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「心に花を」  作者: 長坂 オウ
13/17

3-4

 ――五月の第二日曜日を迎えた。いよいよ母の日だ。コージが頼んだプリザーブドフラワーのカーネーションも、鮮やかな赤い花を輝かせている。

 だけど、コージがそれを受け取りに来ないまま、閉店時間が迫っていた。




「――店長。今日は無茶苦茶疲れたんですけど……」


 店内にお客さんがいなくなったことを確認してから、私はグッタリとレジ台に突っ伏した。

 今日は普段のこの店とは思えないほどのお客さんが来た。そのほとんどが母の日の贈り物を買うお客さんだった。

 予約はさほど入っていなかったから油断していたら、二人で回すには少々無理がある忙しさで、もう目が回りそう……


「駆け込み需要というものですかね。今日はお疲れさまでした」


 と、店長はこんな時まで爽やかに笑う。

 去年はどうしてたんだろうか。派遣はけんアンドロイドとか雇ってたのだろうか?


「ねぇ、店長。派遣アンドロイドとか雇わないんですか?」

「そうですねぇ、次は考えてみますよ」


 ニコニコしながら店長はそう言った。

 今日は私より店長の方が忙しかったはずなのに、疲れた様子は全くない。店長は見た目より相当タフみたい。

 ともあれ、もう閉店時間だというのに肝心のコージはまだ来ていない。


「もう八時過ぎるのに、コージ、どうしたんだろ?」

「そうですね……」


 私達は店の入り口から、すっかり暗くなってしまった街の方を心配そうに眺めた。




 その後、私達は閉店作業を始めていた。そこへ大慌てでコージが店の中に飛び込んできた。


「す、すまん! 遅くなった!」

「コージ、何やってたのよ。こんな時間まで」

「何って、部活だよ部活!」


 と、当たり前のようにそう答えるコージ。

 コージは大きなバッグを肩にげていて、なんとなく土の臭いも感じる。確かに野球部の部活帰りのようだ。でも、私は驚く。


「日曜でもこの時間まで練習なの!?」

「はあ? 何驚いてんだよ。高校の部活なんてこんなもんだろ? 今日は早いくらいだぜ?」

「日曜でも遅くなるなんて知らなかったし、大変だなぁ……。あ、予約の花はこれね。

 とにかく良かったわ。事故にでも遭ったんじゃないかって思っちゃったわよ」


 と、私はコージにカーネーションを差し出しながらそう言うと、コージが不機嫌そうな顔になる。


「なんだよ、ツバサまで(・ ・)心配しすぎなんだよ」

「まで、ってどういうこと?

 そういえば、コージ。今月の始め頃、お母さんとケンカしたでしょ? その時にひどいこと言ったのは、ちゃんと謝ったんでしょうね?」

「なんでお前にそんなこと言われないといけねぇんだよ!

 大体、あの時は母さんの方が悪いんだよ!」

「そうやって相手のせいにしないっ!」

「ちょ、ちょっと……二人共、落ち着いてください」


 もめる私とコージを店長が仲裁、店の入り口の方から声が届く。


「コージ……?」


 驚いて振り向くと、そこにいたのは畠さんだった。


「げっ……母さん……」

「コージ! あんた、なんでこんな所に?」

「母さんこそ、こんな時間に花屋に何しに来たんだよ!」


 顔を合わせた瞬間から、既に口論染みた言い合いを始める二人。


「帰りが遅いから近くまで様子を見に出たら、あんたの声がお店から聞こえたからよ。

 帰りが八時過ぎるなら、朝に家を出る時に言うか、電話で連絡しなさいって言ってるでしょ!」

「今日はこんなに遅くなるなんて思ってなかったんだよ! それに約束があって慌ててたから電話するのも忘れたんだよ!

 大体、俺もう高校生だぜ? いちいちそういうのウザい。マジでウゼぇ」


 子供か、コージ……と思いつつも、見ていられなくなった私はコージをなだめる。


「落ち着きなさいよ、コージ。

 畠さん、コージが慌ててたのは事情があって……ほら、自分で説明する!」

「はあ? このタイミングでかよ……」


 私達のやりとりに畠さんは眉をひそめる。そういえば、私達が知り合いだったことも知らないはず。


「ああ……、ツバサとは知り合いなんだよ。前の小学校で一緒だった友達。

 家も近かったのに、母さんは知らないだろ?」

「もしかして、家が近くてよく遊びに行ってるって話してたアンドロイド屋敷のミサキちゃんかい?

