3-2
「本当に大した問題じゃないんです。
実は、私の両親はアンドロイドメーカー『ヘルツ・クロイツ社』に勤めてるんです。そこで両親は人工知能の開発をしてるんですよ」
「ヘルツ……クロイツ社……」
ヘルツ・クロイツ社と聞いて店長が驚いた顔をした。
ヘルツ・クロイツ社は、日本のアンドロイド業界でトップシェアを誇る大企業だ。今時、その会社を知らない日本人はいない。
そして、その会社と人工知能とあの事件――そんな三つのキーワードで、誰しも思い浮べる大きな事件があった。店長もまた、すぐに思い付く。
「もしかして、あの事件というのは『アンドロイド・リコール問題』のことですか……?」
「そうです。今から五年前にアンドロイドの人工知能に不具合が生じて、全てリコールになったその事件のことです」
「確か、『心がある人工知能』だっけ?
昔の漫画やアニメに出てくるようなアンドロイドが実現したって話題になってた奴。ガキだったけど俺も印象に残ってるくらいだしな。でも、一般に普及する前にリコールされちまって、俺も実物を見たことないんだよ」
心がある人工知能――一つ一つに人格があって、人間に近い感情を持つアンドロイド。そんなものが出てきたら話題にならない訳がない。それを作ったのが私の両親。
だけど、その人工知能には大きな欠陥があった……。
「確かリコールになった原因は、『アンドロイド行動原則』がうまく働かなかったからだったかな」
「行動原則……」
コージの声に、険しい表情の店長が小さくつぶやいた。
店長がどうして険しい顔をしてるのか分からないけど、多分私も負けないほど眉間にシワが寄ってるかもしれない。この話はしたくない。
「ね、ねぇ……仕事中だし、この話はしなくてもいいじゃない」
「いえ、お客さんもいないですから聞かせてくれませんか?」
「え……?」
いつになく真剣な店長。私は反論もできずに黙るしかなかった。
コージも店長の食いつきぶりに一瞬困った顔をしたけど、再び口を開く。
「店長さんもアンドロイド行動原則は知ってるっしょ? アンドロイドには絶対厳守の決まり事のアレ」
「『人間の命令に背いてはならない。但し、違法行為である命令は無視しなければならない』――ですか?
人工知能で考えて判断して動くタイプのアンドロイドは、全部そういう原則が人工知能に備わっているんですよね?」
「そうです、それ。そういうタイプのアンドロイド、人の頼み事は基本的にはなんでも聞いてくれるけど、犯罪行為は頼んでも聞いてくれないってことっすね」
――店長とコージが話しているそういうタイプのアンドロイドとは『自律行動型アンドロイド』のこと。専門的にはそう呼ぶ。
ノゾム君が見つけたホープも、かなりの初期型だけど自律行動型で、大まかに庭の手入れを頼んでおけば、あれこれ指示しなくても勝手に行動してくれる。
ただ人工知能で勝手に動くので、なんでも自由にさせていれば犯罪行為も平気でしかねないから、そうならないように人工知能には行動原則という根本的な抑制制御プログラムが成されてる。
行動原則は人間でいうと無条件反射みたいなもので、人間が熱い物を触った瞬間、無意識に手を離すように、アンドロイドは無意識に犯罪行為を起こさないようになっている。
「――行動原則を細かく説明してたらとんでもない量があるんだけど、五年前、その行動原則に新しく追加されたものがあって、それは――」
「『動作中、人間に危害が及ぶ行動、自分自身が激しく破損する行動は、いかなる場合もそれを予見し、回避せねばならない』……でしょ?」
私はコージの声に被せるようにして、まるで設計書の文章を読み上げるかのように言い放った。
「ああ。五年前に事故があったんだ。火事で燃える家に助けに入ったアンドロイドが爆発して、近隣の住民も巻き込んで死なせちまったって、結構大きな事故だったんだ」
私は歯を食いしばった。その事故は、紛れもなくサトルさんを死なせた事故のことだった。
「僕もその事故なら覚えています。死者は五名、重軽傷者も二十人以上出てしまった事故ですね……
