」


 と言いつつ、私は晩ご飯を作る気満々でそう尋ねた。すると、店長は事務所から出て来て微笑む。


「今日は大丈夫ですよ。

 それよりツバサさんも、今日は母の日をお祝いしてあげて下さい」

「え……、いや……」


 私は思わず目を逸らして頬を掻いた。店長は不思議そうに私を眺めている。


「今日もご両親は帰りが遅いのですか?」

「ええ、出張だったかなぁ……、詳しい予定は聞いてませんけど。

 でも、大丈夫ですよ。母の日なんて、しばらくお祝いしてませんし」

「そうですか……。

 でも、コージ君のために張り切っていたツバサさんも、本当はお母さんのことをお祝いしてあげたいんじゃないですか?」


 ば、バレてる……。私は真っ先にそう思った。

 もしかしたら、うらやましそうに畠さん達を眺めてたのを見られていたんじゃないだろうか。

 だけど、今さら母の日を祝うなんて……と、ためらう私に店長は優しく笑顔で続ける。


「今日渡せなくても、ツバサさんの思いは届きますよ?

 ツバサさんのお母さんだって、畠さんに負けないくらい喜んでくれるはずです。だって、ツバサさんのお母さんじゃないですか」


 両親なんてどうでもいい。どうにもならなくても仕方ない……私はそう思ってきた。両親が卒業式に来なくても平気だったことだって、私が両親に興味がなくなっていたからだ。

 興味がなければいいだなんて本心だった訳じゃないのに、私はこのままでもいいと自分に言い聞かせていた。だけど、卑怯なくらいまっすぐな店長の言葉が私に教える。

 ――このままじゃ、ダメなんだ……と。


「本当は……お祝いしたいと思いました。でも、会えないなら必要ないかなって。

 だけど、店長にそう言われたら、それでも花束を贈りたくなっちゃいましたよ。私もカーネーションをもらっていいですか?」

「はい。もちろんです」


 何故か店長も嬉しそうにカーネーションの花束の準備を始めた。

 そういえば、店長のご両親はいないって言ってたな。店長にはお祝いするお母さんがいないんだ。だから、何か特別な思いを込めてくれたのだろうか……。

 まるで自分のことのように目を輝かせている店長の横顔を、私は穏やかな気持ちで眺めていた。




 ――家に帰るまでの間、私はカーネーションの花束を片手に、ふと両親のことを考えていた。

 元々あまり家に帰って来なかった両親だったけど、私はずっと応援していた。その思いに嘘偽りはない。

 今思えば、アンドロイドに任せておけば安全だといって、小学生の私を家に独りにさせたのは誉められたことではないと思う。だけど、実際にその当時は大丈夫だった。

 庭の手入れをする、掃除など家事をこなす、調理をする――のように様々な役割を持ったたくさんのアンドロイドに囲まれた生活は、息が詰まりはしたものの不便に感じることはなかった。

 それに何より、まだその頃はサトルさんもいたし、そのサトルさんも私と私の両親を応援してくれていたから、私は彼のその気持ちに応えたかった。


 でも、あの日の事故でサトルさんを失って、両親の会社でもリコール問題が起きた後、より一層両親と顔を合わせる機会がなくなった。両親にも技術者としてのプライドがあったのかもしれない。たまに顔を合わせると、いつも疲れ果てているようで、両親の顔を見るのが嫌で嫌で仕方なかった。

 本当はサトルさんの死を受け入れられなくて独りになりたくなかったけど、とても言えない雰囲気で、その頃から私は両親に『嘘』をつくことが当たり前になってしまった。


 ――『私は大丈夫だから、二人共頑張って』って。


 両親は私のその嘘を信じてしまった。

 そして、いつからかその嘘は私の中で諦めに変わった。諦めてしまえば両親に興味がなくなって無関心になるまで、そんなに時間はかからなかった。そして、それが一番楽だと思い込んで今まで過ごしてきている。


 帰り道の赤信号の横断歩道で立ち止まると、私は手に持ったカーネーションの花束を眺めた。


「……母の日か」


 店長に言われてカーネーションの花束をもらってきちゃったけど、これまでの私だったら母の日なんて意識もしなかっただろうな。

 そんな冷たい私の心に構いもせずに、手に持った赤と桃色のカーネーションはただ優しく温かく私を見上げている。この花をもらったお母さんがどんな反応するか、期待もあれば怖くもあるけど、ずっと悩んでても店長やこの花に申し訳ない。