 ミサキって名前の女の子かと思ってたけれど、ツバサちゃんのことだったのね」

「そうそう。そういやあの頃は、家じゃツバサのことを『アンドロイド屋敷・ミサキ』って呼んでたな……」


 うんうんとうなずくコージ。変なお店みたいに呼ばれてた事実を知って私はたまらず食ってかかる。


「ちょっと待て! 私のことをそんな風に呼んでたの!?」

「ツバサだって俺のことを『畠耕し治し(ハタケタガヤシナオシ)』のくせに――とか言ってただろ!」

「それはケンカした時だけでしょ!」


 ちなみに、畠耕治ハタコージだから『ハタケタガヤシナオシ』と馬鹿にしてた。って、私達までもめてどうする。


「ツ、ツバサさんも落ち着いて……。

 コージ君は、うちのお店に来るために焦ってしまったようなんですよ。畠さん、心配をおかけしてしまいましたね」

「ええ? コージが花屋に?」


 驚いている畠さんに、コージは「んっ!」と片手で乱暴に花束を突き付けた。


「カーネーション? あ……」


 畠さんは、今になってようやく今日が何の日か気付いたようだ。しかし、コージはイラつきながら言う。


「ツバサがここで働いてて、俺が協力してやったんだよ。だから、ついでだよついで! ちょうど母の日の前だったしな!

 これやるんだから少しはお節介はやめてくれよ。じゃねぇと祝う気にもならねぇし」

「コージ……。ふっ、ふふ」


 笑い出した畠さんをコージはにらむ。


「なんで笑うんだよ! こっちは恥ずかしい思いしてこうしてるのに……」

「ありがとう。本当に、ありがとね。嬉しいわ……コージ」


 花束を受け取って優しく微笑む畠さんを見て、コージは赤面して顔をらしている。


「ホントにもう、この子はバカだねぇ。

 ごめんなさいね、店長さんにツバサちゃん。なんか迷惑かけちゃって」

「迷惑だなんて。コージもちゃんと謝りなさいよ。お母さんとケンカしてたんでしょ?」

「だから! あれは……」


 コージが反論しようとした瞬間、畠さんが私に言う。


「ツバサちゃん、あれは本当に私が悪かったのよ。

 最近、コージは父さんに似てきたわ。同じ高校に行って、同じ野球を始めて……

 でも、似てくれば似てくるほど不安になるのよ。コージも、いつか突然いなくなってしまいそうで……」


 私とコージは息を飲んだ。コージのお父さんは交通事故で亡くなった。それは、つまり突然の出来事だったに違いない。

 畠さんにとって、それがどんなに悲しくて苦しかったか。私に想像することもできない……


「それでこの前、父さんと重ねちゃって言わなくてもいいことを言ってしまってね」

「練習が厳しいなら、無理に野球をしなくてもいいのよって一言にカチンときただけだよ。

 だから、言い返したんだ。野球が嫌いなら父さんの墓参りもやめちまいなって。野球嫌いな奴に毎月来られても、父さんは迷惑だって……」


 二人の話を聞くと、売り言葉に買い言葉でこじれちゃった様子。


「恥ずかしい話だけど、野球にも嫉妬してたのかもね。応援したい反面、やっぱり父さんのことを思い出しちゃうから……

 でも、コージの言う通り父さんのことは、きりをつける時期なのかもね。今までだって、もう過ぎたことは忘れて、前に進まないとって思ってたのよ。それでもどうにもならなかった……