主人に『助けて』と言われたアンドロイドが火事場に入ってしまったとか、確かにそれ自体は違法行為にあたりませんから、アンドロイドも動いてしまったんでしょう……」
「まあ、普通なら火事で燃えてもアンドロイドが簡単に爆発することもないんだけど、不運が重なっちまったんだろうなぁ。
その事故があってから、さっきツバサが言った行動原則が設定されるようになったんだ。人にケガさせないように、でも、自分も壊れないように行動しろって。人命救助も救急アンドロイドしかできなくなったし」
「最初からそうしておけば良かったのよ。だけど、現実は真逆。
アンドロイドは生きてる訳じゃない道具だから、緊急時には救急隊として働いてもらおうって考えてたみたいだから、人命救助をしないようになんて設定は問題外だったんでしょ。
その結果、あんな事故が起きて世界的な騒ぎになってたわね。便利な道具ってことには賛成だけど、頼りすぎるのもダメなのよ」
便利な道具が造られても、国の法律やメーカーの対応はいつも後手後手。それはアンドロイドに限ったことじゃないのは分かるけど……
どうしても『もしも』と考えてしまう。サトルさんは、あの時死なずにすんだかもしれないって……
こういう展開になるから、リコール問題の話はしたくなかったのに……。それでも私は必死に動揺を隠していた。
「それまで造られたアンドロイドにも新しい行動原則は適用されたけど、リコール対象になった人工知能には、それがうまく働かなかったってことみたいっすよ」
「だから、リコールされてネット上やメディアでも、かなり叩かれてたわ……」
「まあ、前評判が凄かったからな、あの人工知能……『ゼレス・システム』だったっけ。
何たって心を機械で作っちまったんだぜ? すげぇよなぁ」
目を輝かせてるコージに私は呆れ果てる。『心を作る』だなんて大きな誤解だ。
「あのね、コージ。『ゼレス・システム』は心を作ってる訳じゃないの。本物の人間の思考データを覚えさせて、それを元に動かしてるだけだから」
「つまり、それってどういうことだ? 俺、そのシステムの内容までは詳しくないんだよ」
首をかしげているコージ。店長は神妙な顔で黙り込んでいる。
店長の様子が気になるけど、私は説明を続ける。
「一言だけ声を吹き込んだら私の声で喋り始めて、私の知らない歌でも歌いだすオモチャの人形とかあったでしょ?
あれは吹き込んだ声のデータを人工知能が加工して、人の声に聞こえるように音を出してるだけで本物の人の声じゃない。強引に言ってしまったら『ゼレス・システム』もそれと同じ。要は、元々は誰か人間の心のデータなの」
心なんて皆違う。「赤いものと言えば?」みたいな質問にだって、返ってくる答えは十人十色。それは人それぞれ心が違って、思い浮かべるものも違うから。
そんな人の思考データを取り込んだ人工知能が、それを組み合わせて加工してアンドロイドに心があるように行動させるのが『ゼレス・システム』。確かにコージが目を輝かせても仕方ないけど――そんな心は偽物だ。
「そりゃあ今までのアンドロイドに比べたら、人間っぽい考え方で受け答えをして、会話だって普通にできるんでしょうけど、何もないところから心なんて作れる訳がないでしょ。
できたとしても、それは偽物。アンドロイドは機械なんだから」
「偽物だなんて分かってるけどよ、それでも充分すごいだろ?
でもお前、『ゼレス・システム』を積んだアンドロイドを見たことあるのか! うらやましい……」
「ないわよ。お父さんやお母さんからちょっと聞いただけ。
すぐに回収されて、それ以降はシステムを一から見直すことになったけど、結局不具合の理由は分からずに開発中止になったんだから、実物は見たことないの。
とにかく、確かにそのリコール問題で両親の会社も痛手を負ったけど、それと私がこのお店でバイトしてるのは、何も関係ないんだからね!」
改めて私はコージをギロリとにらむ。
すると、コージは苦い顔して視線を逸らした。
「……悪かったよ。ツバサは、てっきりアンドロイド技術者を目指してるんだとばかり思ってた。
だけどそういや、元々花や植物が好きだったもんな。隣に住んでたお兄さんの影響か?