 横断歩道の信号が青に変わり、私は少しだけ笑顔を浮かべて歩きだした。




 それからほどなく、家に着いた私は家の明かりがともっていないことに気付いた。やっぱり今日も両親はいないようだ。

 まあ、当然なんだけど……と思いながら玄関のドアの鍵を開けようとした時、声は背後から届いた。


「ツバサ?」


 驚いて振り向けば、そこにはお父さんとお母さんの姿があった。


「ふ、二人共、どうしたの!?」

「どうしたのって、出張が中止になったんだ。それで早く帰れてな。

 システムエラーで空港が止まって大騒ぎなんだが、テレビを見ていなかったのか?」

「今日は忙しくて全く……」


 今日は一日ずっとお店は目が回る忙しさで、そんなことがあったことすら知らない。

 今の空港や新幹線は運行管理をコンピュータに一任していて、それがエラーを起こしてダウンしようものなら大騒ぎになる。

 そんなことは滅多に起こることじゃないのに、よりによってこんな日に起こるなんて……


「ツバサこそ今帰りなの? もう九時前よ」

「と、友達の家で勉強してたの……ははは……」


 ……ヤバい。両親にはバイトのことは言ってないし、今バレたら辞めろって言われるかも。それは困る。

 またとっさに嘘ついちゃったけど、なんだか罪悪感。


「でも、良かった。お母さんに渡したい物があったの。

 はい、これ! お母さんにプレゼント!」

「え? カーネーションって、あ……」

「今日は母の日でしょ。だから、買いに行ってたの。どう?」

「あ、ありがとう……ツバサ」


 カーネーションを渡しただけで、お母さんが泣きそうな顔していた。でも、お父さんは違っている。


「ツバサももう高校生なんだ。こんな時間に一人で出歩くのはつつしみなさい」


 ……いちいち気にさわる言い方するなぁ。

 とは言っても、せっかくの母の日だ。内心ちょっとイライラしながらも、私は取って付けたように笑ってみせる。


「ごめんなさい。だけど、少しくらいいいでしょ? お母さんだって喜んでるんだから」

「そうね。せっかく久し振りに一緒になれたんだし、これからどこか食べに行く?」

「外に食べに行くくらいなら私が作るわ。いいでしょ?」

「ツバサが……?」


 目を丸めているお父さんとお母さん。まあ、家だとアンドロイドが作ってるって思い込んでるだろうから、私が料理を作れることも知らないか。


「アンドロイドが作るの見て覚えたの。すごいでしょ?」


 自慢げな私の一言にお母さんもお父さんも口をつぐんだ。

 アンドロイドが料理の先生だなんて、確かに虚しい話なのかもしれない。だけど、それは事実だ。

 アンドロイドがいるだけで私独りの生活なんて嫌だ――って言ったところで、何か変わるんだろうか。普段の私ならここで一歩引いていた。どうせ何も変わらないならどうでもいいやと一番楽な方へ逃げていた。

 だけど、今日は言いたいことを伝えたいと強く思っていた。あのカーネーションの花束を作ってくれた店長が、私の背中を押している。


「カーネーションのプレゼントなんか、どうして急に? って思ったでしょ。

 私、本当は……もう少しお母さんやお父さんと一緒にいたいの」

「え……」


 思った通り、お母さんもお父さんも目を丸めている。いきなり何を言っているんだろうって思っているのかもしれない。私はその理由を説明する。


「花屋さんでね、たくさんの人達がお母さんのためのプレゼントを買ってくのを見てたら、私もお母さんにカーネーションを贈りたくなったんだ。なんかうらやましくってね。寂しくなっちゃって……それで、私の気持ちを伝えたいって思っただけ。

 私……、今まで二人を応援してたけど、本当は違ってた。それでもいいって嘘ついてた」


 私の言葉を聞いて、顔を見合わせたお父さんとお母さん。カーネーションの花束を持つお母さんの手が震えている。


「ツバサ……ごめんなさい……」

「…………」


 お母さんのその一言の後の沈黙は長かった。

 分かっている。こんなこと言っても何も変わらないことは……。

 だけど、何故か私はスッキリしていた。言いたいことを我慢せずに伝えることで、こんなに気が楽になるとは思ってもなかった。


「――まあ、ちょっとワガママ言ってみただけ。

 二人のことを全然応援してない訳じゃないし、今まで通りでもそれで充分だよ。とにかく、家入ろうよ。玄関口でする話じゃないしね」

「ツバサ!」


 気まずくてそそくさと話を切り上げて家に入ろうとした私をお父さんが呼び止める。お父さんは険しい顔だ。

 バイトしてるって嘘はバレてないだろうし、一体何を言おうとしてるんだろ。堅物のお父さんは少し苦手だ……。


「何? お父さん、怒ってる?」

「……いや……」


 私から目を逸らすお父さん。

 お父さんは昔から口数が少なくて、いつも怒っている感じがしていた。とはいっても、そんな頭ごなしに怒鳴られた記憶もないし、私が勝手にそう思い込んでるだけなのかもしれないけど。