 だけど、いい加減にこのまま何も変わらずに乗り越えられないでいたら、コージにも父さんにも笑われてしまうわね」

「いや、母さん……それは……」


 気まずそうにしているコージ。きりをつけて忘れるなんて寂しい言い方をされると、私もいい気分はしない。

 そう思うと、言葉が口を突いて出た。


「別れは必ず訪れる。だから、親しい人の死は受け入れて乗り越えないといけない。辛くても、そうしなければならない……」

「え……?」


 私の言葉を聞いて、店長やコージの表情が曇る。

 切りつめた場の空気に、言った本人である私自身が慌てだす。


「あっ……。今のは知り合いの人が言っていた言葉なんです。だけど、続きがあって……」

「続き? 何だよ、どういうことだ?」

「いつかは誰だって死んでしまう。それは受け入れて、乗り越えないといけないんです……

 だけど、忘れる必要はないんですよ。少しの間だけでも思い出して懐かしく思うことは必要で、そんな思いがきっと、過去を乗り越えるために背中を押してくれるんだから……そう教えてくれました」


 これは私がサトルさんから聞いた言葉。それを口にした私にコージや畠さん、そして店長の視線が集まった。

 だけど、私にこれ以上のことは言えない。サトルさんなら、今の畠さんにどんな言葉をかけてあげんだろうか……。

 私が悩んでいると、店長が口を開いた。


「亡くなった人に花を手向たむけるのは、亡くなった人に自分の心を届けるためなんです。そして、亡くなった人からも心を受け取るために花を捧げるのだと、僕は聞いたことがあります。

 花には優しい気持ちも寂しい気持ちも、全部受け止めてくれますから」

「店長……」


 悲しそうにそう語った店長に私も言葉を失った。

 だけど、店長はすぐに笑顔に戻ってコージに言う。


「コージ君も本心ではないんでしょう? お父さんがお母さんを迷惑に思っているだなんて……」

「そ、そりゃあ……まあ……」


 煮え切らない態度のコージに畠さんは笑う。


「コージ。ごめんなさいね、母さんは大丈夫よ。

 これ以上、ツバサちゃんや店長さんに迷惑はかけられないもの」

「そんな、こっちこそ余計なことして迷惑だったんじゃないですか……?」


 ちょっとお節介が過ぎたかもと、私は恐る恐る畠さんに問い返す。だけど、畠さんはいつも通りに明るく笑う。


「元気をもらって満足よ。

 これまでの気持ちを忘れずに、これからも今まで通りコージには負けてられないって思えたし」

「おいおい……マジかよ」


 心底ウザったそうに肩を落とすコージを見て、私は思わず笑ってしまった。

 でも、畠さんも元気を取り戻してくれたみたいで良かった。


「だけど、コージはもう十六歳になるし、これから立派な男性になっていくのよね。だから、そろそろ私も子離れの時期なんだよって、父さんに言われた気がしたわ」


 そして、畠さんは胸に抱いたカーネーションを見つめて微笑む。


「ツバサちゃんも店長さんも、こんなステキな花をありがとう」

「買ったのは俺だぞ! 最近は花より団子でブクブク太ってるくせに、今さら何がステキな花を~だよ」

「コージ! そんなこと二人の前でする話じゃないでしょ」

「知らねぇよ! 帰るっ!」


 あれよあれよという間に一人で帰ってしまったコージを、ポカーンと見送ってしまった私は、しばらく経ってから笑いが込み上げてきた。


「コージってば、せっかくの母の日に何なのよ。もう……台無し」

「ツバサさん、そう言わずに。コージ君は照れてるだけだと思いますよ。

 それにしてもいいお子さんですね。畠さん」


 気付けば店長も笑っていて、畠さんは少し呆れたように、でも嬉しそうに答える。


「……本当に。私はあの子に、ほとんどかまってあげられなかったのに、もったいないくらいだわ。

 とは言っても、まだまだやんちゃ坊主の子供には違いないんだし、そう簡単に私から逃れられると思ったら大間違いなんだけどね!」


 何とも楽しそうにそう言う畠さんに、私も店長も揃って笑う。

 ケンカしてても仲良さそうで楽しそうだ。そういえば、私はいつから母の日をお祝いしなくなったのかな。ケンカすることすらも忘れてしまった。

 ……ちょっと、うらやましい。


「――それじゃあ、私もこれで。また来るわね、ツバサちゃん」

「は、はい! 今日はありがとうございました」


 見とれるように畠さんを眺めていた私は慌てて頭を下げた。

 そして、畠さんは幸せそうな笑顔を浮かべたまま帰って行った。

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