待てよ、そういやさっきの事故――」
ヤバい、コージも思い出したのかもしれない。あの事故が私の家の近くだったってことを。事故はコージが引っ越した後に起きたので、そのまま気付かずにいてくれればいいのに――と、それも無理な話か。
「コージぃ……。いい加減、あんた仕事の邪魔!」
と怒鳴って、グイッとコージの腕を引っ張って、バランスを崩したコージの耳元で小声で伝える。
「店長ってすごい世話好きというかお節介というか、とにかくそういう人なの。心配しすぎて花屋の仕事も放り出したって不思議じゃないわ。
だから、あんまり心配かけるようなことは知られたくないの。余計なことは言わないでよね」
「マジか……」
目を丸めて絶句するコージ。ちょっとオーバーに言い過ぎた気もするけど、とにかく店長には心配かけたくない。
そして、私は店長の方に振り向いて笑顔を作る。
「店長、すみません。仕事中に話し込んじゃって、あんまり仕事の邪魔しないように言い聞かせましたから!」
「お前は俺の母親かよっ」
私の言い方に納得いかない様子のコージが隣で吠えてるけど、無視無視。
けど、しばらく店長の反応はなく、何故か呆然としている。
「――店長? 大丈夫ですか?」
「あ、いえ……二人共アンドロイドに詳しいんですね。話を聞いていて驚いてしまいましたよ」
「あはは。コージは昔っからアンドロイドマニアなんですよ。私の家って家事とかしてくれる家政アンドロイドがたくさんいるから、子供の頃はアンドロイド見たさでよく遊びに来てたくらいだし……」
「いいだろ。アンドロイド、スゲェじゃん」
元気よく即答するコージ。アンドロイドに夢中なのは今でも変わらず、か。
そして、店長は苦笑しながら続ける。
「それに、まさかツバサさんのご両親が、一流企業のそんな方々とは思ってなくて……」
「気にしないで下さい。さっきも言いましたけど、私はこの仕事に興味があるだけなんですから、親は関係ないんです」
そう答えながらも私は思った。やっぱり店長の様子がおかしい。いつも店長の顔を見てるから分かる。困ったように笑うことはあっても、今浮かべてる苦笑はそれとは違う……。
仕事中にアンドロイドの話をして怒ってるって訳もないし、どちらかというと店長の方が私より熱心に話を続けようとしてた。
そういえば、店長ってアンドロイドが好きなのだろうか。ノゾム君とホープの一件をからしてみれば、店長は普通の人よりアンドロイドが好きそうに思えたけど、この店にアンドロイドはいない。格安でレンタルできるので今時珍しいことだ。
お願いして雇ってもらっておいてこんなことは言いにくいけど、私みたいに人間を雇うよりアンドロイドをレンタルする方が安上がりのような気がする。
「店長もアンドロイドには詳しいんですか?」
「いいえ……。お二人ほどではありませんよ」
やっぱり、いつもニコニコしているイメージの店長が、表情に影を落としてる……と思う。
誰にだって触れられたくないことはあるだろうし、私にだってある。気になるけど、話題を変えた方がいいみたい。
「ねぇ、コージ。せっかくだし何か買ってく?」
と、笑顔で仕事再開。でも、コージはぷるぷると首を横に振る。
「今、金持ってねぇし!」
「じゃあ、また今度買いに来てよ」
「俺みたいな奴が花買って何しろって言うんだよ!」
まあ、確かにコージに花は似合わないか……と、失礼なことを思っていると、ふと自分が描いた母の日のPOPが目に留まる。
クレヨンを使って柔らかい印象が出るように、文字とカーネーションのイラストを描いてみた。我ながらうまく仕上がってる……って、文字通り自画自賛してる場合じゃない。
「あ、そうだよ。コージ! 母の日のお祝いなんてどう? まだ二週間くらいあるし、支払いは当日でも……」
「おい! なんでよりにもよって母の日なんだよ! 俺の話聞いてただろ。あの母親が俺から花をもらって喜ぶかよ!」
「喜ぶよ、絶対! コージだってお母さんと仲違いしたままじゃ嫌でしょ? 心置きなく野球できないもんね。
それに今日ここで再会したのも何かの縁だし!」
「……ったく、分かったよ。買えばいいんだろ」
意外に折れるのが早いなとか思いつつ、私はニコリと営業スマイルでコージを店内に招き入れる。
「では、お客様。花を選んでおいて下さい」
「……なんか。上手いこと乗せられた気がするぞ。俺……」
私の耳にも届いたコージの小さなボヤきに、店長は「ははは」と笑っていた。