 やっぱり顔合わせる機会が少ないと、実の父親でも親戚の人達のように、他人ではないけど特別親しいと言う訳でもない、妙な距離感が生まれちゃうのだろうか。

 とにかく、私はお父さんが相手だとどうしていいのか分からなくなって困ってしまう。だから苦手だった。

 ……でも、言いたいことがあるなら言って欲しいんだけど。と、今回もお父さんの反応に困っていると、そのお父さんは私に真面目そうな眼差しを向けた。


「仕事が上手くいかずに、父さんも母さんも焦りだした。でも、ツバサは大丈夫だよ、頑張ってと応援してくれた。

 そんなお前の優しさに甘えて、仕事の責任も親子の責任も、全部お前に押し付けてたんだな。ツバサなら理解してくれていると勝手に思い込んで……」

「え……?」


 一瞬、何の話だろうと思ったその言葉は、紛れもなくお父さんの謝罪の言葉。

 驚いた……、まさかお父さんが謝りだすなんて思ってもなかった。いきなりそんなこと言われても、余計にどうしたらいいのか分かんなくなる。


「そ……そんなこと、急に言われても困るよ……」

「そうよね……。でも、まさかツバサが母の日のお花を用意してくれているとは、私もお父さんも思ってもいなかったから、私もお父さんも嬉しくて……それに、申し訳なくて……」

「卒業式にも誕生日にも帰ってやれなかったのに……すまないことをした。本当に……」


 二人共、ちゃんと私のことを気にしてくれてたんだ……

 お父さんとの温かい気持ちが伝わってきた。そして、私の中にも両親を思う温かい気持ちがあふれてきた。


「私は本当に……大丈夫だよ。無理なんかしてない。本当に本当に大丈夫なの。

 二人のことは応援してる。だから、体にだけは気を付けてね」


 こんなに素直に『大丈夫』って言えたのは、生まれて初めてかもしれない。その言葉を聞いて二人の顔も明るくなった。

 今まで、なんでこんなことにも気付いていなかったんだろう。お互いに無関心になれば気が楽になる。それも事実かもしれないけど、それはこんなにも温かくて優しい気持ちまで失ってしまうってことだったのに。

 これで明日から何かが変わる訳じゃない。両親がいなくて寂しい思いをするかもしれない。ケンカもするかもしれない。だけど、どんなことがあっても今日感じたこの気持ちは失いたくない。


「それにしても、綺麗なカーネーションね」


 ふとお母さんがつぶやいた。玄関の扉を開きながら私は笑顔になる。


「そうでしょ? 私も気に入ってるの。早速飾ってよ。私も料理頑張るから」

「ああ。もしかしたら母さんより上手いかもしれないな」

「ちょっと……あなた、それはどういう意味かしら」


 お父さんをにらむお母さん。私は笑いながら言う。


「お父さんが冗談言ってる。珍しい」

「いや、今のは冗談じゃないんだ。あとで話してあげようか。お母さんの若い頃の話」

「え! うん、聞きたい聞きたい!」

「ちょっと! あなたもツバサもいい加減してよ!」


 少し騒がしいけど、珍しくにぎやかな我が家に明かりが灯る。相変わらず家にはアンドロイド達が動き回っていたけど、そのアンドロイド達まで楽しそうにしているように見えた。




 ――言ってしまえば簡単なことだった。繋がってしまえば確かな絆があった。どうして今まで自分から何かしようとしなかったのか、今となっては不思議だった。

 変えようと思って何も変わらないことが怖かった。ワガママだと突き放されるのが怖かった。そんな怖さを受け止めきれなくて、自分から距離をおいて逃げようとしていた。何もない空っぽな心しかなかったから……

 でも、今の私の心には温かい気持ちが溢れている。まるで優しい花ような温かさだ。明日からすぐに何かを変えようとしなくてもいい、だけど、少しずつでも変わっていこう。ゆっくりでいいから……


 テーブルの花瓶に咲いたカーネーションを見れば、ユージンさんと出会ってから私が少しずつ変わっていることを実感した。そんな彼と過ごす優しい時間は永遠に続くと思っていた。

 でも、心のどこかで気付いていたんだ。そんな時間も、いつかどこかで終わり(・ ・ ・)を迎える。このカーネーションのように、いつか枯れてなくなってしまう……って。

 サトルさんと過ごした、あの時間のように……。

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